ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
気がつけば、そこは決戦場――凛と褐色肌の少女が戦う舞台であった。
愛歌はとん、と水の上に立つような身軽さで優雅に降り立ち――
赤き武人――少女のサーヴァントを睨みつける。
少女の瞳が揺らめいて――愛歌の意図を汲み取ったのだろう、武人は愛歌へと向き直る。
その眼には、その身体には、恐ろしいまでの気配が募る。
原因は単純だ――令呪によるバックアップである。
褐色の少女は自身の魔力炉を爆発させるためのエネルギーとして令呪を捧げた。
しかし、過剰が過ぎた魔力の塊は、その一部がバーサーカーに与えられたのだ。
これより役目を全うすることになる主人を、その終わりまで守るために。
「――愛歌!?」
遠坂凛が、驚愕でもって愛歌の名を呼んだ。
――月に来て、初めて名で呼んでくれた。
そんな感慨を感じる間もなく、愛歌はバーサーカーと相対する。
(――セイバー、勝利条件は二つ。どちらか一つを満たせばわたし達の勝利よ)
(……うむ)
愛歌の言葉に、セイバーは心中で同意する。
勝利条件二つが内、一つは単純だ。
このままラニを破壊すればいい――そうでなくとも、融解の原因となる心臓を穿てば、それでこの爆発は停止する。
もう一つは愛歌の侵入によりけたたましく鳴り響く警告音。
――つまり、SE.RA.PHによる強制退出まで粘り切ること。
愛歌という第三者が紛れ込んだことにより、SE.RA.PHはそれの排出を行う。
凛とラニごと、だ。
より確実なのは前者だ。
そして幸いなことに、この状況はそれを行うのに適している――
「――――凛。わたしがあのバーサーカーを抑える、貴方は爆発を止めなさい」
ここには愛歌とセイバーがいる。
そして凛のサーヴァントがいる。
実に、三つの戦力、これを持ってして、崩せない壁があろうものか。
否、あるはずがない。
あるはずがないのだ。
「え、あ……わ、解ったわ。やりなさい、ランサー!」
凛は、未だ困惑している様子だった。
何せこの状況、誰かが現れることもそうだが、それが“愛歌であった”ことも困惑の原因となりうるのだ。
――それでも、彼女の行動は正確だった。
この状況下においても不敵に笑う自身のサーヴァントへ指示を飛ばす。
「行くわよ、紅い武人。悪いけど、押し通らせてもらうわ」
続き、愛歌がその場から掻き消える。
現れるのはバーサーカーの目前、手には炎。
振るわれようとした炎が、しかし敵の“ソレよりも早い”一撃によって薙ぎ払われる。
バーサーカーは炎の毒を物ともしない。
槍の矛先が掻き消えるほどの速度に、愛歌は即座に掻き消える。
しかし、ソレで良い。
――これで、バーサーカーの一手を封じた。
「――――
そこに、赤きセイバーが接近する。
急速に迫るそれは、速度の上ではバーサーカーを上回る。
しかし――
――本来であれば駆け抜けざまに斬りつける一撃は、バーサーカーの間近で停止する。
バーサーカーは一手を封じられた状況で、それでもそれを受け止めてみせたのだ。
ならば――愛歌が再びバーサーカーの後方に回る。
此度は毒の華、紫色の花びらが手のひらから舞う。
対してバーサーカーは、強引にセイバーと愛歌のどちらもを吹き飛ばした。
セイバーに剣で押さえつけられていたにも関わらず。
愛歌はバーサーカーの後ろを取っていたにも関わらず。
それでもなお、バーサーカーは力のみで両名を圧倒して見せた――!
令呪のバックアップを受けているからこそのこの実力。
コレまでの敵の比ではない。
だが、それでも、まだ本命は生きている。
自身の最速でもってかけるランサー、その槍は、敵マスターの心臓へと向けられて――
「――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!」
バーサーカーの咆哮が、それを遮る。
否、バーサーカーの“弓”が、それを遮る。
変形したのだ、バーサーカーの矛が。
それにより放たれた弓は、ランサーを正確に狙い、直線での接近を不可能にする。
横に飛び退き、その勢いが地を掻いた。
セイバーも後方へ下がり、愛歌もその横へ出現する。
一手目を封じられた。
しかし、その次ならば――
――だが、そこで無常にもSE.RA.PHが動く。
愛歌の乱入によって反応した障壁が、愛歌と凛、褐色の少女の間を阻む。
――早すぎる。
状況によっては、これは喜ばしいことだ。
しかし、タイミングが最悪だ。
このままでは、少女の崩壊が、強制退出よりも先になる――!
