ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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―三回戦 VSありす―
21.猶予の前


 三回戦、既に32人となった参加者。

 ――その日の昼は、随分と静かな昼だった。

 愛歌の周囲に人の姿はなく。

 愛歌はそれを、決して違和感も感じることのなく、進む。

 

 目的地はどこでもよい。

 この時間はひどく暇なのだ。

 対戦相手が発表されていないのだから、取りうる行動がほぼ存在しないのである。

 

 ――ふと、立ち止まる。

 

 違和感。

 それは、目の前の状況に対する理解の遅滞であった。

 無論、身体は即座に動いていた。

 理性が――もしも愛歌にそれがあるのなら――彼女の理解を遅らせていたのだろう。

 周囲を見渡し、現況を探す――そこでようやく、愛歌はそれを理解する。

 

 そこには一般アバターの生徒達。

 見ずとも解る、――死んでいる。

 

 であれば原因は、主犯は誰だ?

 ふと、愛歌の身体が吸い寄せられる。

 撤退するか、そう思考するも、即座に切り捨てる。

 コレほどのことをするのだ、相手は相応の実力者――そのサーヴァントの仕業だろう。

 これは情報収集の良い機会。

 相手がどこかでレオや凛などにあたって敗北しない限り、必ず愛歌と当たることになるのだから。

 

 かくして愛歌はその地に足を踏み入れる。

 そこは、決戦場――おそらく、第二回戦終了後の、削除前の空間を使用したもの。

 

 

「――おや、脆弱な魔術師の中に、災厄が如き死の気配がまじりおった。これは……?」

 

 

 ひどく重い男の声だった。

 声一つにすら、死が寄り添うような――殺意の声。

 彼自身が死の塊なのだ。

 

 見れば解る、その男はその拳に、その身体に、無数の殺人を浴びせている。

 

「なるほど! これは愉快だ! このような場に進んで飛び込んできた悪鬼がいよる。――貴様だな小娘、災禍を帯びた気配、実に好ましい」

 

「――――」

 

 愛歌は答えない。

 既に男は構えていた。

 間違いなく、その気配はサーヴァントのもの。

 

 通常であれば、人間が相対するなど、不可能もいいところ。

 

「既に崩壊激しいこの場では、真の仕合が敵わないのが実に残念でならん。――然らば、加減はならんぞ、儂は一撃でしか今のお前を殺せん故な!」

 

 サーヴァントは構える。

 ――同時、愛歌の横でセイバーも気配を濃密にさせた。

 愛歌であれば対応は難しくはない。

 それでも、この状況は危機に近い――セイバーは、マスターのもしもを守るのだ。

 

 速度は、もはや認識すら敵わなかった。

 少なくとも、端から見ればそうであろう。

 元よりサーヴァント同士の戦いはそうあるものだが、このサーヴァント、輪にかけて早い。

 恐らくは、機動力を主武装とするセイバーと同レベル。

 

 ――とすれば、

 

 思考はともかく、愛歌は即座に攻撃を回避する。

 彼女には、“人間”では叶わない回避の方法がある。

 すなわち、空間転移。

 

 気がつけば、拳を振るったサーヴァントの後方に、愛歌はいた。

 

 サーヴァントは停止している。

 愛歌が動かないからだ。

 そして何より男は言った。

 一撃のみで相手をする、と。

 

 つまり、愛歌がここで仕掛けなければ相手は動かない。

 動いたとしても、恐らくは回避に全力を注ぐだろう。

 元よりサーヴァントに真正面から愛歌が挑んでも、決定打がないのは先刻承知。

 両者はどちらからともなく距離を取った。

 

「呵々――! ほう、()く避けた。実に魍魎らしい奇々怪々な回避よな。ふむ、ここで拳を交わしたいのは儂の心底の欲求であるが――それは今でなくとも良いだろう」

 

 いつかに機会はあるのだから。

 そう、盛大に男は笑った。

 

「…………」

 

 愛歌は答えない、油断なく――というふうではないが、それでもサーヴァントから視線はそらさない。

 目の前の敵として注意を払っていることは事実であった。

 

 

「ではな、また相まみえる時を楽しみにしているぞ、金毛(こんもう)の妖鬼よ――!」

 

 

 突如として身体に襲いかかる不可。

 弾き飛ばされようとしているのだ、この空間から。

 そして――

 

