ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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32.遥か遠き過去

 ――そこは、遠坂凛が日本に用意していたセーフティハウスの一つだ。

 とはいえ、使用するのは初めてのこと――内装に関しても、何の装飾一つない。

 何せ“人がすでに住まなくなった場所”だ。

 隠れるには持ってこいだが――だからといって、常日頃から使うような場所でもない。

 

 この時は単純に、人を置いておける場所が欲しかっただけだ。

 凛がたどり着くと同時、呼び出しておいた味方の物資が搬入される。

 元より凛が発見した少女に外傷はなく、単に疲弊、ないしは休眠しているだけの状況。

 届いた者も、布団と食料程度のものだ。

 配達人もすぐに帰って行ってしまった。

 

 現状、ここには遠坂凛と、彼女が救いだした幼い少女の二人しかいない。

 

 それにしても、と思う。

 何というか、実に美しい少女である。

 その美貌がこの世のものではないということが身にしみて感じられる。

 

 ただ眠っているだけでそうなのだ。

 その所作は――否、今はそんなことはどうでもいい。

 

 片手間に今回の事件の報告をまとめながら、凛は少女の様子を垣間見る。

 倒れていた場所も、その理由も、全てが謎に包まれた少女。

 しかし、テロのあったコミュニティの一画に倒れており、周囲にそのコミュニティ以外に人が住む場所はない。

 

 報告にある一文があった。

 現状、生存者は“零”。

 ――全員が死んでいる。

 その状況において、おそらく唯一の生存者。

 

 偶然、人の集まる場所を離れていたとも思えるが、それにしたって、事件は深夜に起きている。

 ――このような年頃の少女が、そんな夜更けにこのような場所をであることは不自然だ。

 

 つまり、あるとすれば少女は加害者か、事件の詳細に近しい存在。

 

 幸運ではあったが、どうやら凛がこの事件において最も有力な手がかりを掴んだようだ。

 ――とはいえ、凛はそれを誇るような人間ではない。

 大人たちへの諸々の文句は、暇を持て余したがゆえの発言だ。

 向上心こそあれど、それ故に愉悦に浸るほど、凛は性悪ではないということである。

 

「にしても――ホント、機械みたいに眠ってるわね、人間離れして可愛いけれど、だからか何だか人形みたい」

 

 ぽつりとつぶやく。

 人ならざる少女――悪鬼か、悪霊の類か。

 神秘の薄いこの世界では、それも何だか違うように思える。

 

 サイバーゴーストとは違うのだろう、生身の体があるのだから。

 

 それでも、そう言った存在とつなげてしまうのは、やはり少女の異常なまでの可憐さゆえか。

 

「それにしたって、このご時世、被害が“全滅”だなんて、ホント、馬鹿げてるったらありゃしない」

 

 ――生存者皆無、その事実は現場を確かめずに状況のみを聞く凛ですらおかしなものに映る。

 何せこの時代、人間は多すぎるほどに多い、そのすべてが死に絶えることはありえないのである。

 

 事実、大災害を経ても、人間はこうして生存していることがその証左。

 

 その人間を、すべて滅ぼす事ができるとすれば、それこそ――

 

「……神か悪魔か――少なくとも人のデキることではない」

 

 そして何より、自然にもできることではない。

 あくまで、それとは別の、もっとおかしなものではければならないのだ。

 

「――ま、そんな事ができるやつ、しようと思うやつなんて、普通いやしないんだけどね」

 

 無駄な想像、これこそ本当に遠坂凛の座右の銘“心の贅肉”だ。

 余計なおせっかい、必要のないお人好しの自分に、そういった言葉を投げかけることは多々あれど――

 

 こうして、無駄な思考をする自分に、そんなことを自戒する時があるなどと思わなかった。

 

「それだけ今、やることが不足してるってことなんだけど――」

 

 ここが電脳でないのが行けない。

 人とは、何とも不便であるものか――

 

 ――と、そこで気がつく。

 

「……んぅ」

 

 これまで規則的な寝息を立てていた少女が、少し唸った。

 

「とっとぉ!」

 

 即座に凛は居住まいを正す。

 あまり人に見せていい態勢ではなかった。

 あえてそれを形容したりはしないが。

 とまれ、少女はどうやら、それで目を覚ますようだった。

 

 

「――――ぁ」

 

 

 ゆっくりと、その瞳が開かれた。

 

 ――覗き込まれるような瞳だった。

 深淵、とでも呼ぶのがふさわしいか。

 どこか遠く、人の辿りつけないような場所に引きずり込まれるかのような――

 

 ――そこに凛は、ある種の根源を見た。

 

 ぞくり、と身体が震えるのを自覚しながらも、それを抑え、問いかける。

 

「起きたかしら」

 