障壁により、それを愛歌達は見ている他にないのだ。
思わず歯噛みした愛歌が飛び出そうとして、セイバーに止められる。
「――セイバー」
「ダメだ! 奏者ではあの狂気を躱せない。空間転移が使えない以上、一手足りんのだ!」
障壁により、空間転移であちら側に征くことは敵わない。
――加えて、ありすのジャバウォックと同じ理屈だ。
愛歌では、ラニの心臓を捉えている間にあのバーサーカーに潰される。
そして三人がかりでも今のバーサーカーを止められないのはすでに証明済みだ。
愛歌では、この状況に決着を付けられない。
「ならば余が――」
もしも、それがデキるとすれば――
「それ以上はいけねぇぜ、嬢ちゃん」
――――この場には、二人しかいない。
セイバーが前に出ようとしたのを、今度は青いランサーが差し止めた。
「――ランサー!」
「ッハ、貧乏くじは慣れてるモンでね――それに」
皮肉げに笑みを浮かべて、ランサーは自身のマスターと、愛歌を交互に見やる。
焦りに取り憑かれている愛歌に、この状況にあっても、顔をしかめつつ思考を止めない凛。
最終的に、ランサーは愛歌の方を見た。
「別に、うちのマスターがそっちの嬢ちゃんを殺す分にはいいさ、そういうもんだ。だが――」
一拍。
「――その嬢ちゃんに、うちのマスターを殺させるわけには行かねぇんだ。わかってくれや」
そう、ランサーは言って――
「……ランサー、まさか何かを――」
セイバーは呼びかけようとして、しかし間に合わない。
すでにランサーは駆けていた。
「――なっ」
凛が驚愕でもってそれを止めきれず、
その後は、一瞬だった。
壮絶なほどに狂犬は地をかけて、そして褐色の少女の心臓を穿つ。
自身の身体を引き裂かれてなお――その仕事を全うし、
ふと、凛と、そして愛歌たちへ振り返る。
そこに浮かぶのは、苦笑。
まるで、幼い子どもたちに向ける父のような、そんな。
ランサーの口は、何かを紡ごうとして、
――――かくして、三回戦、イレギュラーにより混沌に満ちた凛と少女の戦闘は終結する。
◆
視聴覚にて、凛はふらりと倒れ、愛歌とセイバーは彼女を保健室へと運び込んだ。
保険医である桜は驚きながらもそれを受け入れ、凛は白い清潔なベッドの上で眠っている。
愛歌は近くに椅子を持ち込んで、そこに座り込む。
それから、一切セイバーとも会話せず、ただ凛の寝顔を観察し続けていた。
――静かな沈黙だ。
セイバーは決して怒りを覚えてはいない。
この少女に限って、理由もなく凛を救いはしないのだ。
それに、この行動が愛歌という少女を知る大事な鍵となることも、なんとなく解っていた。
愛歌はといえば、どこか心配そうに見える無表情で凛の顔を覗きこんだままだ。
動きはない、その活動すべてが停止していた。
だが、その奥に安堵があるのは、なんとなくセイバーにも理解できた。
やがて、ここに凛が運び込まれてから数時間。
――少し唸って、それから凛は目を覚ます。
「…………」
相変わらずほうけた顔で、凛は愛歌を見ている。
コトここに至っても、“愛歌が自分を助けた”という点を、彼女は呑み込めずにいた。
それでもぱちくりと瞬きをして――口は何かを紡ごうと揺らいでいる。
それを見て、愛歌はようやく、笑みを浮かべた。
「――あぁ、よかった」
それは、決して狂気を帯びていない、歳相応の少女の笑顔であった。
「……っ!」
それでようやく、凛はすべてを理解したように息を呑み、それから大きく嘆息した。
――あぁ、そうだ思い出した。
「……ありがとう、一応、お礼は言っておいて上げる」
沙条愛歌は――凛の知る愛歌は、こういう少女なのだ。
「…………愛歌」
「――うん」
ようやく名で呼んでくれたことに、満足そうに愛歌は頷いて、それから立ち上がる。
「まだ体調が悪いかもしれないけれど、でももう問題はなさそうね。――だからここでお暇させていただくわ」
「……そうね、今日はもう遅いわ。――だから、ゆっくり休んでね、愛歌」
「そうね、おやすみなさい――凛」
互いに名を呼び合って、愛歌は背を向ける。
そこに――
「少し良いか、奏者よ」
セイバーが割って入る。
「少し用事があるのだ。先にマイルームへ戻っていてくれはしないか?」
「別に構わないわ。……何をするつもりなのか知らないけれど、あまり無茶はしないようにね」
「それに関しては問題ない、危険な用事ではないからな」
ふふん、とどこか誇らしげにセイバーは胸を張る。