 気がつけば、元の空間に戻っていた。

 既に周囲に横たわっていた者達はいない。

 あれは幻想か何かであったか、はたまたもう既に――

 

 元より、愛歌はそれに興味を持たない。

 良い物を見れた、少なくともそれで収穫だろうとその場から離れようとして――

 

 

「――待て、根源接続者」

 

 

 自身の他称で、呼び止められた。

 

 そこには、十八かそこらの青年が一人。

 黒服の男、この学園において、教師としての役割を与えられていた彼を――

 

「……あら」

 

 愛歌は知っている。

 

「お久しぶりね、何と言ったかしら――」

 

 ――そう。

 

 

「……またわたしを殺しに来たの?」

 

 

 それは今から一年と少し前に、愛歌を“殺し”に来た暗殺者だ。

 名は聞いていないし、覚えるつもりもないから、知らないが――確か、西欧財閥に所属していたはずだ。

 

「殺せるならば、殺してしまいたいのが本音だが――」

 

 感情を感じさせない代わりに、殺意を押し付けるような声で暗殺者は言う。

 

「――今は、それも叶うまい。お前相手に、サーヴァントなしでの戦闘は無謀もいいところだ」

 

 何せ、存在自体が災害そのものの愛歌に、只の人間は挑むことすら愚かしい。

 それをこの男は、いやというほど実感させられたのだから。

 

 無駄は叶うことなら省くべきだ。

 

「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。覚えろとは言わん、どうあっても、また聞く名だ」

 

 しかし、敢えてその名を名乗ったというのは、果たして意味あってのことだろうか。

 態々呼び止めてまで、名を名乗ったのだ。

 それはもはや、明確な敵対宣言ですらあるだろうが――それでも。

 

「そう? それならいいわ。どうだっていいもの」

 

 愛歌はそう背を向ける。

 意識すらしていないのは必然だ。

 彼女には、暗殺者――ユリウスに意識を向ける理由がない。

 

 互いに、どちらもその場で殺意は形にしない。

 敢えて言うならば、試すようにそれをちらつかせる愛歌と、身構えるように殺意を散らすユリウス、といったところか。

 

 ――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。

 ホンモノの暗殺者。

 西欧財閥にて多くの敵を闇に葬り、その実績は語るまでもない男。

 そのターゲットの中には、沙条愛歌という少女もいた。

 災厄とされた少女を、暗殺という手法でもって止めるのだ。

 

 それは結局敵わず、ユリウスは這々の体で逃げ出すこととなるわけだが、とかく。

 

 両者の間には縁と呼べるものは薄い。

 それでも、“愛歌に認識される程度”には、ユリウスは愛歌に意識されている。

 ――因縁と呼ぶには一方的で、尚且つ奇縁と呼ぶにも恣意的だ。

 

 レオのように、知名度だけで愛歌に認識されるほどではないにしろ、とまれ。

 ――ユリウスという人間は、それなりに強大な敵であるのだ。

 

 恐らくは、あのサーヴァントのマスターが彼である、という理由も大いにはあるのだろうが。

 強力なサーヴァント、強大なマスター。

 少なくとも、愛歌はそれを意識したのであった。

 

 

 ♪

 

 

 マイルームにて、通常通り、紅茶とクッキーの余暇の時間。

 白の椅子にもたれかかり、愛歌はティータイムを楽しんでいた。

 

「――奏者よ、少し問いたいのだが」

 

 ――ユリウス等から少し、そろそろ対戦相手が発表されるだろう、という頃。

 愛歌のサーヴァント、セイバーがマスターに問いかける。

 

「あのモノ――あのサーヴァントのマスターは、果たして奏者にとって何であるのだ?」

 

 純粋な問いである。

 特に含むこともない、セイバーにしてみれば、実に意外な問い。

 愛歌はなんでもないふうに応える。

 

「わたしを殺そうとしてきた人。――初めて、わたしに差し向けられた刺客ね」

 

「最初に奏者を殺そうとした、ということか?」

 

「違うわ。彼がわたしを狙う頃には、わたしもそれなりに名が知られていたから」

 

 ――丁度、間桐慎二に勝負を挑まれたのもその頃だ。

 さほど時間のかからない勝負だったゆえ、適当に蹴散らして見たが、それ以降何かと意識されるようになった。

 その慎二も、既にこの世には存在していないが。

 

