ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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31.少女たちの回想

 セイバーとランサー。

 愛歌とランルーくんが激突したアリーナの一角は、それなりのスペースが確保されている。

 全力で走り回るには物足りないが、相手の様子を観察しつつ、総力を尽くさない程度の戦闘を行うなら丁度良い。

 

 加えて言えば、SE.RA.PHによる戦闘制限ゆえ、“消耗しようと思っても消耗できない”程度の戦闘にしか発展しない。

 無論、自分の手を相手にすべて晒し切るならともかく。

 

 戦闘開始直後、セイバーは愛歌から離れ、円を描きながらランサーに接近した。

 ランサーはといえば、セイバーの動きを見て取って、その場から動こうとはしない。

 守勢に入ろうとしているというよりは、攻めの一瞬を見逃したかのような。

 そんな雰囲気だ。

 

 接近するのがセイバーであれば、仕掛けたのはランサーが先制を打った。

 自身の槍を即座に振り回し、近づいてくるセイバーに一瞬にして最高速に持って行き、槍をつき出す。

 速度で言えば自身と同等。

 ――思わぬ速度に、セイバーは剣でそれを弾く他ない。

 

 両者の得物が上方にはじけ飛ぶ。

 セイバーが弾いたそれではあるが、より彼女の剣が上にはねた。

 即座に、ランサーの一突が迫る。

 身を捩りそれを回避――そこに、ランサーの連打が襲いかかる。

 

「アッハハ! ソレソレソレー!」

 

 無数の槍の雨に晒されながら、それをセイバーは剣で逸し続ける。

 それひとつひとつが怪物のそれだ。

 何よりも速さの伴った重さが、セイバーの剣を鈍らせた。

 

「どうしたの!? もう足腰立たなくなっちゃった!?」

 

「――ふん、そんなわけがなかろう!」

 

 減らず口を飛ばすランサーに、セイバーは即座に対応してみせる。

 槍が引いた、ランサーにとって少し無茶な態勢で、だ。

 それをまっていた――そこに、セイバーが足を合わせる。

 前に踏み出たのだ。

 

「なっ――!」

 

 即座に引かれた槍ごと、セイバーはランサーを吹き飛ばす。

 衝撃に晒されながらも、たたらを踏んでその場でランサーは耐える。

 

「やって――」

 

 同時に、その手は槍を後ろに引いていた。

 セイバーも更に一歩踏み込み――

 

「――くれるじゃない!」

 

 激突。

 両者の中央で剣と槍が火花を散らす。

 互いに互いが後ろに飛び去り、一つ息を吐く。

 

「……ふむ、槍はどれも粗雑だが、それを無理やり自身の怪物性で補っているか」

 

 単純にセイバーはランサーの腕をそう評する。

 さして珍しくはないことだ。

 ランサーは史実の英霊であろう、よしんば槍の英雄だったとしても、実際には何の修練をしていない程度なら、別におかしくはない。

 

「ふふん、そんなに褒めなくてもいいのよ」

 

 ランサーが胸を張る。

 別に褒めているつもりはないのだが、とまれ。

 

「ついてこれんとは言うなよ、怪物!」

 

「――女神と讃えなさい、家畜ゥ!」

 

 多少の会話を終えた両者は再び接近し――互いの得物を叩きつけた。

 

 

 ◆

 

 

 ――結局、戦闘は単なる鍔迫り合いのまま終了した。

 セイバーにしろランサーにしろ、手札を明かし切らなかったのだ。

 原因は単純、セイバーが出し渋ったためである。

 

「……アレはおそらくバートリ・エルジェーベトであると奏者は言うのだが、果たしてどうだろうな、凛よ」

 

「いや、確定でしょ。ハンガリーでしょ? 竜でしょ? 頭おかしいんでしょ?」

 

「……だよなぁ」

 

 エリザベート・バートリー。

 多くの女性を拷問し、死に至らしめた狂人。

 幾らなんでも、解りやすすぎるが、それでもおおよそ確定だろう。

 

「まぁともかく、だ。……本題に入ろう、今日は昨日以上に時間が無い故な」

 

 セイバーが気を撮り直したように言う。

 現在、時刻はすでに夜更けもいいところ、日をまたごうかというほどだ。

 この時間にアリーナに潜るのは正解とは言えないため、基本的にムーンセルのマスターは規則正しい生活を強いられがちだ。

 故に、こんな時間まで起きているのは、少しばかり変に見られてもおかしくはない。

 

 ――現に、この保健室の管理AIである桜が、メンテナンスのためかうつらうつらとスリープしかけている。

 

「じゃあそうね……簡単に話そうかしら――あの娘のこと、少しずつね」

 

 凛もそれに否やはない。

 仰々しく頷いて、一つ一つ、紐解くように言葉を重ねる――

 

 

 ◆

 

 

