ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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28.夢の彼方

 “永久機関・少女帝国(クイーンズ・グラスゲーム)”。

 

 永遠に終わらない物語。

 それを望む少女の顕現。

 

 それは、言ってしまえば夢の中にあり続けたいと願うありすの願いを叶える宝具。

 そも、キャスター――真名“ナーサリーライム”は、子どもの夢を叶えるための英霊だ。

 その本質は自分自身が宝具であること――少女の願いを、叶えること。

 

 つまり、少女が願う限り、その願いに沿って自身の姿を変化させる。

 もしくは、願いを現実に具現化させる。

 

 そこには純粋な願いが必要だ。

 彼女(ものがたり)には純粋な祈りが必要だ。

 それが彼女の、薪となるのだから。

 

 ――であれば、少女“ありす”の願いとはなにか。

 それは“物語の終わり”を拒むこと。

 永遠に続く物語の中にふけり続けたい、そんな願いだ。

 

 であればそれが宝具として、現実に顕現した場合はどうなるか。

 

 簡単だ。

 

 ――――彼女の時間が、かつて在った“時”にまで巻き戻る。

 

「――本来であれば、これは願わずとも叶えられる願いであるかわりに、ある程度の時を必要とする宝具なの」

 

 つまり、発動には時間がかかる宝具である。

 と、愛歌はセイバーに解説する。

 

 目の前で膨れ上がる“気配”。

 自身にして、世界――この空間すべてを包、自分自身のすべてを書き換える。

 

「それを令呪という願いでむりやり形にしたのね。おかげで随分と形はゆがんでいるけれど――」

 

 それでも、キャスターの状態を“戦闘開始前”にまで巻き戻すのだ。

 ――すでに発動は成された。

 現状、それを防ぐ手段はない。

 

 セイバーは自身の身体が歪むのを感じる。

 何ともおかしな感覚だ。

 立ち眩み、というのも少し違う――歪曲の感覚。

 

 飲み込まれる――

 

 意識した時には、遅かった。

 

「……来るわ、セイバー」

 

 あとに残るような愛歌の言葉。

 

 

 気がつけばセイバーは、無数の衝撃に、切り刻まれていた。

 

 

 ――幻視。

 王冠をかぶったハート型に、弓か剣のような何かが一つ、突き刺さる。

 

 跳ね上がる翼、羽のように血飛沫が飛んで。

 セイバーは、自身の身体が宙にあるのを知った。

 

 痛みを抑え、何とか激突することなく着地する。

 

 ――――そこへ、キャスターの顔が間近に迫る。

 

 甲高い悲鳴のような音。

 左右に出現する氷柱のような剣の山。

 同時、キャスターは範囲の広い嵐のような風を生み出す。

 

 回避は不可――セイバーの身体には小さくない傷。

 ここで決着を付けに来ている――!

 

 ここで退くことはできない。

 元よりキャスターはそれをさせないだろうが何よりも――

 

 セイバー自身がお断りだ。

 

 セイバーは構える、後方への退避も、前方への特攻もしない。

 ただ、相手の手を待つ。

 ただ、キャスターの攻撃を見極める。

 

 周囲に無数の風が生まれた。

 それらはその場で回転し、ここに身を置けば、即座に風に切り刻まれることは必定だ。

 勿論、それですべてが決することはないが――

 

 風の群れを物ともせず、こちらに接近するキャスターの手元に、氷の弾丸が生まれ出る。

 数は二、即座に生み出し、それでなお、鋭利な先端がセイバーを狙う。

 

 剣を構えた。

 そこに、寸分違わず氷が吸い込まれる――

 それが、一つ、時間差の二つは、剣によって振り払われた。

 

 一歩。

 キャスターの足が地を踏みしめて、高速でセイバーの上段に迫る。

 手には剣。

 風によって作られた、命を落とす斬首の剣。

 

 迫る。

 迫る――迫る。

 猛烈な速度で持ってそれはセイバーへと一薙ぎされる。

 キャスターの瞳。

 セイバーの瞳。

 互いに強烈なほどの敵意を込めたそれらは交錯し――セイバーはぶれた。

 首を狙うそれを身体を落として回避。

 返す。

 赤に包まれた原初の火、セイバーの剣がキャスターを狙う。

 

 だが。

 

 ――それを阻むように、キャスターの手のひらの風が散った。

 壁と成ったのだ。

 

 押し返されるような鈍い感触。

 直後、はじけ飛んだ風に、セイバーは後方へ、キャスターは下方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ――!」

 

「ふっ――!」

 

 思わず後方へ、しかし、それはキャスターの氷が阻んだ。

 

 たたきつけられる衝撃。

 背に嫌な冷たさが伝わる。

 内からも、外からもだ。

 

 ――直後、地に着地したキャスターが、両の手に風の刃を生み出し迫る。

 最初からこの状況を狙っていたのだ。

 這うような態勢で、一気にセイバーへ斬りかかり――

 

(……ぐ、間に合うか――!)