 多少不躾ではあると思う。

 しかし、ここで凛は問わないわけには行かないのだ。

 

「――――」

 

 ちらりと、少女の瞳は揺れることなく凛を向いた。

 確かめるように、凛の顔を覗き見る。

 言葉はなかった――その機能を、持っていないようにすら思えた。

 

 それだけ目を開いてなお、無機質に少女の顔はあったのだ。

 

「……あ、お腹空いてる? 簡単な携帯食料で悪いのだけど、一応、食べれるようにはしてあるわ」

 

 手元にある缶詰を指さして、凛はそう言う。

 少女の無感情を、危ういと思ってしまったから。

 

「…………」

 

 少女は答えず口元から何度も息を吐き出す。

 ただの呼吸のように見えるが、些か深い。

 

「まだ眠いのなら、ゆっくり眠っていなさい、身体が痛むのなら少し動かした方がいいわ」

 

 凛は何度もそう呼びかける。

 しかし、少女はそれに答えることはない。

 ただ無言、ただ無感動に凛を眺めている。

 

 何か答えたらどうなのか、思考はそうなんども口に出そうとするが、凛は根気強く声をかけ続ける。

 苛立ちはなかった。

 ――それが、必要なことだったからだ。

 故に、繰り返し、繰り返し、告げられたそれは一切の負の感情が宿ることはなく。

 

 ――――やがて。

 

 

「――――――――似ている」

 

 

 少女は、ぽつりと声を漏らした。

 ほとんど吐息のようなものだ、

 凛の言葉の最中出会ったこともある、凛はそれを聞き取ることができなかった。

 

「……え?」

 

 問い返すも、再び少女は目を閉じて。

 

 

 ――数秒、しかしあまりにも長い数秒が、経過した。

 

 

 その一瞬の事を、凛は生涯忘れることはないだろう。

 ゆっくりと、少女の瞳が開かれて、

 

 

 その時には、先程までは感じられなかった感情、生気、そして何より“狂気”が宿っていたのだ。

 

 

「ありがとう、気遣ってくれて」

 

 ――少女はゆっくりと起き上がりながら言う。

 

「でも大丈夫よ、ご飯は頂きたいけれど、それで十分。体調に異常はないはずだもの」

 

「……そう?」

 

 急に、少女は饒舌さを増した。

 先ほどまでの機械じみた人形性が嘘のように、少女は人としての気配を宿している。

 

 これが往来の彼女なのだ。

 先ほどまでのそれは、何かを“放心”していた。

 ――そんな風に、凛には思えた。

 

「ねぇ、一つ聞きたいのだけれどいいかしら」

 

「聞きたいことは、こっちは山ほどあるの、だからひとつなら何の問題はないわ」

 

 少女の問いに、凛は快く答える。

 拒否する理由は、見つからなかった。

 

「――名前」

 

 ぽつり、と少女は漏らす。

 

「名前を教えてもらっていい?」

 

 そんなことか、凛は即座に回答した。

 

「遠坂凛。遠い坂、凛は凛としたで、凛。……よろしくね?」

 

「わたしは――」

 

 少女は、凛を真正面から見つめて、

 

 

「――――沙条愛歌。よろしくね?」

 

 

 そう、優しげな笑みで微笑んだのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――とまぁ、そんなところかしら」

 

 凛はぐ、と身体を伸ばしながら締めくくる。

 ほう、とセイバーはパチパチと軽く手を叩いた。

 

「ふむ……ところで、その事件が起きてから、リンが奏者を見つけるまでにどれほどの時間が経過しているのだ?」

 

「事件が起きた翌日に、偶然そのコミュニティを訪れた人間が現場を発見、その次の日に私と協力者が現地に入った。事件が起きたのは深夜だから、ほぼ一日半ってところかしら」

 

 ――その間、愛歌は眠り続けていたのだ。

 恐らくはそこで亡くした姉のことがショックだったのだろうが、目を覚ましてすぐに今とさほど変わらない反応を見せたようだ。

 それでも、起きて少しの間は完全に精神を停止させていた。

 

 そこで、果たして何を考えたのか、凛とセイバーにはそれを想像することしかできない。

 

「と、それでその後は、事件の事情を聞き出して、流石に一人にはできないからレジスタンスに連れて行ったわ」

 

 ――レジスタンスといっても、そういった組織はひとつではない場合がほとんどだ。

 凛は幾つかのレジスタンスに協力し、そのつなぎ役件相談役となっている。

 組織はその特性から残忍さが大きく別れるが、凛が関わってきた組織はどれも、その根本は善人の集まりだ。

 

 愛歌を拒否されるということはなかった。

 とはいえ、仕事をしない人間を仲間とは認めない気質ではあったため、雑用の類を任せようということにはなったのだが――

 

