ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――あぁ、なるほど。
これは、沙条愛歌の言うとおりなのだ。
アーチャーと、そしてダン・ブラックモアは、その全ての手を愛歌に晒した時点で、敗北は決まっていたのだ。
なにせ、あの手札、どうあっても愛歌に握り潰される。
勝機があったとすれば、おそらくは手札を斬るタイミング。
特に、顔のない王は最悪と言って良いだろう。
無論、愛歌がアレを察知できるなど、アーチャーも、そしてダンも想像すらしなかったのだが。
倒れこんでいた木が、ゆっくりとその役目を終える。
欠片となって崩れていき、やがて、枯れること無く――消え去った。
パタン、とアーチャーはその場に倒れこむ。
それは――かつて、自身の命を喪った時のような、荒々しいものではなかった。
あの時は、ただ自分が死ぬのだということしか解らず、力尽きた。
今は――まだ、死ぬという感覚が、自身の身体に残っている。
これはきっと、幸福なことなのだろう。
毒に塗れ、罠に濡れ、奇襲に溢れたアーチャーが、こうして決闘の末に果てることができるというのは。
セイバーの最後の一撃、無茶もいいところだ。
しかし、それでも彼女は真正面からアーチャーを打ち破った。
剣士のクラスにふさわしい、直線的な一撃で持って。
――アーチャーは、その最後を騎士として果てられたのだ。
その戦い方自体は生前に染み付いたものではあったけれど。
それでも、マスター――ダンに対しては、義理を保てただろう。
どこか泥臭くて、そして青臭い。
ひねくれているようで、しかしどこまでもまっすぐで。
顔を失くし、しかし心を失わなかった英雄は――――
――若い一人の射手は、かくしてその戦いに幕を下ろす。
◆
セイバーと愛歌はアーチャーとダンから距離を取る。
既に両者は、その場からの動きを止めていた。
後は愛歌たちがその場を離れれば――
――二陣営の間に障壁が生まれ、行き来は絶対にできなくなる。
隔絶された先。
死を待つ者達へ、愛歌はふと振り返る。
――アーチャーの身体は、元より限界であった。
今にも消えてしまいそうな彼は、幾つかの言葉をマスターヘ向ける。
決して、その内容は険悪ではないだろう。
言葉に迷いながらもそれを告げきったアーチャー。
最後に――不器用な笑みを浮かべる。
きっと、もう何年も、誰かに向けたことのない、人懐っこい彼らしい笑み。
その後に言葉はなく――――
――アーチャーが、消滅した。
ゆっくりと、ダンが愛歌へ身体を向ける。
身体は既にその半分が崩壊している。
それでも、崩壊にはまだ数分の時間があることだろう。
「――さて、
ダンは、とてもやさしげな声で、そう問いかけた。
彼は愛歌に何かを向けることもなく――
「いやはや。実に見事であった。一杯食わされてしまった。――いや、手も足も出なかった。というのが正しいのかもしれないな」
そう、自身の戦いを評する。
全てが愛歌の手のひらであった――勝ちの目すら、ダン達には存在しなかった。
それを、嘆息して自嘲する。
「――負ける気など毛頭なかった。願いの無いものに、この信念が負けることはないのだと。……それは、誤りだったのかもしれない」
ダンが思い出すのは、恐らくあの庭での会話のことだろう。
愛歌は願いが無いと言った。
それを、ダンは自身の勝利への自負とした。
この聖杯戦争、願い無きものに、勝利はない――と。
「願いがない、果たしてそれはどうだろうな、魔術師どの。――わしには、君の戦いは十分に信念を感じたよ」
「…………」
愛歌は答えない。
それは、どちらかと言えば否定に近い沈黙だった。
「――その点、わしの信念は、随分と見当違いだったのかもしれないな。いや、願いであれば確かにあった。誰にも譲れぬ個人の願いが。――だが、わしはそれを見失っていたのだ」
老人が――ダンが求めた願いとは、果たしてなんであったか。