「では奏者は、昔から人に狙われてきたのか?」

 

「いいえ、昔からではないわ。――随分と直接的に問いかけてくるのね、あまり気分の良いことではないけれど、まぁ物珍しいから許すわ」

 

 特に気にした様子でもないが、怒りもなく愛歌は言う。

 そんな真面目なことも問いかけるのか、とセイバーを少し見直した。

 

「しかし――随分と奏者ははた迷惑なのだな! 余はそれなりにはた迷惑な人生であったが、奏者のそれは余に勝るとも劣らない。――自覚の有無が大きな違いだな」

 

「……何故ナチュラルに従者(サーヴァント)に貶されなければならないのかしら」

 

 ――訂正、何故かこのサーヴァントは愛歌に対して辛辣だ。

 平時の変態行動など、その極地としか思えない。

 思わず、愛歌は苦々しい顔を浮かべる。

 

「はた迷惑だが、それゆえに奏者は孤高なのだ。誰からも愛されず、故にその美は永遠となる――! 余は美も才も得られたが、力には恵まれなんだ。奏者のように、永久となって咲き誇れる華は実に羨ましくて仕方がない」

 

「…………」

 

 いよいよ、セイバーはその毒舌を加速させる。

 果たして自覚あってのものなのだろうか。

 ――きっと在るのだろう。

 何せ彼女、騎士王やレオには基本的に、こういった類の罵倒は飛ばさないのだから。

 

 さて、どうしてやろうかと思考を巡らせ、しかしそこで――

 

 

 ――愛歌の携帯端末が鳴り響く、このタイミングならば間違いない、対戦相手の発表だ。

 

 

 案の定、予想通りの内容に、愛歌はやれやれと立ち上がるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 相変わらず、対戦相手の発表は静かなものだ。

 時間がずらされているのがこれまでの主理由であったが――

 

 ――既に、参加者は残り32名。

 それもまた、閑散としたことの理由と言える。

 

 だが、今回は珍しく愛歌の前の発表者とかち合ったようだ。

 

 

 ――遠坂凛と、見知らぬ少女が互いに背を向けていた。

 

 

 凛は知っている。

 愛歌にとってこの地で最も馴染みの深い人間。

 ――多少なりとも、恩義を感じなくはない相手。

 

 もう一人は――誰であろう。

 よくわからないが――人であるようには思えない。

 文字通り、人に近い何かであるはずだ。

 

 ――ホムンクルス。

 愛歌の知識がその予想を持ちだした。

 

 ともあれ、どちらも愛歌には目もくれず去っていったため、愛歌も声をかけることはしない。

 今は自分の対戦相手だ。

 果たして――――

 

 

 ――対戦相手:ありす。

 

 

 掲示板の前に着き、目をやると、そんな名前が目に入る。

 ここにきて、ようやく愛歌の知らない相手。

 そもそも面識のある相手と二度も連続で戦うことがひどい偶然によるのだ。

 ――それが“沙条愛歌”という存在であればなおさら。

 

 因縁があるとすれば、むしろ先ほどの凛のほうがよっぽどだ。

 もしもアレが愛歌の想像通りの存在であれば、魔術師としての実力は高いはず。

 実力のある魔術師を、凛が知らないということもないのだから。

 

 ――とまれ、愛歌は周囲を見渡す。

 この発表、対戦相手が見ていないはずもないのだ。

 

 近くでセイバーも周りをキョロキョロと見やる気配がするが――

 

 ――――いない。

 

 姿が見えない。

 この場所には、沙条愛歌以外の存在が、無い。

 

 見に来ないのだろうか。

 ――それはないだろう、対戦相手のことも解らないままなど、そんなことはありえない。

 

 であれば果たしてそれは――?

 

 

「……お姉ちゃん? お姉ちゃんがあたしの次の遊びあいてなの?」

 

 

 ――そこに、声。

 どこからともなく、声がする。

 

 気がつけば愛歌の横に、白の少女が立っていた。

 

 セイバーの驚愕が伝わる。

 突然現れたことに対してではないだろう。

 恐らくは、その少女が――

 

「あたし、ありすって言うの。よろしくね? お姉ちゃん」

 

 

 ――沙条愛歌よりも、更に幼い少女であるということだ。




 ユリウスの顔見せイベ、本作でも一応ありました。
 というわけで三回戦開始です。

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