ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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13.緑衣の襲撃者

 沙条愛歌とセイバーがアリーナに足を踏み入れた時、不可思議な感触が身体を襲う。

 ――すぐさま、それは不調となって愛歌に襲いかかった。

 

「――あら、これは……毒?」

 

 不思議そうに身体を見回して、ふむ、とかんがえる。

 セイバーは少し驚いた後、あくまで落ち着いた愛歌に倣ったのだろう、冷静な声で問いかける。

 

「毒? ……このアリーナ全体を覆う、宝具か?」

 

「結界系の、ね? あまり高度な結界ではないわ、神秘の薄れていない時代なら、普通の魔術師にも用意ができそうよ」

 

 徐々に身体を蝕んでいく感覚はあるが、それがあまりに早いスピードで行われるわけではない。

 問題は、毒をくらったという焦燥に駆り立てられてしまうことだ。

 愛歌はあくまで余裕のように振る舞って、セイバーに声をかける。

 

「結界の起点を破壊しましょう。あまり気分のいいものではないのだから、ね?」

 

 うむ、と力強くセイバーが首肯するのを見て、愛歌は満足気に頷いた。

 相手の正体はしれないが――よもやここで引き返すわけにも行かない。

 とりあえずは、この結界を破壊するべく、先へ進むことにした。

 

 

 ◆

 

 

 アリーナの内部は、結界以外の異変は見られない。

 別にそう遅れてアリーナに突入したわけではないのだろう、向こうも手品の準備ができていないというわけだ。

 

 襲いかかるエネミーを二人がかりで屠りながら、周囲を探索する。

 毒の効果は決してたいしたものではなく、しかしこれが妙に鬱陶しい。

 常に身体に何らかの異常がのしかかる――セイバーからすれば、慣れたものではあるのだが。

 

 愛歌は実に不満そうに、周囲に視線を向けていた。

 

「悪趣味な結界。単なる嫌がらせにしかなっていないのに、解除しないわけには行かない存在感。――まさしく、毒ね」

 

 それは抗いがたい蜜のようだと、愛歌は言う。

 無論、これが蜜だなどと馬鹿げた話だが――吸い寄せられてしまうのであれば、そう蜜とは変わるまい。

 毒とは時に、美しいものであることも、あるのだから。

 

「……マスターよ」

 

 ふと、セイバーが愛歌に呼びかける。

 ちらりと視線をやれば、そこには何かしらの樹木。

 あれは――イチイの木、だろうか。

 

「毒性の種を持つ木、それをアリーナの中に発芽させている、というわけ。イチイの木を神聖視するドルイド僧……キャスターかしらね」

 

「それはどうだろうな、奏者自身が言っていたではないか、この程度、魔術師ならばできて当然、と」

 

「けれど、わたしたちが来るまでに、果たしてどれくらい時間の猶予があったかしら。――どちらにせよ、相手はそれなりに優秀な、魔術師としての知識を持つ、そう考えたほうがよさそう」

 

 何にせよ、警戒は必須。

 特に、あの木の立地は非常に良くない。

 

(道の行き止まり、逃げ場のない場所に設置されている。……セイバー、いい?)

 

 幾つかの点を注意するように、愛歌はセイバーへと告げる。

 ふむ、ふむ、と何度か心の底で頷いて、そして。

 

(了解した。奏者よ、余にまかせておくが良い)

 

 ――敢えて、念話で会話を済ませて、愛歌とセイバーは結界を破壊するために足を急がせる。

 空間転移は使わない、まさか知らないということはないだろうが――一回戦のライダーに対しても、あの奇襲は多少有効であった。

 

 初見の相手にであれば、多少なりとも奇策として使用できるだろう。

 

 目前に迫るエネミーをセイバーが切り裂き、先へ急ぐ。

 

 その側には、愛歌達の歩みを観察する――無貌の王が、潜んでいた。

 

 

 ◆

 

 

(――なるほど、あの旦那が言っていたことも、あながち間違いじゃねぇか)

 

 沙条愛歌、ダン・ブラックモアに悪魔と称された少女。

 端から見れば実に愛らしい――“愛らしすぎるほどに”可憐な少女。

 先ほどからセイバーと愛歌の戦闘、そして会話を盗み聞く限り――主導権はどうやら愛歌のほうにあるようだ。

 

 それに、彼女は魔術というものをよく解っている。

 この結界と、イチイの木の存在だけで、こちらが魔術を扱えることを正確に看破してきた。

 

 ドルイド僧、というところまでも正解だ。

 正確に言えば、アーチャーは“ドルイド僧としての手ほどきを父から受けた”だけの素人であるのだが。

 

(しかし解らねぇな。そんなとんでもねぇモンでもないだろ、あの“悪魔”っていう嬢ちゃんは)

 

