ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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22.鬼ごっこ

 三回戦にて対戦する少女は不可思議な少女であった。

 愛歌よりも幼い――その上、愛歌のように、年を忘れさせる覇気もない。

 二回戦のアーチャーは愛歌を嬢ちゃんと読んだが、それにしたって、愛歌は“人間離れ”が過ぎている。

 つまるところ、その年齢に良心を痛めるものはいないだろう。

 

 少なくとも、セイバーは“赤の他人にしてみれば”そうだと認識している。

 セイバー自身は――言葉の上ではともかく――それなりに、信頼を寄せているのだ。

 愛歌は天才のそれを超えた逸材だ、その容姿とその才覚を間近で確かめるために召喚に応じたが――そも、“ムーンセルからの強烈な要請”というのも、無いではないのだが――とまれ。

 

 そも、セイバーは召喚に応じるつもりなど無かったのだ。

 よほど才覚に溢れた人間でなければ、早々召喚に応じるつもりはなかった。

 ――少なくとも、本人としてみればそのつもりだったのだ。

 もしも、彼女のお眼鏡に叶うほどの意志の強さを見せる人間がいるのであれば――それもまた話は違うのだが。

 

 とまれ、それをムーンセルが半ば強制するように要請したのだ。

 ――しかし、結果として召喚に応じたことは正解であるとセイバーは思う。

 元よりその容姿も才もそうであるが、それ以上に――このマスターは、思わぬ所でかわいいのだ。

 凛やあの騎士王と語らう時もそうだが、セイバーに辛辣な言葉を投げる時は、常にころころと表情が変わる。

 コレがどうにも、彼女らしからぬ愛らしさがあって実に良い。

 

 ――話が逸れた。

 

 沙条愛歌は異常とすら言える魔術師(メイガス)であるが、であれば目の前の少女はどうだろう。

 実に愛くるしい、子供らしい容姿をしているが、それだけだ。

 ある種人形めいた異質さも、愛歌の狂気に比べれば普通の部類。

 驚くほど、普通の少女。

 

 ――というには、きっと愛歌に毒されすぎているのだろうが。

 

「――こんにちわ? それともはじめましてが良いかしら」

 

 思案するセイバーを置いて、愛歌が少女――ありすに声をかける。

 あまり他者へ意識を向けることのない愛歌が、初見の相手に声をかけた。

 ――ダン・ブラックモアのように、何か意味があってのものだろうか。

 二週間と少しの付き合いから、セイバーはふとそんなことを考えた。

 

「……ううんちがうよ。お姉ちゃんのこと、あたし、ずぅっとずっと見てたもの。けれども、お姉ちゃんはあたしの事を見てくれない。それに、知らないのだもの、しょうが無いよね」

 

(――奏者を見ていた……?)

 

 ありすの言葉に、セイバーが首を傾げる。

 愛歌はちらりとセイバーを見た。

 笑みであるのに恐ろしい、心胆を実に寒がらせるほどのもの。

 

(彼女とわたしは似たもの同士なのよ。……もっとも、決定的な部分がちがうのだけれど、それはまぁ、あまり語るべきではないのかしらね)

 

 けれども、愛歌の言葉は、思いの外優しげなものだった。

 違和感に近いものを感じるが、セイバーはそれを振り払う。

 悪い違和感ではない気がしたからだ。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。一緒に遊ぼう? 一人で遊ぶのはつまらないわ、あたしにはあたし(アリス)がいるけれど、それでもやっぱり、二人より三人のほうがいいもの」

 

 純粋無垢に満ちた問いかけ。

 殺し合いをする戦場には、あまりに場違いで、それに何より――

 セイバーは、愛歌を見た。

 愛歌の様子に変化は無いのだ、少なくとも、これを受けることは――

 

 

「――――えぇ、構わないわ」

 

 

 ――そんなセイバーの予想を裏切って、愛歌は同意する。

 実に弾んだ声で、自分自身が楽しそうであると振る舞うように――なるほど、実に姉然としている。

 

(……良いのか? 奏者)

 

(いいも悪いもないでしょう? この子はわたしの対戦相手ではあるけれど、敵ではないわ、――彼女にわたしは見えていない。だって――)

 

 それ以上を、愛歌は語ろうとしなかった。

 目前で無邪気にはしゃぐありす。

 彼女の言葉が、愛歌の思考を打ち切ったのだ。

 

