ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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19.決闘

 セイバーが直線的にアーチャーへと駆け寄る。

 実に身軽であった。

 沙条愛歌のコードキャスト故か、恐らくは“無理やりセイバーの性能が向上している”のだ。

 もはや無視できない毒を、無理やり無視して、セイバーは地を踏みつけている。

 

 アーチャーもほぼ同時に動き出す。

 横に飛び退き、同時、毒矢がセイバーへ向け、空を這う。

 風が撫でられ押し破られて、それは、しかし。

 

 沙条愛歌に焼き払われる。

 飛び出したセイバーの更に目前、アーチャーにより近い地点に出現し、炎を振るった。

 アーチャーは即座に矢を番えそれを強襲、この位置では、セイバーと愛歌、そのどちらもは狙えない――!

 

 そして愛歌は再びその場から掻き消える。

 ――マスターであるダン・ブラックモアから聞いていたとおり、この空間転移は反則のたぐいだ。

 

 一手遅れた。

 その隙に、セイバーがアーチャーへと迫る。

 ダンが動いた。

 スタン効果のある直線的な魔術――正確無比な狙いは、超一級の狙撃手ゆえ。

 だが、それはセイバーを止めるには至らない。

 威力もダンの実力では、セイバーに致命打を与えるには至らない。

 

 ダンの一撃は、セイバーの無視によって、“握りつぶされた”。

 

「……ぐぅ、アーチャーよ」

 

「ッハ、問題ねぇぜ旦那――見えてんだよ!」

 

 アーチャーは、膝を地に付け、手を振り上げる。

 ――繁みの棘、地雷型の魔力を要いた一撃だ。

 

「……こ、の!」

 

 セイバーの速度が増す。

 だが、間に合わない、アーチャーは既に“イチイの木”の向こうに退避している。

 近づくには、明らかに二手が必要だ――!

 

 ――直後。

 

「――――アーチャー!」

 

 ダンの声が、森に大きく響き渡る。

 

 ――絶叫にそれは近い。

 ハッと、気配を感じアーチャーが翻る。

 

 

 ――愛歌だ。

 

 

 両手を広げ、まるで鳥のように、まるでアーチャーに抱きつくかのように、アーチャーの頭上へ迫る。

 

「お、ぉぉおお!」

 

 即座に、アーチャーは矢を放った。

 狙いなど付けられたものではない、けれどもこの距離ならばはずさない。

 

 愛歌を炎が包む。

 すっぽりと彼女を多い、矢はそれに呑まれた。

 ――炎がゆらめき、愛歌の顔がそこから覗く。

 

 ぞくり、とアーチャーは身を震わせた。

 恐怖――それは是。

 そしてそれ以上に――畏れ。

 彼女の顔は、その笑顔は、――言葉にするのもできないほど、あまりに美を体現しすぎている。

 

 やがて、愛歌はその場から掻き消える。

 ニの矢は間に合わない、それを追うことはしない。

 ――そも。

 

「背中が甘いぞ、アーチャーよ!」

 

 セイバーの一撃が、背面に迫っているのだ。

 そのような余裕、アーチャーにはない。

 

「――ぐ、お」

 

 ――斬撃。

 背にたたきつけられた勢いを受けて、アーチャーはたたらを踏みながら反転する。

 無茶な態勢ではあるが、ここは攻める。

 即座の射出、必殺の毒が、セイバーへと迫る。

 

「――イカンアーチャー、慎重を保て……!」

 

 ダンの声。

 ――しかし、遅い。

 既にアーチャーは、自身の矢を放っている――

 

 セイバーはそれを剣で弾いた。

 攻撃の意思など無い、完全にアーチャーの矢を払うつもりでいた。

 

 そして、返す刃はアーチャーを見舞う。

 回避は――不可避。

 再び、アーチャーの身体が後方へ跳んだ。

 

 だが、距離は取れた。

 空中であっても、正確無比の弾道がセイバーへ降り注ぐ。

 幾つかを弾き、セイバーは腰を落とし、再び飛び出した。

 

 剣閃が瞬く。

 飛びかかる矢、そしてアーチャーへと向けられる一撃。

 行くとも焔の刀身はきらめいて、森の中を奔る。

 

 十字を描くような、しかしそれらが集合するような複雑怪奇。

 迫るセイバー、退くアーチャー。

 幾つもの矢が駆け抜ける森の中、セイバーの剣が嵐となる。

 

 合わせ――ダンもまた走りだす。

 

 位置を変え、無数の敵にスタンを与えるコードキャストを打ち出す。

 アーチャーのそれに勝るとも劣らぬ精度の一撃。

 弾幕は、純粋に二倍となった。

 

 ――しかし、

 

