ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
全てを炎で薙ぎ払った愛歌の前に、セイバーが頭上を飛び越え現れる。
剣を構え、今にも飛び出しそうな態勢で、キャスターを睨む。
それは一種の警戒であった。
アレほどの一撃、思い出されるのはライダーの宝具、攻撃の規模は段違いとはいえ、手数の上でならば負けてはいない。
なれば、アレが彼女の宝具であるか。
――答えは否である。
キャスターは宝具の真名を明かさなかったし、そもそもあんな単純な攻撃が、宝具であるはずもない。
そこには、ライダーのような神秘は無い。
単なる散弾の群れだった。
故に、アレでもまだ、キャスターにとっては本命ではないのだ。
セイバーの警戒は無理からぬ事である。
もしもアレが愛歌ではなくセイバーに向けられていたら――マスターが愛歌ではなかったら。
間違いなく、セイバー達はあそこで負けていた。
「随分とやってくれるな、キャスター! それでこそサーヴァント。もはやこれでも、これを遊戯と言うのであるか!?」
「――それはそう、当たり前でしょうセイバー。貴方のマスターが言ったではないの」
キャスターはくすくすと笑んで、余裕たっぷりにそう返す。
しかし、
「……あら、そうかしら。わたしには随分と、貴方が余裕を失っているように見えるわ」
愛歌がそう言いながら、セイバーの横に出現する。
カツン、と愛歌の足音が、戦闘の休止によって静寂が満ちた戦場に鳴り渡る。
思わず心の臓が飛び上がるような――死の足音だった。
――ジリ、とキャスターがありすをかばい、後方へ下がる。
炎が足元へと伸びる。
キャスターの足元にも、冷えきった白の冷気が漏れた。
ただ――両者はそれでも、愛歌は前へ、キャスターは後方へ。
――やがて、覚悟を決めたか、キャスターの足が止まる。
愛歌は、しかし足を止めることはなく――
「……セイバー」
自身のサーヴァントに声をかけた。
即座に、戦闘は再開する――!
◆
駆け出したセイバーは、無数の線を戦場に描いた。
地面から襲いかかる氷の群れを回避する意味もある。
それを撹乱する意味もある。
――だが、それは同時にセイバーの速度をも伴った。
全速の前傾、自身にせまる風の刃を、最低限身を捩って回避した。
否、回避はしきれず、服の一部を切り裂き、それでも前に進むのだ。
振りかぶり、一閃、キャスターはそれを何とか魔力の壁で受け流し、セイバーは後方へ駆けていく。
反転、再び無数の方向から、剣山のようにセイバーはキャスターに襲いかかった。
やがて、目に見えてセイバーの身体を風がえぐっていく。
しかしキャスターもまた一撃を捌ききれず、受けるダメージは蓄積していく。
イタチごっこの様相であった。
――それでも、
両者の顔が、その優劣を明確に物語っている。
セイバーの体がぶれた、風は虚空を貫いて消え、そして目前にその顔が迫っている。
――それは警戒だ。
油断なく警戒の顔、しかし、故に戦意が満ちている顔――!
何とか後方に一歩引いて、ついでに幾つもの弾丸を打ち出してセイバーをキャスターは追い払う。
セイバーは左方にはじけ飛んでいった。
そちらを向いて反撃、しかしキャスターの顔は暗い。
苦々しさをにじませて、顔には一筋の汗が煌めいた。
両者の差は一目瞭然。
弾丸はどれだけセイバーを切り裂こうと、決定打にはなりえない。
対するキャスターへの斬撃は、一つ一つが深く、重い。
キャスターの身体には無数の傷が深々と突き刺さっている。
――このままでは、身体は限界を迎えるだろう。
だが、それでもまだ、希望が見えない訳ではない。
無意味な落書きのように線を描くセイバーではあるが、そこに意思が介在していることは当然だ。
そしてその意思は、キャスターであれば読み解くことも不可能ではない。
伊達に魔術師のクラスではない。
――伊達に、ありすを導くサーヴァントではない。
魔力を集中させる。
すでにその残量はそこが見えてきてはいるものの、まだ戦闘に支障をきたすほどではない。
全身全霊――全力全開!
「――狂おしきうさぎは白に染まりなさいッ!」
セイバーの足が止まった。
――来る。
それを“まっていた”キャスターの魔術が、即座にその場へと展開される――!