「わーい! ありがとね、お姉ちゃん! それじゃあ、それじゃあ、一体何がいいかしら。おままごと? 楽しいご本? それともとっても楽しいお話かしら! えぇっと、えぇっと」

 

「何だっていいわ、ここには面白いものがたくさんあるもの、自由に選びなさい?」

 

 普段の愛歌であれば信じられないほど、実に優しげにそれを認める。

 ――そこにいるのは、これから殺しあわなければならない相手だというのに。

 それがどうにも、セイバーにちぐはぐさを感じさせる。

 どういうことだろう――今までの愛歌であれば、敵と認識すれば、一切合切の遠慮など全て掃き捨てていたというのに。

 少なくとも、間桐慎二に対しても、ダン・ブラックモアに対してもそうだった。

 

 敵ではない。

 そうセイバーに告げる愛歌、彼女は何かを知っているのだろうが、それをセイバーは知ることができない。

 そのうち、解る時が来るのだろうか。

 

「じゃあ決定! おにごっこがあたしはいいな。だってそれが一番おもいっきり遊べるし。だってそれが、今までで一番――――遊び相手が消えなかったから!」

 

「あら、心配はいらないわ、わたしはどこにも行かないんだもの、なぁんの心配も、ないの」

 

「そう? お姉ちゃん、あたしと少し似てるから――あたしと似てる人って、すぐにどっか行っちゃうし、ここだとそうじゃない人も、そうだしね」

 

 心配そうに見上げるありすに、愛歌は同じ目線へ腰を落とす。

 ほとんど背丈は違わないけれど、それでも愛歌のほうが、少しだけ年が上なのだ。

 

「大丈夫よ、貴方は何も心配しなくていいの」

 

 言い聞かせるようなそれは、どこか手馴れているような、どこかお手本のような。

 そんな感じだ。

 

「うん、それじゃあまたあとでね! 絶対約束わすれちゃダメだよ!」

 

「えぇ忘れないわ。だからまたあとで、アリーナで会いましょう?」

 

 ――うん、とありすは元気よく答えると、その場から急にいなくなった。

 恐らくは夕刻まで時間を潰すのだろう。

 今、アリーナに暗号鍵は存在しない、――彼女がそれを意識しているかはともかく、実質的にアリーナは閉じているのだ。

 少なくとも、愛歌のほうが足を運ばないだろう。

 

(奏者よ、本当に良かったのか?)

 

 セイバーは、改めて愛歌の調子を確かめるように問う。

 愛歌は笑みをやわらかなものからいつもの調子に戻して応える。

 

(えぇそうよ。――そもそも、貴方としては嬉しいのではなくて? 可愛らしいわよ、あの娘)

 

(――うむ! それは実に同意だ。人形のような――あれこそまさしく天性の人形少女! あの球体関節のようなデザインのタイツがよく映える! 美とはああして完成するものよな!)

 

(……急に元気になったわね)

 

 嘆息する愛歌――それをセイバーは憂う。

 この愛歌もまた素晴らしく可愛いのだ――!

 

(無論、奏者もまた最高の美であるぞ! だがあの少女と奏者のそれは少しタイプが違うのよな。奏者の場合はむしろ妖艶――人ならざる美というやつだ!)

 

(人形みたいな美も人ならざる美じゃない! ……一体何が違うのよ)

 

(何もかもが違うぞ! そもそも奏者は人でないゆえな)

 

(わたしは人間よ! 人じゃないのは……いえ、それはいいわね)

 

 そこまで言って、気を取り直したように愛歌は歩き出す。

 向かう先はマイルーム、また時間を潰すつもりなのだろう。

 話が途切れ、ふとセイバーは思い至って問いかける。

 

(そういえば奏者よ、遊び相手が消えるだなんだとは、一体全体どういうことだ?)

 

(……え? それは当然、決まってるじゃない)

 

 何を言っているのかと、当たり前のように愛歌は言ってのける。

 

 

(いなくなる――つまり死んだってことよ、あの娘、一応わたし達の対戦相手なのよ?)