 

 厳しい態勢、剣を振りかぶる暇もない。

 ――死、敗北。

 それらが一瞬にしてセイバーの思考を駆け巡り、しかし。

 

(――ダメだ。このようなところで敗北など、認められるものかっ!)

 

 意思はまだ、瞳に灯り続けている。

 ――そこに、キャスターの刃が接近し、大してセイバーも剣をつき出す。

 

 直後。

 

 

 ――両者は折り重なるように衝突した。

 

 

 音はない。

 静かな交錯であった。

 

「――――」

 

「――――」

 

 キャスターも、そしてセイバーも沈黙している。

 それは同時に停止でもあった。

 ――時間と、そして空間と――あらゆるものが凍りついていた。

 

 やがて、

 

「……ぐ」

 

 セイバーが、吐息を漏らす。

 周囲の氷故か、その息は真白に染まっていた。

 

「――――」

 

 にぃ、とキャスターが笑みを浮かべる。

 それはどこか勝ち誇っているようで、そして――

 

 

 ――彼女の口元から、多量の血が吹き出した。

 

 

 剣は貫いていた。

 ――キャスターを、だ。

 セイバーとキャスター、セイバーに軍配が上がった。

 それはただ単に、あの状況にあっても、それでもなお“セイバーが速かった”だけのこと。

 

 風の刃はセイバーの身体に触れる直前で途切れた。

 やがて、そよぐ風はセイバーの頬を撫でる。

 周囲の氷に冷えきった頬には、それはむしろ温かいものにすら感じられた。

 ――母の手に抱かれているかのような、錯覚を覚えた。

 

(――終わった、か)

 

 手に残る感触に、ふとそうセイバーは考える。

 キャスターを貫き、彼女の黒い衣装が、よりどす黒い赤に染まっていく――

 

 

 ――否。

 

 

「――ふ」

 

 ――――断じて、否である。

 

 キャスターは、笑っていた。

 そう、笑ったのだ。

 この状況を理解してなお――“勝ちを確信したように”!

 

「――――ふふ」

 

 それは、終わったのではない。

 

 

 仕留め損なったのだ――――!

 

 

 霊核(きゅうしょ)を外された。

 それに、セイバーは即座に気がついた。

 それでもなお遅かったのだ。

 一瞬の気の緩みが在ったことは事実、それでも何より、キャスターは早かった。

 

 

「――――捕まえた」

 

 

 言葉とともに、耳を叩くような地鳴りが周囲を包み込む。

 出現する――無数の氷山、キャスターの城が。

 それはセイバーとキャスターを包み込む。

 先程から出現していた氷を合わせ、両者はそれに、閉じ込められたのだ。

 

 剣は深々と突き刺さっている。

 キャスターとセイバーの距離は近い、目と鼻の先。

 キャスターの手がセイバーに届くほど――

 

(――掴まれッ!)

 

 この状況では、振りほどけない。

 ――キャスターを見る。

 血に染まり、それでもなお微笑んでいる。

 この状況を見越していたから。

 待ちわびていたから――!

 

「あぁ、抱きしめたかったわ。――あぁ、会いたかったわ!」

 

 それはさながら、穢れを知らない子どものような。

 

 同時に、それは全てを包み込む母性を帯びていた。

 

 童話の英霊、ナーサリー・ライム。

 それは常に子どものそばにある。

 そして子どもたちを愛し、育てる。

 子どもたちの英霊、その具現化。

 

 ――――子どもの側に在り続ける者とはなにか。

 子どもたちを愛し続けるモノとはなにか。

 そんなもの、一つしか無い。

 

 それはすなわち、母である。

 ナーサリー・ライムは母の愛、そのものなのだ。

 

 ――セイバーの周りに、無数の氷が出現し、取り囲む。

 それが、死。

 セイバーに突きつけられた勝利宣言。

 回避は不可、逃走も不可。

 受けるなどもってのほか――身体がいくつ在っても足りやしない。

 

「――――さぁ、これで、全部、全部。夢の中に還して上げる!」

 

 キャスターの顔は、どこまでも優しく。

 その声は、張り上げるようでありながら、同時に愛に満ちていた。

 

