ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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17.宣戦布告

 ――決戦前夜。

 マイルームにて、アーチャーは身体を休めながら、ダン・ブラックモアに問いかける。

 

「……にしても旦那、何なんだありゃあ」

 

 ――声には、隠し切れないほどの疲労が見て取れる。

 彼らしい軽口も叩く余裕など無く、手近なイスに倒れこむ。

 

「――沙条愛歌。あの魔術師(メイガス)が表の舞台に姿を見せたのは、今から二年ほど前のことだ」

 

 当時、彼女は西欧財閥に対するレジスタンスに所属していた。

 魔術師として、現実世界ですら圧倒的な実力を誇った彼女は、その実力でもって西欧財閥の戦力を、立った一ヶ月で一割削った。

 

「……一割?」

 

「あぁそうだ。当時、あの者を討伐しようと財閥は躍起になってな、そしてその全てが――生死自体は問わないとはいえ――殲滅された」

 

「……せん、めつ?」

 

 ――耳を疑うような単語であった。

 殲滅といえば、“何一つ残らない”という意味合いだ。

 少なくとも、戦場ではそのように使われる。

 

 それを、あの少女がたった一人で、成し遂げてしまったというのか?

 

「無論、当時の彼女はレジスタンスに所属していた。一人、というわけではなかったよ」

 

 聞いて思わず、心底アーチャーは安堵した。

 そんなバケモノ――英霊ですら荷が重いのではないか。

 そう思わざるを得なかったのだ。

 

「――そして、それから少し後、彼女はレジスタンスを出奔した」

 

 その理由を、財閥側――ダンはよくしらない。

 しかし、その後の活動を考えれば――

 気まぐれ、と言わざるを得ないのだろう。

 

「結果として、あの魔術師は世界を敵に回すこととなった。その後、彼女はどう扱われただろう?」

 

 問いを、アーチャーへ与えた。

 少しばかり逡巡し、やがてそれに行き着く――

 

「――放置された。そうだろう、旦那」

 

 正解だ。

 沙条愛歌は、レジスタンスにも、西欧財閥にも味方しない存在となった。

 

「レジスタンスの力もあったとはいえ、世界を支配しつつある勢力の戦力を一割も難なく削ってみせた存在――それはもはや災害だった」

 

 災害に、喧嘩を売るのはバカの仕事だ。

 ――ならばいっそ、その災害が自身の敵に向くよう、小細工を仕掛けるほうが余程利口。

 

「結果、彼女は時折現れる愚者を蹴散らしながら、現在の立ち位置を得た。――わしがあの魔術師(メイガス)と出会ったのは、彼女の評価が固まりつつある頃だった」

 

 演習中の、ダン率いる軍隊に、沙条愛歌が偶然“通りかかった”のだ。

 それは本当に、何の必然もない邂逅であった。

 周囲が緊張と恐慌に揺れるなか、愛歌はダンと幾つか会話をして、その場を去っていった。

 

 ――あれが原因で、隊に所属していた者の三割が戦場に立てなくなったのは、まさしく災害と呼ぶべきだろう。

 

「彼女はわしの名を問い、自分の名を告げた。話したことは、本当につまらない雑談のようなものだったよ。――しかし、何時わしの部下たちに、その牙が向けられないか、気が気で無かったよ」

 

 単なる幼い少女であるはずの沙条愛歌から、ダンは世界の終焉を感じ取った。

 そこにあるだけで、まるで最終戦争(ハーマゲドン)が顕現したかのようだった。

 

 少なくとも、あれは実際に戦場で相対さねば解らないだろう。

 それほどまでに彼女は、その身体に恐怖を帯びさせていたのだ。

 

「……そして、わしが指揮する作戦に、あの娘が参加することとなった。――その時ほど、神に感謝を捧げた時はないよ。アレは、つまりそういう存在だ」

 

 ただあるだけで、局地の戦闘の勝利が決まる存在。

 やもすれば、世界すらも変革する存在。

 

 あらゆるものの根源すらも揺るがす力そのもの。

 ――故に、“根源接続者”。

 

「――そんなもんに、勝てるのかよ」

 

 アーチャーは、弱音をこぼすように言う。

 ――けれどもそれは、ダンの返答を確信してのものであった。

 

 ダンは、威厳を保った、しかし優しげな声で答える。

 

「勝つとも。これは戦争だ。たとえどれほどの災害であろうと、あの魔術師は人間だ。悪魔ではあるが――魔人ではない。人間の範疇であれば、勝機はありうる」

 

 それをアーチャーは求めていたのだ。

 アーチャーがどれだけ弱音を吐こうとも、ダンはそれを認めない。

 故に、それを求めたのだ。

 

