ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
愛歌の手の中に宿った種子は、やがて芽を出し蔦を伸ばす。
灰鉄のそれは緑なすが如く、宙を這い、登り上がる。
かくてそれは黒へと染まりその威容は天をも二分する。
あとに残るのは、ただそこに“それがある”という事実だけ。
かくしてそこには相対する殺生院キアラすら目を見張るほどの、激烈なまでの気配が漂っていた。
「それは……なるほど、星の終わりにあってなお、“人が世界を滅ぼすことをやめなかった剣”ですか。皮肉なものですわね――それが、人の世界が終わった後に、初めて何の枷もなく振るわれるのですもの」
「そうでもないわ。いずれここが、私達のような化け物の世界ではなく、人が闊歩する世界になるかもしれない。その時――これは間違いなく、人にとっての希望となるでしょうね」
愛歌の背には地球があった。
どちらの背にも、未だその全容をしれぬ、知性体宿る星が合った。
――そこに、二人以外の存在はなかった。
それしか今は許されてはいなかったのである。
愛歌にしろ、キアラにしろ、絶対であることを赦された超越者だ。
それ故に、この剣は“人を守るために世界を滅ぼす”剣でありながら、守る対象も、滅ぼす対象も存在しない。
そんな――不可思議な状態において、目前の敵を討ち果たすべく、ここに本領を発揮するのだ。
すなわちその名は――
「――――魔剣・斬撃皇帝」
ぽつりと愛歌が口にした。
それこそが、愛歌達の知る記憶の一つにある、“アルテミット・ワン”を滅ぼした剣。
星一つほどの大きさを誇るアルテミット・ワン達を、軽く飲み干すほどの大きさへと成長した斬撃皇帝。
愛歌はそれを、手近な化け物――タイプ・マーズへと振りかぶる。
――直後、マーズがはぜた。
耐え切れず消滅していく星の最強個体。
愛歌は何一つ顔色変えずに、続く個体へと斬りかかる。
「させませんわ」
それを阻むべく、キアラが手を振りかざす。
――呼応して動き出すアルテミット・ワンに、愛歌は躊躇なく刃を振るっていく。
狙いは黒く巨大な巨人、宇宙の中にあってなおその黒を映えさせる巨大な怪物はすなわち。
タイプ・ジュピター。
果たしてそれは、無限にも広がる光子ガスの塊だ。
故に通常であればそれを傷つけることは叶わず――塊は、どこまでも伸びる手のひらを愛歌に差し向ける。
それを掻い潜り接近する愛歌。
しなる二つの腕を、はじけ飛ぶように躱して進み、黒のジュピターへと肉薄する。
距離は必要ない、両断するだけの刃は手の中にある。
ただそこに、決定的なまでの速度を付与した。
――速度にして一秒足らず、愛歌の剣が手元を踊り、
――――敗れることのないはずの究極は、斬撃皇帝に切り払われる。
直後、タイプ・ジュピターの中に内包されていた擬似太陽が活性化する。
爆発の兆候、だがこの程度ならば、愛歌は転移すら必要ない、そのまま周囲のアルテミット・ワン二体に襲いかかる。
結局それは、抵抗といえる抵抗もなく、一瞬にして切り払われた。
タイプ・ウラヌス。
タイプ・ネプチューン。
どちらもアルテミット・ワンとしての力を存分に振るいうる強敵であるがしかし。
何より相手が悪かった。
そしてその直後、愛歌は続く原初の一を狙う。
定められたそれはすなわちタイプ・プルートー。
冥王星のアルテミット・ワン、迫る一撃はしかし、愛歌に及ぶほどのものではない。
交錯、愛歌は一瞬にしてその横を駆け抜けていった。
――直後、黒に染まっているはずのソラを、その血飛沫が赤く染め上がる。
星ひとつを軽く覆うほどの炸裂を、それよりも早い速度で離脱した愛歌がチラリと見やる。
あぁ、なるほどこれは終焉だ。
何もかもを、喰らい尽くした後のような醜態。
それを、無様と呼ばずなんと呼ぶ。
見ていられない、あれは確かに誰だって終幕を望みたくなる。
だが、それでも。
――悪い気はしなかった。
かつての愛歌であれば、気持ちが悪いと掃き捨てただろう。
だが、今の愛歌はそれを愛おしいと思った。
なにせそれこそが――人の生きる証そのものなのだから。
どれだけ無様であろうと、それを隠さず生きていく。
わがままで、高慢で、優柔不断で、臆病で。
だからこそ、愛歌はそんな彼女達に揺れ動かされたのだ。
だからこそ、今の愛歌はここにいるのだ――!