 それはゆっくりと、セイバーを呑み込むように――

 

 ――ならば、

 

「……そうだな。キャスター、これでは余はもうこの城を逃れられん。余は皇であるが、よもや幽閉などという憂き目に遭うとは思わなかったぞ」

 

 セイバーは、どこか諦めたように、苦笑気味にそう言った。

 ――勝敗は決した。

 もうここに、両者の立ち位置は明白となっている。

 

「そしてそれは――」

 

 キャスターは、ふと違和感を覚えた。

 それはこの状況に、ではなく――セイバーを掴んでいる感触に。

 

 直後。

 

 

「――――――――あなたにとってもそうでしょう? キャスター」

 

 

 ――“ならば”、それは、子どもへの愛は、セイバーではなく。

 “彼女”にこそふさわしい。

 

 氷に包まれた城が、――一瞬にして。

 

 

 ――炎の城へと変貌を遂げる。

 

 

「会いたかったわ、キャスター。ようこそ――――私の城へ」

 

 

 もう、逃がさない。

 

 ――――“沙条愛歌”は、そう告げた。

 

 あ、とキャスターの声が漏れる。

 それは単純だ。

 サーヴァントと自身の位置を入れ替えた。

 それだけのこと。

 

 しかしそれだけで、キャスターの勝利は、決定的な敗北へと転じた。

 手には、毒。

 愛歌はそれを花びらのように噴出させて――

 

 

 ――やがて、それはキャスターのすべてを飲み込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌とありす、両名の間を壁が挟んだ。

 これでもう二度と、二人が交錯することはなくなった。

 

 ――壁の向こう、死に満ちた世界でありすとキャスターは倒れるように寄り添う。

 その身体は、粒子にとけようとしている。

 形作られた飴細工が、融けて消えていくように。

 

「――あーあ。終わっちゃったね、あたし(アリス)

 

 どこか寂しそうに、けれども決して悲しそうではない声でありすがキャスターに呼びかける。

 その顔は、むしろどこか満足そうにすら見えた。

 キャスターが、それを怪訝そうに問う。

 

「……あたし(ありす)は、夢から醒めるのが怖くはないの? 悲しくはないの?」

 

 そういうキャスターの顔は、今にも泣き出しそうなほど。

 ――まったく、これではどちらが母か解らない。

 そんな自嘲が彼女の中に浮かんで、泡沫のように消えた。

 

「そんなに、悲しくはないよ。だって、夢はいつか醒めるものだから。泡みたいに、いつかは消えなくちゃいけないから」

 

 ――それが今なのは、少し寂しい。

 そう、ありすは笑って見せた。

 

「――――お姉ちゃん」

 

「あら、何かしら」

 

 ふと、ありすは愛歌へ声をかけた。

 対する愛歌は、それに耳を傾ける。

 

「えっとね、ありがと! ご飯、とってもとっても美味しかったよ! それから、えっと……遊んでくれて、あたしに構ってくれてありがと!」

 

 えへへ、と明るくありすははにかんで、何でもないように礼を言う。

 言いながら、少し考えるようにして――

 

「……それから――――ごめんね。それくらいしか、思い付かないや」

 

 と、そう締めくくる。

 愛歌は首を横に振って、宥めるように口を開く。

 

「いいのよ。こっちとしても、貴方と遊べて楽しかった……いいえ、“満足した”かしら。言葉に迷うけれど、決して悪くは思っていないもの」

 

 だから気にしないで、と。

 ありすは安心したように、もう一度笑った。

 

「――あたしはね、とっても寂しかったよ。ずっとずっとひとりぼっちで――でも、最後にはあたし(アリス)に出会えた。だから、悲しくはないよ?」

 

 キャスターの目前で、ありすはゆっくりと崩れ去ってゆく。

 役目を終えた人形のように――

 それは、永くを一人であり続けて、夢の中にあり続けた代償のような。

 

 同時、キャスターの身体もゆらめき、消えていく。

 一度――キャスターはありすから視線を外した。

 ゆらりとその瞳は愛歌へと向く。

 

「――ねぇ、お姉ちゃん」

 

 今度は、キャスターだ。

 

「お姉ちゃんはどうして、あたしのお姉ちゃんのように振る舞ってくれたの?」

 

「……さて、どうしてかしら」

 

 少しだけ考えて、けれどもすぐに愛歌は諦めた。

 気にしてもしょうが無い。

 そう、肩をすくめて嘆息した。

 

「解らないの? ……変なの」

 