 自身のマスターは、相手がどれほどの存在であろうと、それに勝利しようとしている。

 

「……っは、それでこそ旦那だ。まぁ、旦那が言うなら嘘じゃねぇ。だったら俺は、俺がデキる仕事をするだけでさ」

 

「ふ……、任せるが良い。わしは聖杯を手にするためにここに来た……相手がなんであれ、勝負を捨てるなどありえない」

 

 ――どれほどの相手であろうと、ダンは蛮勇を震わせる。

 それは、アーチャーが憧れた騎士の姿だ。

 少しだけ、憧れていた。

 誰かのために、剣をふるって。

 誰かに勇気を与えられ、その誰かを守るという夢。

 

 あぁなるほど――自分は今、その騎士とともに在ると言うわけだ。

 

「アーチャーよ。これは戦争だ、相手は悪魔だ。騎士として、それは神聖なる決闘ではなく、大いなる試練ではないかとわしは思う」

 

 ニヒルな顔の奥に隠した、そんな自分でも青臭いと思うような願いを、知ってか知らずか。

 ダンはアーチャーを諭すように語る。

 

「騎士であることを忘れてはならない。おまえも弓兵としてこの場に呼ばれたのだ。騎士として、ふさわしい態度があるだろう。故に、畜生のような戦いは、不要だアーチャー」

 

 ――それは、アーチャーがするしかなかった戦いの話。

 それは、これから仕掛けるものが、アーチャーのそれとは違うのだという、そういう話だ。

 

 

「決着をつけるぞ、アーチャー」

 

 

 その言葉はアーチャーにとっての誇りとなる。

 戦争の方針は決定的に合わないけれども、それでも、アーチャーはこのマスターに召喚されることが、限りなく幸福であるのだ。

 

 

 ♪

 

 

 エレベーターの中。

 対戦者の乗るエレベーターは声が通るほどつながっているが、中央には障壁が設置されている。

 同じ場所にありながら隔絶された空間。

 そして何より、決戦ヘ向かう、殺し合いの前の空間。

 

「――――」

 

 ダン・ブラックモアは沈黙している。

 

「…………」

 

 沙条愛歌もまた同様、話すことが無いようだ。

 

 敵のサーヴァント、紅いセイバーも沈黙し、それがアーチャーを圧迫する。

 しかし――目の前のマスター、沙条愛歌に声をかけることは、それもまた憚られるのだ。

 

 沈黙を破ったのは、――件の少女、愛歌であった。

 

 

「そういえば――アーチャーさん?」

 

 

 言葉の矛先は、アーチャーへと向けられていた。

 思わず、息が詰まる。

 なんということはない只の人間だというのに――それでも脳裏に焼きつく、初日の光景。

 この間にしてもそうだ。

 あの後、第二層でも彼女と遭遇したが、体の奥底に何かが沈殿するのをアーチャーは感じた。

 多少の戦闘をセイバーと行ったが、それに支障は覚えなかった。

 

 それでも、そこにいるだけで、何かを身体が覚えるのだ。

 

「……この間は、よくもやってくれたわね?」

 

 言葉は、どこか子どもの遊びのような、気楽さすらも感じる物だ。

 そこに真剣味は存在しない。

 それでも――それでも、愛歌はアーチャーの心臓を締め付ける。

 

「そりゃあ、これは戦争だぜ。お遊戯のような甘っちょろい考えは、ここには存在しないんでね」

 

 愛歌は、ただ笑うのみで、アーチャーの言葉に答えない。

 ダンもセイバーも、沈黙のまま動かず、またも空白がアーチャーを締め上げる。

 

「じゃあ、死にましょう?」

 

 まるで呼びかけるように。

 それは返答ではない、アーチャーの言葉に答えたのではない。

 

 一方的に、愛歌がアーチャーへ伝えるのだ。

 

「殺し合いの中で、戦場の中で――」

 

 

 振動、エレベーターが停止したのだ。

 

 

「貴方は、夢へと還り、泡沫と消えるの」

 

 

 ◆

 

 

 決戦場は、さながら朽ち落ちた廃墟。

 自然に飲み込まれた人の爪痕。

 

 こうなってしまえば、もはや人など自然の一部でしかないことが知れるだろう。

 どれだけ世界の支配者を気取ろうと、その支配者はいつしか闇に消え、後には自然だけが残される。

 

 ――ここはつまり、そういう場所だ。

 

 決戦ゆえの静寂か――はたまた、自然ゆえの静寂か。

 周囲には無音だけが虚しく響く。

 セイバー達も、アーチャー達も、ともに少し歩を進め、十分な距離をとって、停止した。

 

