ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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24.サイバーゴースト

 セイバーがふと、周囲を見渡すと、そこには見知った顔がいた。

 黒いアリス――現在の対戦相手である少女。

 

 時刻は昼、周囲にマスターの姿はない。

 そこは三階の廊下、おおよそ人の通る場所ではない。

 ここには黒服の生徒会長NPC――柳洞一成が常駐しているが、今日はその姿も無いようだ。

 

 そんな場所に、一人ぽつんと佇む黒アリス。

 マスターの姿すらなく、そも霊体化すらしていない。

 はて、セイバーのマスターのように、現在マイルームにて休眠中なのだろうか。

 疑問は尽きないが、別にセイバーの存在を察知しているわけではないのだ。

 罠であっても、愛歌をたたき起こせば対応できるだろう。

 というわけで、霊体化を解き、黒いアリスの前に姿を現す。

 

「あらあら?」

 

 少しだけ驚愕を露わにしながらも、黒いアリスは冷静に反応する。

 対戦相手のサーヴァント、それを前にしても、動じる様子は見せないのであった。

 

「お久しぶりね、セイバーさん。こんなところで何のよう? こんなあたしに何のよう?」

 

 彼女の言葉は、何かを吟じるように軽やかだ。

 決して、彼女が上機嫌であるわけではないだろう。

 

「久しぶりというわけでもあるまい。それに、何だかその挨拶は他人行儀のようだ。もう少し良い笑顔(グッドスマイル)で、優しい声で、どうか?」

 

「残念ながら、あたしにそんな器量はないの。損な性格ですものね、それはそれは仕方がないことなの」

 

「ふむ……まぁ、それはよいか。ところで“キャスター”よ」

 

「――あら、何かしら」

 

 セイバーは、探るように呼びかけた。

 それに黒いアリス――キャスターは、一切ためらう素振りすら見せず答えたのだ。

 少し、意外だ。

 

「別に、驚くことではないのではなくて? だって、貴方のマスターには全てお見通し、わからないことなんてないでしょう」

 

 愛歌はすでに、キャスターの真名も、そしてありすの“正体”すらも把握している。

 それ自体はすでにキャスターとて理解しているのだ。

 態々、そのサーヴァントに対して情報を隠蔽しても意味は無い。

 

 やれやれと、少し困ったように――けれどもどこか大げさに、キャスターは嘆息した。

 

「そうか? 奏者は全能に近い万能ではあるが、決して完全な全能ではない。世が世ならともかく、今の奏者は些か化け物じみた十歳の少女だ」

 

 たとえば、セイバーの真名とか。

 詮索をしていないのもあるが、未だに愛歌はセイバーの真名を特定しない。

 もしかしたら気がついているのかもしれないが――セイバーにそれを示唆しないのだ。

 意識すらしていない可能性が高い。

 

「――彼女をそう呼べるのは、この世でもきっと貴方と他に数人くらいでしょうね」

 

 皮肉にも近い、掛け値のない本音。

 ――正直言えば、キャスターはセイバーが苦手だ。

 視線が少し厭らしい。

 これでも、愛歌に対するモノに比べれば恐ろしく抑えているのではあるが。

 

「さて、それにしてもキャスターよ。ここで一体何をしているのだ?」

 

「――宝探しよ。正確には、あたし(ありす)が今、宝物を隠しているから、それを待っているのね」

 

 それ故か、どこかキャスターは手持ち無沙汰だ。

 暇なのもあるだろう――が、それでもこれは、“ありすのため”だ。

 この程度の暇、キャスターにとってはなんということのないものである。

 

 とはいえ、その暇を潰してくれる相手がいるのなら、それはそれで構わないのである。

 

「よいお姉さんぶりだな」

 

「……さて、どうかしら。貴方のマスターも負けて居ないとおもうわよ?」

 

 くすくすと笑うセイバーに、キャスターも弾んだ声音で答える。

 ――思えば、一対一でありす以外の誰かと会話をするのは“これが初めてのこと”だ。

 キャスターは誰かと会話をするということはできないし、ただ見ていることしかできなかったのだ

 

