ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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78.何よりも憎悪すべきもの

「キアラめ、お前は二つ、見誤ったのだ――見損なったのだ」

 

 黄金に照らされた中天の舞台。

 ソラは未だに黒く塗りつぶされ、蒼の海は背景としてキアラの後方にある。

 

 アンデルセンと、セイバー。

 前者は皮肉げに、後者は得意気にキアラを見ていた。

 

 ただキアラのみが、――狼狽し、困惑の限りを尽くしている。

 

 ありえない。

 ありえない。

 

「――ありえない。ありえないありえないありえないっっ!」

 

 そんなことが、起こるはずがない。

 ――キアラは全て例外なく、生物を己の快楽に変えたのだ。

 故に、彼女がそこにいるわけがない。

 

 月の裏も、表も、例外なく。

 

 人という存在をキアラは許さなかったというのに。

 

「……まぁまてアンデルセン。種明かしはまだ後だ。――その前に、こちらを済ませておこう」

 

 セイバーは、勝ち誇ったような声でそう語る。

 その眼はキアラではなく、手元にある愛歌へと向けられていた。

 

 何を――キアラの眼が鋭く細められる。

 訝しむ表情を、セイバーはどこ吹く風でスルーした。

 

 そして、

 

 

「――――起きろ、奏者よ。いつまで寝ているつもりだ」

 

 

 それは、形となる。

 

「な――」

 

 キアラが絶句し、何をしているかと問おうとする。

 理解はできる、だが納得はできない。

 愛歌をあの女は起こそうとしている?

 

 ――キアラの手で徹底的に破壊した、沙条愛歌の精神を?

 

 ありえない、起こりうるはずがない。

 三つ目のSG、人の根源そのものといえるその秘密を犯されて、ただで済むはずがない。

 それはジナコ・カリギリの件を見ても明らかだ。

 

 そしてアレは自閉こそしていても、意識はあったがゆえに自我を取り戻せたが――

 

 ――愛歌の場合はありえない。

 精神そのものが活動を停止して、何の反応も示せないのだから。

 

 だというのに、セイバーは実に優しげな声で。

 

 

「――安心しろ。余は今もここにいる。……そなたは、何も案ずることはない」

 

 

 そう、一言声をかけ。

 

 

「―――――――んぅ」

 

 

 沙条愛歌は、確かに呻いた。

 

「――なぜ!?」

 

 叫ぶ。

 理不尽が、そこにあった。

 殺生院キアラがこれまでの人生で感じてきたあらゆる理不尽の総量を、数億乗しても届かない理不尽が、そこにあった。

 

 ありえないことが起こった。

 そしてそれにより、“己の人生全てを賭けた策が、徒労と化した”。

 それも相手のそれは用意周到な謀略などではなく。

 

 ――あれほど単純な、ただの呼びかけであるのだ。

 

「ふ、巫山戯ないでくださいまし!」

 

 それは、臥藤門司との問答など比べ物にもならない情動だった。

 なにせあれには、“怒りを覚える余裕があった”。

 臥藤門司事態をキアラがどうでもよいと考えていたのもあるが――今の状況は、アノ時よりも決定的だ。

 

 ただ不快になっただけでは済まされない。

 チェックメイトまで辿り着いた盤面が、全てひっくり返された。

 

 もはや、怒ることすらキアラにはできなかった。

 

 まくし立てることも構わずに、無様な声を、一つ上げることしかできなかったのだ。

 

 キアラは完全に狼狽していた。

 それまでのあらゆる余裕など見る影もなく――徹底的に、地の底にまで、女のあり方は墜落していた。

 

 そして、それが――もはや取り返しの付かないところにまでやってくる。

 

 

「……ぁ、セイ、バー?」

 

 

 沙条愛歌が、確かな理性をもって、――眼を開く。

 そこには、既にキアラにグチャグチャにされた精神など欠片もなく。

 正常なまま、光を宿した瞳がそこにあった。

 

「――――」

 

 かくしてキアラは停止する。

 

 そう、ここに――

 

 

 ――殺生院キアラの全霊を賭した策、あらゆる全てが、停止した瞬間だった。

 

 

 なぜ?

