ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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25.太陽に満ちた場所

 校舎一階、下駄箱前。

 アリーナに向かい人が行き交うこの場所であるが、現在は随分と緊迫した空気にあふれていた。

 その空間の根源、緊張の原因は一人の少女と、少年。

 

 どちらも赤を中心とした衣装を身にまとう、カスタムアバターだ。

 つまり、相応の実力者――少なくとも、それは知名度に置いても同様であった。

 

「…………」

 

 方や、太陽のような穏やかな面持ちに、しかし同時に灼熱の如き苛烈さを持つ少年。

 傍らには蒼銀の騎士、ただ在るだけでその姿をしらしめる――騎士の中の騎士。

 セイバーとして召喚された“騎士王”と契約した少年――

 

 ――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。

 

「――――」

 

 方や、刃のような激情の顔に、それにふさわしいほどの意思を瞳に宿す少女。

 周囲の目を引くほどの強烈な容貌は、まさしく剣そのものだ。

 レオとは正反対の王道を行くレジスタンスの少女――

 

 ――遠坂凛。

 

 偶然に両者は遭遇し、そのままおよそ一分にも満たない間、ただ無言のまま威圧しあう。

 ショートカットで偶然一階にやってきた憐れな犠牲者達が、悲鳴を上げながらアリーナへ駆けていった。

 とにかくそこは、今にでも戦闘が開始されそうなほど、緊迫を増し――

 しかし、それゆえに単なるにらみ合いのまま、両者はその場をどちらからともなく離れるのだろう。

 

 少なくとも周囲にはそう見えたし、睨みをきかせる遠坂凛も、それを受けるレオ・B・ハーウェイも同様であった。

 例外は――苦労人気味のレオのサーヴァント、騎士王くらいなものだろう。

 

 嫌な予感はするものだ。

 ここには、遠坂凛も騎士王も存在しているのだ。

 もしもそれを察知したのであれば――

 

 

「あら、こんにちわ」

 

 

 ――もう一人、厄介な少女が現れないはずはない。

 

 どちらかと言えば、その容姿は“白”に近い。

 純潔の白――全てを塗りつぶす絶対の“白”。

 そう、この場において、両名の間に割って入ることのデキる人間など、一人しかいまい。

 

 ――沙条愛歌が割り込んできたのである。

 

「――あら、こんにちは沙条さん。ごきげんはいかが? 急にどうしたの?」

 

 遠坂凛の声音は、実に柔らかなものだ。

 そこにレオ――宿敵が存在していないかのような。

 そんな声。

 

 対するレオは軽く一礼をするにとどまる。

 同時にチラリと、その視線が騎士王へと向けられた。

 何かを期待する目だ。

 

「こんにちわ、凛。今日は少し、アリーナへ出かけるつもりよ。あの子に呼ばれてしまっているの」

 

 一体何のようかしらね、と愛歌は苦笑する。

 

「あまりそうやって気にかけ過ぎるのは問題よ。覚悟が鈍ってしまうから……っていうのは、貴方に対しては意味のない忠言かしら」

 

 ふん、と視線を向けずに凛は言った。

 それに対して、レオは苦笑にも近い笑みを浮かべる。

 ――何だか、毒気が抜かれたようだった。

 

「……何よ」

 

 凛も、決して殺意ではない敵意と怒りをレオへ向ける。

 互いに両者はその方針を真っ向から分かつ宿敵である。

 しかし――だ、決してどちらにも怨みの類は存在しない。

 故に、その会話に敵意は有っても怨嗟はない。

 

「いえ、――それを貴方が言うのですか、と」

 

「少なくとも凛が言えた台詞ではないと思うわ、ねぇ騎士さま?」

 

 ――こんにちわ? と、愛歌は騎士王に一歩近づき、軽く会釈をする。

 はは、と困ったように騎士王は笑んだ。

 愛歌に対してもそうだが――そこで話題をふられても困ってしまう。

 騎士王は凛をよく知らないのだから。

 

「ちょっと沙条さん、貴方のことを態々気遣って上げたのに、なんでそっちの味方に付くのかしら……?」

 

「あら、だって事実ですもの。もう、なんていうの? 言ってること、端から端まであなたに返すわ」

 

「なっ――べ、別に私は、貴方のために気を使ってるわけじゃないんだから! っていうか、私にとっては貴方は重要な戦力なの。そこの王様にぶつければ、少なくとも少なからず消耗するはずだもの」

