ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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27.ありすのための物語―ナーサリー・ライム―

 全てを炎で薙ぎ払った愛歌の前に、セイバーが頭上を飛び越え現れる。

 剣を構え、今にも飛び出しそうな態勢で、キャスターを睨む。

 

 それは一種の警戒であった。

 アレほどの一撃、思い出されるのはライダーの宝具、攻撃の規模は段違いとはいえ、手数の上でならば負けてはいない。

 

 なれば、アレが彼女の宝具であるか。

 ――答えは否である。

 キャスターは宝具の真名を明かさなかったし、そもそもあんな単純な攻撃が、宝具であるはずもない。

 そこには、ライダーのような神秘は無い。

 単なる散弾の群れだった。

 

 故に、アレでもまだ、キャスターにとっては本命ではないのだ。

 セイバーの警戒は無理からぬ事である。

 もしもアレが愛歌ではなくセイバーに向けられていたら――マスターが愛歌ではなかったら。

 間違いなく、セイバー達はあそこで負けていた。

 

「随分とやってくれるな、キャスター! それでこそサーヴァント。もはやこれでも、これを遊戯と言うのであるか!?」

 

「――それはそう、当たり前でしょうセイバー。貴方のマスターが言ったではないの」

 

 キャスターはくすくすと笑んで、余裕たっぷりにそう返す。

 しかし、

 

「……あら、そうかしら。わたしには随分と、貴方が余裕を失っているように見えるわ」

 

 愛歌がそう言いながら、セイバーの横に出現する。

 カツン、と愛歌の足音が、戦闘の休止によって静寂が満ちた戦場に鳴り渡る。

 思わず心の臓が飛び上がるような――死の足音だった。

 

 ――ジリ、とキャスターがありすをかばい、後方へ下がる。

 

 炎が足元へと伸びる。

 キャスターの足元にも、冷えきった白の冷気が漏れた。

 

 ただ――両者はそれでも、愛歌は前へ、キャスターは後方へ。

 

 ――やがて、覚悟を決めたか、キャスターの足が止まる。

 愛歌は、しかし足を止めることはなく――

 

「……セイバー」

 

 自身のサーヴァントに声をかけた。

 

 即座に、戦闘は再開する――!

 

 

 ◆

 

 

 駆け出したセイバーは、無数の線を戦場に描いた。

 地面から襲いかかる氷の群れを回避する意味もある。

 それを撹乱する意味もある。

 

 ――だが、それは同時にセイバーの速度をも伴った。

 全速の前傾、自身にせまる風の刃を、最低限身を捩って回避した。

 否、回避はしきれず、服の一部を切り裂き、それでも前に進むのだ。

 

 振りかぶり、一閃、キャスターはそれを何とか魔力の壁で受け流し、セイバーは後方へ駆けていく。

 反転、再び無数の方向から、剣山のようにセイバーはキャスターに襲いかかった。

 

 やがて、目に見えてセイバーの身体を風がえぐっていく。

 しかしキャスターもまた一撃を捌ききれず、受けるダメージは蓄積していく。

 イタチごっこの様相であった。

 

 ――それでも、

 

 両者の顔が、その優劣を明確に物語っている。

 

 セイバーの体がぶれた、風は虚空を貫いて消え、そして目前にその顔が迫っている。

 ――それは警戒だ。

 油断なく警戒の顔、しかし、故に戦意が満ちている顔――!

 

 何とか後方に一歩引いて、ついでに幾つもの弾丸を打ち出してセイバーをキャスターは追い払う。

 セイバーは左方にはじけ飛んでいった。

 そちらを向いて反撃、しかしキャスターの顔は暗い。

 苦々しさをにじませて、顔には一筋の汗が煌めいた。

 

 両者の差は一目瞭然。

 弾丸はどれだけセイバーを切り裂こうと、決定打にはなりえない。

 対するキャスターへの斬撃は、一つ一つが深く、重い。

 

 キャスターの身体には無数の傷が深々と突き刺さっている。

 ――このままでは、身体は限界を迎えるだろう。

 

 だが、それでもまだ、希望が見えない訳ではない。

 

 無意味な落書きのように線を描くセイバーではあるが、そこに意思が介在していることは当然だ。

 そしてその意思は、キャスターであれば読み解くことも不可能ではない。

 伊達に魔術師のクラスではない。

 ――伊達に、ありすを導くサーヴァントではない。

 

 魔力を集中させる。

 すでにその残量はそこが見えてきてはいるものの、まだ戦闘に支障をきたすほどではない。

 全身全霊――全力全開!

 

「――狂おしきうさぎは白に染まりなさいッ!」

 

 セイバーの足が止まった。

 ――来る。

 それを“まっていた”キャスターの魔術が、即座にその場へと展開される――!