 それすらも思考できなくなったキアラをよそに、アンデルセンは告げた。

 

「お前は阿呆だ。何一つ理解できていない。――あの娘の“最も大切なもの”を基準に、人を喰らい尽くした。あぁ、それなら確かにほぼ全てを溶かせるだろう」

 

 ――ほぼ、全てをな。

 アンデルセンは、そう強調してみせた。

 

 そう、つまりはそういうことだ。

 

 

「――それと同等に大切なものがあれば、それは例外となるのだ。つまり、その女だな」

 

 

 ――紅きセイバーを指さして、アンデルセンは、そう宣言してみせた。

 

 

 ◆

 

 

「そして、もう一つ」

 

 ここからは、セイバーが語る番だ。

 

「貴様は“奏者の三番目のSGを変革”させ、その上で、それを破壊しようとしたのだな。――それはなぜか。通常、三番目のSGを揺るがすことは、貴様ですら難しいからだ」

 

 単純な話。

 ――三番目のSGは、原則的には変化しない。

 凛にしろ、ラニにしろ、その気質は持って生まれたものである。

 

 例外としてジナコのように、“自我が確立してから”でないと獲得し得ないSGもあるが、だからこそ。

 

 愛歌の三番目のSG、それを無理やりキアラは変化させようとしたのだ。

 そしてキアラは、そのSGを、変えることのできるものと考えていた。

 

「――おおかた、貴様の考える三番目のSGは、簡単に言えば“純粋無垢”といったところなのだろう。あぁいや“絶対純白”の方が奏者らしいか」

 

「……えっと」

 

 眠気眼の愛歌がつぶやく。

 状況が理解できないと、そう自身を抱えるセイバーを見上げるのだ。

 

「奏者よ、時に聞くが。――えっちぃことを恥ずかしいと思うか?」

 

「はぁ!?」

 

 いきなりの言葉に、思わず愛歌は飛び起きた。

 ――同時、意識が完全に覚醒する。

 沙条愛歌をは、ようやく本来の彼女を取り戻した。

 

「……キアラ! そう、あの女はどこ? よくも、よくもやってくれたわね」

 

 周囲を見渡し、そう叫び――

 

 完全に停止して、無様を晒すキアラを見つけた。

 目を白黒させてそれを観察し――やがておかしそうに笑い出した。

 

「くく、あは、ははは! それで、なんだっけ? え、えっちなこと? ……“それがどうかしたの”?」

 

「――例えば、子どもの作り方だとか、だ。別にえっちぃなことでなくともよいが――」

 

「あら、“当然のことじゃない”。何処に恥ずべき点があるというの?」

 

 実際に耳にしたなら顔を真っ赤にするだろうが、今の愛歌に狼狽はない。

 それはつまり――愛歌にとって、それは単に“その程度でしかない”ということだ。

 

「絶対純白であるはずの奏者は、既にアヤカ――奏者の姉の手によって汚されていた。だから、と考えたのだろうが――」

 

「バカめ、そんなはずが在るのものか。――この化け物のSGは、もっと単純なものだ」

 

 アンデルセンがそれを引き継ぐ。

 つまるところ――

 

 

「――絶対性。本来、奏者とはけして揺るがぬ“絶対”を背負った存在なのだ」

 

 

 それこそが、セイバーの知る三番目のSG。

 セイバーだからこそ理解できた、沙条愛歌の最後の秘密。

 

「己は他者とは明確に違う。人とはなぜあんなにも無駄で脆いものなのか。――そう考え、自己の中で内包すること。奏者の場合、最後のSGはそういった先天的なものなのだ」

 

「……よくわからないけれど、つまり変えようがない、ということね?」

 

 ――むしろ、愛歌自体が変わらないという意味でも在る。

 

 愛歌は全知にして全能の天災だ。

 だからこそ、それは周囲とは明確な違いとなる。

 ――それを悩んでいないはずがないのだ。

 そうでなければ、曲がりなりにも、普通の人間と同じように暮らしてはいない。

 

「そういう意味で、こいつはお前とよく似ているよ、キアラ。お前もまた、自己のあり方の矛盾に悩む同士なのだから」

 

 ――故に、求めた。

 故に、裏切られたから失望した。

 

 同族嫌悪、ラニにジナコが語ったアレと同じだ。

 

 究極的なものが、そこにあるのだ。

 

「それを揺るがすことができるのは、識ることができるのは、アンデルセンのようなごくごく一部の変態的な例外を除けば――」

 

「そこの暴虐皇帝のような――」

 

 両者はそう、互いを牽制のようにディスりあいながら、

 

 

「――――沙条愛歌の絶対性に、比肩しうる何かを持っていなければならないのだ」

 

 

 つまり、臥藤門司。

 つまり、パッションリップ。

 つまり、極まってしまった間桐慎二。

 

 殺生院キアラの場合、愛歌に近すぎるがために、眼が曇ってしまったのだろう。

 

