ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
セイバーがふと、周囲を見渡すと、そこには見知った顔がいた。
黒いアリス――現在の対戦相手である少女。
時刻は昼、周囲にマスターの姿はない。
そこは三階の廊下、おおよそ人の通る場所ではない。
ここには黒服の生徒会長NPC――柳洞一成が常駐しているが、今日はその姿も無いようだ。
そんな場所に、一人ぽつんと佇む黒アリス。
マスターの姿すらなく、そも霊体化すらしていない。
はて、セイバーのマスターのように、現在マイルームにて休眠中なのだろうか。
疑問は尽きないが、別にセイバーの存在を察知しているわけではないのだ。
罠であっても、愛歌をたたき起こせば対応できるだろう。
というわけで、霊体化を解き、黒いアリスの前に姿を現す。
「あらあら?」
少しだけ驚愕を露わにしながらも、黒いアリスは冷静に反応する。
対戦相手のサーヴァント、それを前にしても、動じる様子は見せないのであった。
「お久しぶりね、セイバーさん。こんなところで何のよう? こんなあたしに何のよう?」
彼女の言葉は、何かを吟じるように軽やかだ。
決して、彼女が上機嫌であるわけではないだろう。
「久しぶりというわけでもあるまい。それに、何だかその挨拶は他人行儀のようだ。もう少し
「残念ながら、あたしにそんな器量はないの。損な性格ですものね、それはそれは仕方がないことなの」
「ふむ……まぁ、それはよいか。ところで“キャスター”よ」
「――あら、何かしら」
セイバーは、探るように呼びかけた。
それに黒いアリス――キャスターは、一切ためらう素振りすら見せず答えたのだ。
少し、意外だ。
「別に、驚くことではないのではなくて? だって、貴方のマスターには全てお見通し、わからないことなんてないでしょう」
愛歌はすでに、キャスターの真名も、そしてありすの“正体”すらも把握している。
それ自体はすでにキャスターとて理解しているのだ。
態々、そのサーヴァントに対して情報を隠蔽しても意味は無い。
やれやれと、少し困ったように――けれどもどこか大げさに、キャスターは嘆息した。
「そうか? 奏者は全能に近い万能ではあるが、決して完全な全能ではない。世が世ならともかく、今の奏者は些か化け物じみた十歳の少女だ」
たとえば、セイバーの真名とか。
詮索をしていないのもあるが、未だに愛歌はセイバーの真名を特定しない。
もしかしたら気がついているのかもしれないが――セイバーにそれを示唆しないのだ。
意識すらしていない可能性が高い。
「――彼女をそう呼べるのは、この世でもきっと貴方と他に数人くらいでしょうね」
皮肉にも近い、掛け値のない本音。
――正直言えば、キャスターはセイバーが苦手だ。
視線が少し厭らしい。
これでも、愛歌に対するモノに比べれば恐ろしく抑えているのではあるが。
「さて、それにしてもキャスターよ。ここで一体何をしているのだ?」
「――宝探しよ。正確には、
それ故か、どこかキャスターは手持ち無沙汰だ。
暇なのもあるだろう――が、それでもこれは、“ありすのため”だ。
この程度の暇、キャスターにとってはなんということのないものである。
とはいえ、その暇を潰してくれる相手がいるのなら、それはそれで構わないのである。
「よいお姉さんぶりだな」
「……さて、どうかしら。貴方のマスターも負けて居ないとおもうわよ?」
くすくすと笑うセイバーに、キャスターも弾んだ声音で答える。
――思えば、一対一でありす以外の誰かと会話をするのは“これが初めてのこと”だ。
キャスターは誰かと会話をするということはできないし、ただ見ていることしかできなかったのだ
キャスターは子どもに夢を与えるお伽話だ。
そこにはまさしく夢の様なワンダーランドが広がっているし、それゆえに、子どもはそれに魅せられキャスターを慕う。
しかし、それを子どもに与えるのは、あくまで“母”の役目なのだ。
キャスターはただ母によって、子どもに与えられるだけの夢。
子どもに語りかけるのは、母の仕事というわけだ。
それを、ただ見守るしか無かった少女が、“サーヴァント”という器を得た。
それはきっと、概ね幸福と呼べるものだったのだろう。
たとえその先に、殺し合いという現実が待ち受けているとしても。
キャスターは、その姿からは似合わないほど、“理性的”なサーヴァントだ。
誰よりもマスターの勝利を考え、そして貪欲にそれを目指す。
どれだけありすとの“遊び”を楽しんでいても、それと同時に、ありすを勝利に導かんとするキャスターもまた、存在している。
――ふと、そんな少女たちの間を、通り過ぎるように、男の“影”一つ。
キャスターは思わず目を見開いて。
セイバーは少し顔をしかめて――すぐにそれを取りやめる。
男の姿が、あまりにぼやけたものであったのだ。
その瞳はセイバーも、キャスターも見ていない。
ただ、“そこにあるだけ”の記録であるかのような――
「――――サイバーゴースト」
キャスターが、ふとそれを口にする。
――なるほど、とセイバーは思わず納得した。
無理もない、セイバーにとってそれは“知識だけ”の存在であった。
ムーンセルから与えられる、いわゆる“座の知識”に相当するシロモノ。
その中にあった単語だ。
記憶の中から検索し――それを引っ張りだす。
「たしか――ムーンセルによって記憶された“肉体を持たない死者”の霊か。――いや、ムーンセルでなくともサイバーゴーストは発生するだろうが」
文字通り、幽霊の類。
単なる記憶でしか無いために、それに害など無いのだけれど。
「――優秀な魔力回路を持つ
すらすらと、キャスターはそれを述べる。
ふと違和感を覚えるほどに。
――セイバーは単語を記憶から引っ張りだすのに数秒を要した。
キャスターには、その様子が見られないのである。
「詳しいな、キャスターよ」
「えぇまぁ。――立場柄、詳しくならざるを得なかったの」
なぜだか、キャスターは含みの在る物言いをする。
その視線は何かを語るようであり、ふむ、とセイバーは腕組みをする。
引っかかるものは、ある。
――そう。
数日前、対戦相手として発表されたありすを前にした、愛歌の言葉。
そしてその“原因”となった、ありすの言葉。
“「そう? お姉ちゃん、あたしと少し似てるから――あたしと似てる人って、すぐにどっか行っちゃうし、ここだとそうじゃない人も、そうだしね」”
どこかに行ってしまう――いなくなる。
“(いなくなる――つまり死んだってことよ、あの娘、一応わたし達の対戦相手なのよ?)”
