ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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79.この世全ての欲

 ――開始の直後、愛歌の胸元に、キアラの手刀が迫っているのをセイバーは感じた。

 直ぐ側にいながら、なんとかそれだけを感じ取り――直後、両者が数光年も離れた彼方にて、爆発を起こすのを視認する。

 

 戦闘は、神話礼装すら開放したセイバーを置いてけぼりにする、そんな一撃から始まった。

 

 無数に散らばったコズミックの群れを、愛歌は光速の数倍で駆けていく。

 迫るキアラを交わし、手元から万は越える光の群れを打ち出した。

 単純な衝撃だ。

 この速度の中では、愛歌ですら一撃に小細工の余地を入れられない。

 

 対するキアラもまた同じ。

 迫るそれらを、全て拳ではたき落としていく。

 ――否、幾つものそれを無視し、致命のみを直感だけで対処する。

 追いすがるキアラにしても、現状彼女の感覚だけが、培われた武術のセンスだけが、得物と呼ぶに相応しい。

 

 はじけた衝撃は、星を瞬く閃光となり、辺りへ散らばっていく。

 幾つもが宙の破片を撃ちぬいて、小粒の石を砕き尽くす。

 

 そこには、星の瞬きがたしかにあった。

 光の後爆発、十字架のグランドクロスが、愛歌とキアラを挟んで生まれて消える。

 

 直後――愛歌の背後に再び煌めきが現出する。

 かくして音のない世界に弾き出された死の軌跡――キアラは、真正面からそれを受け止める。

 

 振りかざす拳、一歩の踏み込みとともに放たれたそれは、数十万の弾幕を一瞬にしてかき消す。

 

「――っ!」

 

 驚きに目を見開くことはない。

 だが、それでもその瞬間は肝を冷やした。

 拳を放ったキアラが――既に自分の目の前にいる。

 

 愛歌の行動は転移であった。

 その場に超新星程度の爆発を置き去りにして、

 

「これはっ――!」

 

 それに窮するのはキアラである。

 星ひとつを軽く飲み込む爆弾に、キアラは急速離脱する。

 ――直後、周囲の小さな星々が爆発に飲み込まれた。

 

 数百光年先に存在するセイバー達にすら見て取れるほどの規模。

 それを置き土産とした愛歌は、であればどこに――?

 

 キアラの総動員された感覚が告げるのは――真後ろ。

 

 ――ニィ、半月の笑みを浮かべた愛歌が、手のひらに紫の花弁を伴って、迫っていた。

 後方には光の弾幕。

 隙を生じぬ二段構え、それが――

 

「おめでとう! 全部まとめて差し上げる――!」

 

 ――――全て違わずキアラに着弾する。

 

 決まったか――否。

 手応えはない、――――防がれた。

 

 光の収まった先に、身を守るキアラがいた。

 全て耐えたのだ。

 この程度では致命にすらならないどころか――耐えることすら容易と来ている。

 嘆息気味に吐息を漏らして、愛歌は転移で距離をとった。

 

「残念でしたわね。――では、お返しといきましょうか」

 

 かくして、キアラの反撃が始まる。

 

 転移した愛歌の後ろに回っていたキアラ、愛歌が気がつくよりも速く、拳を放っている。

 防御の暇すら無い、ギリギリでそれを回避して、愛歌は一息に距離を取る。

 光速を軽く超えた追走劇が始まる。

 

 逃げる愛歌、追うキアラ。

 サーキットの中を愛歌の弾幕が逆走していく。

 だが、全て当たろうとキアラを留めることすら敵わない。

 対するキアラは一撃が即必滅につながる火力を愛歌へガトリングのごとく撃ち放っていく。

 

 かくして愛歌は一転劣勢へ立たされた。

 対応の暇なく放たれるそれを、全て紙一重で躱していくのだ。

 一発でも受けてしまえば、間違いなくそのまま暴虐の風にさらされる。

 キアラは愛歌のように飛び道具を絡めた戦い方をしない、ただ一撃必殺にのみ威力を傾けているのだ。

 