 それより前に、愛歌は自身の才覚を周囲に示してみせた。

 たとえそれが十と少しの少女であっても、旧き“魔術師(メイガス)”ともなれば扱いは凛のそれと同様だ。

 

「すぐに愛歌はレジスタンスの希望になった。何せ“彼女一人で戦局が変えられる”ほどですもの。現代のメイガスとは、それだけとんでもない逸材なのね」

 

 とはいえ、その希望はすぐに絶望に変わる。

 レジスタンスを愛歌が出奔、やがて財閥にもレジスタンスにも等しく打撃を与える災害と化した。

 

「ま、私の場合は電脳世界が主戦場だったから、ほとんど愛歌と衝突することはなかったんだけどね」

 

 愛歌の被害は現実世界がほとんどだ。

 まるで、自身が戦場において“兵器”となれることを確かめるかのように。

 現実世界での戦闘に、愛歌はほとんどを費やしたのだ。

 

「今思い返してみれば、それには何か意味があったのかもね。――結局、その大暴れがサーヴァントとの近接戦闘を可能にしているというわけ。メイガスだからっていうのもあるけど、あの娘の近接戦闘能力、多分この世界で一番何じゃない?」

 

 ――それでも“決定打”を与えられないサーヴァントが異常なのか。

 はたまたサーヴァントに追いつけてしまう愛歌の方が異常なのか。

 

「んーむ、何と言えば良いものか……実に感慨深いものであるな、奏者の話というのは」

 

「お気に召してくれたなら何よりよ。――まぁ、あの娘と出会ってからのことはこんなところかしら」

 

 愛歌とのつながりは、そのほとんどが出会ってすぐのことだ。

 彼女がレジスタンスを出奔してからは、偶然の邂逅がほとんどで、それも長く続くものはなかった。

 友人と呼ぶには十分だけれども、それ以上と呼ぶには、少しどうだろう。

 

 きっともう少し関係が進んでいれば、凛は愛歌の行動を――自分を救ったということの意味を、理解できたのかもしれない。

 

「それじゃあ、今日はここまで、続きは明日ね」

 

「――次は、事件の詳細、か」

 

 愛歌の過去――その根幹に関わる事実。

 

「まぁ、私が知っているのは、あくまで情報だけ。すべてをその場で見てきたわけじゃない。だから――」

 

 もしも、と凛は続ける。

 

 

「――もしも、知りたいのなら愛歌本人に聞くことね。それに、あの娘鋭いし、そろそろアンタのしてることに気がついても、おかしくないのよ」

 

 

 少しだけ真面目でトーンの低い声で。

 そう、セイバーに促すのだった。

 

 

 ◆

 

 

 保健室を出て、セイバーは思考を巡らせる。

 

 ――愛歌のこと。

 

 ――その姉、沙条綾香のこと。

 

 そして、彼女達に一体何があったのか。

 

 未だ知れぬ過去の知識と。

 何よりも――“愛歌自身が何を考えているのか”。

 

 沙条愛歌は底の知れぬ少女だ。

 であれば、彼女が一体何を考えたのかは、本人に問いかけなければ答えは帰ってはこないだろう。

 

 いつかは、それを問わなければならない時が来る。

 それは何時であろう――そこで、何か触れてはならないことに触れはしないか。

 それが何よりも気がかりだ。

 

 セイバーは愛歌が好きだ。

 まだ、それは単なる信頼の類ではあるが、しかし何よりもそれ以上も悪く無いと、セイバーは考えている。

 であれば――――

 

 

 ――と、そこで、丁度その場を歩いていた“誰か”と衝突する。

 

 

 思い返せば、霊体化をしていなかった。

 情報が漏洩したところでさほど困るとも思えないが――迂闊であった。

 

「――む、スマヌ」

 

 その“女性”は、どこかおっとりとした――

 

 

「――――――――いえ、お気になさらず」

 

 

 清純の塊。

 見たこともない恰好をしている。

 おそらくは日本のものなのであろう。

 ――何と言ったか、こういった服装の女性を、

 

「こちらも少し考え事をしていましたから。(わたくし)としたことが、それではいけませんね」

 

「うむ、余もそうであるぞ。――ではな、迷惑をかけた」

 

「いえ、――“全然”」

 

 互いに軽く頭を下げて、入れ違う。

 どこかほのかに、女性としての甘い香りがして――

 

 

 ――ふと、セイバーは喉の奥に引っかかるものを感じる。

 

 

 しかし、それが答えになることはなく、ぼんやりと、再び思考に耽るのであった。




 さて、愛歌の記憶は書き換えられていたわけですが、一体誰がそんなことをしたのでしょうね。
 わっかんないなー(棒)

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