ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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20.安堵の意味と――――

 ――あぁ、なるほど。

 これは、沙条愛歌の言うとおりなのだ。

 

 アーチャーと、そしてダン・ブラックモアは、その全ての手を愛歌に晒した時点で、敗北は決まっていたのだ。

 なにせ、あの手札、どうあっても愛歌に握り潰される。

 勝機があったとすれば、おそらくは手札を斬るタイミング。

 特に、顔のない王は最悪と言って良いだろう。

 無論、愛歌がアレを察知できるなど、アーチャーも、そしてダンも想像すらしなかったのだが。

 

 倒れこんでいた木が、ゆっくりとその役目を終える。

 欠片となって崩れていき、やがて、枯れること無く――消え去った。

 

 パタン、とアーチャーはその場に倒れこむ。

 それは――かつて、自身の命を喪った時のような、荒々しいものではなかった。

 あの時は、ただ自分が死ぬのだということしか解らず、力尽きた。

 

 今は――まだ、死ぬという感覚が、自身の身体に残っている。

 

 これはきっと、幸福なことなのだろう。

 毒に塗れ、罠に濡れ、奇襲に溢れたアーチャーが、こうして決闘の末に果てることができるというのは。

 

 セイバーの最後の一撃、無茶もいいところだ。

 しかし、それでも彼女は真正面からアーチャーを打ち破った。

 剣士のクラスにふさわしい、直線的な一撃で持って。

 

 ――アーチャーは、その最後を騎士として果てられたのだ。

 その戦い方自体は生前に染み付いたものではあったけれど。

 それでも、マスター――ダンに対しては、義理を保てただろう。

 

 どこか泥臭くて、そして青臭い。

 ひねくれているようで、しかしどこまでもまっすぐで。

 顔を失くし、しかし心を失わなかった英雄は――――

 

 

 ――若い一人の射手は、かくしてその戦いに幕を下ろす。

 

 

 ◆

 

 

 セイバーと愛歌はアーチャーとダンから距離を取る。

 既に両者は、その場からの動きを止めていた。

 後は愛歌たちがその場を離れれば――

 

 ――二陣営の間に障壁が生まれ、行き来は絶対にできなくなる。

 

 隔絶された先。

 死を待つ者達へ、愛歌はふと振り返る。

 

 ――アーチャーの身体は、元より限界であった。

 今にも消えてしまいそうな彼は、幾つかの言葉をマスターヘ向ける。

 

 決して、その内容は険悪ではないだろう。

 言葉に迷いながらもそれを告げきったアーチャー。

 最後に――不器用な笑みを浮かべる。

 きっと、もう何年も、誰かに向けたことのない、人懐っこい彼らしい笑み。

 

 その後に言葉はなく――――

 

 

 ――アーチャーが、消滅した。

 

 

 ゆっくりと、ダンが愛歌へ身体を向ける。

 身体は既にその半分が崩壊している。

 それでも、崩壊にはまだ数分の時間があることだろう。

 

「――さて、魔術師(メイガス)どの。何かわしに御用かな? わしは既に敗北した身だ。君の興味の矛先を向ける相手ではないだろう」

 

 ダンは、とてもやさしげな声で、そう問いかけた。

 彼は愛歌に何かを向けることもなく――

 

「いやはや。実に見事であった。一杯食わされてしまった。――いや、手も足も出なかった。というのが正しいのかもしれないな」

 

 そう、自身の戦いを評する。

 全てが愛歌の手のひらであった――勝ちの目すら、ダン達には存在しなかった。

 それを、嘆息して自嘲する。

 

「――負ける気など毛頭なかった。願いの無いものに、この信念が負けることはないのだと。……それは、誤りだったのかもしれない」

 

 ダンが思い出すのは、恐らくあの庭での会話のことだろう。

 愛歌は願いが無いと言った。

 それを、ダンは自身の勝利への自負とした。

 

 この聖杯戦争、願い無きものに、勝利はない――と。

 

「願いがない、果たしてそれはどうだろうな、魔術師どの。――わしには、君の戦いは十分に信念を感じたよ」

 

「…………」

 

 愛歌は答えない。

 それは、どちらかと言えば否定に近い沈黙だった。

 

「――その点、わしの信念は、随分と見当違いだったのかもしれないな。いや、願いであれば確かにあった。誰にも譲れぬ個人の願いが。――だが、わしはそれを見失っていたのだ」

 

