ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
校舎一階、下駄箱前。
アリーナに向かい人が行き交うこの場所であるが、現在は随分と緊迫した空気にあふれていた。
その空間の根源、緊張の原因は一人の少女と、少年。
どちらも赤を中心とした衣装を身にまとう、カスタムアバターだ。
つまり、相応の実力者――少なくとも、それは知名度に置いても同様であった。
「…………」
方や、太陽のような穏やかな面持ちに、しかし同時に灼熱の如き苛烈さを持つ少年。
傍らには蒼銀の騎士、ただ在るだけでその姿をしらしめる――騎士の中の騎士。
セイバーとして召喚された“騎士王”と契約した少年――
――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
「――――」
方や、刃のような激情の顔に、それにふさわしいほどの意思を瞳に宿す少女。
周囲の目を引くほどの強烈な容貌は、まさしく剣そのものだ。
レオとは正反対の王道を行くレジスタンスの少女――
――遠坂凛。
偶然に両者は遭遇し、そのままおよそ一分にも満たない間、ただ無言のまま威圧しあう。
ショートカットで偶然一階にやってきた憐れな犠牲者達が、悲鳴を上げながらアリーナへ駆けていった。
とにかくそこは、今にでも戦闘が開始されそうなほど、緊迫を増し――
しかし、それゆえに単なるにらみ合いのまま、両者はその場をどちらからともなく離れるのだろう。
少なくとも周囲にはそう見えたし、睨みをきかせる遠坂凛も、それを受けるレオ・B・ハーウェイも同様であった。
例外は――苦労人気味のレオのサーヴァント、騎士王くらいなものだろう。
嫌な予感はするものだ。
ここには、遠坂凛も騎士王も存在しているのだ。
もしもそれを察知したのであれば――
「あら、こんにちわ」
――もう一人、厄介な少女が現れないはずはない。
どちらかと言えば、その容姿は“白”に近い。
純潔の白――全てを塗りつぶす絶対の“白”。
そう、この場において、両名の間に割って入ることのデキる人間など、一人しかいまい。
――沙条愛歌が割り込んできたのである。
「――あら、こんにちは沙条さん。ごきげんはいかが? 急にどうしたの?」
遠坂凛の声音は、実に柔らかなものだ。
そこにレオ――宿敵が存在していないかのような。
そんな声。
対するレオは軽く一礼をするにとどまる。
同時にチラリと、その視線が騎士王へと向けられた。
何かを期待する目だ。
「こんにちわ、凛。今日は少し、アリーナへ出かけるつもりよ。あの子に呼ばれてしまっているの」
一体何のようかしらね、と愛歌は苦笑する。
「あまりそうやって気にかけ過ぎるのは問題よ。覚悟が鈍ってしまうから……っていうのは、貴方に対しては意味のない忠言かしら」
ふん、と視線を向けずに凛は言った。
それに対して、レオは苦笑にも近い笑みを浮かべる。
――何だか、毒気が抜かれたようだった。
「……何よ」
凛も、決して殺意ではない敵意と怒りをレオへ向ける。
互いに両者はその方針を真っ向から分かつ宿敵である。
しかし――だ、決してどちらにも怨みの類は存在しない。
故に、その会話に敵意は有っても怨嗟はない。
「いえ、――それを貴方が言うのですか、と」
「少なくとも凛が言えた台詞ではないと思うわ、ねぇ騎士さま?」
――こんにちわ? と、愛歌は騎士王に一歩近づき、軽く会釈をする。
はは、と困ったように騎士王は笑んだ。
愛歌に対してもそうだが――そこで話題をふられても困ってしまう。
騎士王は凛をよく知らないのだから。
「ちょっと沙条さん、貴方のことを態々気遣って上げたのに、なんでそっちの味方に付くのかしら……?」
「あら、だって事実ですもの。もう、なんていうの? 言ってること、端から端まであなたに返すわ」
「なっ――べ、別に私は、貴方のために気を使ってるわけじゃないんだから! っていうか、私にとっては貴方は重要な戦力なの。そこの王様にぶつければ、少なくとも少なからず消耗するはずだもの」
声を荒らげ、しかし凛の頬には朱がさしている。
実にあっぱれなテンプレーションぶりに、どこからともなく拍手が聞こえてきた。