あの容姿で、ありすはコレまで二度、魔術師とサーヴァントを斃してきているのだ。
――無論、少なくとも一回戦においては、その容姿が大いに助けとなったであろうことは確かだろうが。
「――なぁキャスター、まさか“ありす”は……」
「それ以上はダメよ、セイバー。別に
――ただ、事実を知っておいて貰いたかっただけ。
愛歌から教えられているのであればいい、そうでないのなら、せめて対決が始まる前には。
それはどこか、諦めにも近い感情だったのかもしれない。
少なくとも、沙条愛歌は、ただ“サイバーゴーストである”というだけでは打倒しえない相手なのだから。
「……」
――ふと、セイバーはそれから意識をそらすため考える。
考えることは決まっている、愛歌のことだ。
「――ありすと奏者は“少し似ている”? ……よもや奏者がサイバーゴーストというわけでもあるまい?」
「当たり前でしょう?
あんな怪物、そうそう死んでたまるものですか。
――とは、キャスターの談。
「……むぅ、奏者は実に謎が多いな」
――沙条愛歌。
思い返せばセイバーは、あの少女の事を殆ど知らないのだ。
圧倒的な実力を有し、それに見合った独特な精神性を持っているということ。
料理が上手く、また魔術師としても絶対的な才を持つ。
万能の天才。
曰く、付けられた名は“根源接続者”。
そんな、外面的なことしかセイバーは知らない。
あぁそうだ――もう一つ。
「奏者は“妹がいた”という。――キャスター。キャスターにとって、奏者は“姉らしかった”か?」
――少しだけ感じていた疑問。
ありすを前にした愛歌は、実に姉らしい振る舞いであった。
優しい姉、気遣いのできる、姉らしい姉だ。
だがどこか、それはあまりに“模範的”過ぎるような気がしてならない。
それに何より、愛歌らしくない。
――一種、変貌とすら言える愛歌の調子に、少しセイバーは困惑しているのだ。
「とても良い振る舞いだったと思うわ、何一つ非の打ち所がない、素晴らしいものではないかしら」
「……キャスターもそう思うのだな」
言葉に嘘は見られない。
それもそうだろう、少なくとも表面だけであれば、実際に愛歌は“姉らしい”のだから。
「だが、奏者は少し、“わざとらしく”はなかったか、少なくとも、キャスターの視点から見て、だ」
「あら、貴方もそう感じたのね。であれば、“あたしも同じ”よ? 貴方のマスターの振る舞いは、とっても満点な振る舞いだった。ああやって振る舞える姉――もしくは母は、あたしにとっても理想なの」
――キャスターは子どもたちの英霊だ。
子どもを“導く”ことが彼女の役割であり、そして何より存在価値だ。
サーヴァントとして、個を与えられた状態で顕現した彼女には、自身のマスターである少女を先導する義務がある。
それ故に、愛歌のような振る舞いはまったくもって理想だ。
無論、“友達”としてありすを導く必要のあるキャスターと、姉として振る舞えば良い愛歌では、そもそも立場の違いは在るのだが。
「貴方のマスターは、真の意味で天才なのでしょう? この世に二つとしてない、天から与えられたような才能の塊。――それって、例えば“演技の才”というのも含まれるのではない?」
「まぁ、そうであろうな。――そも、奏者の立ち振舞はいつもどこか“演技めいている”。当然であろう、十の少女が大の大人を威圧するのだ。よっぽど大げさで無くてはならんのだ」
キャスターの推測に、セイバーは補足する形で同意する。
つまるところ、愛歌は実に“姉らしい姉”だ。
お手本にしたいほどの。
――だが、そんな“演技”が、愛歌にはできてしまうのだ。
つまり、
愛歌の姉としての振る舞いは、どうしてか“嘘くささ”が混じってしまう。
これが一人っ子の“ごっこ遊び”であるならばともかく。
愛歌は妹がいる、と言った。
であるとすれば――
「――――一体あのマスターは、その妹に対して姉として振る舞いながら、その実“どう思って”いたのかしらね」
キャスターの言葉は、どうしてかセイバーに突き刺さる。
愛歌は狂気すら帯びるほどの少女である。
だとすれば、自身の身内に対して、“何の感情すら抱いていない”可能性など考えるまでもなく高い。
「……奏者は」
「――そんな人ではない、なんて。――貴方が言えることでは、絶対にないはずよ?」
キャスターはもはや責め立てるようにセイバーへ言う。
“愛歌が普通ではない”ことは、セイバーはよく知っているのだから。
そして何より、愛歌のことを、本当は何も、知らないのだから。
そう、何も。
「――――あぁ、そうか」
ようやく、そこで合点がいった。
――セイバーは、
「……余は、奏者のことを、もっともっと――その全てを知りたくなっていたのだな」
いつの間にか、あのおかしな少女に、ほだされていたらしい。