ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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18.黒夜の騎士道

「――――顔無き騎士の躯は、いまここに燃え尽きる」

 

 

 声。

 

 それは、如何なるものか。

 アーチャーには、それを判断することができなかった。

 

 何とか身を翻し“一撃目”を回避して――二撃目。

 災厄が如き炎に包まれる。

 

 コードキャスト『手のひらの災禍(リセット)』。

 あらゆる障害を燃やし尽くし――人から呼吸を奪う、街の炎上。

 

 ――――沙条愛歌の魔術(プログラム)だ。

 

「な――――に?」

 

 感覚が、焼け落ちるのが解る。

 自身の直感に任せ回避した上で、ようやくそれを理解する。

 戦場において身につけた、スキルにも満たない戦闘技能。

 ――助けられた。

 まだ、死んでいない。

 

 炎から逃れるように飛び退きながら、アーチャーは瞠目する。

 どういうことだ。

 ――どういうことだ。

 

 二度、驚愕。

 沙条愛歌が自身の居場所を突き止めたこと。

 彼女によって、無貌の王が燃え尽きたこと。

 

 後者は単純、彼女によって宝具の使用がキャンセルされただけのこと。

 今は使用不能だが、少しすれば再び使用可能になるだろう。

 

 だが、前者。

 

「……てめぇ! どーいう理屈で俺がここにいるのがわかったんだよ」

 

 愛歌へ向けて叫びながら、再びアーチャーは戦闘へ戻る。

 セイバーが戦線に復帰したのだ。

 愛歌は答えない、答える義理もないし、暇もない。

 

 セイバーの表情は怒りに近いものであった。

 敵意がより研ぎ澄まされている、速度も――間違いなく先ほど以上!

 

(……くそ! 種の知れねぇ手品ほど、こういう時怖いもんはねぇな!)

 

 ――思わず歯噛みする。

 あぁやはり、沙条愛歌はバケモノだ。

 

 これほど得体のしれない相手とやり合うなど、無謀もいいところ。

 人生において経験したことのない戦闘にアーチャーは心身を尖らせる――

 

 

 ◆

 

 

 わかってはいたが、やはり愛歌の奇襲はアーチャーを大きく揺さぶったようだ。

 初日の襲撃からアーチャーが姿を隠せることは把握できた。

 その上で、それを突破する方法が愛歌にはあったのだ。

 

 簡単にいえば、空間転移の応用である。

 

 空間転移はその特性上、人や障害物のある場所に、上書きするように転移、ということはできない。

 あくまで何もない場所に出現することがこの魔術(プログラム)の制限だ。

 

 であれば、

 

 ――如何にしてそれを、愛歌は判断しているのだろうか。

 簡単な事だ、障害物に転移できないということは、それを愛歌は認識している。

 “転移できない場所”を、愛歌は理解しているのだ。

 

 とすれば、後は単純だ。

 アーチャーの居場所、つまり――“転移できない場所”を、最初から愛歌は把握していた。

 

 あの時アーチャーに手を出さなかったのは、そのほうが勝利を確実にできるから。

 あそこはアリーナ、しかもアーチャー陣営が先に突入しており、“何か”を仕掛けられる可能性がある。

 

 決戦場においてはそれがなく、完全に対等な状況は、それだけで“毒”を使うアーチャー達には不利となる。

 加えて、あの場においてああ振る舞うことで、アーチャーの恐怖を呼び出した。

 愛歌は意図してアーチャーの感情を煽ってみせたのだ。

 

 その全てが愛歌の手のひらの上。

 戦慄せざるを得ない、一回戦にしてもそうだが、愛歌の洞察力は人知を逸している。

 あの“幸運”すらも武器としたライダーと慎二の奇策は、愛歌でなければ対応できなかったはずだ。

 

 格上殺しとしての高いスペックを誇るライダー陣営すらも、上から叩き潰せるほどの格。

 ――はたしてアーチャーに、それと相対する実力があろうものか。

 

 セイバーは、思考を愛歌に向けながらも、ひたすらアーチャーに押し迫る。

 幾重もの矢を回避し、叩き落として、アーチャーへと剣を向ける。

 

 速度はセイバーのほうが上手。

 しかしやはり戦略の英霊、戦い方が実に巧い。

 たった一人で、軍隊を相手取るなど、セイバーからしてみれば正気の沙汰ではない。

 それも、セイバーが軍を指揮する側であるがゆえの考えか。

 

 何にしても、惜しい英霊であると、セイバーは思う。

 その才も、そのひたむきさも、一人の人間としては好ましく思う。

 しかし、為政者として、彼のような存在を許すことはできなかった。

 ――故に、惜しい。

 

 ――――ふと、

 

「……は、はは、そうだよな」

 

 アーチャーが弓を番えながら、何かをつぶやく。

 独り言のようだ。

 しかし、聞こえないわけではない。

 こちらを意識していない、そういう声量。

 

 ――何かが来る。

 直感に頼らずとも、それが解った。

 

「たとえどれだけマスターがバケモノだろうと、サーヴァントはサーヴァント。……だったら、俺は俺の仕事をするだけだ――」

 

 それが何であるか。

 考えるまでもない。

 アーチャーの切り札がひとつ、『顔の無い王(ノーフェイス・メーキング)』は愛歌が対処した。

 とすれば、残る彼のこの場における選択肢は、一つしか無い――!