 キャスターは子どもに夢を与えるお伽話だ。

 そこにはまさしく夢の様なワンダーランドが広がっているし、それゆえに、子どもはそれに魅せられキャスターを慕う。

 しかし、それを子どもに与えるのは、あくまで“母”の役目なのだ。

 キャスターはただ母によって、子どもに与えられるだけの夢。

 子どもに語りかけるのは、母の仕事というわけだ。

 

 それを、ただ見守るしか無かった少女が、“サーヴァント”という器を得た。

 それはきっと、概ね幸福と呼べるものだったのだろう。

 たとえその先に、殺し合いという現実が待ち受けているとしても。

 

 キャスターは、その姿からは似合わないほど、“理性的”なサーヴァントだ。

 誰よりもマスターの勝利を考え、そして貪欲にそれを目指す。

 どれだけありすとの“遊び”を楽しんでいても、それと同時に、ありすを勝利に導かんとするキャスターもまた、存在している。

 

 

 ――ふと、そんな少女たちの間を、通り過ぎるように、男の“影”一つ。

 

 

 キャスターは思わず目を見開いて。

 セイバーは少し顔をしかめて――すぐにそれを取りやめる。

 

 男の姿が、あまりにぼやけたものであったのだ。

 その瞳はセイバーも、キャスターも見ていない。

 ただ、“そこにあるだけ”の記録であるかのような――

 

「――――サイバーゴースト」

 

 キャスターが、ふとそれを口にする。

 ――なるほど、とセイバーは思わず納得した。

 無理もない、セイバーにとってそれは“知識だけ”の存在であった。

 ムーンセルから与えられる、いわゆる“座の知識”に相当するシロモノ。

 その中にあった単語だ。

 記憶の中から検索し――それを引っ張りだす。

 

「たしか――ムーンセルによって記憶された“肉体を持たない死者”の霊か。――いや、ムーンセルでなくともサイバーゴーストは発生するだろうが」

 

 文字通り、幽霊の類。

 単なる記憶でしか無いために、それに害など無いのだけれど。

 

「――優秀な魔力回路を持つ魔術師(ウィザード)は、特にその魔力回路が死後でなお生き続け、霊となる場合も多いわ」

 

 すらすらと、キャスターはそれを述べる。

 ふと違和感を覚えるほどに。

 ――セイバーは単語を記憶から引っ張りだすのに数秒を要した。

 キャスターには、その様子が見られないのである。

 

「詳しいな、キャスターよ」

 

「えぇまぁ。――立場柄、詳しくならざるを得なかったの」

 

 なぜだか、キャスターは含みの在る物言いをする。

 その視線は何かを語るようであり、ふむ、とセイバーは腕組みをする。

 

 引っかかるものは、ある。

 

 ――そう。

 数日前、対戦相手として発表されたありすを前にした、愛歌の言葉。

 そしてその“原因”となった、ありすの言葉。

 

 “「そう? お姉ちゃん、あたしと少し似てるから――あたしと似てる人って、すぐにどっか行っちゃうし、ここだとそうじゃない人も、そうだしね」”

 

 どこかに行ってしまう――いなくなる。

 

 “(いなくなる――つまり死んだってことよ、あの娘、一応わたし達の対戦相手なのよ?)”

 

 あの容姿で、ありすはコレまで二度、魔術師とサーヴァントを斃してきているのだ。

 ――無論、少なくとも一回戦においては、その容姿が大いに助けとなったであろうことは確かだろうが。

 

「――なぁキャスター、まさか“ありす”は……」

 

「それ以上はダメよ、セイバー。別にあたし(ありす)が聴いているわけではないけれど、あまり聞いてて気持ちの良い物ではないもの」

 

 ――ただ、事実を知っておいて貰いたかっただけ。

 愛歌から教えられているのであればいい、そうでないのなら、せめて対決が始まる前には。

 

 それはどこか、諦めにも近い感情だったのかもしれない。

 少なくとも、沙条愛歌は、ただ“サイバーゴーストである”というだけでは打倒しえない相手なのだから。

 

「……」

 

 ――ふと、セイバーはそれから意識をそらすため考える。

 考えることは決まっている、愛歌のことだ。

 

「――ありすと奏者は“少し似ている”? ……よもや奏者がサイバーゴーストというわけでもあるまい?」

 

「当たり前でしょう? あたし(ありす)が“少し”と言ったの、その意味からして、別に“肉体が死んでいる”わけではないわ。ただ、“何かしらの事情”が肉体にある可能性がある、といったところかしら」