それだけ自分にやましいところはないと言い切っているのだ。
勿論、今更それを咎める愛歌ではない。
「それじゃあ、失礼するわ」
セイバーと、そして凛に会釈をして、軽く桜にも視線を送り――
――愛歌はその場から掻き消えた。
「――――さて」
セイバーは、愛歌が消え失せたのをみてから、凛に向き直る。
凛も、それは解っていたという風に、驚きはない。
「用事というのは、私に対することなのね?」
「……そうだ」
お見通し、というわけだ。
「まずは謝罪を――このような形になってしまったこと、余と奏者を怨んでいるだろう?」
ランサーと、凛。
あの状況を二人は、“切り抜けられない”ということはなかったはずだ。
ただ、その後に残る致命的な傷を負う、というだけで。
それをセイバー達が水をさした。
凛は愛歌に対して礼を言ったが、それはあくまで両者の間にそれだけの信頼関係があったが故だ。
それが、赤の他人であるセイバーに対してならば、どうか。
「……」
凛は沈黙する。
顔を伏せるセイバーを観察するように。
そして、
「――構わないわ。実際のところ、この状況って私にとって“最善”だもの」
そう、セイバーを許す。
「あんな事になれば、たとえあそこを切り抜けられてもその後息切れするのは明らかよ。それを、私は幸運であなた達を引き寄せた――違う?」
引き寄せられたのは、よりにもよって沙条愛歌であった。
凛の唯一の友人――この聖杯戦争で最強と目される二つの陣営が一角。
「あの娘がその場の勢いで私を救ったわけじゃないことは解る。これはね、チャンスなの。あの娘が優勝すれば、少なくとも財閥は聖杯を手に入れない。それに――」
そこで、一度凛は言葉を切った。
愛歌は財閥の味方ではない、彼女が“レオに勝利”すれば、凛の目的は達せられたことになる。
そして何より、
「――――あの娘なら、聖杯を悪用するってことは、無いでしょうしね」
確信を持って、凛は言い切った。
セイバーの顔が変化する、それは歓喜。
「それはまことかっ!」
「……ふふ、やっぱり貴方、“愛歌のことを何も知らない”のね」
「あぁ、そうだ。――余はトオサカリンに取引を提案したい」
何か、凛はそれを問い返す。
「余と奏者は、これよりトオサカリンを守り、その願いを全力で叶えることを誓う」
「――へぇ」
望外の言葉である。
――凛の願いは、つまりレオの打倒だ。
それは愛歌に対して最も期待していたことである。
だが、この状況であれば、凛は“それ以上”すらも望める。
交渉次第では、聖杯の願望機としての機能を、分けてもらうことすら可能かもしれない。
――だが。
「そちらの求める報酬は?」
「――余に、奏者のことを教えてほしい。全てだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
即答である。
セイバーの瞳には、嘘も迷いも見られない。
思わず、凛は笑みをこぼしてしまった。
「欲がないのか、それとも強欲なのか、全然わからないわね、貴方」
「――これでも、相応に貪欲であると自負している。今は、それ以外に余は何かを求めていないだけだ」
――余は暴君なのだぞ。
そうセイバーも笑みを浮かべる。
「こっちとしては、そちらの提案に、もう一つ」
凛は言う。
「――私のことは、凛と呼んで。トオサカリンは、少し堅苦しいわ」
「……では、リン、と」
セイバーの言葉に、凛は満足気に頷いた。
「じゃあ、一つ質問。――セイバー、貴方は愛歌の事をどれくらい知っているの?」
改めて、と凛は話題を転換する。
ふと考えこみ、セイバーは腕組みをした。
「――名前、年齢、可憐さ、狂気。――弄ると、思いの外良い
「なにそれ、最後は私も初めて知ったわ」
「――そして」
そして? と凛が促す。
「――妹がいる、と」
それに、凛は、“小首を傾げる”。
「……? ――何を言っているの?」
え? と、セイバーは漏らした。
――その日、セイバーは激動の渦中にあった。
凛がそうであるように、そして愛歌がそうであるように。
しかし、この時、セイバーはそれらの激動を忘れてしまうほどの衝撃を覚えることとなる。
凛は、本当になんでもない調子で、それを告げる。
「――――――――――――――――あの娘に、愛歌に妹なんて、いないわよ?」
――それは、もう既に死んでいるからか、とセイバーは問う。
―――――――違う、と凛は即答した。