 

 

「――展開しろ、シャーウッドの森よ!」

 

 

 直後――――セイバーの身体に、猛烈な違和感がのしかかる。

 

 それと同時、セイバーは捉える。

 周囲に散らばった、アーチャーがばら撒いた矢。

 

 ――その鏃から、無数の樹木が、急成長したのだ。

 迫るセイバーへの牽制として放った矢の中には、魔力を含んだものが含まれている。

 それらが線を描き円を描き、魔法陣を完成させる。

 これがアーチャーの策、戦略そのもの。

 

 思い出されるのはイチイの木を起点として作られた、アリーナに張り巡らされた毒。

 その時は、身体にへばりつくような、そんな鬱陶しいシロモノであったが。

 ――これはその比ではない。

 

(まさか、成長した樹木の数だけ、効果が増幅している――?)

 

 樹木の数はおおよそ十とそこら。

 木が育つには狭いこの決戦場であれば、十分森と呼べる規模。

 全力を行使すれば、更にこの木を利用したゲリラ戦すら可能となるかもしれない。

 さすがに、それには数が少なすぎるが――

 

 それでもセイバーに“服毒”させるための結界としては、これで十分。

 

(……まずい、破壊を――)

 

 アーチャーの宝具は、おおよそ見当がつく。

 とすれば、この結界はいち早く破壊しなければならない。

 ただでさえ難行だ。

 なにせこの結界、起点はひとつではない。

 ここに出現した十数のイチイの木、それら全てを破壊しなければならないのである――!

 ――だが、

 

「……あめぇよ。チンタラ破壊なんざ、させるわけないっつーの」

 

 アーチャーの軽口が飛ぶ。

 同時、手近の樹に剣を振りかぶったセイバーに、アーチャーの毒矢が殺到する。

 一の矢、それを回避し、続くニの矢。

 何とか剣でたたき落とした――そして、更に後方に飛び退こうとして、身体がそれに追いつかない。

 

 毒だ。

 ――頭がいたい、いつもの頭痛の比ではない。

 もはや、これを耐えるなど想像すらも及ばない――!

 

 ――――三の矢。

 もはや、セイバーには剣を盾とし、それを弾くことしか敵わない。

 そのままよろよろと、本来破壊スべきイチイの木を壁とするべく、よりかかる。

 

「――そこまでだぜ、さぁ、これで終わりだ」

 

 アーチャーから、独特の魔力の気配が膨れ上がる。

 間違いようがない。

 それは宝具――

 

 

「――森よ、その神秘でもって、圧制者の支配を打ち破れ。“祈りの弓(イー・バウ)”」

 

 

 ――――祈りの弓。

 アーチャーの故郷とも言うべきシャーウッドの森の木を要いて作られた弓。

 その力により、アーチャーは体内の不浄――つまり、毒の効果を増幅させる。

 

 この場合、それは例えばアーチャーによって付与された毒。

 そしてセイバーの場合――

 

「ぐ、ぅぅうううううううううっっっ!」

 

 ――彼女が生前より悩まされた、頭痛の原因である毒。

 それらのダメージを、極限にまで高めてしまう。

 

 もはやそれは、無視できる、できないのレベルではない。。

 身体そのものが飲み込まれるかのような感覚――もはやそこに、セイバーの意識と呼べるものはない。

 

 あらゆる全てが、アーチャーの毒に蝕まれていく。

 

「あばよ、セイバー。悪いな、こんな終わり方にしちまって」

 

 アーチャーの声。

 顔を上げる、薄ボケた視界の先に、緑衣の騎士が、こちらを見下ろしている。

 手には弓番えるは矢。

 ――もはや、狙いを外すなどありえない。

 必中の騎士は――ここで勝利を確信する。

 

「気に……するで、ない」

 

 セイバーは、慈愛にも近い笑みを浮かべて。

 ――否、自負にも近い笑みを浮かべて。

 

「余は、まだ――負けては、おらぬ」

 

「……ッ!」

 

 言葉の直後。

 アーチャーは、苦虫を噛み潰したような顔をして、その場を飛び退く。

 同時、矢はセイバーと、その前に立つ少女。

 

 ――愛歌へ向けて放たれた。

 

 しかし、

 

 

「――そこまでよ、アーチャー」

 

 

 彼女の目前で、炎が揺らめく。

 アーチャーの衣、顔のない王を燃やし尽くしたあの炎――!

