ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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02.アリーナ開放

 マイルーム――つまるところ、この聖杯戦争における各人の拠点に、愛歌たちはやってきた。

 どうやら全陣営共通して、殺風景な教室があてがわれるようだ。

 

 とはいえ、それを許容するほど、愛歌はずぼらではなかった。

 加えてセイバーは芸術家気質、教室に手を加えないはずがない。

 弄る方法がないのならともかく、愛歌は凄腕のハッカー。

 部屋の模様替えなど自由自在なのも、それを加速させる。

 

 かくして、部屋を訪れて最初に二人が始めたことは、教室を自分好みに模様替えすることだった。

 

 結果出来上がったのは、赤を貴重とした西洋のスタイルに近い派手な部屋。

 愛歌としては、派手すぎるのはどうかと思うが、下品と呼ぶほどではない。

 一級ホテルの室内程度。

 この程度ならば何の異論もないのだ。

 セイバーも、この出来で十分満足なようだった。

 

「――芸術とは、飾るためのものではないからな。言ってしまえば、感じさせない美。部屋を飾るというのはそういうものだ」

 

 とは、セイバーの談。

 

 そうこうしているうちに模様替えも終わり、セイバーは備え付けのベッドに倒れこむ。

 ちょい、ちょい、と愛歌を誘っているが、それは無視だ。

 

 結婚も付き合いもない相手と、閨を共にする趣味は愛歌にはない。

 

「うぅむ、つれないな奏者よ。この程度ならば、遺憾なく芸術センスを発揮した余をねぎらうと思って、良いではないか良いではないか」

 

「それをしたのはわたしよ、セイバー。そもそも、貴方口を出すだけで、なんにも作業を手伝っていないじゃない」

 

 室内のデータを書き換えるだけとはいえ、労働をしたのは愛歌である。

 ふぅ、と疲れを癒やすように飲む紅茶。

 実に美味である――が、それとこれとは話は別だ。

 

「セイバー、命令するわ。お茶を注いで頂戴。貴方は飲んじゃだめよ」

 

「……それは令呪を使う命令か?」

 

 ――そんなわけはない。

 不服そうに問いかけるセイバーに、自分はそんな阿呆ではない、と愛歌は視線で返す。

 だが――

 

「貴方はサーヴァント。わたしはマスター。何かおかしなこと?」

 

「……余は皇だ。偉いのだぞ?」

 

 子どものようにセイバーはそう言って。

 ――くすり、と愛歌はそれを可笑しそうに笑った。

 

「……本当、なんで貴方が私のサーヴァントなのかしら」

 

「さてな。よほど縁が合ったのだろう。やもしれば、奏者は――」

 

 いや、とセイバーは頭を振った。

 愛歌もそれを問い詰める事はしない。

 

 ――聖杯戦争では触媒を要いてサーヴァントが召喚される。

 しかし月の聖杯戦争では触媒が持ち込めず、選ばれるのは召喚者を依代とした召喚。

 すなわち縁召喚である。

 

 騎士王とレオなど、その典型だろう。

 レオは西欧財閥の主、今、この世界に絶大な力を有する“王”にほかならない。

 騎士王はその先達。

 特に、レオの気性と、騎士王の気性は似通っているように思える。

 彼らの縁により、必然を持って召喚されたというわけだ。

 

 であれば、沙条愛歌と、このセイバーの共通項とは一体いかなるものか。

 

「余と奏者は運命の糸で結ばれているのであろうな!」

 

 セイバーは、その顔に何の疑問も浮かべず、そう言い切った。

 もはや彼女の心底自体が自信に満ち溢れているのだろう。

 ――絶対に、これを崩すことはできないだろうなと、愛歌は悟る。

 

 セイバーは、とにかく人の話を聞かない手合いだ。

 

「わたしはそんな糸、願い下げよ」

 

 うんざりとしたような、嘆息めいた声音。

 音を立てず紅茶をすすると、少し温かった。

 

「物憂げな童女。……眼福だな」

 

 セイバーは全く遠慮した様子なく、そんな愛歌を愛でるように遠くから眺めていた。

 沈黙する愛歌。

 今すぐこの紅茶を粉砕しようかという衝動。

 抑えるには、彼女の気力の三割が必要であった――

 

 

 ◆

 

 

(それにしても、恋する乙女というのは見ていて麗しいものだな。まるで歌劇の如くであったぞ?)

 

(……セイバー、アリーナへ行くと言っているでしょう? 無駄口を叩くのが貴方の仕事なのかしら?)