 ――沙条愛歌。

 その出自は日本の東京でそれなりに名の知れた魔術師一門の子孫である。

 すでに魔術は衰退して久しいが、現在の沙条は、魔術師時代に築いた財産を投資に費やし、更にそれを増やしていたようだ。

 要するに実業家、ないしは投資家の娘である。

 

 とはいえ、魔術回路を捨てるほど魔術に未練が無かったわけでもなく、霊子ハッカーとしてもそれなりに名が知れていた。

 七十年代の大災害を逞しく潜り抜けた実力者の家系、と言ったところか。

 

 そこの次女として誕生したのが愛歌である。

 物心がついた時から、愛歌は天才、神童と持て囃された。

 霊子ハッカーとしてだけでなく、多くのことに天賦の才を有していた少女は、それを遺憾なく発揮した。

 

 とはいえ、それが世界に知られることになるのは、今から二年前のこと。

 それまでは、父と姉に囲まれ、普通の少女としての生活を送っていたらしい。

 

 ――凛が彼女と面識を持ったのは二年前のことだ。

 つまり、愛歌の姉が死亡した直後、故に、愛歌が姉と暮らしていた頃の事を凛は知らない。

 それを知っている人間は、この世に存在しないのだ。

 

 さて、愛歌が世界に知られるようになってからは、これまでセイバーが知ってきた愛歌の歩みとほぼ差異はない。

 西欧財閥にとっても、レジスタンスにとっても災害となり、自由気ままに生きていた。

 

 今から一年ほど前に、一ヶ月ほど消息を絶っていた時期があるものの、基本的には毎日のように世界に災害を振りまいていた。

 とはいえ、その災害は時に人に益となるのだが。

 

 

 ――そして、

 

 

「今、あの娘はこの聖杯戦争に身を投じている。亡くなったお姉さんを生き返らせるという願いを胸に秘めて」

 

 そう、凛は締めくくる。

 

「リンは、自身が出会う前の奏者についても詳しいのか?」

 

「――別に、調べれば出てくる程度の情報よ。あの娘、自分の過去を隠そうとはしてなかったしね」

 

 ただ、少なくとも知らないわけには行かなかった。

 だから、調べた。

 少なくとも、その程度のことだ。

 

「少し問いたいのだが、その姉――沙条綾香という少女は、奏者に類するほどの天才であったのか?」

 

「どこにでも居る普通の女の子だった、って聞いてるわ。ただ、他の誰もが愛歌を避ける中、一人だけ愛歌に関わり続けた、とも」

 

 ――愛歌はその異常性から、人を遠ざけた。

 当然のことだ。

 そして愛歌も、それは願っていたことなのだろう。

 それでも、それでもその姉は、愛歌を気にかけた。

 

「……奏者の飲む紅茶は、素材は高級であるが、味は平凡そのものだった。アレはきっと、その姉の真似をしていたのだろうな」

 

 ふと、セイバーは漏らす。

 マイルームでの午後、長閑の内に飲む紅茶はどれも同じ味だった。

 かつてを懐かしむ、味だった。

 

 さて、とセイバーは話題を切り替える。

 

「――それで、リンはどのようにして奏者と出会ったのだ? まずは、そこから聞かせてほしい」

 

 解った、とセイバーの提案を肯定した。

 

「……じゃあ、そうね――あれは、たしか、そう。冬に入りかけた、年の終わりの頃だったわ」

 

 

 ◆

 

 

 ――その年の終わり、極東の島国――日本において、一つのテロが発生した。

 テロ、と呼ぶことすら不可思議な事件ではあったが――ともあれ、事件の概要は単純だ。

 

 一つの町の住人が、一夜にして死滅したのである。

 生き残りは零、たった一人の例外をのぞいて。

 

 ――その例外こそが後に悪魔として災害となる沙条愛歌であるのだが、それはともかく。

 

 一夜にしての全滅、たった一度の災禍。

 それはさながら現代に蘇ったタタリとも呼ぶべき災厄であり、災害であった。

 そこに原因を究明するため、遠坂凛は一部のクライアントの依頼によって調査に訪れたのである。

 

 ――コレ自体は、レジスタンスの依頼ではないが、それでも財閥の関わらない独自の動きだ。

 まぁ要するに、遠坂凛にとっては単なる小金稼ぎの一環。

 クライアントとしても、久しぶりに日本へ帰省し、疲れを癒してもらおうというサプライズの意味合いが大きかった。

 

 それもあってか、調査のほとんどは現地の協力者によって行われ、凛の役割は、その報告をまとめ、考察することにあった。

 ただ、その現場はある“異様”に包まれていたため、体よく追い出されたとも言える。

 

「――まったく、何がここに嬢ちゃんは居るべきじゃない、よ。大人っていうのは、ホント身勝手なんだから」

 