 老人が――ダンが求めた願いとは、果たしてなんであったか。

 彼が願ったのは、個人の願い。

 彼が持つ、彼だけの“騎士道”という誇りでもってこの戦いに望み――そして敗北した。

 

 そこにあったものが、果たして何であるか。

 愛歌に解るはずもない。

 

 ちらりと、愛歌の表情をセイバーが覗き見る。

 いつもと変わらぬ、笑みのような無表情。

 何も変わることはない、彼女はこの場にあっても、死を悼むでも、愚弄するでもない。

 

 ただ、在るだけだ。

 

「随分と、無様に散ることになるのだな、わしは。――だが何故だろうな、悪い気はしない。わしという存在は見誤っていても、その戦いには意義があったから、か」

 

 ――しかし。

 

 

「――――そんなことはない、のではないかしら」

 

 

 愛歌は、そこでふとそれを否定する。

 

 ――セイバーが、驚愕でもって、愛歌を見る。

 意外だ。

 ――実に、意外。

 

 少なくとも、愛歌がダンに対して言葉をたむけるなど、そんなことはないだろうと、そう考えていたから。

 

「――貴方は、決して何も間違ってはいなかったと思うわ」

 

 だのに、愛歌は真っ向から、ダンの言葉を否定した。

 彼自身を肯定するために。

 

「ブラックモア卿、貴方は負けた。それは事実、わたしと戦ったのだもの、それは当然よ。問題は――その末路」

 

「ふむ、孤独な老人の末路など、どれも悲惨なものだろう。わしとて、それは変わらないはずだ」

 

 ――ダンの言葉は、悪辣であった。

 愛歌の言葉の真意を測りかねているのだ。

 故に、敢えて試すような言葉を選んだ。

 

 愛歌に対して、その言葉が槍となるように。

 

 それはある種、敵対者としての信頼だったのかもしれない。

 彼女であれば――それはたやすく弾かれるだろう、と。

 

 

「いいえ、違うわ。だってそうでしょう。――貴方、“安堵”しているじゃない」

 

 

 ――安堵。

 愛歌のもたらした言葉は、ダンにとっては実に意外な単語であった。

 彼女は、続ける。

 

「これは持論なのだけれど。――良い死に方をする人って、最後には安堵を覚えるものなのよ。だって、そこには悔いも悩みもないのだから」

 

 自分の死を受け入れ、そして自分の役割の終わりを自覚する。

 きっと、そこにあるのは安堵だろう、愛歌はそう語る。

 

「……安堵、か」

 

 ――不思議と、この敗北に無念はなかった。

 全てを出しきり、それでもなお負けた。

 だから、後悔は無いのだと、そうダンは考えた。

 

 けれども、それは違うのだと愛歌は言うのだ。

 

「ようやく死ねる、という安堵ではないわ。“これで良かった”ということに対する安堵。貴方の場合はきっと、自分の迷いに気がつくことができたから」

 

「――――」

 

 そこまで聞いて、ようやくダンは目を見開く。

 意外そうに、愛歌を見るのだ。

 

「……何かしら?」

 

 愛歌は、もう既に語り終えたというふうに、いつも通りの表情で問い返す。

 先程まで感じられた“意外”という感情は受け取れない。

 

 常の彼女が、そこにいる。

 

 ダンの中で結論として疼いた何かは、しかしそれで霧散した。

 

「――ふむ。そうか、これは――これは、安堵というのだな」

 

 やがて、感情をダンは自覚する。

 

「あぁ、ようやく思い出した――そうだ。わしはかつて、こんな感情を抱いたことが在る。なぜ、こんなにも長い間、これを忘れていたのだろう」

 

 ――軍人としての彼に、安堵という感情は無かった。

 死地から帰還したときも、何の感慨もない。

 ただ、自分は生還したのだという、自覚だけ。

 

 彼は――こんな簡単な感情すら忘れるほどに、かつての個を失っていたのだ。

 本当に、意外なほど、愛歌の言葉をダンは納得していた。

 

「感謝するよ、“お嬢さん”。わしは――これでやっと、心置きなく逝くことができる」

 

 もう既に、そこに軍人であった老人の姿は無かった。

 かつて捨てると決めた個。

 ――軍人として戦場にあり続けた無銘の男。

 

 その役目は、こうしてようやく、終わりを告げた。

 

「そう、それは良かったわ」

 

 愛歌は、まるでなんでもないように返す。

 ただ、その声は少し嬉しそうだったのは――もしかしたら、ダンの幻想なのかもしれないが。

 

 とまれ、愛歌はまだ背を向けようとしない。

 ダンは既に顔すらも埋め尽くそうかという程に崩壊が進んでいる。

 

