ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
マイルーム――つまるところ、この聖杯戦争における各人の拠点に、愛歌たちはやってきた。
どうやら全陣営共通して、殺風景な教室があてがわれるようだ。
とはいえ、それを許容するほど、愛歌はずぼらではなかった。
加えてセイバーは芸術家気質、教室に手を加えないはずがない。
弄る方法がないのならともかく、愛歌は凄腕のハッカー。
部屋の模様替えなど自由自在なのも、それを加速させる。
かくして、部屋を訪れて最初に二人が始めたことは、教室を自分好みに模様替えすることだった。
結果出来上がったのは、赤を貴重とした西洋のスタイルに近い派手な部屋。
愛歌としては、派手すぎるのはどうかと思うが、下品と呼ぶほどではない。
一級ホテルの室内程度。
この程度ならば何の異論もないのだ。
セイバーも、この出来で十分満足なようだった。
「――芸術とは、飾るためのものではないからな。言ってしまえば、感じさせない美。部屋を飾るというのはそういうものだ」
とは、セイバーの談。
そうこうしているうちに模様替えも終わり、セイバーは備え付けのベッドに倒れこむ。
ちょい、ちょい、と愛歌を誘っているが、それは無視だ。
結婚も付き合いもない相手と、閨を共にする趣味は愛歌にはない。
「うぅむ、つれないな奏者よ。この程度ならば、遺憾なく芸術センスを発揮した余をねぎらうと思って、良いではないか良いではないか」
「それをしたのはわたしよ、セイバー。そもそも、貴方口を出すだけで、なんにも作業を手伝っていないじゃない」
室内のデータを書き換えるだけとはいえ、労働をしたのは愛歌である。
ふぅ、と疲れを癒やすように飲む紅茶。
実に美味である――が、それとこれとは話は別だ。
「セイバー、命令するわ。お茶を注いで頂戴。貴方は飲んじゃだめよ」
「……それは令呪を使う命令か?」
――そんなわけはない。
不服そうに問いかけるセイバーに、自分はそんな阿呆ではない、と愛歌は視線で返す。
だが――
「貴方はサーヴァント。わたしはマスター。何かおかしなこと?」
「……余は皇だ。偉いのだぞ?」
子どものようにセイバーはそう言って。
――くすり、と愛歌はそれを可笑しそうに笑った。
「……本当、なんで貴方が私のサーヴァントなのかしら」
「さてな。よほど縁が合ったのだろう。やもしれば、奏者は――」
いや、とセイバーは頭を振った。
愛歌もそれを問い詰める事はしない。
――聖杯戦争では触媒を要いてサーヴァントが召喚される。
しかし月の聖杯戦争では触媒が持ち込めず、選ばれるのは召喚者を依代とした召喚。
すなわち縁召喚である。
騎士王とレオなど、その典型だろう。
レオは西欧財閥の主、今、この世界に絶大な力を有する“王”にほかならない。
騎士王はその先達。
特に、レオの気性と、騎士王の気性は似通っているように思える。
彼らの縁により、必然を持って召喚されたというわけだ。
であれば、沙条愛歌と、このセイバーの共通項とは一体いかなるものか。
「余と奏者は運命の糸で結ばれているのであろうな!」
セイバーは、その顔に何の疑問も浮かべず、そう言い切った。
もはや彼女の心底自体が自信に満ち溢れているのだろう。
――絶対に、これを崩すことはできないだろうなと、愛歌は悟る。
セイバーは、とにかく人の話を聞かない手合いだ。
「わたしはそんな糸、願い下げよ」
うんざりとしたような、嘆息めいた声音。
音を立てず紅茶をすすると、少し温かった。
「物憂げな童女。……眼福だな」
セイバーは全く遠慮した様子なく、そんな愛歌を愛でるように遠くから眺めていた。
沈黙する愛歌。
今すぐこの紅茶を粉砕しようかという衝動。
抑えるには、彼女の気力の三割が必要であった――
◆
(それにしても、恋する乙女というのは見ていて麗しいものだな。まるで歌劇の如くであったぞ?)
(……セイバー、アリーナへ行くと言っているでしょう? 無駄口を叩くのが貴方の仕事なのかしら?)