直後、愛歌の目前に十字架のアルテミット・ワンが旋回しながら現れる。
タイプ・サターン。
おそらくはアルテミット・ワン最強と思われるその力を感じながら、愛歌はそのまま周囲に光のうねりを作り出す。
――直後、十字架の元から放たれた光弾と、愛歌のそれが激突し破裂を作る。
両者互いにほぼ同数の炸裂を同時に作成したのだ。
故に、その弾幕の中を愛歌は迫る。身体を余さず貫くそれを転移で強引に抜けながら、タイプ・サターンの上を取る。
――――斬。
躊躇いなく切り捨てられるアルテミット・ワンは、これで七体。
残すは最後の一体。
――名をタイプ・ヴィーナス。
領の翼をはためかせるそれは、アルテミット・ワンの中では、最も地球の生命系統樹にちかい形をとっていた。
魚のようなシルエット、タイプ・ヴィーナスは、その全身を震わせ、周囲を喰らい尽くしながら無数の種子を飛ばしていく。
一振りで数十万、相手をするのも馬鹿らしくなるほどの数だ。
しかもそれがタイプ・サターンの砲撃のような、単なる力づくとして存在しているのではない。
一つ一つが、こちらの攻撃を喰らっていくのだ。
侵食型種子爆弾とでも呼ぶべきか、ただ物量では防ぎきれない。
弾丸数発をぶつけてようやく屠れるそれが、“更に強度を増しながら”愛歌へと迫ってくるのだ。
届かない――このままでは、決定打を失ったまま、愛歌は近づくことすら叶わなくなる。
そしてそこに――
「では、私も共に相手をしていただきましょう」
殺生院キアラもまた現れる。
最悪なことに、無数の侵略種子舞台を背にして、キアラが愛歌へ躍りかかる。
かくして、キアラの拳と愛歌の斬撃皇帝が激突する。
震える世界――斬撃皇帝の特性は“ただ巨大になるだけ”だ。
故に耐久性には限界があり、そもこれまで連続で切り伏せたアルテミット・ワンの重みに、既に剣は軋みをあげていた。
数度、拳と剣ががなり合う。
激しく周囲に衝撃を飛ばし合い――愛歌の身体を、タイプ・ヴィーナスの胞子が駆けていく。
なんとか身体を動かして、それはほとんど肌を撫でていく程度だが、それでも。
――直撃の際の脅威を、愛歌は認識するほかはない。
(当たれば、呑まれる――いえそれよりも)
――――振り遅れている。
斬撃皇帝が押し負け用としている。
限界が来るのが先か、はたまたキアラに一方上を行かれるのが先か。
どちらにせよ、愛歌はこの一瞬において追い詰められていた。
そして――
――ついに、斬撃皇帝が地に落ちる時が来た。
砕け散った黒の刃、キアラの拳は剣を貫き――そのまま愛歌へと迫る。
一撃必殺、何もそれはタイプ・ヴィーナスだけの力ではない。
キアラがそうであり――――
――そして愛歌もまた、そうであるように。
転移。
愛歌はキアラの攻撃を回避するとともに、タイプ・ヴィーナスの頭上に現れる。
距離は数光年ほど離れており、その周囲には無数の種子がひしめき合っているが、それでもなお。
――十分だと言わんば有りに笑みを深める。
「斬撃皇帝では届かない、貴方を切り捨てることができない。――でも、これならどう? 斬撃皇帝よりもなお、罪深くも人間臭い――この黒い銃身《ブラック・バレル》なら――!」
かくしてその手には、もう一度黒く光る銃が握られていた。
愛歌の狙いは単純だ。
たとえ斬撃皇帝で届かにレンジであろうと、黒の銃身ならば、強引に届かせることができる。
また、さらに言えば銃身には周囲を飛び交う侵略者たちを、根こそぎ黙らせる特効が存在していた。
だからこそ、愛歌はそれを振るうのだ。
狙いは余りにも単純で、故に――
――一切の隙も、あるはずはなく。
「死になさい――!」
言葉の直後――
――侵略者をまるごと貫いて進む一線は、確かにタイプ・ヴィーナス、最後の究極を撃ち落とすのであった。
◆
万策尽きた――と言わずとも、愛歌にしろ、キアラにしろ、もはや趣向を凝らす段階は過ぎていた。
キアラの力は、およそ太陽系全てを支配する程度の権能である。
愛歌の力もその程度、だからこそ、それ以上となれば、それこそ例えば“ムーンセルを作り上げた者達”を逆に支配でもしない限り不可能だ。
だからこそ、キアラは現状を焦りはなくとも驚嘆はしていた。
考える必要がある。
ここで取りうる選択肢から、最適解は何だ?