 あと少し、もう、時間はない。

 けれどもダンに、恐怖などは存在しない。

 元よりそれは彼に備わった感情ではない。

 とうの昔に捨てた感情。

 

 たとえ取り戻したとしても、それを仮面として被ることはない。

 

 今から死ぬのだというのが信じられない程、ダンの感情は清々しいものだった。

 ――否、だからこそ、ダンは歩みを止めるのだ。

 

「こうして会うのは、いつ以来になるだろうな」

 

 ふと、ダンはどことも知れぬ虚空へ言葉を紡ぐ。

 ――そこには、もはや軍人と呼ばれた男はいない。

 

 ただの、ダン・ブラックモアという一人の老人が、いるのみだ。

 

 頑固で、不器用で、しかしそれ以上に誇りに満ちた男は。

 

 ここが戦場であるというのに。

 ――ここが、自身の死ぬ場所であるというのに。

 

 それを感じさせないほど、――信じられないほど安らかな笑みを浮かべて。

 

 

「あぁ、会いたかったよ。アンヌ――――」

 

 

 そうして、彼は――――消滅した。

 

 

 ◆

 

 

 決戦場から帰還する。

 周囲に人の姿はない。

 セイバーと、そしてマスターである沙条愛歌のみ。

 

 二回戦が終わったのだ。

 毒と、罠と、誇り塗れの決戦場から、セイバーと愛歌は帰還した。

 

「――なぁ、奏者よ」

 

 ふと、そこで愛歌へセイバーは問いかける。

 ちらりと、愛歌が視線を向けて、

 

「何かしら」

 

 応える。

 

「奏者は、この電脳の月に願いを持たずにやってきたのか?」

 

「――そうでしょう? だって、わたしは願いを持ってはいないのだもの」

 

「……だが、奏者には願いがあると、ブラックモア卿は語った。それは果たしてどういう意味だ?」

 

 ――それが、ダンと愛歌の勝敗を分ける理由となった。

 彼はそう言った。

 であれば――彼が感じた愛歌の願いとは、何か。

 

「そんなものはない、とは言わせぬぞ、――“勝者”よ」

 

 ――何よりも、彼女は勝ったのだ。

 ゲームと戦争の中間にあった一回戦に、ではなく。

 間違いなく、願いのための殺し合いを行う、この二回戦を。

 

 危なげなく、勝ち抜いた。

 

「ここからは、既に願いのあるものだけが戦う場。――願いがないなど、ありえないのだ。少なくとも、“願いが叶う”という商品に、“くべる”願いくらいは、奏者とて考えた事があるはずであろう」

 

「――――」

 

 ふと、愛歌は口元に指を当て、天井を仰ぐ。

 沈黙は、数秒。

 

 

「――そういえば、考えたこともなかったわ」

 

 

 セイバーは、それを。

 

「……奏者よ」

 

 ――ハッキリと、異常と認識した。

 

「……なぁに?」

 

「いや――なんでもない」

 

 それでも、この場での追及をセイバーは避けた。

 違和感はある、異常でもある。

 

 だが、材料があまりに少なすぎる。

 

 わからないことが、多すぎる。

 

 ――あぁそうだ。

 セイバーは愛歌のことを、マスターのことを、何も知らない。

 

 しかしそれでも、問題はハッキリとした。

 

(願いがない――敗者には死しか残らないこの戦争で、それは絶対にありえない。少なくとも、二回戦を勝ち抜くのであれば、勝つための“願い”くらいは考えたことがあるはずだ)

 

 ――どれほど意思が希薄であろうと。

 願いが無い、ということはありえない。

 

 加えて言えば愛歌は“願いがない”のだから、そうとしか言えないと言った。

 考えていない、のではない。

 “考える必要がなかった”のだ。

 

(考えたこともなかった――否、そうではない。奏者は、“考えたことを忘れている”のだ)

 

 ――答えがあるとすれば、一つ。

 少なくともセイバーはそう結論づける。

 

 

(そう、奏者は――“願いを忘れている”のだ)

 

 

 ――浮かび上がる疑問。

 しかし、そこに結論はない。

 

 セイバーは愛歌のことを――――何一つとして知らないのだから。




 二回戦終了、三回戦へと続きます。
 いろいろなものが見えてきて、それゆえにまたわからない部分は増えてきて。
 少しずつ、物語は流動を始めていきます。

 というわけで、三回戦、対ありすを始め――る前に、あの人との邂逅です。

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