ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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―四回戦 VSランルーくん―
29.異常と狂気の境界で


 ――その日、第四回戦の対戦相手が発表される。

 

 第三回戦は分水嶺であった。

 一回戦からここまで、多くの参加者が決戦場にて散った。

 それがここに来て、明らかな違いとして現れるのだ。

 

 生き残った人間は十六人、そこに一人の例外を加えても、二十にみたない。

 校舎を行き来する生徒の姿は、殆ど見られなくなっていた。

 

 さらに言えば、校舎の中で見られるカスタムアバターも、随分少なくなっていた。

 人前に姿を見せるカスタムアバター所有者はレオ・B・ハーウェイと沙条愛歌の二人だけ。

 残るカスタムアバターは、あまり外には出てこない。

 

 間桐慎二、ダン・ブラックモア、ありす――そして、遠坂凛。

 優勝候補とすら目される強者達が散っていった。

 凛はそのうち例外であるが、現在は保健室にこもりがちで、かつてほど精力的に動きまわる姿は見せていない。

 

 随分と寂しくなった校舎は、それでもこれまでと変わらず自身の役目を全うする。

 

 ――沙条愛歌は、端末から知らされた対戦相手の発表を確かめるため、そこに来ていた。

 周囲に人はいない。

 今までであればそれは偶然であろうと片付けられたが、今はもはや必然だ。

 

 すでにこの場に用のある人間は十六人だけ、そうそう出くわすことはありえない。

 コレまでのように掲示板には、自分――愛歌の名と、そしてもう一つ。

 対戦者の名が記されていた。

 

 ――――ランルーくん。

 

 

「…………オイシ……ソウ」

 

 

 どちらかと言えばハスキーな、女の声だった。

 ――振り返る、そこにいたのは“道化”であった。

 その服装も、おどけた仮面も、何もかもが道化師のそれだ。

 その双眸は恐ろしげにゆらめき、純粋な狂気に濡れている。

 ――まさしくそれは、蛇か毒グモ。

 妖しく怪しい妖怪変化の類。

 

「――」

 

 愛歌も、そしてセイバーも、それに答えることはなかった。

 まず間違いなく、彼女がランルーくん、なのだろう。

 かつてどこかで聞いたような名だ。

 愛歌にそれは思い出せないが。

 

「ウフフ……イイナ……トッテモイイナ……コノ子……カワイイ…………トッテモ……キニイッタ!」

 

 ――だが、少なくとも眼の前にあるのは異常だ。

 それも愛歌のような、狂気そのもののそれではない――狂気に壊れた“触れては行けない”類のシロモノ。

 ――“怪物”だ。

 

「ランルークンハ……君ミタイナ子ヲ……見テイルト……食ベチャイタクナッチャウンダ」

 

 跳ねるような上機嫌の声。

 まるで子どもを楽しませるようなそれ、

 だがその内容は、決して子どもに語って聞かせられるものではない――!

 

「……悪趣味」

 

 ぼそり、と愛歌は本音を吐露した。

 それは彼女に対してだろうか、それとも、壊れていながら未だ停止していない、その事実に対してだろうか。

 

「クスクス……クスクスクスクス……デモ今ハゴハンノ時間ジャナイカラネ……マタ後デ……オイシクオイシク食ベテ上ゲルヨ!」

 

 言って、ゆっくりとランルーくんはその場から離れていった。

 階段の奥に彼女の姿が消え――愛歌はそれを興味もなく見送り、マイルームへと足を向けようとする。

 

 ――そこで、セイバーが何の反応も見せないことに気がつく。

 

「……セイバー?」

 

 思わず、呼びかける。

 彼女の姿は見えないが、気配に動きがない程度はわかる。

 それもずっと、ここに来てから、ずっと、だ。

 

 どういうわけか彼女は反応を見せない。

 普段なら、やかましいくらい鬱陶しいというのに。

 

「ちょっと、セイバー? 何を黙っているの?」

 

 少しだけ声を強めて呼びかける。

 

「む……お、うむ! 何だ奏者よ」

 

「――対戦相手が発表されたわ、見ていなかったの?」

 

「い、いや? 見ていたぞ! なかなか面白そうな相手であったな」

 

 そう言ってみせるセイバーに、愛歌はジトっと呆れた目線を送った。

 ダウトだ、あの類の手合はセイバーならば憐れと思うはずなのだ。

 そうでなく面白いなど、実に悪趣味、人の話を聞いていないのがまるわかりだ。

 

「……何を悩んでいるのか知らないけれど、戦闘にまでそれを持ち込まないで頂ける?」

 

「わ、……解っているさ。何も問題はない、そもそも、これは敵に対し躊躇いを向ける類の悩みではない故な」

 

 心配するな、とセイバーは困ったように微笑んでみせた。

 全く安心できない、愛歌は嘆息する。

 

「――それにだ、奏者よ! 奏者の愛らしさが余の悩みをすべて切り払ってくれるのだ! あぁ、今日も奏者は良い香りがするな! 余は奏者のすべてに身を埋めたい!」

 

 言いながら、セイバーは身体をくねらせて近づいてくる。

 鼻息が荒い――顔が乙女がしてはいけない類の厭らしいものになっている――!