 ――当然といえば当然か、脅威となるのはサーヴァントの方だ。

 愛歌は遠慮なく彼女をセイバーと読んでいたし、剣を使うのだから、彼女はセイバーで間違いないだろう。

 まさかライダーなどということもあるまい。

 

 ――セイバーは、七つのクラスでも最優とされるクラス。

 油断はできない、彼女もこの地に呼ばれる英霊なのだから。

 

 考えているうちに、セイバー達がイチイの木にたどり着く。

 これ事態は、何の仕掛けもない単なる木。

 無論、毒の発信源ではあるが――破壊に何の苦も要さないだろう。

 

 しかし、それゆえに――

 

(ここまで続けていた緊張が、これを破壊しようとする時に一気に解ける)

 

 考えても見れば当然のこと。

 ここまで、セイバー達は結界に苦しみながらエネミーとの戦闘を行っていた。

 その間も、アリーナの探索中も、常に気を張っていたはずだ。

 

(戦場で、気を緩めることこそ、絶対にしちゃいけないタブーだ。それをきっちり教えてやる。……その対価が命であっても、まぁ、恨まないでくれや)

 

 覚悟を決める。

 幼子を殺めるなど、アーチャーからしてみれば外道以下。

 しかし、彼女はあの年にして既に魔術というものを理解している。

 であれば気は進まないが――やるしかない。

 アレは間違いなく、自分の敵だ。

 

 そう、アーチャーは考えた。

 しかし、それでもまだ足りなかったのだ。

 あと少し、もう少し彼女に対する警戒を強めるべきであった。

 戦場で油断があったのは、愛歌達ではなく、アーチャーだったのだ。

 

 ――その点、彼のマスターは実に用意周到であった。

 

「……む、障壁?」

 

 セイバーが剣を振りかぶろうとして、何かに気がつく。

 

「あら、わかりにくいけれど、簡単な壁が張られているわね。貴方の力であれば、一撃で排除できるはずよ」

 

(――障壁?)

 

 アーチャーの位置からはよく見えないが、どうやらセイバーの行く手は、何者かによって阻まれているようだ。

 彼女の手が、虚空を押して、そこで遮られているのが解る。

 

「わたしを対策してのものね。これがあると、アレは使えないから」

 

「サーヴァントのものか?」

 

「さぁ」

 

 ――知らない。

 アーチャーはそんな障壁、用意した覚えも用意するつもりもない。

 それをやったのはマスター、ダン・ブラックモアだ。

 

(……おいおいおいおい、どういうことだよ、旦那。騎士のプライドだとかなんとか、そーいうもんに煩いアンタが、なんだってこんなこっすいマネを!)

 

 それは怒りよりも驚愕に近いが、まさしくアーチャーは混乱の極みであった。

 どういうことか、困惑し続ける思考。

 だが、それとは別に、アーチャーの本能は、あくまで冷徹に準備を進める。

 

 そも、ここに敵を誘い込んだのも、相手を“警戒させつつも”油断させるため。

 なにせ気配がなく、姿も見えない相手。

 ここまで何もないなら、もう何もないだろう。

 心に、そう隙間を作るための手。

 

 ――しかし、その隙間をアーチャーは巧みに突く。

 

 アーチャーは今、“無貌の王”と呼ばれる自身の姿を隠す宝具を身につけている。

 これにより、セイバー達はアーチャーを捉えられない。

 ならば、後は正々堂々真正面から、不意をついて殺してしまえばいい――!

 

 簡単な事だ、それがアーチャーが生前やってきたことなのだから。

 息をするよりも――

 

(じゃあな、若き天才魔術師さん)

 

 もはやアーチャーの手は止まることはなく、無防備な沙条愛歌へと矢を放つ。

 

 セイバーは今、障壁を切り払うために剣を振りかぶっている。

 この状態では愛歌に危機が迫っても、それに対応することは不可能だ――!

 

 アーチャーの狙いは必中だ。

 この距離、外すことのほうが困難である。

 それは、彼女の胴体に寸分違わず――――

 

 

 否、愛歌はその場でくるりと、周囲を見渡しながら一歩横にそれた。

 

 

 それだけで、アーチャーの矢は虚空へ消える。

 

(な――)

 

 声を出さないことで、精一杯だった。

 驚愕が、頭のなかを真っ白にする。

 想像が、未来へ予測を告げる自身の脳内が、完全に停止したのだ。

 

 今、愛歌はアーチャーの矢を回避した。

 奇襲のための一の矢。

 そしてその後の安堵から油断を誘う二の矢、それをどちらも――!

 

 

「――――アーチャー」

 

 

 囁くように、しかしアーチャーにはっきりと聞こえる声で、愛歌は呼びかけた。

 矢からクラスを把握した――?

 否、それは“アーチャーの矢を回避すると同時に紡がれた”!