彼が願ったのは、個人の願い。
彼が持つ、彼だけの“騎士道”という誇りでもってこの戦いに望み――そして敗北した。
そこにあったものが、果たして何であるか。
愛歌に解るはずもない。
ちらりと、愛歌の表情をセイバーが覗き見る。
いつもと変わらぬ、笑みのような無表情。
何も変わることはない、彼女はこの場にあっても、死を悼むでも、愚弄するでもない。
ただ、在るだけだ。
「随分と、無様に散ることになるのだな、わしは。――だが何故だろうな、悪い気はしない。わしという存在は見誤っていても、その戦いには意義があったから、か」
――しかし。
「――――そんなことはない、のではないかしら」
愛歌は、そこでふとそれを否定する。
――セイバーが、驚愕でもって、愛歌を見る。
意外だ。
――実に、意外。
少なくとも、愛歌がダンに対して言葉をたむけるなど、そんなことはないだろうと、そう考えていたから。
「――貴方は、決して何も間違ってはいなかったと思うわ」
だのに、愛歌は真っ向から、ダンの言葉を否定した。
彼自身を肯定するために。
「ブラックモア卿、貴方は負けた。それは事実、わたしと戦ったのだもの、それは当然よ。問題は――その末路」
「ふむ、孤独な老人の末路など、どれも悲惨なものだろう。わしとて、それは変わらないはずだ」
――ダンの言葉は、悪辣であった。
愛歌の言葉の真意を測りかねているのだ。
故に、敢えて試すような言葉を選んだ。
愛歌に対して、その言葉が槍となるように。
それはある種、敵対者としての信頼だったのかもしれない。
彼女であれば――それはたやすく弾かれるだろう、と。
「いいえ、違うわ。だってそうでしょう。――貴方、“安堵”しているじゃない」
――安堵。
愛歌のもたらした言葉は、ダンにとっては実に意外な単語であった。
彼女は、続ける。
「これは持論なのだけれど。――良い死に方をする人って、最後には安堵を覚えるものなのよ。だって、そこには悔いも悩みもないのだから」
自分の死を受け入れ、そして自分の役割の終わりを自覚する。
きっと、そこにあるのは安堵だろう、愛歌はそう語る。
「……安堵、か」
――不思議と、この敗北に無念はなかった。
全てを出しきり、それでもなお負けた。
だから、後悔は無いのだと、そうダンは考えた。
けれども、それは違うのだと愛歌は言うのだ。
「ようやく死ねる、という安堵ではないわ。“これで良かった”ということに対する安堵。貴方の場合はきっと、自分の迷いに気がつくことができたから」
「――――」
そこまで聞いて、ようやくダンは目を見開く。
意外そうに、愛歌を見るのだ。
「……何かしら?」
愛歌は、もう既に語り終えたというふうに、いつも通りの表情で問い返す。
先程まで感じられた“意外”という感情は受け取れない。
常の彼女が、そこにいる。
ダンの中で結論として疼いた何かは、しかしそれで霧散した。
「――ふむ。そうか、これは――これは、安堵というのだな」
やがて、感情をダンは自覚する。
「あぁ、ようやく思い出した――そうだ。わしはかつて、こんな感情を抱いたことが在る。なぜ、こんなにも長い間、これを忘れていたのだろう」
――軍人としての彼に、安堵という感情は無かった。
死地から帰還したときも、何の感慨もない。
ただ、自分は生還したのだという、自覚だけ。
彼は――こんな簡単な感情すら忘れるほどに、かつての個を失っていたのだ。
本当に、意外なほど、愛歌の言葉をダンは納得していた。
「感謝するよ、“お嬢さん”。わしは――これでやっと、心置きなく逝くことができる」
もう既に、そこに軍人であった老人の姿は無かった。
かつて捨てると決めた個。
――軍人として戦場にあり続けた無銘の男。
その役目は、こうしてようやく、終わりを告げた。
「そう、それは良かったわ」
愛歌は、まるでなんでもないように返す。
ただ、その声は少し嬉しそうだったのは――もしかしたら、ダンの幻想なのかもしれないが。