――セイバーの周囲を覆うように、無数の氷が、天高くそびえ立った。
大きさにして、それまでの氷の数倍はあろうかというもの。
それらが折り重なり、氷山と化していた。
「むぅ……閉じ込められたかっ!」
さしものセイバーとて、これではそうそう脱出は叶うまい。
声に焦りに近いものが灯っている。
――これで、セイバーのマスター、沙条愛歌はがら空きだ。
サーヴァントではなくとも、マスターを狙えば良い。
卑怯とは言うまい、愛歌はサーヴァントに匹敵する実力者なのだから――
油断なく、周囲を見渡す。
先ほどまでは戦闘の熾烈さから、愛歌の居場所を把握できなかった。
こちらに攻撃を仕掛けてこないのだからと見逃していたが――果たしてどこにいる?
どれだけさがしても、そこに愛歌の姿はなく――――
「――
自身のマスター、白いありすの叫びに、キャスターはぎょっと、感情を凍らせた。
言葉は悲鳴に近かった。
そして、それと同時に、後方に気配を感じ取ったのだ。
即座に振り返る、手には魔力を、氷の刃へと返事させ、それを前に突き出した。
――身を捩り、無理な体制ではあるものの。
それでも、目前に迫る手は回避できた。
そこには紫――見るだけでおぞましさを覚えずに入られない、毒としてすら認識しがたいほどの
人に死を与えるという行為を体現したかのような残虐の群れ。
――沙条愛歌の手のひらが、キャスターの眼前に広がっていた。
そして、手の先から覗く少女の笑み。
それは果たして笑みであろうか――否、もっと狂気に満ちた、そうとしか思えないほどの――
「あら、残念」
場違いなほどに優しげな声で、愛歌はそうつぶやいた。
――同時。
愛歌は掻き消える。
足元から、氷の花が突出したのだ。
はぁ、と肩で何度も息をしながら反転する。
気配は後方から、振り向きざまに、愛歌へ向けて風を放った。
見やる。
――愛歌は風を炎で融かしてしまう。
全てを“溶かす”ための炎であるのだ。
それはもはや概念ですらある。
これを越えようと思うのなら、せめて概念すら消滅させなければ――
どちらにせよ、飛び道具以外の選択肢を持たないキャスターでは、決定的に愛歌の炎の壁とは相性が悪い。
ならば――相手はサーヴァントではなくマスターだ。
直接戦闘ならば、活路はある。
ちらりとありすに目配せをして、キャスターは即座に飛び出す。
その速度は、セイバーのそれとは比べるべくもない。
それでも、“人の速度”は逸脱していた。
「あら、来るの? いいわ、遊んであげる」
愛歌の炎がキャスターに迫る。
災害としての側面に特化したこの炎は、生物に対しては異常なほど効きが悪い。
それでも、喰らえば肉体の機能が低下する毒の類だ。
それを避け、愛歌へと接近した。
魔力を込められた手のひらを横薙ぎする。
目で追うことすら困難なはずの一振り。
人間であれば、それだけで死は免れない、それをさせないためのサーヴァントだ。
通常であれば――これはすなわち、必死の一撃。
けれど、
「――そっちじゃないわよ」
愛歌は、まるで察知していたかのように、掻き消える。
キャスターの両手が踊り、くるくると自身は回転する。
その度に愛歌は掻き消えて、代わりに自身の手のひらをキャスターに押し付けようとする。
さながら演舞の如く、回り続けるキャスターに、その周囲を転移し続ける愛歌。
やがて、しびれを切らしたキャスターが、自身の周囲に風を這わせる。
人が通れる隙間など無い。
人が躱せる速度でも――そも、人が視認できるはずもない。
だのに、愛歌は一瞬後方へ下がり、即座に周囲へ広がった風の内側に飛来する。
そこへ、キャスターは手のひらをつきだした。
魔力のこもった手、一度でも触れれば、人の肉体はただでは済まない――
無論、それが愛歌にあたるはずもない。
「あら」
愛歌は横に逸れ、そっと自身の身体を滑らせる。
キャスターよりも速かった。
空間転移なのだろうが――しかし、それはまるで、愛歌自身がその速度でキャスターに接近したかのようだった。
「踊り方が分からないの? ダンスというのはね、ステップが大事なのよ?」
キャスターの背後に回った愛歌の声。
それはさながら舞踏会で、キャスターをリードするかのようだった。
背筋が凍りつく、キャスターは必死に叫びそうになるのを抑え、反転しながらの横薙ぎ。
「あら、危ない」
愛歌はすでにそこにはいなかった。
キャスターは風と氷を振り回しながら、周囲を見渡し、発見した愛歌から距離を取る。
――恐ろしい。
それは、それはあまりにも、あまりにも常軌を逸していて。
感じるのは恐怖。
そう、何故だ――何故こんなにも、恐怖を感じるのだ。
キャスターはふと、身震いする。
戦闘は拮抗しながらも対応できている。
愛歌は実に強敵であった。
しかし、こちらに対して決定打を持たず、またキャスターでなくとも、サーヴァントであれば対応は難しくない。
常に死を意識しなければならない対サーヴァントと比べれば、その緊張は天と地の差がある。
だのに、――何故、何故、何故。
何故こんなにも、沙条愛歌は恐ろしく映るのだ――!