 

 

「貴方、とっても悪い子なのね」

 

 

 悲鳴を抑えるのがやっとなほど、その言葉は狂気に満ちて。

 その笑みは、死に染まっている。

 

 ――それは、つまり。

 

 沙条愛歌は、アーチャーが矢を放つよりも前に――――

 

 

 そのクラスを、その狙いすらも把握していた。

 

 

 全部、手のひらのうちだった?

 疑問が思考全てを染め上げる。

 

「――奏者よ!」

 

 セイバーが、障壁とその先にあるイチイの木をなぎ払い、慌てて振り返る。

 その顔には焦りがあった。

 けれどもそれは、奇襲に対するものではなく、愛歌の行動に肝を冷やしているかのような――

 

「まさか本当に、“アーチャー”が襲ってきたのか!」

 

 アーチャーの問いのほとんどを、セイバーが解きほぐしてくれた。

 しかし、それは何の解決でもない。

 状況が最悪であることが解っただけだ――!

 

「不意打ちだなんて、悪いことをしたアーチャーにはお仕置きが必要ね」

 

 ――――まずい。

 

 思考の全てが、アーチャーに警戒を促す。

 解っている、そんなこと最初から解っている――

 

(なんだよ、何なんだよこいつ! たかだか一人の小娘だっていうのに、なんだってこんなアホみたいな気配を持ってやがる。相手はサーヴァントと、天才クラスの魔術師一人……いつも通りの戦争をすればいい、そう考えてたんだがな)

 

 沙条愛歌は、そんなものでは済まされない。

 ダンの言葉が、ここに来て全て実感として理解できた。

 あぁ、なるほど――

 

 

(こいつは、単なる軍隊のそれじゃない。それすらも超える災厄――悪魔そのものだ!)

 

 

 心臓が高鳴っているのをその時、アーチャーは気がついた。

 よみがえる記憶――これは、そう。

 “初めて軍隊と交戦した時”のような。

 

 軍隊という存在が、得体のしれないものだと感じていた時のそれ。

 これが、未知と戦うという感覚――!

 

(なるほど、旦那はこれを直で感じたことがあるわけだ。でなけりゃ、あんな小娘を、悪魔と呼べるはずがない――!)

 

「ふふ、アーチャーは一体どこにいるのかしら。ブラックモア卿は、遠くにいると思うのだけれど……アーチャーは、この近くにいるわよね」

 

 ――気が付かれるはずはない。 

 矢を放った地点からはだいぶ距離を取った。

 息を潜め、身を隠し、人間にこれを察知することは不可能だ。

 

 いるということはわかっても、その特定など、無茶もいいところ。

 サーヴァントをけしかけるなら、その相手をしながら後退していけばいい。

 ダンと合流しアリーナから退出すれば、何の問題もないのだから。

 

「――――」

 

 周囲を見渡し、アーチャーの様子を探る愛歌。

 

 見つかるはずがない。

 見つかるはずがない。

 見つかることなど、ありえない――!

 

 

 ふと、愛歌の視線と、アーチャーの視線が交錯した。

 

 

 そんな、気がした。

 それだけで――アーチャーはもはや視界すら歪ませる。

 ただ立っているだけですら限界だ。

 こんな感覚、人間に対して覚えてイイものではない。

 

 呼吸を抑え、気配を抑えているのが奇跡に近い。

 さすがは夜闇のサーヴァント、といったところか。

 

「んー……だめね」

 

 愛歌は人差し指を口元にあて、思案するように小首を傾げた。

 だめだ、と彼女は言う。

 アーチャーは見つからなかった、ということか。

 

「気配を隠しているみたい、この辺りを焼き払ってもいいのだけれど……今日は退散しましょう、アーチャーのことで、いろいろ話したいこともあるし」

 

「――うむ、了解した。であればすぐにこの場をさろう。あまりサーヴァントに無防備を晒すのは危険だ」

 

(――どっちが危険だっつぅの!)

 

 アーチャーの心底の本音は、決してセイバーには届かないが。

 愛歌はセイバーの下へ近づいて、そしてアイテムを使用する。

 

 このアリーナから、沙条愛歌は消え去った。

 

 

 ――安堵。

 

 

 どっと、アーチャーの背に汗が吹き出す。

 最低限にしていた息は、アーチャーの酸素をほぼすべて奪っていた。

 なんとか意識を撮り直し、肩を落とす。

 

(――こればっかりは、旦那のいうことが正解、か。……もうゴメンだ、あんな危険は)

 

 ――油断していた。

 相手はただのマスターのはずだった。

 そう決めつけて、余裕ぶっていたのだ。

 

 沙条愛歌は悪魔――ホンモノの化け物だ。

 

 ようやくアーチャーは、それを実感として理解するのだった。


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