夕方。
アリーナに“鍵”が生成されたという連絡があった。
“鍵”は一回戦の決戦場へ向かうための文字通り“キー”。
愛歌とセイバーもそれを手にするため、アリーナへと向かっていた。
ここでは敵性プログラムとの戦闘で練度を上げることができる。
愛歌にそれが必要というわけではないが――決戦に向け、連携を高める必要はあった。
一日一度、出てしまえばもう入ることはできない場所だ。
同時に、“入らない”という理由がない場所でもある。
何もやることはなくとも、アリーナでエネミーとの戦闘を繰り返すことは、愛歌であっても欠かすつもりはない。
特に、愛歌はセイバーに対して信用を置けずにいる。
それを戦闘による連携で埋めるのだ。
なんだかんだ言って、愛歌も律儀なものだ。
沙条愛歌が、サーヴァントすらも優に屠れる全能の少女であるならば、ともかく――
(うむ、高貴な王に似つかわしくない純朴な顔つきも実に良い。余は美少女が一番好きだが、ああいう美少年や、年齢を感じさせる美老年も好きだぞ?)
(そう、それは良かったわね)
思わずセイバーがいる虚空を睨みつけ、愛歌はそれから足を止める。
――ついた。
月の聖杯戦争。
七日間の前哨戦の舞台。
アリーナが、その入口が、愛歌たちの前にあった。
今日の目的は連携の確認と、鍵の回収。
――七日の猶予期間もあれば、鍵の回収など“何時でもできる”。
それを初日に行うのは愛歌の事情合ってのことだ。
不測の事態を避けるという意味もあるが、この一日目――アリーナの全域を踏破することにこそ、意味がある。
(ふむ、任せておけ。余は皇帝である。この程度の障害、政敵が如く切り捨ててくれるぞ)
(頼もしいこと。まぁいいわ――)
愛歌はゆっくりとアリーナ入り口――この会場“月見原学園”の体育倉庫へと手を掛ける。
感慨もなく、感動もなく。
「――精々、これ以上無様を見せないよう、気をつけることね」
戦場へと舞い降りる。
◆
「さて、どうするよシンジ。こんな所でつったって、鍵は探さなくていいのかい?」
「……うるさいな、ちょっと黙ってろよ。っていうか、これからすぐに戦闘になるんだ。ちょっとは気を引き締めたらどうだ?」
アリーナの一角。
一直線の通路で、間桐慎二とそのサーヴァント――ライダーは言葉を投げかけ合っていた。
決して会話ではない、騒然とした言い合い。
喧嘩、というわけでもないのだが、どちらかと言えば険悪な言葉の押収だ。
ライダーの場合、慎二の言葉を適当に受け流しているだけなのだが。
「そうはいってもねぇ。アタシはアンタの命令通りにするだけさ。けども、黙ってろってのは、ねぇ。いいのかい? アタシにそんな仕事をさせてさぁ。金の無駄ってもんだろ」
「そもそも、なんでサーヴァントが金を欲しがるんだよ! お前は僕の従者だろ、僕の言うことは素直に聞けよな!」
「そいつは無理な相談だ。伊達にアタシは傭兵も、海賊すらもしてないからね。金にうるさい、これは性分っつーか、生き方なんだよ。酒飲みは酒がなけりゃぁ生きてけない、それと同じさ」
「なんでよりにもよってそんな喩えなんだよ! っていうか酒は身体に悪いだろ! ……あぁもう、そんなことよりも! 気をつけろよライダー、お前は“後ろ”を見張ってろ。あいつらが来たらすぐに対応できるようにな」
苛立ちを募らせる慎二であったが、いよいよ会話が進まないことに気がついたか、ライダーに具体的な指示を出す。
直線の、逃げ場もない通路。
この先に鍵があるから、通らない選択肢もない。
そんな場所で慎二は待ち構えている。
――つまり、戦闘を想定しているわけだ。
ライダーも無駄口を叩きに召喚されたわけではない。
ニィ、と口元を歪めると、慎二の言葉の疑問を突く。
「後ろォ? 何言ってんのさ。ここは一方通行の一本道。“どうやったって後ろからは襲えねぇ”。気でも狂ったか? 世迷い事なんてらしくないじゃないのさ」
「違う、僕は正常だ! ……お前、沙条愛歌を知らないだろ。いい機会だから教えてやるよ。あいつは“バケモノ”だ」
「――バケモノ? アタシも悪魔と呼ばれたことはあるが、あの十かそこらの小娘がバケモノ――? 笑わせるねぇ。あの“アバター”リアルとそんな変わらねぇんだろ? アンタと違ってさ」
「一言余計だ!」
怒り心頭。
態々苛立ちから話題を避けたというのに、なんだってこのサーヴァントはそれをほじくり返すのか。
慎二はその憤怒を何とか抑え、あくまで冷静を装って語る。
「あいつは色んな二つ名で呼ばれるけど、その中でも特に有名なのがある」
例えば、遠坂凛で言えばその万能性から“アベレージワン”と呼ばれ。
間桐慎二で言えば、東方のゲームチャンプという、具体的な呼称が与えられている。
であれば、沙条愛歌は?