 

 

 ――まったくもって何でもない風に、そう告げる。

 

 

 ◆

 

 

「お疲れ様――かしら? セイバー」

 

「うむ! 疲れたぞ奏者よ! できるならば、今日は奏者を抱いて寝たいな!」

 

「ダメよ、鬱陶しい」

 

 巻き付いてくるなと、愛歌は手を降ってセイバーを追い払う。

 セイバーはといえばすぐにそれを諦めると、自分が使う椅子に腰を下ろす。

 ――疲れたのは、まぁ事実。

 まさか愛歌と組んで、初日に暗号鍵を入手できない時が来るとは思わなかった。

 

 というのも、アリーナにて、愛歌とありす“達”は鬼ごっこをした。

 アリーナの奥へ進むありすを、愛歌が追いかける単純なものではあったが、その終点にて。

 

 ありすと――彼女によく似た黒いドレスの少女が呼び出した“バーサーカー”と思われるサーヴァント。

 アレにより、暗号鍵を目前としながら、道を阻まれてしまったのだ。

 暗号鍵に近すぎたのが何よりも問題だ、あれでは愛歌が転移で近づいても、データを取得している間に屠られてしまう。

 結局、軽く剣を合わせた程度で、その脅威の力を目の当たりにしたセイバーと愛歌は、そのまま愛歌の空間転移で撤退したのだが――それはともかく。

 

「アレが此度の敵であろうか――バーサーカー、であろうな?」

 

 一撃を躱しながら、軽く流すために剣を這わせたセイバーは、未だに手のしびれが抜けないでいる。

 あれは、間違いなく“普通”ではない相手であった。

 サーヴァント――それにしたって、異常なほどの力を持つ。

 

「もしもアレがサーヴァントであるとすれば、その強力さの裏には必ず弱点があるものよ。無敵のサーヴァントなんていないのだから」

 

 ――最強ならば、この聖杯戦争で決まるのだけれど、と愛歌は言う。

 まぁどちらにせよ、気にしても仕方がないとセイバーは嘆息するが――

 

 そうではない、と愛歌は続ける。

 

「アレが“本当にサーヴァントなら”ね。まぁ予想通り、アレはサーヴァントではないわ」

 

「それは奏者の中での予想ではないか?」

 

「勿論よ、それがどうかしたの?」

 

 なんでもない、とセイバーは首をふる。

 まぁ、マスターがそういう人間なのは、今に限った話ではない。

 

「思い出しても見なさいな、あの怪物と戦った時、“SE.RA.PHから警告は出ていて”? 出ていないわ、だからあれはサーヴァントではない、そこまではいい?」

 

 ――なるほど、とセイバーは同意する。

 愛歌のいうことは最も、あの数瞬、ほんの一合程度の打ち合いであっても、戦闘は戦闘だ。

 サーヴァント同士であれば、SE.RA.PHからの警告がけたたましく鳴り響く。

 そうでないということは、当然あれはサーヴァントではない。

 

「――であれば何だ? あんなバケモノ、一体どうやって喚び出したのだ?」

 

「別にそんなに難しくはないわ、伝承の中のバケモノを呼び出すというのは。それが“決定的な弱点”をもつ場合は特にね」

 

 伝承の中の、当然といえば当然か、あのような存在、現実に存在しうる訳がないのだから。

 それが存在するとすれば、神秘の中のお伽話でしかありえない。

 魔術師が関わっているならともかく、だ。

 

「どちらにせよ召喚を行うとすれば――もしやあ奴はキャスターか? しかし、それであれば一体全体あの姿は――」

 

「それも含めて、真名の詮索はそれほど難しくはないはずよ、少し排除しなければならない可能性があるから、それは直接、あの娘に聞いて確かめましょう」

 

 ――どうやら既に愛歌は真名におおよそ見当をつけているようだ。

 あいも変わらず、仕事の早い。

 

「まぁ、あのバケモノは直接排除しても良いのだけれど――それではあまり芸もないし、これもあの娘から直接問いかけてみましょう。きっと答えてくれるわ」

 

「……そうか? あの少女、白い童女ならともかく、黒い童女はそれなりに知性的だぞ。――止められるのではないか?」

 

「あら、それならきっと問題はないわよ」

 

 愛歌は自信たっぷりと言った様子でそう断言する。

 よくわからないが、その自信の在処を、セイバーはふと問いかけてみた。

 

「――ああいう娘には、とっても良い物があるの――つまり、モノで釣るのね」

 

 それを愛歌は――――

 

 

「――だから、お料理をするのよ」

 

 

 ――そんな風に、何とも柔らかい笑みで言い切るのだった。




 さらっと流されてるけど、愛歌ちゃんが一度で暗号鍵入手できずに撤退とか非常事態です。

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