もはやリスクなく戦闘を終える状況ではなくなっている。
ならば、答えは一つしかありえない。
ムーンセルをより深く取り込む。
その意志の元――彼女は再び悶えていた。
「あぁ――あ――――あぁああ――――あぁァァああぁッ!」
身体を駆け巡る感覚、自我などありえざるものだと自己主張する無我。
ムーンセルそのものとなるのだ、故に“ムーンセルに取り込まれる”危険性は、ただ権能を振るう時よりも急激にその圧迫は増していく。
だが、それすらもキアラにとっては快楽であった。
自身に危険の無い程度を見極めているのだから当然であるし――それ以上に、キアラの人間性は“ムーンセルごとき”では握りつぶせないほどであったということか。
「いぃ……いいですわ! まさしく私好みの疼き、痛み、そして悦楽! もっと! もっとくださいまし――!」
言葉とともに、周囲の気配が増していく。
キアラの気配として漏れ出いた魔性が現像を伴って顕現するのだ。
そう、そこに――随喜自在第三外法快楽天は、正しくその異質を世界に露わにしていた。
周囲に浮かぶ薄く透けた白の手は、人を魔道へ誘うように。
そして美しくもおぞましい、殺生院キアラの頭上には、揺らめく月のような髑髏が現れる。
かくして、殺生院キアラは、ここに最上を晒した。
「――ふふ、ふふふ」
「……何がおかしいの?」
その様子を油断なく見守っていた愛歌が、遠くから声のみを響かせる。
どういうことか、――今のキアラには、愛歌に対する嘲りが見て取れた。
「いえ、あまりにも――」
そしてそれは――
「あまりにも、貴方は小さいと、そう思いまして」
実際全くもって、その通りだったのだ。
――直後、気がつけば愛歌は自身の身体があらぬ方向へ吹き飛んでいるのを感じた。
無意識が発動した最上級の守りが、作動しているのも感じる。
――――つまり、キアラに殴られた。
腹部の感覚はつまりそういうことか。
痛み、間違いなく――前回受けた時は意識が薄れていたがために――それは愛歌が、
初めて受ける、明確は痛みであった。
「ぐ、ぅ――」
声を漏らす。
直後、背後におそらく“気配と呼ぶべきなのだろう”者が迫る。
それすら判別できぬ間に、愛歌はなんとか転移を敢行した。
――転移した先で、自身がキアラの一撃を受けていた。
「がぁ――!」
もはや理解も追いつかぬ間に、愛歌は転移をがむしゃらに繰り返す。
ゾレはもはや、転移により移動している時間のほうが、実際に空間にあらわれている時間よりも長いほどだった。
おそらく、愛歌にしても最上級。
メルトリリスの時のそれを軽く上回る、無制限の転移を操る愛歌だからこそできる、究極の防戦が展開された。
――そして、わかったことが在る。
キアラの攻撃は、対応ならばできなくはない。
ただ、反撃など一切かなわないし、自分はただただ無様を晒すだけ。
どうしようもない。
キアラとて相応のリスクを晒しているのだ。
時間が立てば立つほど、キアラは窮地に追い込まれるだろう。
が、しかし――それより先に愛歌が死ぬ。
今の防戦は、常の愛歌のそれとは違う、一方的に、崖下へと突き落とされるべく、ジリジリ後退させられている最中なのだ。
対して愛歌が根源への接続を深めれば、どうか。
そもそも、愛歌の場合“これが自分の限界”である。
最大まで力を引き出して、故に今まで対等で互角の戦いを演じられた。
それが、これ以後は絶対に不可能になるのだ。
だからこそ、そう、だからこそ。
愛歌は、視線を向ける、この状況を打開する一手が必要となる、そしてそれを、視線の先に彼女は求めた。
視線の先には、そう――――未だ宇宙にぽつんと残る、黄金の劇場が存在していた。