 だからこそ、このように優勢に立ってしまった時の猛追は途轍もないものがある。

 愛歌の顔には明らかな焦りが生まれていた。

 

 ――かくして戦闘は、もはや彼女たち以外に触れることのできない領域にて、加速していく。

 

 

 ◆

 

 

「――く、見えん! 見えんぞ! 奏者達がどうなっているのかさっぱりだ!」

 

 置いてけぼりにされたセイバー。

 そして同じくアンデルセン。

 両者は黄金劇場から、夜天を切り裂く決戦を追いかける。

 

 だが、それも敵わないのが実際だ。

 

 時折愛歌の放つ流星や爆発が天蓋に轟くだけ。

 両者が人の形を保っているがために、遠くからで視認することは不可能と言えた。

 

「当然だバカものメ、アレは神にすら届きうる全能の類だ。どちらも、我々が割って入る余裕があるはずなどない」

 

「しかし――!」

 

 アンデルセンのそれは宛ら新人の無茶を咎める上司のようだが、しかしセイバーとは実際は敵同士である。

 ここで両者は戦闘を繰り広げても良いのだが、しかし必要性がないのであった。

 

 なにせ実際にやりあえばセイバーが一瞬でアンデルセンを切り捨てる。

 そもアンデルセンはキアラに対してできることを全て終えているのだ。

 

 戦闘の意味が無い。

 故にセイバーは今、やきもきして空中の愛歌達を追っているし、アンデルセンは常の通りの不景気な顔をしたままだ。

 

 ――遠く、再び光が瞬いた。

 セイバーは苦々しげに唇を噛みながら、叫ぶ。

 

「奏者よ! 負けるでない! 負けるでないぞ! 負けるでないぞォ!」

 

 直後に――一つの流れ星が黄金劇場のすぐ側を流れる。

 愛歌の弾幕がキアラに弾かれ、ここまで飛んできたのであった。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌は考える。

 

 現状は間違いなくこちらの不利だ。

 一時的な戦闘の流れではあるが、元より愛歌とキアラのスペックは、若干であるがキアラのほうが高いのだ。

 

(――結局のところ、私の勝率は四割程度といったところかしら。一発勝負だからほとんど誤差のようなものだけれど、このままでは行けないわね)

 

 故に、更に考える必要がある。

 幸い現状は自身が不利なまま膠着しつつある。

 このまま行けば、遅からず戦闘は次のフェーズへと移るだろう。

 

 単純な話、現在のような小技の出し合いではなく、惜しみのない全力戦闘へと状況は転がる。

 

 そうなった時、考えるべきは自分のほうだ。

 

(展望は、ある。当然手札だって潤沢よ。問題があるとすれば――その開幕)

 

 思考の直後、目前をキアラの拳が空振った。

 小惑星であれば軽くかすめるだけで消し飛ぶそれだ。

 愛歌でなければ、のんきにその残滓を眺めるなどかなわないだろう。

 

 ともあれ、それもまた愛歌を追い詰める一撃であった。

 

(如何に相手に手札を切らせるか。こちらからではジリ貧になる。最低でも、相手の手を“対応する”という余地を作らなくちゃならない。そのためには――)

 

 愛歌は直後、空間転移でもってキアラを振り払う。

 ――とはいえ転移と通常の走行では、さして速度に違いがあるわけではない。

 それほどまでに、キアラも愛歌も疾いのだ。

 逆に言えば空間転移の連打であれば、現在の状態でなくとも対応だけなら愛歌も可能だということだが。

 

(――タイミングを、決定的な瞬間を引き出す必要がある)

 

 迫り来るキアラを振り払いながら、愛歌は一つの決断をする。

 少しずつ、戦局は次の段階へと移る。

 