 

 声を荒らげ、しかし凛の頬には朱がさしている。

 実にあっぱれなテンプレーションぶりに、どこからともなく拍手が聞こえてきた。

 

「――あんたねぇ!」

 

 ――どうやら凛のサーヴァントのようだ。

 レオはひとしきり楽しそうに笑って、

 

「……いえ、別に“気を使っていること”だけがあなたに言えるわけではないですよ。ミス遠坂」

 

 涼しい顔で、そう示す。

 

「――何よ」

 

「簡単な事です。たとえどれほど情を注ごうと、“覚悟が鈍らない”ところまで、貴方に当てはまるのですよ」

 

 ――少し、はっとしたように凛は驚嘆する。

 あぁ、なるほど確かに。

 よしんば愛歌が凛の対戦相手となったとして、“凛は絶対に躊躇わない”。

 愛歌がそうであるように、だ。

 

 ――無論、あたってしまったことを惜しみはするだろうけれど。

 

 それが凛の強さ。

 それが遠坂凛という少女。

 

 そこには、炎とすら思える苛烈な意思と、鋼鉄とも言える静寂の信念が同居していた。

 

「……案外、他人のことを見ているのね、孤独な王様?」

 

「僕は王ですからね、それに、人には大抵、自分には解らないけれど、他人には解る自分というものがあるものです」

 

 自己評価というのは、割りとあてにならないものだ。

 特に過剰なほど自身を過小評価してしまうものもいる。

 その場合、良さというのは誰かが引き出さなければならないのだ。

 

「他人にしかわからない自分。……ねぇ騎士さま、騎士さまにもそんな自分があるのかしら」

 

 隣、ふと愛歌が話を聞いていた騎士王に声をかける。

 涼し気な笑みで少し騎士王は小首を傾げ。

 

「どうだろう、私は私らしく振舞っているつもりだけれど……時にはらしくないこともあるのかもしれないね」

 

「ふふ、騎士さまはいつだって凛々しいわ。……こういうのも、自己評価によっては“自分ではわからない部分”になるのかしら」

 

 さて、どうだろうと騎士王は肩をすくめた。

 ――こうして肩を並べて会話すると、随分と話の通じる少女である。

 確かに不可思議で、不気味とすら思える面もあるにはあるが、それでも――

 

 ――貴方を好いている。

 

 そう告白された時のような、言葉すら隔絶されるような感覚は、今の少女にはない。

 それに騎士王が意識を向けかけたところで――

 

「……そういえば、ミス沙条」

 

 レオが、ふと愛歌へ言葉をかけた。

 

「何かしら、西の王様?」

 

「いえ、ふと疑問に思ったもので――ここで、それを解消しておくのが吉かと」

 

 レオのそれは、純粋な疑問のようにも、王としての詰問にも思えた。

 答えを“濁す”ことは許されず、ただ在るのは是か否かの二択のみ。

 無論、否という択がある時点で随分有情なのではあるが。

 

 とかく。

 

 レオは一切何らためらうこともなく。

 

 

「――貴方にとって、僕の信念、そしてミス遠坂の信念、そのどちらを是とするのですか?」

 

 

 あまりにも決定的な言葉を投げかけた。

 

「なっ――」

 

「……王」

 

 凛が驚愕し、騎士王が嘆息するのも無理はない。

 この場において、愛歌に対しレオは“戦端を開けろ”とすら取れる爆弾を放ったのだ。

 

 もはやそれが決してしまった時点で、この場はおおよそ緊張とすら呼べなくなる。

 それはもはや、戦場と言い換えてしまったほうが早い。

 

 とはいえ、レオとてそれを意識していないわけではない。

 おおよそ答えに行き着いているのだ。

 そしてその答えが、さほど違ってはいないだろうという自負もある。

 

 果たして愛歌は――

 

 

「どうでもいいわ、そんなもの」

 

 

 実に明瞭な答えを出した。

 

「――はぁ」

 

 今度は、凛が嘆息した。

 ある種の傍観、ある種の納得。

 “まぁそうだろうな”と、彼女の顔にはそう書かれていた。

 

 沙条愛歌とは、月に至るその前から、そういう立ち位置の少女であった。

 どちらにも味方しないのだ。

 それはどちらをも下と見ているというよりも――

 

「わたしには何の関係もないことでしょう? 世界が滅んでしまったらことだけど、世界が誰によって運営されるかなんて、何の興味も無いのだし」

 

「そうだろうと思いました。でなければ貴方は僕に味方はしないでしょう。――そこの彼女ならともかく」

 

 レオにとって、それはすでに決定された答だったのだろう。

 愛歌はレオにも凛にも興味を示さない。

 解りきったことを、敢えてそう問いかけた。

 ――凛も、その点には同意する。

 

 愛歌は困ったように小首を傾げた。

 ――であればどうだろう、レオの言葉の、次は何だ?

