ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
Sword_or_death①
両者が邂逅したのは、月見原の校舎三階。
――視聴覚室前でのことだった。
一人は沙条愛歌、常の笑みはそのままに――どうやら、散策に出ていたようだ。
隣にはサーヴァントの気配、赤きセイバーが寄り添っている。
もう一人は黒に包まれた暗殺者であった。
西欧財閥の黒き処刑人――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。
――レオの、兄だ。
辛気臭い仏頂面で、何かを思案げにしている彼を、愛歌達がたまたま見つけたのだ。
視聴覚室の入り口で何かをぶつぶつとつぶやいているユリウスに、階段から上がってきたばかりの愛歌が興味本位というふうに近づく。
はっとしながらも、即座にユリウスは構えた。
殺意が刃となり――しかしそのまま霧散する。
相手は愛歌だ。
危害を加えなければこの場で反撃されることはない。
さらに言えば、そもそもここで仕留められるはずもない。
条件反射――気配もなく接近されたことに対する当然の警戒であった。
「……貴様か」
「――あら、随分なご挨拶、別に貴方に敵意を向けられる覚えはあっても、恨まれる覚えはないのだけれど」
「本気で言っているのか……?」
怒りに近い形相で、ユリウスは愛歌を睨みつける。
暴れる貴様の後処理に、関係各所へ奔走するのは誰の仕事だと――と、ぶつぶつつぶやいている。
裏の仕事屋である彼だが、体の良い使い走りにもなっているらしい。
とまれ、愛歌はそれを聞こうとすらしない。
「何をしていたの? こんなところで」
「貴様には関係のないことだ――いや」
ユリウスは敵意満面にそう吐き捨てようとして、ふと頭を振る。
そうだ、関係がないということはない。
――これは、沙条愛歌にとっても大事のはずだ。
「――貴様の友人の遠坂凛と、この大会の優勝候補の一人であるラニ=Ⅷの対戦を覗き見ようとしていた。俺は覗けなかったが、お前なら、どうだ?」
それはほんの気まぐれだったのだろう。
でなければ、態々ユリウスがそれを明かす理由もない。
――だが、遠坂凛の名を出されれば、沙条愛歌は即座に食いつく。
「ラニ……いえ、知らないけれど――それはなるほど“面白そう”ね。なんで今まで思いつかなかったのかしら」
「教えた俺が言うのも何だが、随分と悪趣味な笑いをする――まぁ、それはいい」
ユリウスは嘆息し、愛歌の横を通り過ぎる。
愛歌はどうやら観戦に行くようだが、それをユリウスが行うことまでは許さないだろう。
ユリウスからしてみれば、この試合は見ることができれば大きなアドバンテージとなるが、見れなかったとしてもそこに損はない。
愛歌が見たとしても、活用されるのは対遠坂凛、ないしは対ラニ=Ⅷにおいて。
この両名と愛歌を比べた場合、総合的に見れば“愛歌が勝利したほうが”財閥への利益は大きいのだ。
ならばむしろ、愛歌にそれを教えることは、気まぐれからの偶然ではあるが、妙案と言えた。
「ではな、お前のことはすこぶる気に食わんが――精々財閥の益となることだ」
「あらそう。そうね、貴方に義理は無いのだけれど、ありがとうと、一応そう言っておくわ」
ふん、とユリウスは鼻を鳴らしてその場を離れる。
愛歌はそれを追うことも、遮ることもしなかった。
◆
「――あやつは覗けなかった、たしかそう言っていたな、奏者よ」
視聴覚室。
寂しさを覚える暗室だ。
人のいない室内は、アンティークな映写機が無意味な回転を続けていた。
映像を写すことのない機械の寂しげな音をBGMに、セイバーはふと問いかける。
「そもそも、このムーンセルにおいて、他者の戦闘の覗き見は禁止されている。規定としてそうなっているというのもあるが――何よりもセキュリティが問題だ」
「えぇそうね。普通にやれば、ペナルティとして待つのは死か、消滅か――意味は、どちらも同じよね」
愛歌はそれを肯定する。
先ほど言外に“自分は覗ける”と言っていたにも関わらず、だ。
「あら、ありがたいことにほとんど準備が終わっているわ、後はこれに触れるだけで――」
「待つのだ奏者よ! それをすれば奏者は――」