「残念だけれど――雨あられとは行かないわ」

 

 愛歌が、ダン・ブラックモアの前に出現する。

 ――ダンの表情は驚愕ではない、苦々しげなもの。

 即座に彼は愛歌から距離を取る。

 愛歌は炎を追跡させる。

 

 これを回避させるとすれば――

 

「――――ッ!」

 

 何事かをアーチャーに伝えたのだろう。

 両者の間で、言葉なき意思が疎通される。

 同時、愛歌の炎を躱すため、ダンはイチイの木に身を預ける。

 

 炎が木を包み、しかしそこにダンの姿はない。

 ――愛歌はダンのいたであろう場所に背を向け、掻き消える。

 

 即座に出現。

 先ほどにもまして高速での追撃戦を繰り広げるセイバーの側。

 アーチャーへ、飛びかかるのだ。

 

 そこへ、ダンの射撃が飛ぶ。

 ――回避、愛歌はアーチャーの後方へ回る。

 

 アーチャーの判断は正確だった。

 愛歌には一撃でアーチャーを行動不能にするコードキャストがある。

 それに捕まれば敗北は必至。

 ゆえ、セイバーへ向けて飛び出す。

 接近戦のサーヴァントに、真正面から飛びかかるのだ。

 

 矢を構えながら、後方の愛歌は決して無視しない。

 速度を上げて、セイバーの懐に飛び込む。

 

 この距離では、相手は回避を行えない。

 セイバーの剣はある、愛歌とて危険であることに変わりはない。

 それでも――

 

「喰らえよや――!」

 

 剣が迫る。

 閃き、そしてアーチャーを捉える。

 だが、それよりもアーチャーは速かった――

 

 

 しかし、セイバーの姿が、そこでぶれた。

 

 

 消えた。

 あぁそうか――愛歌のそれは、何も自分だけにしか使えないものではないということか。

 

 炎がゆらめき、一条の矢はそれでもってかき消される。

 目前に愛歌、恐らくセイバーを飛ばしたのだろう。

 どこに?

 考えるまでもない。

 

 アーチャーの後方。

 それも、態勢は変わらず、既にセイバーは剣を振るっている――

 

「――が、あああああああああああああああああああッッ!」

 

 一撃。

 いよいよ持って身体が悲鳴を上げる。

 セイバーだけではなかった。

 愛歌の炎も同時に襲う――息を奪う大火災。

 身体の力が、一気に抜ける。

 

 愛歌もまた、アーチャーを融かそうとしている。

 

「――――アーチャー、態勢を立て直せ、ここからだ」

 

 ダンの声。

 ――同時、活力を失おうとしていた身体に力が戻る。

 コードキャスト、自身の筋力を向上させる類のものだ。

 

「……まだ、まだァ――!」

 

 そう、まだ。

 まだアーチャーの霊格は破壊されていない。

 まだアーチャーの闘志は潰えていない。

 

 まだ、まだ、まだ――

 

 振り返る。

 

 ――――だが、

 

 

「遅いぞ、アーチャー」

 

 

 セイバーが、再び剣を構えて、それはこちらよりも速く――

 

 斬。

 

 守りすら間に合わない高速で、セイバーは剣を振りぬいた。

 一歩後退、アーチャーの身体はぐらりと揺れた。

 それでも倒れることはしなかった。

 後ろに飛び退くこともしなかった。

 

 この後ろには沙条愛歌がいる。

 倒れてしまえば、ダン・ブラックモアはそこで終わりだ。

 だからあと一歩。

 勝利のための最後の手を、アーチャーは根性のみで惹き寄せる。

 

「――森の恵よ」

 

「……アーチャー、まさか!」

 

 剣を振り切ったセイバーがハッとする。

 ――この感覚、間違いない。

 

 もう一度、アーチャーは宝具を使用するつもりだ。

 

「今度こそ、圧制者を終わらせろ――」

 

「――――させないわ」

 

 セイバーは動けない、剣を振り切り、行動が起こせない。

 必然的に。アーチャーを止めるのは一人だけ。

 

 沙条愛歌に委ねられる。

 

 ――けれど、

 

「それはこちらの台詞だ。魔術師(メイガス)よ――!」

 

 ダンが、言葉と共に愛歌へコードキャストを放つ。

 背中から襲いかかるそれを、愛歌は即座に回避して――

 

 アーチャーの真上を、取る。

 

 

 そこに、先ほどコードキャストが放たれた場所とは正反対から、再びダンの魔術が襲う――!