とまれ、愛歌はまだ背を向けようとしない。
ダンは既に顔すらも埋め尽くそうかという程に崩壊が進んでいる。
あと少し、もう、時間はない。
けれどもダンに、恐怖などは存在しない。
元よりそれは彼に備わった感情ではない。
とうの昔に捨てた感情。
たとえ取り戻したとしても、それを仮面として被ることはない。
今から死ぬのだというのが信じられない程、ダンの感情は清々しいものだった。
――否、だからこそ、ダンは歩みを止めるのだ。
「こうして会うのは、いつ以来になるだろうな」
ふと、ダンはどことも知れぬ虚空へ言葉を紡ぐ。
――そこには、もはや軍人と呼ばれた男はいない。
ただの、ダン・ブラックモアという一人の老人が、いるのみだ。
頑固で、不器用で、しかしそれ以上に誇りに満ちた男は。
ここが戦場であるというのに。
――ここが、自身の死ぬ場所であるというのに。
それを感じさせないほど、――信じられないほど安らかな笑みを浮かべて。
「あぁ、会いたかったよ。アンヌ――――」
そうして、彼は――――消滅した。
◆
決戦場から帰還する。
周囲に人の姿はない。
セイバーと、そしてマスターである沙条愛歌のみ。
二回戦が終わったのだ。
毒と、罠と、誇り塗れの決戦場から、セイバーと愛歌は帰還した。
「――なぁ、奏者よ」
ふと、そこで愛歌へセイバーは問いかける。
ちらりと、愛歌が視線を向けて、
「何かしら」
応える。
「奏者は、この電脳の月に願いを持たずにやってきたのか?」
「――そうでしょう? だって、わたしは願いを持ってはいないのだもの」
「……だが、奏者には願いがあると、ブラックモア卿は語った。それは果たしてどういう意味だ?」
――それが、ダンと愛歌の勝敗を分ける理由となった。
彼はそう言った。
であれば――彼が感じた愛歌の願いとは、何か。
「そんなものはない、とは言わせぬぞ、――“勝者”よ」
――何よりも、彼女は勝ったのだ。
ゲームと戦争の中間にあった一回戦に、ではなく。
間違いなく、願いのための殺し合いを行う、この二回戦を。
危なげなく、勝ち抜いた。
「ここからは、既に願いのあるものだけが戦う場。――願いがないなど、ありえないのだ。少なくとも、“願いが叶う”という商品に、“くべる”願いくらいは、奏者とて考えた事があるはずであろう」
「――――」
ふと、愛歌は口元に指を当て、天井を仰ぐ。
沈黙は、数秒。
「――そういえば、考えたこともなかったわ」
セイバーは、それを。
「……奏者よ」
――ハッキリと、異常と認識した。
「……なぁに?」
「いや――なんでもない」
それでも、この場での追及をセイバーは避けた。
違和感はある、異常でもある。
だが、材料があまりに少なすぎる。
わからないことが、多すぎる。
――あぁそうだ。
セイバーは愛歌のことを、マスターのことを、何も知らない。
しかしそれでも、問題はハッキリとした。
(願いがない――敗者には死しか残らないこの戦争で、それは絶対にありえない。少なくとも、二回戦を勝ち抜くのであれば、勝つための“願い”くらいは考えたことがあるはずだ)
――どれほど意思が希薄であろうと。
願いが無い、ということはありえない。
加えて言えば愛歌は“願いがない”のだから、そうとしか言えないと言った。
考えていない、のではない。
“考える必要がなかった”のだ。
(考えたこともなかった――否、そうではない。奏者は、“考えたことを忘れている”のだ)
――答えがあるとすれば、一つ。
少なくともセイバーはそう結論づける。
(そう、奏者は――“願いを忘れている”のだ)
――浮かび上がる疑問。
しかし、そこに結論はない。
セイバーは愛歌のことを――――何一つとして知らないのだから。
二回戦終了、三回戦へと続きます。
いろいろなものが見えてきて、それゆえにまたわからない部分は増えてきて。
少しずつ、物語は流動を始めていきます。
というわけで、三回戦、対ありすを始め――る前に、あの人との邂逅です。