 応えた愛歌に、思わずキャスターは吹き出した。

 愛歌は全能の少女だ。

 それは、これまでの多くから実感している。

 

 そこには恐怖も、そして感謝もあった。

 

 故に――解らないという無知、それがどうしようもなく、おかしかった。

 

 

 やがて、ありすとキャスターは、お互いを認識できないほどに、その姿を崩れさせていく。

 

 

「……何だか、落ち着いているのはあたし(ありす)の方みたい」

 

 ――キャスターが、そんなふうに言う。

 不思議なものだ。

 キャスターは、ありすの母にならなくてはならなかった。

 それがキャスターの役割だからだ。

 

 なのに、ことここにおいて、自然体のままでいるのはありすの方だ。

 いつもと何も変わらない調子で、――いつもと同じように寂しそうにしながら、けれども決して悲しまない。

 

「――それが、本当なら普通だからではないかしら」

 

 愛歌が、ふとそんな事を言う。

 

 はっとして、キャスターはありすを見た。

 ありすは答えない。

 ただ笑顔で、首を横にふるだけだ。

 

「――あぁ、そっか」

 

 キャスターは、常にありすの先導者であった。

 ありすを守るサーヴァントであった。

 けれども、今のキャスターの自我は、そのほとんどがありすのモノ。

 ――それ以外は、キャスターとして現界することで初めて得たもの。

 

 つまり、

 

 

「――お母さんは、あたし(ありす)の方だったんだ」

 

 

 生まれでたばかりの子ども(ナーサリー・ライム)に、夢を与えたのはありすだ。

 キャスターがありすの母なのではない。

 本質的には、“ありすがキャスターの母”なのだ。

 

「そう言われると、なんだか少し恥ずかしいわ」

 

 ありすはそう、照れくさそうに微笑んだ。

 それはどこか慈しみに満ちた母の顔。

 

 ――ふと、ありすはキャスターに問う。

 

「そうだ。あたし(アリス)。こんな時に、とってもぴったりな言葉があるの、知ってる?」

 

「……知らないわ」

 

 ――それは、普段のありすとキャスターの関係とは正反対のものだ。

 元来の両者は、キャスターがありすにそれを教える。

 だが、今は違う。

 

 こっそりと、それをありすはキャスターに耳打ちする。

 そうするとすぐに納得したようにキャスターは笑んで頷いた。

 

 ――もう、時間はほとんど残されていない。

 二人は、顔を見合わせ合って、そして頷き合う。

 

 ――――せーの、と声を掛け合って。

 

 

「――――――――おはよう」

 

 

 そう言い合って、そして。

 

 

 ――二人は、砂糖菓子が融けるように、空白に溶けて消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 二人残されたセイバーと愛歌は退出の時を待つ。

 一分にも満たない猶予、セイバーがふと愛歌に問いかけた。

 

「――奏者よ」

 

 愛歌は振り向いて、言葉を待つ。

 

「奏者は、あの二人に対して、姉のように振る舞った。――それは何故だ? そうする意味は、どこにあった?」

 

 言われて愛歌は指を首に当ててかしげる。

 んー、と愛らしく唸って、

 

「――解らない、では少しダメよね。じゃあこういうのはどうかしら」

 

 いつもより、柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

「わたしが、そうしたかったから」

 

 

 そして、沈黙。

 セイバーは、ふと考える。

 

(――奏者には、多くの狂気が渦巻いている。それは紛れもない事実だ。――だが、その渦の中はどうなのだろう。その根源は、どうなのだろう)

 

 ――そこには、その狂気の根本が根付いているのだろう。

 でなければ、愛歌は“こうは”ならなかったはずだ。

 ならば、――だが、――しかし。

 

 ――そうではないのかもしれない。

 そう考えるセイバーも、自分の中には存在している。

 

 であるとすれば、だ。

 

 

(――どちらなのだろう。奏者の根源、そのすべてを知るときは、案外近い――のかもしれないな)

 

 

 今はまだ、そこにあるものが何かは知れない。

 それでも――それがなんであれ、自分はそれを受け入れよう。

 そう、セイバーは心の奥底で決意を固めるのだった――




 ――かくして、砂糖細工はアメのように溶けて消え、三回戦は終了です。

 ここで原作的にはルート選択に入るわけですが、どちらに分岐するかは、まぁ語るまでもないと思います。
 というわけで、ここからはその少し先の話。

 本作はEXTRAを原作としていますが、少し特殊な流れになっています。
 詳しくそれを明らかにするのは四回戦の終了後になりますが、まぁ軽く予告ということで。

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