 

 

 ――セイバーの周囲を覆うように、無数の氷が、天高くそびえ立った。

 

 

 大きさにして、それまでの氷の数倍はあろうかというもの。

 それらが折り重なり、氷山と化していた。

 

「むぅ……閉じ込められたかっ!」

 

 さしものセイバーとて、これではそうそう脱出は叶うまい。

 声に焦りに近いものが灯っている。

 

 ――これで、セイバーのマスター、沙条愛歌はがら空きだ。

 サーヴァントではなくとも、マスターを狙えば良い。

 卑怯とは言うまい、愛歌はサーヴァントに匹敵する実力者なのだから――

 

 油断なく、周囲を見渡す。

 先ほどまでは戦闘の熾烈さから、愛歌の居場所を把握できなかった。

 こちらに攻撃を仕掛けてこないのだからと見逃していたが――果たしてどこにいる?

 

 どれだけさがしても、そこに愛歌の姿はなく――――

 

 

「――あたし(アリス)っっっ!」

 

 

 自身のマスター、白いありすの叫びに、キャスターはぎょっと、感情を凍らせた。

 言葉は悲鳴に近かった。

 そして、それと同時に、後方に気配を感じ取ったのだ。

 

 即座に振り返る、手には魔力を、氷の刃へと返事させ、それを前に突き出した。

 

 ――身を捩り、無理な体制ではあるものの。

 それでも、目前に迫る手は回避できた。

 

 そこには紫――見るだけでおぞましさを覚えずに入られない、毒としてすら認識しがたいほどの(バグ)

 人に死を与えるという行為を体現したかのような残虐の群れ。

 

 ――沙条愛歌の手のひらが、キャスターの眼前に広がっていた。

 

 そして、手の先から覗く少女の笑み。

 それは果たして笑みであろうか――否、もっと狂気に満ちた、そうとしか思えないほどの――

 

「あら、残念」

 

 場違いなほどに優しげな声で、愛歌はそうつぶやいた。

 ――同時。

 愛歌は掻き消える。

 足元から、氷の花が突出したのだ。

 

 はぁ、と肩で何度も息をしながら反転する。

 気配は後方から、振り向きざまに、愛歌へ向けて風を放った。

 

 見やる。

 ――愛歌は風を炎で融かしてしまう。

 全てを“溶かす”ための炎であるのだ。

 それはもはや概念ですらある。

 これを越えようと思うのなら、せめて概念すら消滅させなければ――

 

 どちらにせよ、飛び道具以外の選択肢を持たないキャスターでは、決定的に愛歌の炎の壁とは相性が悪い。

 ならば――相手はサーヴァントではなくマスターだ。

 直接戦闘ならば、活路はある。

 

 ちらりとありすに目配せをして、キャスターは即座に飛び出す。

 その速度は、セイバーのそれとは比べるべくもない。

 それでも、“人の速度”は逸脱していた。

 

「あら、来るの? いいわ、遊んであげる」

 

 愛歌の炎がキャスターに迫る。

 災害としての側面に特化したこの炎は、生物に対しては異常なほど効きが悪い。

 それでも、喰らえば肉体の機能が低下する毒の類だ。

 それを避け、愛歌へと接近した。

 

 魔力を込められた手のひらを横薙ぎする。

 目で追うことすら困難なはずの一振り。

 人間であれば、それだけで死は免れない、それをさせないためのサーヴァントだ。

 通常であれば――これはすなわち、必死の一撃。

 

 けれど、

 

「――そっちじゃないわよ」

 

 愛歌は、まるで察知していたかのように、掻き消える。

 キャスターの両手が踊り、くるくると自身は回転する。

 その度に愛歌は掻き消えて、代わりに自身の手のひらをキャスターに押し付けようとする。

 

 さながら演舞の如く、回り続けるキャスターに、その周囲を転移し続ける愛歌。

 やがて、しびれを切らしたキャスターが、自身の周囲に風を這わせる。

 人が通れる隙間など無い。

 人が躱せる速度でも――そも、人が視認できるはずもない。

 

 だのに、愛歌は一瞬後方へ下がり、即座に周囲へ広がった風の内側に飛来する。

 そこへ、キャスターは手のひらをつきだした。

 魔力のこもった手、一度でも触れれば、人の肉体はただでは済まない――

 無論、それが愛歌にあたるはずもない。

 

「あら」

 

 愛歌は横に逸れ、そっと自身の身体を滑らせる。

 キャスターよりも速かった。

 空間転移なのだろうが――しかし、それはまるで、愛歌自身がその速度でキャスターに接近したかのようだった。

 

「踊り方が分からないの? ダンスというのはね、ステップが大事なのよ?」

 

 キャスターの背後に回った愛歌の声。

 それはさながら舞踏会で、キャスターをリードするかのようだった。

 背筋が凍りつく、キャスターは必死に叫びそうになるのを抑え、反転しながらの横薙ぎ。

 