ためらうこと無く触れようとする愛歌に、慌ててセイバーは静止しようとする。
しかし、それで止まる愛歌ではないし、何より――
――愛歌の身体が、衝撃に揺れた。
思わず立ち眩みを覚えるような感覚だ。
脳が焼かれたかのような、そんな嫌な感覚。
それは確かに愛歌へ伝わっていた。
――しかし、愛歌は笑みのまま、崩れない。
「……
「何かしら?」
どうやら、愛歌は無事のようだ。
本来であれば脳が焼き切れるような“ファイヤーウォール”であるはずのそれを、難なく彼女は打ち破る。
本当に何でもなさそうに――そして。
――映写機は、その映像を映し出す。
映像は鮮明ではないが、こことは違う場所――決戦場を映しているようだ。
そして、そこには解りにくいが、確かに愛歌の見知った少女、遠坂凛がいる。
少女たちはともかく、映像は鮮明ではない。
そう処理されているからだ。
――それでも、戦いからそのクラス程度ならば判然とする。
戦闘は青い槍使い――ランサーと、正気を感じさせない赤の武人――バーサーカーの打ち合いであった。
高速で推移するそれらは、間近であれば恐ろしさすら覚えるだろうが、映像の向こうであることを考えると、迫力こそあれど脅威ではない。
両者の激突は、終始ランサーの優位で進んでいた。
ほぼ互角に思えるが、常に一歩だけ、ランサーが上を行っている。
「さすがは凛ね。……あのバーサーカー、よほど強力な英霊なのでしょうけれど、正気のない状態で凛とその指揮下のサーヴァントを撃破するのは無茶よ」
「……高く買っているのだな」
「えぇそうね」
どこか不満気なセイバーの声に、しかし気にかけることすら無く愛歌は頷き、戦闘の状況を見守る。
――一瞬の油断すら許されないが、端から見る限りでは、このまま行けばランサーが勝つ。
それは、愛歌の目から見れば、明らかであった。
少しばかり、不満そうに愛歌は嘆息する。
面白そうだと、先程は思った。
けれども、今は思う――何だかこれは、つまらない。
あっという間に、飽きが来てしまったのだ。
「……これなら、態々見る必要もなかったわね。あの男には感謝してもいいけれど――それに乗ってしまった自分にうんざりしてしまいそうよ」
「そう気を落とすでない、奏者よ。そなたが気にするトオサカリンとやらが勝利できそうでよかったではないか」
そうかしら、と愛歌は首を傾げる。
今勝とうと、そのうち自分か、もしくはレオ・B・ハーウェイに彼女は当たる。
きっとその時、凛は愛歌やレオには敵わないだろう。
今は敵ではないのだから、応援の意味も兼ねての観戦は、興味をそそるものがある。
だが、このまま何事も無く勝利してしまえば結局のところはそれまでだ。
「まぁでもそうね。――これ以上ここに長居しても意味はなし。帰りましょう、セイバー」
「うむ、そうだな」
両者は頷き合って、愛歌が映像に背を向ける。
――変化が起きたのは、その時だった。
画面の向こう――戦闘が休止したのを、セイバーが見て取った。
ふむ、と意外そうに声を上げる。
隣に愛歌が並び立ち、不思議そうにセイバーを見上げた。
「どうしたの?」
「……うむ? いや何、どうにも映像が不穏だ」
戦闘が休止する――それは本来ありえないことだ。
映像の隅に、遠坂凛の顔が映る。
――焦っている?
「――どういうこと?」
愛歌が小首を傾げる。
状況が把握できない。
無論セイバーもだ。
愛歌にできないことがセイバーにできるはずもない。
とまれ、映像は更に変化を見せる。
両者は距離を取り、動いたのは褐色肌の少女であった。
彼女に急速にエネルギーが集まっていく。
サーヴァントにではない、“彼女に”だ。
何かをしようとしている。
それも恐らくは、とてつもなく、ろくでもない何か――!
「……これは」
愛歌が目を見開く。
映像の向こうで声がする――褐色肌の少女のものだ。
「――――“聖杯の入手が叶わぬ場合、月もろとも破壊する”」
それは、
それは自殺行為だ。
これほどの威力、“彼女自身の身体も持たない”。
「まずいな。月を破壊できるとは思わんが、アリーナ程度ならば吹き飛ぶぞ――!」
思いがけない変化であった。
あの少女は“機械のように壊れて”いる。
考えられないことだ。
それが普通の人間であれば――!