簡単だ。
彼女は全能の少女である。
「――あまりにも絶対的な実力を誇る最強のメイガス。この世界で数少ない本物の神秘の体現者」
「……おい」
「あらゆるスキルに精通し、万能どころか、全能とすら呼ばれる天才性。そこからついた呼び名が――――」
「おい、シンジ――」
ゆうゆうとした語り口で言葉を紡ぐ慎二。
だが、それを遮るように。
――ライダーが、焦りとともに叫ぶ。
同時、間桐慎二は――その呼び名を口にする。
「――――――――“根源接続者”」
「……避けろ、シンジ!」
言うが速いか、動くが速いか。
ライダーは古めかしい拳銃を取り出し――
――慎二の頭上、致死の
「な――」
気がついた時には。
“上”に沙条愛歌がいた。
突如として現れたのだ。
手には人にバグを与えその情報を“消失”させる類のプログラム。
あまりに“残虐にも程がある”データを慎二は驚愕を持って見て取った。
それが慎二に向けて振りかぶられて。
しかし、到達することなく、ライダーの銃弾が愛歌を弾く。
正確には、愛歌は掻き消え、慎二の目前に現れたのだ。
「ッチィ!」
それを防ぐように、ライダーが愛歌と慎二の間に割って入る。
即座に放たれた銃弾は、しかし愛歌を穿たない。
射線上にいたはずの愛歌はしかし今、ライダーの懐に、死の毒を抱えたまま飛び込んでいる――!
一撃は――届かない。
マスターとサーヴァント。
両者の間には絶望的なまでの身体能力の差が存在する。
喩え愛歌がライダーの目と鼻の先まで手を伸ばしたとしても、それを回避できるのがサーヴァントだ。
だが――回避という面であれば、
返し放たれたライダーの弾丸。
それを回避する愛歌。
距離を取り、沙条愛歌は着地する。
ふわりと彼女のスカートが羽のように舞った。
「おいおい……なるほどこりゃあバケモノだ」
ライダーは心底驚嘆を隠さずに吐き出した。
顔の笑みは引き攣って、思わず、と言った様子で慎二に視線を向ける。
愛歌は笑っていた。
瞳を細めて、ステップを踏んでダンスを躍るように。
やがて、着地によって落としていた身体を持ち上げる。
同時瞳を開き、まっすぐライダーと、そして慎二を見た。
“ぞくり”、と正体不明の何かが、慎二の身体を駆け巡る。
それを知らない。
慎二は知らない――だが、自覚した。
ここまでの急展開によって混乱していた思考が、その何かによって回復した。
「……さ、沙条――!」
愛歌の苗字を呼びかけて。
現れたのだと、理解する。
「こんにちわ、間桐慎二とそのサーヴァント」
愛歌は笑みたっぷりに口火を切って。
その隣に、赤の少女――セイバーが姿を見せる。
「奇遇ね、こんなところで。そちらはここに何のよう? もしかして、ピクニックでもしに来たのかしら」
それはどこか嘲るようで。
それはどこか敵意を誘うかのようで。
沙条愛歌は、たっぷりの敵意でライダーと間桐慎二と相対する――