「あら、危ない」

 

 愛歌はすでにそこにはいなかった。

 キャスターは風と氷を振り回しながら、周囲を見渡し、発見した愛歌から距離を取る。

 

 ――恐ろしい。

 それは、それはあまりにも、あまりにも常軌を逸していて。

 感じるのは恐怖。

 そう、何故だ――何故こんなにも、恐怖を感じるのだ。

 

 キャスターはふと、身震いする。

 戦闘は拮抗しながらも対応できている。

 愛歌は実に強敵であった。

 しかし、こちらに対して決定打を持たず、またキャスターでなくとも、サーヴァントであれば対応は難しくない。

 常に死を意識しなければならない対サーヴァントと比べれば、その緊張は天と地の差がある。

 

 だのに、――何故、何故、何故。

 何故こんなにも、沙条愛歌は恐ろしく映るのだ――!

 

 それは、原始的な恐怖であった。

 理解することが不可能な類の恐怖。

 何故ならば、理解してしまえば、それはすなわち狂気に堕ちるということなのだから。

 単なる死ではない、むしろ、決定的なまでにそれが強さという形を持つのであれば、恐怖は抑えられるはずなのだ。

 愛歌の場合、“キャスターと打ち合える”程度でしか無いゆえに、それが恐怖となる。

 

 つまり、

 

 ――――終りが見えない。

 

 その一点のみで、愛歌は狂気と恐慌を現出させる。

 

 

「――――すまぬな、キャスター。チェックメイトだ」

 

 

 そこに、

 

 声。

 

 聞き慣れてはいる。

 しかし、それはあまりにも――

 

 赤きセイバー。

 

 声は――上方から。

 

 キャスターが判断を下すよりも、速く。

 

 

 ――一閃、縦一文字がキャスターを貫いた。

 

 

「が、あっ!」

 

 そして、

 

 着地と同時、二撃。

 ――セイバーの刃が、動きを止めたキャスターをもう一度背面から捉えた。

 その衝撃が身を包み、何とかキャスターはそれに乗せられ、吹き飛ぶ。

 

「――――――――っっっ!」

 

 泣き言が口から飛び出しそうになる。

 だが、それはできない。

 絶対に、弱音だけは吐けないのだ。

 

 何せキャスターは、白いありすを守るたった一人の味方なのだから。

 ――それは、さながら母のまね事だ。

 キャスターは一人の個となりたかった。

 それは、一人の少女となって、友と遊びまわりたかったという意味だ。

 だが、同時に――母として、子を守り、育てることも、キャスターにとっては憧れだった。

 

(将来の夢はお嫁さん。だなんて、少し夢見がちがすぎるのかしら)

 

 ぽつりと漏らす。

 誰に零すでもない愚痴。

 

 けれどもそれを――

 

(……ううん、そんなこと無いよ。だから待ってて、今、助けるから)

 

 どこかありすは、悟ったようにそう諭す。

 

 ――あぁ、まったく。

 

(……敵わないなぁ)

 

 なぜだか、ふとその時だけは、キャスターがそう、思ってしまった。

 

 回顧する。

 

 “もしも、危険だと思ったのなら、心の底から願うのよ。手を翳して、あたし(アリス)にその願いを口にするの、いいわね?”

 

 “うん! でも、危ないのはちょっといやかな。でも、しょうが無いよね……?”

 

 ――かつて交わした、主従としての二人の会話。

 キャスターが請い、ありすが願う。

 二人の意思によって完遂される――小さな奇跡。

 

「――お願い! キャスター!」

 

 ――ふと、セイバーがありすへ視線を向ける。

 まずい。

 これは――まずい。

 彼女の感覚は、そう告げていた。

 

 

「いや! まだあたしは夢の中にいたい! こんなところで、夢が醒めるのは――イヤ!」

 

 

 手のひらに、光。

 ――それは、間違いない。

 

 “令呪”。

 

 奇跡を呼びこむ、一粒の奇跡。

 

「させるか――!」

 

 セイバーは飛び出そうとする。

 しかし、

 

「ダメよ、間に合わないわセイバー」

 

 愛歌がセイバーを制するように出現する。

 令呪はすでに起動していた。

 キャスターがありすの元へたどり着く、隣に並び合って――

 

「――宝具が来るわ、構えなさい」

 

 言葉に、セイバーが苦虫を噛む。

 

「越えて越えて虹色草原。白黒マス目の王様ゲーム」

 

 キャスターの言葉が、決戦場全てに響き渡る。

 

「走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね」

 

 さながら、この世界すべてが彼女の声に――彼女の物語に飲み込まれたかのよう。

 ――――それは、やがて、

 

 魔力を含む黒の塊となって、キャスターとありすの間に出現する――――


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