それは、原始的な恐怖であった。
理解することが不可能な類の恐怖。
何故ならば、理解してしまえば、それはすなわち狂気に堕ちるということなのだから。
単なる死ではない、むしろ、決定的なまでにそれが強さという形を持つのであれば、恐怖は抑えられるはずなのだ。
愛歌の場合、“キャスターと打ち合える”程度でしか無いゆえに、それが恐怖となる。
つまり、
――――終りが見えない。
その一点のみで、愛歌は狂気と恐慌を現出させる。
「――――すまぬな、キャスター。チェックメイトだ」
そこに、
声。
聞き慣れてはいる。
しかし、それはあまりにも――
赤きセイバー。
声は――上方から。
キャスターが判断を下すよりも、速く。
――一閃、縦一文字がキャスターを貫いた。
「が、あっ!」
そして、
着地と同時、二撃。
――セイバーの刃が、動きを止めたキャスターをもう一度背面から捉えた。
その衝撃が身を包み、何とかキャスターはそれに乗せられ、吹き飛ぶ。
「――――――――っっっ!」
泣き言が口から飛び出しそうになる。
だが、それはできない。
絶対に、弱音だけは吐けないのだ。
何せキャスターは、白いありすを守るたった一人の味方なのだから。
――それは、さながら母のまね事だ。
キャスターは一人の個となりたかった。
それは、一人の少女となって、友と遊びまわりたかったという意味だ。
だが、同時に――母として、子を守り、育てることも、キャスターにとっては憧れだった。
(将来の夢はお嫁さん。だなんて、少し夢見がちがすぎるのかしら)
ぽつりと漏らす。
誰に零すでもない愚痴。
けれどもそれを――
(……ううん、そんなこと無いよ。だから待ってて、今、助けるから)
どこかありすは、悟ったようにそう諭す。
――あぁ、まったく。
(……敵わないなぁ)
なぜだか、ふとその時だけは、キャスターがそう、思ってしまった。
回顧する。
“もしも、危険だと思ったのなら、心の底から願うのよ。手を翳して、
“うん! でも、危ないのはちょっといやかな。でも、しょうが無いよね……?”
――かつて交わした、主従としての二人の会話。
キャスターが請い、ありすが願う。
二人の意思によって完遂される――小さな奇跡。
「――お願い! キャスター!」
――ふと、セイバーがありすへ視線を向ける。
まずい。
これは――まずい。
彼女の感覚は、そう告げていた。
「いや! まだあたしは夢の中にいたい! こんなところで、夢が醒めるのは――イヤ!」
手のひらに、光。
――それは、間違いない。
“令呪”。
奇跡を呼びこむ、一粒の奇跡。
「させるか――!」
セイバーは飛び出そうとする。
しかし、
「ダメよ、間に合わないわセイバー」
愛歌がセイバーを制するように出現する。
令呪はすでに起動していた。
キャスターがありすの元へたどり着く、隣に並び合って――
「――宝具が来るわ、構えなさい」
言葉に、セイバーが苦虫を噛む。
「越えて越えて虹色草原。白黒マス目の王様ゲーム」
キャスターの言葉が、決戦場全てに響き渡る。
「走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね」
さながら、この世界すべてが彼女の声に――彼女の物語に飲み込まれたかのよう。
――――それは、やがて、
魔力を含む黒の塊となって、キャスターとありすの間に出現する――――