ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
沙条愛歌とセイバーがアリーナに足を踏み入れた時、不可思議な感触が身体を襲う。
――すぐさま、それは不調となって愛歌に襲いかかった。
「――あら、これは……毒?」
不思議そうに身体を見回して、ふむ、とかんがえる。
セイバーは少し驚いた後、あくまで落ち着いた愛歌に倣ったのだろう、冷静な声で問いかける。
「毒? ……このアリーナ全体を覆う、宝具か?」
「結界系の、ね? あまり高度な結界ではないわ、神秘の薄れていない時代なら、普通の魔術師にも用意ができそうよ」
徐々に身体を蝕んでいく感覚はあるが、それがあまりに早いスピードで行われるわけではない。
問題は、毒をくらったという焦燥に駆り立てられてしまうことだ。
愛歌はあくまで余裕のように振る舞って、セイバーに声をかける。
「結界の起点を破壊しましょう。あまり気分のいいものではないのだから、ね?」
うむ、と力強くセイバーが首肯するのを見て、愛歌は満足気に頷いた。
相手の正体はしれないが――よもやここで引き返すわけにも行かない。
とりあえずは、この結界を破壊するべく、先へ進むことにした。
◆
アリーナの内部は、結界以外の異変は見られない。
別にそう遅れてアリーナに突入したわけではないのだろう、向こうも手品の準備ができていないというわけだ。
襲いかかるエネミーを二人がかりで屠りながら、周囲を探索する。
毒の効果は決してたいしたものではなく、しかしこれが妙に鬱陶しい。
常に身体に何らかの異常がのしかかる――セイバーからすれば、慣れたものではあるのだが。
愛歌は実に不満そうに、周囲に視線を向けていた。
「悪趣味な結界。単なる嫌がらせにしかなっていないのに、解除しないわけには行かない存在感。――まさしく、毒ね」
それは抗いがたい蜜のようだと、愛歌は言う。
無論、これが蜜だなどと馬鹿げた話だが――吸い寄せられてしまうのであれば、そう蜜とは変わるまい。
毒とは時に、美しいものであることも、あるのだから。
「……マスターよ」
ふと、セイバーが愛歌に呼びかける。
ちらりと視線をやれば、そこには何かしらの樹木。
あれは――イチイの木、だろうか。
「毒性の種を持つ木、それをアリーナの中に発芽させている、というわけ。イチイの木を神聖視するドルイド僧……キャスターかしらね」
「それはどうだろうな、奏者自身が言っていたではないか、この程度、魔術師ならばできて当然、と」
「けれど、わたしたちが来るまでに、果たしてどれくらい時間の猶予があったかしら。――どちらにせよ、相手はそれなりに優秀な、魔術師としての知識を持つ、そう考えたほうがよさそう」
何にせよ、警戒は必須。
特に、あの木の立地は非常に良くない。
(道の行き止まり、逃げ場のない場所に設置されている。……セイバー、いい?)
幾つかの点を注意するように、愛歌はセイバーへと告げる。
ふむ、ふむ、と何度か心の底で頷いて、そして。
(了解した。奏者よ、余にまかせておくが良い)
――敢えて、念話で会話を済ませて、愛歌とセイバーは結界を破壊するために足を急がせる。
空間転移は使わない、まさか知らないということはないだろうが――一回戦のライダーに対しても、あの奇襲は多少有効であった。
初見の相手にであれば、多少なりとも奇策として使用できるだろう。
目前に迫るエネミーをセイバーが切り裂き、先へ急ぐ。
その側には、愛歌達の歩みを観察する――無貌の王が、潜んでいた。
◆
(――なるほど、あの旦那が言っていたことも、あながち間違いじゃねぇか)
沙条愛歌、ダン・ブラックモアに悪魔と称された少女。
端から見れば実に愛らしい――“愛らしすぎるほどに”可憐な少女。
先ほどからセイバーと愛歌の戦闘、そして会話を盗み聞く限り――主導権はどうやら愛歌のほうにあるようだ。
それに、彼女は魔術というものをよく解っている。
この結界と、イチイの木の存在だけで、こちらが魔術を扱えることを正確に看破してきた。
ドルイド僧、というところまでも正解だ。
正確に言えば、アーチャーは“ドルイド僧としての手ほどきを父から受けた”だけの素人であるのだが。
(しかし解らねぇな。そんなとんでもねぇモンでもないだろ、あの“悪魔”っていう嬢ちゃんは)