「ホムンクルス――? まさか、アトラスの……いえ、今はいいわ」
愛歌は何かを考察し、そしてそれを振り捨てたようだ。
今は考え事にふけっている時間はない。
画面の向こうでは、最後の一撃――決着の時を迎えようとしている。
戦闘自体は、凛とランサーが優勢だ。
しかし、それでもあの赤きバーサーカーを、一瞬で打ち崩すことは敵うまい。
あの不可思議な少女、それをわかった上でここで手を打ってきたのだ。
このままでは結果は目に見えている。
少女はここで散るだろう。
それに凛が巻き込まれる。
たとえこれを切り抜けられたとしても、無傷というわけには行かないだろう。
「……随分と、愉快なことになってきたな、奏者よ」
赤セイバーは“実につまらなそうに”そう漏らす。
悪趣味とも言える。
――この結果は、純粋な決闘の場であるこの月の聖杯戦争において、アンフェアにも程がある。
反則ですら程遠い、最低の決着だ。
無論、少女はただ無機質な機械のように判断を下しただけであり、凛はそれに巻き込まれただけ。
不愉快に感じるのは、あくまでその“結末”だけだ。
そして、それは愛歌にとっても――
「えぇそうね、とってもとっても“不愉快”だわ」
――同じのようだ。
だが、少し意外にも思う。
愛歌はこれまで、“決定的な”怒りを誰かへ向けることはなかった。
例えば二回戦でのアーチャーへのそれも、単なる会話の一つでしかないのだろう。
あくまで周囲が愛歌に感じる恐怖は、彼女の存在そのものに対して――彼女の怒りに対してではない。
ゆえにこそ、その純粋な怒りは、セイバーにとっては意外であり、同時に末恐ろしくすら感じられた。
――“だからこそ”敢えてセイバーは、挑発じみた言動で問う。
「しかし、これは幸運ではあるぞ。強敵が同時に二人も脱落する。よしんばそうならずとも、トオサカリンは無事では済むまい」
そうなれば、愛歌と激突したとき、凛はなすすべなく敗北するだろう。
低い勝率が、零になるのだ。
――愛歌は凛の殺害にためらいを持たない。
ならば、“何の問題もないではないか”。
そう、彼女に言うのだ。
躊躇いなく火に油を注ぐのだ。
「――セイバー、それ以上の言葉はわたしが許さないわ。命令する――だまりなさい」
令呪は伴わない。
しかし、決定的な怒りでもってそれは語られる。
誰であれ、それに畏怖しないものはいない。
これを浴びてしまえば、恐らく愛歌と最も親しいであろう凛ですら、怯み恐れてしまうだろう。
そこにあるのは、死ではない。
地獄ではない。
それすらも“生温い”とすら思えるような、破滅の塊。
それはもはや、自身の消滅を、その場で自覚しなければならないほどの恐怖。
それでも、
「断る」
セイバーは即座に切って捨てた。
「――――本当に、わたしを不快にさせることにかけては、この世に二人とない逸材ね、あなた」
「それでも、余は奏者の本音を問いたいのだ。――令呪を使いたければ使うが良い。だが、それでは“あの娘を救えなくなる”ぞ?」
稀代の英霊たちですら、恐怖を感じる悪魔のそれに、けれどもセイバーは重ねて挑発する。
セイバーの瞳には、獣が見えた。
――それは悪魔という言葉と同意に扱われる“獣”の瞳だ。
混沌に満ちた、そんな瞳だ。
「…………」
――その時、ようやく愛歌は自覚する。
セイバーは実に清純なサーヴァントだ。
マスターを常に第一とする、マスターを“偏愛”すらするほどのサーヴァント。
だが、その本質には、また別の何かが潜んでいる。
それが何か――それを、愛歌はほんの少しだが見て取った。
それ以上は解らない。
愛歌が知ろうとしなかったから。
「――――まぁ、いいわ」
気を取り直して、愛歌は一歩、映像へと足を踏み出す。
ためらうことはない――救うのだ。
誰を?
さすがにここでその問いかけに意味は無い。
愛歌にとっての唯一の友人。
――遠坂凛を、だ。
「――令呪を持って命ずる」
セイバーは愛歌を見る。
愛歌は“凛を救う”選択肢を持った。
そこには、一体どのような意志があっただろう。
ただ“救いたかったから”。
ただ“不愉快だったから”。
それだけではないように思う。
何かがあるのだ。
愛歌には、きっと――今の自分が知らない、何かが。
それにセイバーは思いを馳せて、
「この壁を越えなさい、セイバー――!」
愛歌の胸元が光を帯びる。
何かがそこから抜けていくような感触があって――空間の歪みに、愛歌とセイバーは引き込まれた。
ちなみに、愛歌ちゃんはラニのことを不愉快だと思ってるわけじゃないです。
ラニのことはそもそも知りもしないので、完全に眼中にない感じ。