 ここは街の少し外れにある公園だ。

 森林が生い茂り、都市の中の憩いの場として親しまれている――ような、場所。

 すでに日本が国としての機能を喪って久しいが、この辺りは有力者による庇護の元、独自のコミュニティを築いていたらしい。

 そのコミュニティが全滅というのだから、実際とんでもない一大事ではあるのだが。

 

 ともあれ、そこに人の気配はない。

 元々夜に人を惹き寄せる場所ではないのだ。

 むしろ、今は朝の薄暗い時間であるが、それでも薄気味悪さを感じないでもない。

 

 ――そんな公園を歩く、金髪碧眼の少女。

 それが遠坂凛である。

 ムーンセルのアバターはいかにも日本人らしい黒髪の少女であるが、現実においての凛は、実に外国人らしい容姿をしていた。

 

「そりゃあまぁ、自分より幼かったり、危なっかしい人を見て世話を焼きたくなるのは解らないでもないけど。これでも、一応私は一流って言われる霊子ハッカーなのに」

 

 ブツブツと文句を言いながらも、結局のところ凛はそもそも休暇でこの国を訪れたのだ。

 それ故に、無理をして仕事をサせろとも言い難い。

 あちらは厚意でそれをやっているのだから、なおさらだ。

 

「まぁ、いいわ。さて、これも一応仕事なんだから、まじめにまじめに、と」

 

 元来の生真面目というか、手の抜けない性格故か、気を抜いてやれと言われているにも関わらず、凛の眼は真剣そのものだ。

 面倒見の良さも、人の良さも、こういったところからくるものであろうか。

 

 本人にそれを指摘しても、決して認めはしないだろうが。

 

 ふぅん、と嘆息して、凛は公園を見渡す。

 木々の多い、林の公園だ。

 ここは東京の、都心に近いそれなりに発展した街なのだが、この場所だけはその発展から取り残されている。

 態々、木々を伐採せず、開発も行わずに公園として残しているのだ。

 そこには、開発、競争といった、凛の常とは別の、どこか時間さえも停止する錯覚さえ感じられた。

 

 ――まるでそう、西欧財閥の理想の体現。

 

「……別に、西欧財閥を認めるわけじゃないけど。――こういう森林は、こういう世界は、まぁ悪くはないのよね」

 

 凛は常に前に進むことを良しとする。

 それ故に西欧財閥の停滞は見逃せない。

 見過ごせない。

 

 ――けれども、彼らはこの世界を、この静寂を守ろうとしているのだ。

 これは、決して何人たりとも侵せはしない絶対の聖域(サンクチュアリ)

 

 そう、一種の異界とも呼ぶべき場所だ。

 

「前提として、人は前に進むことをやめちゃいけない。でも、決して進みっぱなしっていうのも、それはそれでダメなのね」

 

 ――決して、凛は西欧財閥と相容れることはないだろう。

 けれども、すべてを否定することも、またありえないのだ。

 

 考え事をしながら歩いていると、少し拓けた池の前にでた。

 

 さながら、童話の妖精たちが安らぐ池の畔のような。

 もはや人がその場にあることは許されないような、そんな自然の極地である。

 

 思わず、凛は圧倒された。

 小さな世界である、池も大きくはなく、広がった視界も、すぐに慣れてしまった。

 

 

 ――それでも、そこにはすでに世界から失われた神秘が、幻想という形で残されていたのだ。

 

 

 まさに奇跡の体現。

 今の世界に、こんな場所が残されていたのか。

 

 そして――

 

「……アレ?」

 

 ふと、気がつく。

 

 凛の目の前――真正面。

 

「……だれか、倒れてる?」

 

 言葉にして、ハッとする。

 誰かが、いる。

 

 

 ――それは、凛が幻視した、妖精の姿そのものであった。

 

 

 翠に白の花びらを散りばめたドレスに、透き通る飴細工のようなプラチナの髪。

 あどけない容姿からして、おそらく十かそこらの年齢の童女。

 

 見とれてしまうほど、その寝姿は幻想的で――

 

「……っ!」

 

 それがあまりに、現実からかけ離れているがために、即座に凛は復帰した。

 

「ちょっと……! 大丈夫!?」

 

 思わず駆け寄って、その心の臓に手を当てる。

 ――鼓動はある。

 規則的に、彼女がただ倒れ伏し、寝こけているだけだとすぐに理解できた。

 

 一瞬の安堵。

 ――だが、ここで寝かせておくわけにも行かない。

 

 凛は少女を抱えて即座に立ち上がる。

 

 眠る彼女を、ゆっくりと抱いて、その寝息を確かめる。

 

 

 ――それが、

 

 

 それが、遠坂凛と、“魔術師(メイガス)”沙条愛歌の、最初の出会いであった。




 あけましておめでとうございます。
 2015年、GOの年、個人的には愛歌ちゃんをこれからも推していきたい所存。あとまほよ。

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