 だがそのためには、キアラの裏をかく必要があった。

 そしてそれは――殺生院キアラにしても、同様のことが言えるのだ。

 

 

 ◆

 

 

 キアラは考える。

 

 ――千日手だ。

 愛歌は実に巧みである。

 ことここに至って、彼女の戦闘センスは、間違いなく自身と同等であると断言せざるをえない。

 勿論、そうなるよう愛歌が経験を積み上げてきていたのだが。

 

 ともあれ、キアラにしてみれば、それはこの状況に対する焦りという形で現れる他にない。

 どれだけ追いすがったとしても間違いなくこれで終わらせることは敵わない。

 

(――どの戦略も、全て潰され無駄になりますわね。徒労を望むほど私は暇ではないわけですから――打って出る必要がある)

 

 この状況は、キアラが一方的に攻めているようにみえて、その実は完全な膠着である。

 愛歌が行動を起こそうものなら、一瞬にしてひっくり返る危うい薄氷でしかない。

 であればキアラが行動すればどうか。

 

 ――これは愛歌にも言えることではあるのだが、無意味に動いたところで、それを潰された上で手痛い反撃を受ける可能性がある。

 

 それだけは絶対に避けなくてはならない。

 キアラと愛歌の実力差はほぼ天秤の上で拮抗しているのだ。

 若干こちらに寄っていたとしても、重石一つでひっくり返る。

 

 それで地についてしまっては、――すべてが終わる。

 

(――押しつぶす必要がある。こちらの最大の利点はスペック、常に愛歌さんを上回れるのなら、必ず勝利するのは、こちらです)

 

 決定的な終わりはまだ来ない。

 これからキアラが行動を起こすのだ。

 

 しかし、それにも問題は、ある。

 

(あちらの最大を見極める。そのために、初手はあちらに譲る必要がありますわ。とすると――――)

 

 キアラは転移した愛歌を追って、どころかその影を追い抜いて、彼女の後ろに出る。

 だが、その時には既に準備を終えた愛歌の砲台が待ち構えるのだ。

 一手遅れる、追撃は許さずとも、逆にこちらも手が出せない。

 

(――タイミング、ですわね。愛歌さんから、致命を引き出しませんと)

 

 愛歌の牽制を一振りで吹き飛ばし、キアラは方針を決定させる。

 状況は、両者の停滞を許してはいなかった。

 

 だからこそ、キアラは主導権を握る必要がある。

 かくして、両者はイニシアティブを握るため、最初の一手を、打って出る。

 

 

 ◆

 

 

 ――そのとき、愛歌の身体がキアラの拳に晒される。

 ギリギリでそれを弾いて、けれども愛歌はそのまま後方へと転がっていった。

 

 攻めるキアラ――だが、その思考には迷いが生まれた。

 

 無論、愛歌の行動があまりにも露骨な誘いであるがためだ。

 その狙いがどこであるかは明白で、だからこそキアラはその手が鈍るのだ。

 

 しかし、それ以上キアラは迷いはしなかった。

 ここで取れる選択肢は二つ。

 

 誘いとわかっていながら飛び込んで、その上でそれをはねのけるか。

 もしくはここで手を引いて、相手に一手の猶予を与えるか。

 二つに一つ。

 ――どちらがこの状況に適しているか。

 

 キアラが上位者、愛歌が下位者。

 両名の立場はこうなっている、だからこそ正着は間違いなく“このまま踏み込んでいくこと”だ。

 はねのけるだけの力があるのだから、それを振るわない理由はない。

 だが、だからこそ、それゆえに――ここで踏み込むという選択肢はありえなかった。

 

 それは愛歌の思う壺だ。

 キアラは、ここで前に進むことをしない。

 

 来るなら来るでそれでよい。

 これで攻守が交代するのなら望むところだ。

 故に、ここではブレない。

 キアラは、その一手を迷わない。

 

 ――そうしていると、愛歌の周囲がにわかに歪む。

 

 焦れた。

 ――愛歌がそこで打って出たのだ。

 膨れ上がり続ける力。

 キアラは動いた、近くの惑星、“知性体が宿る惑星”を選び出し、そこに降り立つ。

 

 見下ろして、腹の奥底がうずくのを感じる。

 未だ広がり続ける愛歌の力。

 ――明らかな異常の気配に、キアラはこう考えた。

 

(――もう、ここで手札を切るべきではございませんか?)