 

「……ちょ、こっち来ないでくれる!? 最近おとなしいと思ったら、また再発したのね! この変態病! 重病患者としてそのまま隔離されないかしら!」

 

 顔をそむけて、両手だけを突き出しセイバーを遮る。

 

「余のコレは正常な人としての情動だ! 何一つこの世に恥じることのない人の機能であるのだぞ!」

 

「――恥じなさい!」

 

 セイバーの暴走故か、それ以上の問いかけは不可能と成った。

 

(――はぐらかされた? いえ、それこそ真逆ね)

 

 ふと、愛歌は思考を巡らせるも、目の前で愛歌の服を脱がしにかかるセイバーから逃れることに、意識が割かれることとなった――

 

 

 ◆

 

 

 ――対戦相手の発表から少しさかのぼって、

 

「――――奏者に、妹は、いない?」

 

 セイバーは、呆然とその言葉の意味を問い返す。

 ありえない、そんなことはありえない。

 彼女の顔にはそんな様子が有り有りと浮かんでいる。

 

 だが、困惑するのは凛も同様だ。

 セイバーは一切の疑いもなくそれを語ったのだ。

 ありえない事実を――その嘘は、一体誰からもたらされたものだ?

 

 一人しかいないではないか。

 この場に置いて、セイバーが百パーセント無条件で信用する相手など――

 

「ありえん……ありえん。余は“奏者から”そう聞いたのだぞ、妹がいると。――それに、奏者は実に姉らしく振舞っていた。リンも知っているだろう。三回戦の相手、あのありすという少女に対してだ!」

 

 その戸惑い故か、セイバーは早口でそうまくし立てる。

 思わず凛は圧倒されるが、それで怯むこともない。

 即座に、切り返す。

 

「――それこそ、ありえないわ。あの娘がそんな嘘をいうことはありえない。それは私が保証する」

 

「なら――! なら、何だというのだ」

 

 凛が嘘を言うことはありえない。

 彼女はそんな人間ではないし、愛歌に対する感情は、嘘を生み出すとも思えない。

 凛は、セイバーとは比べ物にならないほど、愛歌と時間を共にしているのだ。

 愛歌の事を、知っているのだ。

 

 故に、セイバーは声を荒げる。

 それは怒りではない、焦燥だ。

 焦っている、理解不能の感情故に、浮き上がった謎故に。

 

「考えられることなら、無いではないわ」

 

 凛は腕組みをしながら、思考を奔らせそう答える。

 彼女自身、まだ言葉が完成仕切っていない。

 

「――――ねぇ、セイバー。貴方」

 

 疑問を一つ一つ、答えに変える。

 これはその作業だ。

 

 ――ここまで、愛歌には多くの謎があった。

 それがここに来て、ようやく形に変わる。

 

「貴方、自分のマスターの願いを、知っているの?」

 

 ――一つ、愛歌の願いだ。

 これまで何度も愛歌にセイバーは問いかけた。

 その度に、セイバーは謎を募らせた。

 

 その一つにして、その根本的な原因。

 

「……知らない」

 

「――何故? 貴方が問わなかったから?」

 

 違う、そんなわけはない。

 セイバーは愛歌を知ろうとしていたのだ。

 だが、それでもセイバーは知れなかった。

 

 なぜなら――

 

 

「――――奏者はそんなものはない、と言った。いいや、“忘れた”、とそういったのだ」

 

 

 ――愛歌が、それを答えなかったから。

 

 沙条愛歌の言葉は幻想に満ちている。

 それ故に、その真意を深く読み取ろうとしがちになってしまう。

 けれども――もし、その言葉の意味が、文字通りそのままの意味だったとするのなら。

 

 沙条愛歌が、願いを“忘れている”とするのなら――

 

 

 ――まず、一つ。

 

 

「次に、何故貴方は愛歌に“妹がいる”と思ったの? それを信じた原因はなに?」

 

 ――二つ、愛歌への勘違い。

 愛歌は妹がいると言った。

 それをセイバーは信じたのだ。

 

 マスターがそう言ったから。

 それは根本的な原因であるが、そこに裏付けがあるはずだ。

 そしてセイバーは、それをある時、意識したことがあるのだ。

 