「――あんたねぇ!」
――どうやら凛のサーヴァントのようだ。
レオはひとしきり楽しそうに笑って、
「……いえ、別に“気を使っていること”だけがあなたに言えるわけではないですよ。ミス遠坂」
涼しい顔で、そう示す。
「――何よ」
「簡単な事です。たとえどれほど情を注ごうと、“覚悟が鈍らない”ところまで、貴方に当てはまるのですよ」
――少し、はっとしたように凛は驚嘆する。
あぁ、なるほど確かに。
よしんば愛歌が凛の対戦相手となったとして、“凛は絶対に躊躇わない”。
愛歌がそうであるように、だ。
――無論、あたってしまったことを惜しみはするだろうけれど。
それが凛の強さ。
それが遠坂凛という少女。
そこには、炎とすら思える苛烈な意思と、鋼鉄とも言える静寂の信念が同居していた。
「……案外、他人のことを見ているのね、孤独な王様?」
「僕は王ですからね、それに、人には大抵、自分には解らないけれど、他人には解る自分というものがあるものです」
自己評価というのは、割りとあてにならないものだ。
特に過剰なほど自身を過小評価してしまうものもいる。
その場合、良さというのは誰かが引き出さなければならないのだ。
「他人にしかわからない自分。……ねぇ騎士さま、騎士さまにもそんな自分があるのかしら」
隣、ふと愛歌が話を聞いていた騎士王に声をかける。
涼し気な笑みで少し騎士王は小首を傾げ。
「どうだろう、私は私らしく振舞っているつもりだけれど……時にはらしくないこともあるのかもしれないね」
「ふふ、騎士さまはいつだって凛々しいわ。……こういうのも、自己評価によっては“自分ではわからない部分”になるのかしら」
さて、どうだろうと騎士王は肩をすくめた。
――こうして肩を並べて会話すると、随分と話の通じる少女である。
確かに不可思議で、不気味とすら思える面もあるにはあるが、それでも――
――貴方を好いている。
そう告白された時のような、言葉すら隔絶されるような感覚は、今の少女にはない。
それに騎士王が意識を向けかけたところで――
「……そういえば、ミス沙条」
レオが、ふと愛歌へ言葉をかけた。
「何かしら、西の王様?」
「いえ、ふと疑問に思ったもので――ここで、それを解消しておくのが吉かと」
レオのそれは、純粋な疑問のようにも、王としての詰問にも思えた。
答えを“濁す”ことは許されず、ただ在るのは是か否かの二択のみ。
無論、否という択がある時点で随分有情なのではあるが。
とかく。
レオは一切何らためらうこともなく。
「――貴方にとって、僕の信念、そしてミス遠坂の信念、そのどちらを是とするのですか?」
あまりにも決定的な言葉を投げかけた。
「なっ――」
「……王」
凛が驚愕し、騎士王が嘆息するのも無理はない。
この場において、愛歌に対しレオは“戦端を開けろ”とすら取れる爆弾を放ったのだ。
もはやそれが決してしまった時点で、この場はおおよそ緊張とすら呼べなくなる。
それはもはや、戦場と言い換えてしまったほうが早い。
とはいえ、レオとてそれを意識していないわけではない。
おおよそ答えに行き着いているのだ。
そしてその答えが、さほど違ってはいないだろうという自負もある。
果たして愛歌は――
「どうでもいいわ、そんなもの」
実に明瞭な答えを出した。
「――はぁ」
今度は、凛が嘆息した。
ある種の傍観、ある種の納得。
“まぁそうだろうな”と、彼女の顔にはそう書かれていた。
沙条愛歌とは、月に至るその前から、そういう立ち位置の少女であった。
どちらにも味方しないのだ。
それはどちらをも下と見ているというよりも――
「わたしには何の関係もないことでしょう? 世界が滅んでしまったらことだけど、世界が誰によって運営されるかなんて、何の興味も無いのだし」
「そうだろうと思いました。でなければ貴方は僕に味方はしないでしょう。――そこの彼女ならともかく」
レオにとって、それはすでに決定された答だったのだろう。
愛歌はレオにも凛にも興味を示さない。
解りきったことを、敢えてそう問いかけた。
――凛も、その点には同意する。
愛歌は困ったように小首を傾げた。
――であればどうだろう、レオの言葉の、次は何だ?