 

 このまま放置していては、あちらの手札は無限にも跳ね上がる。

 だから、それを留める必要がある。

 故にそれが正しいのではないか――キアラの感覚がそう、告げた。

 

「……ふふ、ふふふ!」

 

 とはいえ、どれだけ取り繕おうとキアラがそう考えた本質的な理由は別にある。

 

「――さぁ、生きとし生けるもの、あらゆる苦痛を招きましょう」

 

 それは余りにも単純で、故にどこまでも愚かしく。

 また、いかにも馬鹿らしい理由であった。

 

 つまり、

 

「あぁ、あ――あぁああ――あ――――っ!」

 

 跳ね上がる嬌声は、甘美で爛れ淀んだ音だ。

 キアラは叫ぶ。

 歓喜の元に、打ち震える。

 

 そう、つまり、

 

 

 ――キアラは耐えられなくなったのだ、ムラっときた、目の前に億を越える快楽を魅せられて。

 

 

 かくして発動する。

 胡座をかくように座り込んだキアラの股に、惑星がひとつ、捉えられる。

 溢れ出る快楽の群れ、かくして地獄の極楽浄土は完成される。

 

 宇宙すらも書き換える、絶対的なキアラの権能。

 名をつまり――

 

 

 ――――この世、全ての欲(アンリマユ/CCC)

 

 

 そして、愛歌の狙いもここに成立する。

 

 この宝具は最低最悪にして、絶対無敵の宝具である。

 知性あるものであれば、たとえ星の化身であっても例外なく、あらゆる全てを快楽に変える。

 故にキアラは大権能を操るのであり、故にキアラは神足り得るのだ。

 

 かつて世界そのものであった神代そのものとも言える力の塊。

 それに対向する方法はこの世界に存在しない。

 

 例外は、キアラ自身がそれを認めること。

 だが今の愛歌はキアラにとって最も唾棄すべき存在だ。

 故にそれはありえない。

 一度放たれてしまえば、愛歌に抗うすべはない。

 

 “その例外”に関しては。

 最強完全の最悪宝具。

 であればそれに、如何にして対抗する術を得るか。

 

 屁理屈をごねるのもいいだろう。

 それを体現する性質を持つのもいいだろう。

 

 幾らでも、理屈を捏ねようと思えばこねられる。

 

 だが、そうではない。

 そうではないのだ。

 

 愛歌の場合は、そうではない。

 何も複雑なことはないのだ、ただひとつ、“どんな存在であってもできる方法”があるではないか。

 特別なことは必要ない。

 

 ――故に、愛歌はその名を口にする。

 

「トバリは堕ちる。この世に二度の消滅は必要ない。一度で十分――抗いなさい」

 

 それは、全てを飲み込む闇だった。

 愛歌の身体から漏れだす泥のような闇。

 宇宙の暗がりすら塗り替える、絶対の黒。

 

 やがてそれは、一つ一つが、まるで手足のように広がっていく。

 月に手を伸ばすかのように、無意味であることを、強引に意味あるものへ変え。

 

 かくして、黒の悪魔な顕現される。

 

 

「――――C.C.C.(カースド・カッティング・クレーター)。声は静かに……私の影は、世界を覆う」

 

 

 溢れでたこの世全ての欲を踏み潰すように、根源より溢れ出る泥が、世界を塗りつぶすべく現れた。


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