 

「ですが――世界はそれを許しません、力あるものは常にその力を振るう立場にあるもの。運命(Fate)とはそういうものです。それは貴方すら例外ではなく――」

 

 力には、必ず責任がついてまわる。

 ありすのように、慎二のように、その力が誰かに牙とならないならそれも良いだろう。

 しかし――愛歌の場合は、すでにその度合を超えている。

 子供の遊びで済まされる臨界点は、とうに過ぎ去っていた。

 

「――貴方は、僕にも彼女にも“敵”――言ってしまえば、“災害”となることでその役割を定めた。人の感情も構造も、“役割”という単語ほど単純ではありませんが、しかし結局何事も無く、貴方はそこに収まった」

 

 レオが王となることが必然であるのなら、愛歌が災害となることも、また必然だ。

 ――問いかけるレオの顔立ちは、実に穏やかな海のよう。

 しかし同時に、雲がなければ常にそこにあり続ける、太陽のようにも思えた。

 

「僕が問いたいのは、そうまでして僕らと“関わりを持たない”理由です。貴方のそれは人間とあまりに隔絶している――超越している」

 

 レオの顔が、少しの険しさを持つ。

 それは咎めるというよりも、危惧するような、そんな視線。

 

「――もしも、それを語ったとしても、きっと貴方には理解できないわ――凛、貴方もよ」

 

 愛歌の答えはどこか辛辣に聞こえた。

 否、“異質”であるのだ。

 凛のそれとも、レオのそれとも、決定的に違う。

 

 故に――三者は相容れない。

 少なくとも、この場。

 “聖杯”の行方をめぐる、戦場においては。

 

「申し訳ないけれど、答えられることはなにもないわ、“貴方達には答えられない”。それが私の答え、構わないかしら」

 

「――そう、ですか」

 

 レオは、目を伏せて沈黙した。

 

 凛は元より言葉をかけるつもりはなかった。

 この場を去ろうとしている愛歌に今の凛は何も語れない。

 

 ここにはレオが居るのだから――競争を是とする凛として、今はこの場に居るのだから。

 少なくとも、今目の前にいる沙条愛歌という少女は、“遠坂凛の友人”ではない。

 

「――――待ってくれるかい?」

 

 ただ一人、騎士王だけが。

 レオの絶対の味方であり、しかしレオの“先導者”ではあっても“理解者”ではない騎士が、問う。

 

「何かしら、騎士さま」

 

 愛歌はすでにアリーナへ向け足を進めていたが、一度停止し、振り返る。

 その顔は、“いつもの”顔だ。

 上機嫌にも見えないし、不機嫌にも見えない、狂い混じりの柔らかな笑み。

 

「私には君が、邪悪にも、純白にも見える。――果たして本当の君はどちらなんだい? 私は、果たしてどちらの君を本当の君と見ればいい?」

 

 ――それは、つまるところこの場における、沙条愛歌への“結論”だった。

 

 誰もが沙条愛歌に狂気を見る。

 しかし、彼女に近しい人間は、多少なりとも彼女の人間性を垣間見る。

 凛は図抜けたお人好しではあるが、狂人にまでそれを向けるほどではない。

 “手遅れ”ならば、“処断”するのが凛のあり方だ。

 

 それをしない程度には、凛は愛歌を少女と感じていて――しかし、“そうではないのではないか”という理性も存在する。

 

 結果、愛歌の善と悪は不可思議になるのだ。

 

 それは、短い付き合いながらも、騎士王とて感じていた。

 それ故に――問いかけた。

 

「――――」

 

 愛歌は一瞬沈黙し、再びレオ達に背を向ける。

 それはさながら置き土産のようで――

 

 

「――――それは、わたしの決めることではないと思うわ」

 

 

 そうぽつりと、彼女はふと、漏らすのだった。




 なお、このあと滅茶苦茶ザビエルした(嘘)。
 実際の所、名無しの森って愛歌ちゃんには効かないですねん諸事情で。

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