「ですが――世界はそれを許しません、力あるものは常にその力を振るう立場にあるもの。
力には、必ず責任がついてまわる。
ありすのように、慎二のように、その力が誰かに牙とならないならそれも良いだろう。
しかし――愛歌の場合は、すでにその度合を超えている。
子供の遊びで済まされる臨界点は、とうに過ぎ去っていた。
「――貴方は、僕にも彼女にも“敵”――言ってしまえば、“災害”となることでその役割を定めた。人の感情も構造も、“役割”という単語ほど単純ではありませんが、しかし結局何事も無く、貴方はそこに収まった」
レオが王となることが必然であるのなら、愛歌が災害となることも、また必然だ。
――問いかけるレオの顔立ちは、実に穏やかな海のよう。
しかし同時に、雲がなければ常にそこにあり続ける、太陽のようにも思えた。
「僕が問いたいのは、そうまでして僕らと“関わりを持たない”理由です。貴方のそれは人間とあまりに隔絶している――超越している」
レオの顔が、少しの険しさを持つ。
それは咎めるというよりも、危惧するような、そんな視線。
「――もしも、それを語ったとしても、きっと貴方には理解できないわ――凛、貴方もよ」
愛歌の答えはどこか辛辣に聞こえた。
否、“異質”であるのだ。
凛のそれとも、レオのそれとも、決定的に違う。
故に――三者は相容れない。
少なくとも、この場。
“聖杯”の行方をめぐる、戦場においては。
「申し訳ないけれど、答えられることはなにもないわ、“貴方達には答えられない”。それが私の答え、構わないかしら」
「――そう、ですか」
レオは、目を伏せて沈黙した。
凛は元より言葉をかけるつもりはなかった。
この場を去ろうとしている愛歌に今の凛は何も語れない。
ここにはレオが居るのだから――競争を是とする凛として、今はこの場に居るのだから。
少なくとも、今目の前にいる沙条愛歌という少女は、“遠坂凛の友人”ではない。
「――――待ってくれるかい?」
ただ一人、騎士王だけが。
レオの絶対の味方であり、しかしレオの“先導者”ではあっても“理解者”ではない騎士が、問う。
「何かしら、騎士さま」
愛歌はすでにアリーナへ向け足を進めていたが、一度停止し、振り返る。
その顔は、“いつもの”顔だ。
上機嫌にも見えないし、不機嫌にも見えない、狂い混じりの柔らかな笑み。
「私には君が、邪悪にも、純白にも見える。――果たして本当の君はどちらなんだい? 私は、果たしてどちらの君を本当の君と見ればいい?」
――それは、つまるところこの場における、沙条愛歌への“結論”だった。
誰もが沙条愛歌に狂気を見る。
しかし、彼女に近しい人間は、多少なりとも彼女の人間性を垣間見る。
凛は図抜けたお人好しではあるが、狂人にまでそれを向けるほどではない。
“手遅れ”ならば、“処断”するのが凛のあり方だ。
それをしない程度には、凛は愛歌を少女と感じていて――しかし、“そうではないのではないか”という理性も存在する。
結果、愛歌の善と悪は不可思議になるのだ。
それは、短い付き合いながらも、騎士王とて感じていた。
それ故に――問いかけた。
「――――」
愛歌は一瞬沈黙し、再びレオ達に背を向ける。
それはさながら置き土産のようで――
「――――それは、わたしの決めることではないと思うわ」
そうぽつりと、彼女はふと、漏らすのだった。
なお、このあと滅茶苦茶ザビエルした(嘘)。
実際の所、名無しの森って愛歌ちゃんには効かないですねん諸事情で。