 それが、毒矢すらも溶かして見せる。

 

「……奏者よ」

 

 セイバーが、安堵に満ちた声で嘆息する。

 アーチャーの緑衣を燃やしてから、姿を見せなかった自身のマスター。

 

「ご苦労様、セイバー。すこし無茶をさせてしまったわね。大丈夫よ、此処から先は、わたしが何とかしてあげる」

 

 振り返り、愛歌は満面の笑みを浮かべてそう言い聞かせる。

 子どもをあやすような――しかしそうではない。

 少なくとも、愛歌にそんなつもりは毛頭ないだろう。

 ただ単純に、自身のサーヴァントが有能であることを誇っているだけだ。

 

 二週間もずっと側にいれば、その程度のことは見えてくる。

 愛歌とて、一応は普通の少女なのだから。

 

「おいおい、そいつは無茶ってもんじゃないか? 嬢ちゃん」

 

「――この森一つ、焼き払うだけで戦局は変わる。結局のところ、そういうことなのよねぇ」

 

「……へぇ」

 

 ――愛歌の手元から、周囲を包み込むように炎が漏れだす。

 同時、アーチャーの声が憤怒に濡れた。

 当たり前だ、この森はアーチャーの戦場にして棲家、その再現なのだから。

 

 再び、弓矢が愛歌へと向けられる。

 

「どーいう理屈で、そうやって無事でいるかは知らねぇけどよ。悪いがこの辺で死んでくれや。その方が――そっちのサーヴァントも苦しまなくてすむぜ」

 

「叩くわ、アーチャー。この森ごと、消し去ってあげる―ー!」

 

 溢れ出る水のように、炎が周囲へと広がっていく。

 それはやがて波となり――しかし、

 

 

 ――そこに、不可視に近い衝撃の群れが愛歌を襲う。

 

 

 炎がそれを包んだ。

 ――これは、そう。

 コードキャスト、マスターによる戦闘への介入だ。

 

「あら、ようやく重い腰を上げるのね、――サー・ダン・ブラックモア」

 

「その炎を止めて貰うぞ、魔術師(メイガス)

 

 ――ダン・ブラックモア。

 森の中を縫うように、アーチャーの隣へ歩んできた。

 ゆったりとした足取りではある、が、迷いはない。

 

「この戦場はアーチャーに挟持。騎士の誇りを踏みにじるなど、それは許される行為ではないのだ」

 

「誇りというのは、はいて捨てられる程度がふさわしいわ。その方が、面倒が無くてよいものね」

 

 ダンの言葉に、愛歌は挑発めかして答える。

 

「――それに、幾ら誇りが大切であろうと、わたしの勝利は揺るがない。当然でしょう、あなた達にはもう、隠し玉なんて存在しないのだから」

 

「……ほう?」

 

「ここまで、セイバーはよく戦ってくれたわ。おかげでそちらの手札は全て切られた。これ以上の奇策はあなた達にはない。だから、後は“追い詰める”だけでいいの」

 

 ――ここに至るまで、愛歌はアーチャー達の策略を敢えて見逃した。

 顔のない王を潰し、宝具を切らせた。

 愛歌は完膚なきまでにアーチャーを叩き潰すつもりなのだ。

 全てを、アーチャーの全てをまるごと、飲み干そうというのだ。

 

「だが、君のサーヴァントは既に死に体だ。それでは、幾ら君の実力が凄まじかろうと、それでは勝てんよ、魔術師どの」

 

「――さて」

 

 

「――それはどうだろうな、老練の騎士よ」

 

 

 愛歌の言葉を引き継ぐように、“セイバー”が語る。

 ――愛歌の隣に立ち、愛歌を守るように剣を構えて。

 

「……嘘だろ、俺の毒を“耐えてる”っていうのかよ」

 

 愕然として、アーチャーは言う。

 無理もない、毒は間違いなく、サーヴァントにすら致死のモノ。

 その中にあって“平然としている”愛歌は、むしろ愛歌であるがゆえに見逃されるが――

 

 ――セイバーの場合は、事情が違う、

 耐えられるはずがないのだ、この毒を。

 

「……セイバー」

 

 愛歌がちらりとセイバーに視線を向ける。

 

「ありがとう、奏者よ」

 

 それに、セイバーは満面の笑みで答えた。

 その笑みにすら、疲労と苦痛が透けているというのに。

 セイバーはその動作に、何ひとつの緩慢さも見られない。

 

 ふと、愛歌の手がセイバーに触れた。

 ――恐らくは、コードキャスト、セイバーに対する治癒の魔術。

 

「それはこちらの台詞よ。セイバー、貴方とっても強いのね」

 

「――奏者ならば、知っていると思ったが?」

 

「……えぇ、そうね」

 

 ――アーチャーと、ダン・ブラックモア。

 

「……くそ、頼むぜ旦那。俺ァアンタに全部預けてるんだからな」

 

「無論だ。……行くぞ、アーチャー」

 

「――おう!」

 

 ――セイバーと、沙条愛歌。

 

 それぞれは互いに肩を並べ合う。

 アーチャーとセイバーが自身の獲物を相手に向け、愛歌とダンが睨み合う。

 

 数秒の後、セイバーが一直線にアーチャーへ向け飛び出した――!


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