――当然といえば当然か、脅威となるのはサーヴァントの方だ。
愛歌は遠慮なく彼女をセイバーと読んでいたし、剣を使うのだから、彼女はセイバーで間違いないだろう。
まさかライダーなどということもあるまい。
――セイバーは、七つのクラスでも最優とされるクラス。
油断はできない、彼女もこの地に呼ばれる英霊なのだから。
考えているうちに、セイバー達がイチイの木にたどり着く。
これ事態は、何の仕掛けもない単なる木。
無論、毒の発信源ではあるが――破壊に何の苦も要さないだろう。
しかし、それゆえに――
(ここまで続けていた緊張が、これを破壊しようとする時に一気に解ける)
考えても見れば当然のこと。
ここまで、セイバー達は結界に苦しみながらエネミーとの戦闘を行っていた。
その間も、アリーナの探索中も、常に気を張っていたはずだ。
(戦場で、気を緩めることこそ、絶対にしちゃいけないタブーだ。それをきっちり教えてやる。……その対価が命であっても、まぁ、恨まないでくれや)
覚悟を決める。
幼子を殺めるなど、アーチャーからしてみれば外道以下。
しかし、彼女はあの年にして既に魔術というものを理解している。
であれば気は進まないが――やるしかない。
アレは間違いなく、自分の敵だ。
そう、アーチャーは考えた。
しかし、それでもまだ足りなかったのだ。
あと少し、もう少し彼女に対する警戒を強めるべきであった。
戦場で油断があったのは、愛歌達ではなく、アーチャーだったのだ。
――その点、彼のマスターは実に用意周到であった。
「……む、障壁?」
セイバーが剣を振りかぶろうとして、何かに気がつく。
「あら、わかりにくいけれど、簡単な壁が張られているわね。貴方の力であれば、一撃で排除できるはずよ」
(――障壁?)
アーチャーの位置からはよく見えないが、どうやらセイバーの行く手は、何者かによって阻まれているようだ。
彼女の手が、虚空を押して、そこで遮られているのが解る。
「わたしを対策してのものね。これがあると、アレは使えないから」
「サーヴァントのものか?」
「さぁ」
――知らない。
アーチャーはそんな障壁、用意した覚えも用意するつもりもない。
それをやったのはマスター、ダン・ブラックモアだ。
(……おいおいおいおい、どういうことだよ、旦那。騎士のプライドだとかなんとか、そーいうもんに煩いアンタが、なんだってこんなこっすいマネを!)
それは怒りよりも驚愕に近いが、まさしくアーチャーは混乱の極みであった。
どういうことか、困惑し続ける思考。
だが、それとは別に、アーチャーの本能は、あくまで冷徹に準備を進める。
そも、ここに敵を誘い込んだのも、相手を“警戒させつつも”油断させるため。
なにせ気配がなく、姿も見えない相手。
ここまで何もないなら、もう何もないだろう。
心に、そう隙間を作るための手。
――しかし、その隙間をアーチャーは巧みに突く。
アーチャーは今、“無貌の王”と呼ばれる自身の姿を隠す宝具を身につけている。
これにより、セイバー達はアーチャーを捉えられない。
ならば、後は正々堂々真正面から、不意をついて殺してしまえばいい――!
簡単な事だ、それがアーチャーが生前やってきたことなのだから。
息をするよりも――
(じゃあな、若き天才魔術師さん)
もはやアーチャーの手は止まることはなく、無防備な沙条愛歌へと矢を放つ。
セイバーは今、障壁を切り払うために剣を振りかぶっている。
この状態では愛歌に危機が迫っても、それに対応することは不可能だ――!
アーチャーの狙いは必中だ。
この距離、外すことのほうが困難である。
それは、彼女の胴体に寸分違わず――――
否、愛歌はその場でくるりと、周囲を見渡しながら一歩横にそれた。
それだけで、アーチャーの矢は虚空へ消える。
(な――)
声を出さないことで、精一杯だった。
驚愕が、頭のなかを真っ白にする。
想像が、未来へ予測を告げる自身の脳内が、完全に停止したのだ。
今、愛歌はアーチャーの矢を回避した。
奇襲のための一の矢。
そしてその後の安堵から油断を誘う二の矢、それをどちらも――!
「――――アーチャー」
囁くように、しかしアーチャーにはっきりと聞こえる声で、愛歌は呼びかけた。
矢からクラスを把握した――?