 それからもう、音はない。

 自身の息遣いがイヤに響いて聞こえるのだ。

 

 ――そして、

 

「奏者よ、この男をここで切ろうぞ、余はそのための剣である」

 

「アーチャーよ、臆するな、そこに居るのは人間だ。君が斃せない何かではない」

 

 決戦場に到着し、これまで沈黙していた赤のセイバーと、ダン・ブラックモアが声を張り上げる。

 さながら決闘の直前、自身の名を名乗りあげる時のような。

 

 愛歌は答えない。

 必要がないからだ。

 

 ――少なくとも、その程度の信頼は、アーチャーにも感じられた。

 

(この、悪魔みたいな嬢ちゃんのサーヴァント。一体どんなバケモノかと思えば、そんなことはない、これほどまでに全うなサーヴァントの、真名は一体なんだ?)

 

 彼女はどうやら皇のようだ。

 しかし、どうやら女帝というふうでもない。

 名のしれた英霊であるはずなのだ。

 

 ――後一歩が、彼女の姿をあやふやにする。

 

(何にせよ――悪魔に取り行ったのが不幸と思いな、サーヴァント!)

 

 思考は途切れる。

 ――戦闘開始の、瞬間であった。

 

 ◆

 

 

 アーチャーの弓がセイバーの足元へ迫る。

 横へ少し飛び、セイバーは接近を続けた。

 

 それでも、その間にアーチャーとの間には空白が開く。

 追いつけない――セイバー最大の利点である機動力がアーチャーの牽制で殺されている。

 

 あちらも、恐らく狩人としては最高クラスの速度を誇る。

 こちらを振り切りながら、幾度と無く矢を飛ばすのだ。

 セイバーはそれを一度として受ける訳にはいかない。

 アーチャーは毒使い、これら全ての矢を毒矢としているはずだ。

 

 サーヴァントであれば耐えられるかもしれない。

 それでも、喰らわないのであれば、喰らわないほうが無難というもの。

 

「埒が開かないな――!」

 

「こちとら、持久戦が本分なもんでね!」

 

 かつて、二年もの間軍隊をたった一人で追い払い続けた男。

 顔のない王(ロビンフッド)は、突進するセイバーを適確に流していく。

 

 自身の目前に迫った剣。

 ――それをアーチャーは実に余裕を持った態勢で回避してみせる。

 そのまま、地面に剣を叩きつけたセイバーへ、毒矢を放ち、後方へ飛び退る。

 

 迫るそれをセイバーが剣でなぎ払い、地面に矢が転がり堕ちる。

 続けざまにアーチャーは第二射。

 今度は地面、深々と鏃が突き刺さる――

 

「であれば……!」

 

 セイバーが一歩後方に下がり、剣を構え直す。

 魔力がゆらめき――

 

「遮られるのなら――その天幕を切り裂く!」

 

 セイバーが射出される。

 それでも、

 

「アメぇよ。見え見えだそんな手!」

 

 

 ――直後、セイバーの足元が爆発に巻き込まれる。

 

 

「――繁みの棘。足元がお留守だぜ、セイバー」

 

 吹き上がったのはアーチャーによる一種の地雷のようなもの。

 発動のタイミングはアーチャーの任意であるが、相手の出鼻をくじくのに、これほど相性のいい手は早々存在しない。

 

 ――セイバーの視界が緑色の煙に包まれた。

 アーチャーは、ちらりとセイバーのマスター、沙条愛歌へ視線を向ける。

 彼女は行動を起こしていない。

 それはダンも同様であるが――それが油断ならば、ここでそれを突くべきだ。

 

「――アーチャー」

 

 ダンもまた、それは同様に――

 コードキャスト『gain_str(16)』、効果は、サーヴァントの筋力ステータスを上昇させる――!

 

 

「―――無貌の王、参る」

 

 

 静かに、アーチャーはそのばから掻き消える。

 

 ――顔のない王(ノーフェイス・メイキング)

 自身の姿を消失させる、アーチャーの宝具がひとつ。

 これにより、誰もアーチャーを見つけられなくなる。

 

 完全に、この世界から、人の視界から消え失せるのだ。

 

 視界を失い、アーチャーを見失ったセイバーを狙う。

 アーチャー最大の切り札。

 

 消えた場所から一度距離を取り、矢を番え、弓を構える。

 この毒は必殺の毒。

 ――アーチャーが用意しうる、最大級の効果を発揮する。

 

(――これで終わりだ、消えな――セイバー!)

 

 勝利を確信する。

 ――故に、気がつかない。

 

 

 アーチャーは、自身の後ろに出現した沙条愛歌に、気がつかない。


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