「……奏者の振る舞いは、実に姉らしい振る舞いだった。お手本と言っても、いいような」

 

 故に、疑うべくもなかった。

 だがそれはあまりに完璧であったため、セイバーはこうも考えた。

 

 完璧過ぎるが故に、それは作り物めいている、と。

 

「そりゃあそうよ、あの娘は天才ですもの、その手のまね事は自由自在。本人にやる気があったのも大きいでしょうね」

 

 ――知ってた? と凛はセイバーに問いかける。

 

 

「――あの娘、妹が欲しかったんですって」

 

 

 ――――これが、二つ。

 そもそも前提が間違っていたのだ。

 愛歌の振る舞いの奥底に、セイバーは狂気を見て取った。

 どこまでも完成しているが故に。

 だが、違うのだ。

 

 ――完成せざるを得なかったのだ。

 何せ、愛歌には経験がなかったのだから。

 自然な態度が振る舞えないということは、それだけ機械めいた完璧さにたどり着く。

 

 その原因は?

 簡単だ。

 

 ――愛歌は妹に対して何か嫌な感情を抱いていたのではない。

 

 

 “そもそも妹などいなかった”のだ。

 

 

 これで、おおよそがはっきりした。

 ――凛が真相を解明する最中、セイバーも大体の真相を理解する事ができた。

 

「断定させてもらうけど、愛歌に願いがないなんてありえない。“私は愛歌の口から彼女の願いを聞いたことがある”。――“月に来る少し前”にね」

 

 これでようやく、すべての事実が見えてくる。

 パズルのピースははまったのだ。

 

「願いが合って、それを忘れていて――しかも、本来なら存在しないはずの妹なんて存在を認識している」

 

 凛がそれを告げる。

 後はもう、彼女の言葉は必要ない。

 

 セイバーが、その“事実”を口にする。

 

 

「――誰かが、奏者の記憶を書き換えたのか」

 

 

 沙条愛歌の記憶には、誤りがある。

 凛は首肯して、

 

「――思い返してみれば、違和感はあったわ。だって、“本戦が始まる前”と“本戦が始まってから”――愛歌の性格に、少し差異が合ったわ、当然よね“あのこと”を忘れているんですもの」

 

 凛は、言う。

 ――確定させる。

 

 

「――本来のあの娘は、確かに少し狂っていたけれど、それでも間違いなく、十歳の女の子だったもの」

 

 

 ――セイバーの疑問が、それですべて氷解する。

 愛歌は本当は、とてつもない気狂いなのではないか。

 二回戦における悪魔の如き態度、三回戦でのありすに対する態度。

 

 すべてがその根源を狂気に接続させているのではないか。

 

 そう、考えてしまう時もあった

 どちらか確定させられなかったのだ。

 

 セイバーは愛歌を信じていたが、それでも気がかりが合った。

 

 ――それがようやく、解消された。

 

 ほっと、一つ息をつく。

 コレでようやく、愛歌とセイバー――この聖杯戦争における両者の関係に、ひとつの区切りがついた。

 

「ちょっと、まだ安心しないでよ」

 

 ――だが、それは“次”の始まりに過ぎない。

 

 そう、ここからなのだ。

 凛は続ける。

 

「……そうね、じゃあどこから話をしようかしら。まずは軽く概略を話して――」

 

「その後は、リンから見た奏者の姿を聞きたい。……あまり事務的なことだけでは根が詰まるだろう」

 

「――それなら何回かに分けて話をしようかしら。まだ四回戦だし、愛歌が苦戦することもないでしょうから……いいわよね?」

 

 構わぬ、とセイバーは肯定した。

 優先順位があるとすれば、まずはこの謎にすべての終止符を打つこと。

 

 凛は愛歌が妹を欲しがっていた。

 その理由を、まず問いたい。

 

 彼女の思い出は、それからだ。

 

 凛は頷いて、そして語る。

 

「彼女には――」

 

 そして、告げる。

 

 

「――――“姉”がいたのよ。名前は“沙条綾香”。八つ年の離れた姉が、ね」

 

 

 ――“いた”。

 

 その沙条綾香という少女を、凛はそう表した。

 つまり、だ。

 であれば愛歌の願いは、つまり――

 

 

「――――――――愛歌の願いは、その姉を生き返らせること。二年前になくなった、お姉さんをね」




 ――というわけで、お姉さんでした。
 アリスとの妹に関する会話、最後の結論を「妹など存在しない」に置き換えても通じるようになってたりします。
 本作における最大と言っても良い仕掛けを、ようやくお目見えさせることができました。
 もう少し、この話は掘り下げていくこととなりますが――お付き合いいただければと思います。

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