 

 あんな怪物、そうそう死んでたまるものですか。

 ――とは、キャスターの談。

 

「……むぅ、奏者は実に謎が多いな」

 

 ――沙条愛歌。

 思い返せばセイバーは、あの少女の事を殆ど知らないのだ。

 圧倒的な実力を有し、それに見合った独特な精神性を持っているということ。

 料理が上手く、また魔術師としても絶対的な才を持つ。

 万能の天才。

 曰く、付けられた名は“根源接続者”。

 

 そんな、外面的なことしかセイバーは知らない。

 あぁそうだ――もう一つ。

 

「奏者は“妹がいた”という。――キャスター。キャスターにとって、奏者は“姉らしかった”か?」

 

 ――少しだけ感じていた疑問。

 ありすを前にした愛歌は、実に姉らしい振る舞いであった。

 優しい姉、気遣いのできる、姉らしい姉だ。

 

 だがどこか、それはあまりに“模範的”過ぎるような気がしてならない。

 それに何より、愛歌らしくない。

 ――一種、変貌とすら言える愛歌の調子に、少しセイバーは困惑しているのだ。

 

「とても良い振る舞いだったと思うわ、何一つ非の打ち所がない、素晴らしいものではないかしら」

 

「……キャスターもそう思うのだな」

 

 言葉に嘘は見られない。

 それもそうだろう、少なくとも表面だけであれば、実際に愛歌は“姉らしい”のだから。

 

「だが、奏者は少し、“わざとらしく”はなかったか、少なくとも、キャスターの視点から見て、だ」

 

「あら、貴方もそう感じたのね。であれば、“あたしも同じ”よ? 貴方のマスターの振る舞いは、とっても満点な振る舞いだった。ああやって振る舞える姉――もしくは母は、あたしにとっても理想なの」

 

 ――キャスターは子どもたちの英霊だ。

 子どもを“導く”ことが彼女の役割であり、そして何より存在価値だ。

 サーヴァントとして、個を与えられた状態で顕現した彼女には、自身のマスターである少女を先導する義務がある。

 それ故に、愛歌のような振る舞いはまったくもって理想だ。

 

 無論、“友達”としてありすを導く必要のあるキャスターと、姉として振る舞えば良い愛歌では、そもそも立場の違いは在るのだが。

 

「貴方のマスターは、真の意味で天才なのでしょう? この世に二つとしてない、天から与えられたような才能の塊。――それって、例えば“演技の才”というのも含まれるのではない?」

 

「まぁ、そうであろうな。――そも、奏者の立ち振舞はいつもどこか“演技めいている”。当然であろう、十の少女が大の大人を威圧するのだ。よっぽど大げさで無くてはならんのだ」

 

 キャスターの推測に、セイバーは補足する形で同意する。

 つまるところ、愛歌は実に“姉らしい姉”だ。

 お手本にしたいほどの。

 

 ――だが、そんな“演技”が、愛歌にはできてしまうのだ。

 

 つまり、

 

 愛歌の姉としての振る舞いは、どうしてか“嘘くささ”が混じってしまう。

 これが一人っ子の“ごっこ遊び”であるならばともかく。

 愛歌は妹がいる、と言った。

 

 であるとすれば――

 

 

「――――一体あのマスターは、その妹に対して姉として振る舞いながら、その実“どう思って”いたのかしらね」

 

 

 キャスターの言葉は、どうしてかセイバーに突き刺さる。

 愛歌は狂気すら帯びるほどの少女である。

 だとすれば、自身の身内に対して、“何の感情すら抱いていない”可能性など考えるまでもなく高い。

 

「……奏者は」

 

「――そんな人ではない、なんて。――貴方が言えることでは、絶対にないはずよ?」

 

 キャスターはもはや責め立てるようにセイバーへ言う。

 “愛歌が普通ではない”ことは、セイバーはよく知っているのだから。

 そして何より、愛歌のことを、本当は何も、知らないのだから。

 

 そう、何も。

 

「――――あぁ、そうか」

 

 ようやく、そこで合点がいった。

 ――セイバーは、

 

 

「……余は、奏者のことを、もっともっと――その全てを知りたくなっていたのだな」

 

 

 いつの間にか、あのおかしな少女に、ほだされていたらしい。


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