 

 夕方。

 アリーナに“鍵”が生成されたという連絡があった。

 “鍵”は一回戦の決戦場へ向かうための文字通り“キー”。

 

 愛歌とセイバーもそれを手にするため、アリーナへと向かっていた。

 ここでは敵性プログラムとの戦闘で練度を上げることができる。

 愛歌にそれが必要というわけではないが――決戦に向け、連携を高める必要はあった。

 

 一日一度、出てしまえばもう入ることはできない場所だ。

 同時に、“入らない”という理由がない場所でもある。

 何もやることはなくとも、アリーナでエネミーとの戦闘を繰り返すことは、愛歌であっても欠かすつもりはない。

 

 特に、愛歌はセイバーに対して信用を置けずにいる。

 それを戦闘による連携で埋めるのだ。

 なんだかんだ言って、愛歌も律儀なものだ。

 沙条愛歌が、サーヴァントすらも優に屠れる全能の少女であるならば、ともかく――

 

(うむ、高貴な王に似つかわしくない純朴な顔つきも実に良い。余は美少女が一番好きだが、ああいう美少年や、年齢を感じさせる美老年も好きだぞ?)

 

(そう、それは良かったわね)

 

 思わずセイバーがいる虚空を睨みつけ、愛歌はそれから足を止める。

 

 ――ついた。

 月の聖杯戦争。

 七日間の前哨戦の舞台。

 

 アリーナが、その入口が、愛歌たちの前にあった。

 

 今日の目的は連携の確認と、鍵の回収。

 ――七日の猶予期間もあれば、鍵の回収など“何時でもできる”。

 それを初日に行うのは愛歌の事情合ってのことだ。

 不測の事態を避けるという意味もあるが、この一日目――アリーナの全域を踏破することにこそ、意味がある。

 

(ふむ、任せておけ。余は皇帝である。この程度の障害、政敵が如く切り捨ててくれるぞ)

 

(頼もしいこと。まぁいいわ――)

 

 愛歌はゆっくりとアリーナ入り口――この会場“月見原学園”の体育倉庫へと手を掛ける。

 感慨もなく、感動もなく。

 

「――精々、これ以上無様を見せないよう、気をつけることね」

 

 戦場へと舞い降りる。

 

 

 ◆

 

 

「さて、どうするよシンジ。こんな所でつったって、鍵は探さなくていいのかい?」

 

「……うるさいな、ちょっと黙ってろよ。っていうか、これからすぐに戦闘になるんだ。ちょっとは気を引き締めたらどうだ?」

 

 アリーナの一角。

 一直線の通路で、間桐慎二とそのサーヴァント――ライダーは言葉を投げかけ合っていた。

 決して会話ではない、騒然とした言い合い。

 喧嘩、というわけでもないのだが、どちらかと言えば険悪な言葉の押収だ。

 

 ライダーの場合、慎二の言葉を適当に受け流しているだけなのだが。

 

「そうはいってもねぇ。アタシはアンタの命令通りにするだけさ。けども、黙ってろってのは、ねぇ。いいのかい? アタシにそんな仕事をさせてさぁ。金の無駄ってもんだろ」

 

「そもそも、なんでサーヴァントが金を欲しがるんだよ! お前は僕の従者だろ、僕の言うことは素直に聞けよな!」

 

「そいつは無理な相談だ。伊達にアタシは傭兵も、海賊すらもしてないからね。金にうるさい、これは性分っつーか、生き方なんだよ。酒飲みは酒がなけりゃぁ生きてけない、それと同じさ」

 

「なんでよりにもよってそんな喩えなんだよ! っていうか酒は身体に悪いだろ! ……あぁもう、そんなことよりも! 気をつけろよライダー、お前は“後ろ”を見張ってろ。あいつらが来たらすぐに対応できるようにな」

 

 苛立ちを募らせる慎二であったが、いよいよ会話が進まないことに気がついたか、ライダーに具体的な指示を出す。

 直線の、逃げ場もない通路。

 この先に鍵があるから、通らない選択肢もない。

 そんな場所で慎二は待ち構えている。

 

 ――つまり、戦闘を想定しているわけだ。

 

 ライダーも無駄口を叩きに召喚されたわけではない。

 ニィ、と口元を歪めると、慎二の言葉の疑問を突く。

 

「後ろォ? 何言ってんのさ。ここは一方通行の一本道。“どうやったって後ろからは襲えねぇ”。気でも狂ったか? 世迷い事なんてらしくないじゃないのさ」

 