 そしてその最大の例が――今、ここにいるセイバーだ。

 つまり、沙条愛歌という気狂いを前にしても、それを愛おしいと思えるような存在。

 

「何だかよく解らないけれど――」

 

 相も変わらず、急激に変化した環境に驚きながらも。

 愛歌は、ただ一言、絶対の自負を持って告げた。

 

 

「――私のセイバーが、貴方ごときにどうこうできるはずがないでしょう?」

 

 

 それを、臆面もなく告げたのだ。

 

 結局のところ、それが結論だった。

 ――長きに渡り、全てを賭した女の末路。

 

 殺生院キアラのあらゆる策は、かくしてここに墜落した。

 

 

 ◆

 

 

「ふ、はは」

 

 そして、

 

「あは、あは、あはあはあはあは」

 

 殺生院キアラは、再びここに起動する。

 

「だから」

 

 そう、だから。

 

「――だからどうしたというのです?」

 

 努めて、可能な限り冷静に、どれだけ口元が震えていようと、キアラは愛歌へそう言い切った。

 明らかな虚勢ではあるが――

 

「……そうね、まだ、貴方に対してはその程度しかできていないわね」

 

 ――同時に、その言葉はどうしようもない事実でもあった。

 愛歌自身も同意する、まだ何も、本質的には終わっていない。

 

「私は、まだムーンセルの権能を全て掌握している。私は神となったのです! 故に、それは貴方とて揺るがない」

 

 ハリボテは、やがて少しずつ現実の城壁へと変わる。

 そうだ、まだ、大丈夫、まだ大丈夫。

 ――揺らいではならないところは、揺らいでいない。

 

 ピエロだからどうだというのだ。

 無意味だからどうだというのだ。

 

 確かに全てを間違えたキアラは滑稽だろう。

 あの時、セイバーを殺せというアンデルセンの忠告を受け入れていれば、こうはならなかったはずなのだし、故に今の無様はあるのだ。

 

 だが、だからどうした。

 

 敢えてもう一度、キアラは宣言する。

 

 

「――まだ、貴方は私に、何の優位にも立っていない。だから、どうしたというのです?」

 

 

 そうだ。

 ここで勝利すればいいのだ。

 沙条愛歌に、セイバーに。

 アンデルセンは、明らかにこちらに不利益となることを隠してはいたが、敵ではない。

 “敵に利するため”そういった行動をする手合いでないことは、これまでの行動から否応なく理解してしまっているのだ。

 

 だから、あの二つをここで屠るだけでいい。

 

「そうね。――でも、それはこちらも同じこと」

 

 対する愛歌には、ありありと見て取れる余裕がそこにあった。

 斃せばいい、ここでキアラを斃してしまえばいい。

 その点は、沙条愛歌とて同じなのだ。

 

 だから、

 

「――貴方を倒し、ムーンセルを手に入れる」

 

 そう、キアラへ向けて宣戦布告をしてみせる。

 同時――

 

 

 ――愛歌の身体が、光を帯びる。

 

 

 それは、無数のうねりが集まったものだ。

 うねり、渦。

 ――根源の渦。

 沙条愛歌の最奥に、内包されたこの世の全て。

 

 そうして光の収まった後に、愛歌は月の表での衣装を、取り戻していた。

 

 ――胸元に、黒翼の令呪を宿し、かつての姿が顕現する。

 

「うん、やっぱりセイバーと二人きりなら、こちらのほうがしっくり来るわね」

 

 ポツリと漏らして、更に一言。

 

「……あの娘達も、取り戻してあげなくちゃね」

 

 誰に語るでなく。

 ――沙条愛歌は、心の奥底にそれを決めた。

 

「さぁ、準備は整ったわ。――貴方がムーンセルを手にしたように、私も貴方のてによって根源への穴を太くしている。はっきり言って、どちらもさほど差はないわ」

 

「――ふふ」

 

 それが、両者にとって、最後の会話であった。

 もう、これ以上互いにぶつけるものはなにもない。

 

 

 ――最後の戦いは、今ここに開始する。

 

 

「――構いませんわ。全てをもって、貴方を終わらせる。――さぁ、大一番の幕引きと参りましょうや!」

 

 

「違うわ、始めるのよ。だから、貴方はここでこれからのために、無残に退場してしまいなさい!」

 

 

 殺生院キアラが、沙条愛歌が。

 

 

 終わりと始まりのための、火蓋を切る。




というわけで、ようやくザマァタイムのお時間です。
キアラにおもいっきりザマァしてあげましょう。

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