否、それは“アーチャーの矢を回避すると同時に紡がれた”!
「貴方、とっても悪い子なのね」
悲鳴を抑えるのがやっとなほど、その言葉は狂気に満ちて。
その笑みは、死に染まっている。
――それは、つまり。
沙条愛歌は、アーチャーが矢を放つよりも前に――――
そのクラスを、その狙いすらも把握していた。
全部、手のひらのうちだった?
疑問が思考全てを染め上げる。
「――奏者よ!」
セイバーが、障壁とその先にあるイチイの木をなぎ払い、慌てて振り返る。
その顔には焦りがあった。
けれどもそれは、奇襲に対するものではなく、愛歌の行動に肝を冷やしているかのような――
「まさか本当に、“アーチャー”が襲ってきたのか!」
アーチャーの問いのほとんどを、セイバーが解きほぐしてくれた。
しかし、それは何の解決でもない。
状況が最悪であることが解っただけだ――!
「不意打ちだなんて、悪いことをしたアーチャーにはお仕置きが必要ね」
――――まずい。
思考の全てが、アーチャーに警戒を促す。
解っている、そんなこと最初から解っている――
(なんだよ、何なんだよこいつ! たかだか一人の小娘だっていうのに、なんだってこんなアホみたいな気配を持ってやがる。相手はサーヴァントと、天才クラスの魔術師一人……いつも通りの戦争をすればいい、そう考えてたんだがな)
沙条愛歌は、そんなものでは済まされない。
ダンの言葉が、ここに来て全て実感として理解できた。
あぁ、なるほど――
(こいつは、単なる軍隊のそれじゃない。それすらも超える災厄――悪魔そのものだ!)
心臓が高鳴っているのをその時、アーチャーは気がついた。
よみがえる記憶――これは、そう。
“初めて軍隊と交戦した時”のような。
軍隊という存在が、得体のしれないものだと感じていた時のそれ。
これが、未知と戦うという感覚――!
(なるほど、旦那はこれを直で感じたことがあるわけだ。でなけりゃ、あんな小娘を、悪魔と呼べるはずがない――!)
「ふふ、アーチャーは一体どこにいるのかしら。ブラックモア卿は、遠くにいると思うのだけれど……アーチャーは、この近くにいるわよね」
――気が付かれるはずはない。
矢を放った地点からはだいぶ距離を取った。
息を潜め、身を隠し、人間にこれを察知することは不可能だ。
いるということはわかっても、その特定など、無茶もいいところ。
サーヴァントをけしかけるなら、その相手をしながら後退していけばいい。
ダンと合流しアリーナから退出すれば、何の問題もないのだから。
「――――」
周囲を見渡し、アーチャーの様子を探る愛歌。
見つかるはずがない。
見つかるはずがない。
見つかることなど、ありえない――!
ふと、愛歌の視線と、アーチャーの視線が交錯した。
そんな、気がした。
それだけで――アーチャーはもはや視界すら歪ませる。
ただ立っているだけですら限界だ。
こんな感覚、人間に対して覚えてイイものではない。
呼吸を抑え、気配を抑えているのが奇跡に近い。
さすがは夜闇のサーヴァント、といったところか。
「んー……だめね」
愛歌は人差し指を口元にあて、思案するように小首を傾げた。
だめだ、と彼女は言う。
アーチャーは見つからなかった、ということか。
「気配を隠しているみたい、この辺りを焼き払ってもいいのだけれど……今日は退散しましょう、アーチャーのことで、いろいろ話したいこともあるし」
「――うむ、了解した。であればすぐにこの場をさろう。あまりサーヴァントに無防備を晒すのは危険だ」
(――どっちが危険だっつぅの!)
アーチャーの心底の本音は、決してセイバーには届かないが。
愛歌はセイバーの下へ近づいて、そしてアイテムを使用する。
このアリーナから、沙条愛歌は消え去った。
――安堵。
どっと、アーチャーの背に汗が吹き出す。
最低限にしていた息は、アーチャーの酸素をほぼすべて奪っていた。
なんとか意識を撮り直し、肩を落とす。
(――こればっかりは、旦那のいうことが正解、か。……もうゴメンだ、あんな危険は)
――油断していた。
相手はただのマスターのはずだった。
そう決めつけて、余裕ぶっていたのだ。
沙条愛歌は悪魔――ホンモノの化け物だ。
ようやくアーチャーは、それを実感として理解するのだった。