「違う、僕は正常だ! ……お前、沙条愛歌を知らないだろ。いい機会だから教えてやるよ。あいつは“バケモノ”だ」

 

「――バケモノ? アタシも悪魔と呼ばれたことはあるが、あの十かそこらの小娘がバケモノ――? 笑わせるねぇ。あの“アバター”リアルとそんな変わらねぇんだろ? アンタと違ってさ」

 

「一言余計だ!」

 

 怒り心頭。

 態々苛立ちから話題を避けたというのに、なんだってこのサーヴァントはそれをほじくり返すのか。

 慎二はその憤怒を何とか抑え、あくまで冷静を装って語る。

 

「あいつは色んな二つ名で呼ばれるけど、その中でも特に有名なのがある」

 

 例えば、遠坂凛で言えばその万能性から“アベレージワン”と呼ばれ。

 間桐慎二で言えば、東方のゲームチャンプという、具体的な呼称が与えられている。

 

 であれば、沙条愛歌は?

 簡単だ。

 

 彼女は全能の少女である。

 

「――あまりにも絶対的な実力を誇る最強のメイガス。この世界で数少ない本物の神秘の体現者」

 

「……おい」

 

「あらゆるスキルに精通し、万能どころか、全能とすら呼ばれる天才性。そこからついた呼び名が――――」

 

「おい、シンジ――」

 

 ゆうゆうとした語り口で言葉を紡ぐ慎二。

 だが、それを遮るように。

 

 ――ライダーが、焦りとともに叫ぶ。

 

 同時、間桐慎二は――その呼び名を口にする。

 

 

「――――――――“根源接続者”」

 

 

「……避けろ、シンジ!」

 

 

 言うが速いか、動くが速いか。

 ライダーは古めかしい拳銃を取り出し――

 

 

 ――慎二の頭上、致死の(バグ)を抱えた沙条愛歌を、攻撃する。

 

 

「な――」

 

 気がついた時には。

 “上”に沙条愛歌がいた。

 突如として現れたのだ。

 手には人にバグを与えその情報を“消失”させる類のプログラム。

 

 あまりに“残虐にも程がある”データを慎二は驚愕を持って見て取った。

 それが慎二に向けて振りかぶられて。

 しかし、到達することなく、ライダーの銃弾が愛歌を弾く。

 

 正確には、愛歌は掻き消え、慎二の目前に現れたのだ。

 

「ッチィ!」

 

 それを防ぐように、ライダーが愛歌と慎二の間に割って入る。

 即座に放たれた銃弾は、しかし愛歌を穿たない。

 射線上にいたはずの愛歌はしかし今、ライダーの懐に、死の毒を抱えたまま飛び込んでいる――!

 

 一撃は――届かない。

 マスターとサーヴァント。

 両者の間には絶望的なまでの身体能力の差が存在する。

 

 喩え愛歌がライダーの目と鼻の先まで手を伸ばしたとしても、それを回避できるのがサーヴァントだ。

 だが――回避という面であれば、

 

 返し放たれたライダーの弾丸。

 それを回避する愛歌。

 距離を取り、沙条愛歌は着地する。

 ふわりと彼女のスカートが羽のように舞った。

 

「おいおい……なるほどこりゃあバケモノだ」

 

 ライダーは心底驚嘆を隠さずに吐き出した。

 顔の笑みは引き攣って、思わず、と言った様子で慎二に視線を向ける。

 

 愛歌は笑っていた。

 瞳を細めて、ステップを踏んでダンスを躍るように。

 

 やがて、着地によって落としていた身体を持ち上げる。

 同時瞳を開き、まっすぐライダーと、そして慎二を見た。

 

 

 “ぞくり”、と正体不明の何かが、慎二の身体を駆け巡る。

 

 

 それを知らない。

 慎二は知らない――だが、自覚した。

 ここまでの急展開によって混乱していた思考が、その何かによって回復した。

 

「……さ、沙条――!」

 

 愛歌の苗字を呼びかけて。

 現れたのだと、理解する。

 

「こんにちわ、間桐慎二とそのサーヴァント」

 

 愛歌は笑みたっぷりに口火を切って。

 

 その隣に、赤の少女――セイバーが姿を見せる。

 

 

「奇遇ね、こんなところで。そちらはここに何のよう? もしかして、ピクニックでもしに来たのかしら」

 

 

 それはどこか嘲るようで。

 それはどこか敵意を誘うかのようで。

 

 沙条愛歌は、たっぷりの敵意でライダーと間桐慎二と相対する――


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