 

 

 ――直撃。

 愛歌が出現したその時には、すでに愛歌の目の前にそれはあった。

 ダンは愛歌の出現を完全に読みきっていたのだ。

 加えて言えば、おそらく後方からの射撃は“設置された”ものだろう。

 言ってしまえば罠の類。

 ――アーチャーの専門は罠、この程度の仕掛けを施しておくことは、何一つ不自然ではない。

 

「――――奏者(マスター)ァ!」

 

 思わず、セイバーは絶叫する。

 まずい、まずい。

 アレは“サーヴァントであるから”耐えられる類のもの。

 人に対しては劇物、死せずとも、無事でいられる訳がない。

 

 加えて、その一撃で愛歌の手は確実に止まった。

 アーチャーの宝具の開放には、もう間に合わない――!

 

 

「――――“祈りの弓(イー・バウ)”ッッ!」

 

 

 加速する毒、アーチャーは、愛歌の防壁を打ち破り、愛歌とセイバーを毒で葬りさるつもりだ。

 最後の手、一度の増幅で、両者の守りを突破できるとは思えない。

 けれどもこれが、アーチャーに残された最後の勝ち筋。

 この毒でセイバーと愛歌、そのどちらもを落とす。

 

「……ぐ、ぅ」

 

 セイバーの顔が苦痛に浮かんだ。

 ――効いている。

 愛歌の防御を打ち破ったのだ――

 ならば、沙条愛歌は、

 

 

 ――――――――いない?

 

 

「な――?」

 

 ハッとして、周囲を見渡す。

 木々に覆われた決戦場、視界はすこぶる悪いが、ともかく。

 ――そのどこにも、沙条愛歌の姿は見られない。

 

 何故だ?

 

 疑問に思う暇はしかし――存在しなかった。

 

「アーチャーァッッ! 前だ!」

 

 ダンの、マスターの声。

 切羽詰まった、これまでにないほどの叫び。

 意識は前方――セイバーへと向き直る。

 

 

 ――彼女の後方に、淡い光が見えた、それがセイバーを、癒している。

 

 

「…………嘘だろ、嘘だろ――嘘だろ、オイ!」

 

 解る。

 セイバーの身体に隠れて見えないがそこには、人がいる。

 彼女がその背を許すとなれば、もはや一人しかいないだろう――

 

 ――自身のマスター、つまり愛歌が、セイバーの向こう側にいるのだ。

 

「どういうこった! 一体全体、どうしててめぇが無事でいやがる! アレは俺達サーヴァントならともかく、人間が受けて無事でいられる類のもんじゃねぇ!」

 

「――ふむ」

 

 答えたのは、愛歌ではなく、セイバーだ。

 口元に力強い笑みを浮かべて、それを誇るように――

 

「“それがどうした”というのだ」

 

 唖然とする。

 

「――余の奏者に、その程度の術、効くと考えるほうが甘いというものよ」

 

「ふざけんな、そんな理屈――」

 

「――通るのだ。余の奏者をそなたらはなんと読んだ? ――であれば、その道理は必然となる」

 

 言葉の最中、アーチャーもセイバーも自身の得物を構える。

 ここで、それを放たない理由はない。

 

「――――」

 

 解っている。

 

「…………」

 

 どちらも互いに解っているのだ。

 

 この一撃、勝者を決めるものとなる。

 

 アーチャーは構え、セイバーは駆けた。

 この距離、超至近において、早いのはそれでも、アーチャーだ――!

 

「奏者よ! 余はそなたを背に戦えることを嬉しく思うぞ――!」

 

「……旦那ァ! 俺は、オレはアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」

 

 互いの叫喚が交じり合う。

 そして両者は、

 

 

 ――――交錯した。

 

 

 戦場は静まり返る。

 

「……ぐ、ぁ」

 

 先にうめき声を上げたのはセイバーだった。

 アーチャーは何も語らない。

 

 何かが、地を叩く音がする。

 セイバーだ、彼女が剣を支えとして、倒れ込もうとしているのを我慢している。

 “アーチャーに、背を向けて”。

 

「――――」

 

 解る。

 それが解る。

 ――貫かれている。

 

 アーチャーは、セイバーの刃を真正面から受けていた。

 駆け抜けざまの一撃で、アーチャーの霊核をセイバーは突き壊したのだ。

 

 

 ――セイバーの胸に突き刺さった矢が、アーチャーの敗北とともに、消え去る。

 

 

 矢は確かにセイバーを穿っていた。

 それでも、負けたのはアーチャーで、勝ったのはセイバーだ。

 “皇帝特権・戦闘続行”。

 勝敗を分けたのは、往生際の悪さ。

 

 どさりと、誰かの倒れる音がする。

 緑衣のアーチャーは、森に倒れた。

 何とか、イチイの木の側にまで這いずりよって、そして――

 

 

 ――第二回戦は終了する。


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