ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
少女は一人だった。/少女の側には誰かがいた。
少女は一人だった。/少女の側を誰かが一瞥とともに通り過ぎて行く。
少女は一人だった。/少女に誰かが声をかけた。しかし少女はそれに答えず、やがて誰かは去っていった。
少女は一人だった。/少女の周りで誰かが騒いだ。少女はそれを認めなかった。
少女は一人だった。/少女は常に周囲を気にしようともしなかった。
少女は一人だった。/やがて、誰もが少女の存在を忘れた。
少女は一人だ。
常に、一人。
なぜなら彼女は白いから。
真っ白なキャンパス、もはや誰もそれを疑うことができないほどの白妙は、誰にも染ようがないほどだ。
何者にも染まらないのなら、誰かを認識する理由もない。
少女は常に全能であるのだから、少女にとって、世界は単なる自分にすぎないのだ。
だから、必要のない部分は治療されなければならない。
正常化が必要だ。
正常化が必要だ。
――――正常化が必要だ。
故に、それは単なる“自浄作用”に過ぎす、そこにはルーチンすらも存在しない。
それはもはや機能ですら無いのだ。
ただそこに生まれてしまった。
あるがゆえの全能、全能となってしまった少女。
その全能を、誰も理解しようとはしなかった。
どれほどのお人好しであろうと、どれほどの野心にまみれていようと。
そこに、そのキャンパスに、色を塗りたくることはできなかった。
完成してしまった白の画板には、狂気に満ちた少女の笑み。
人は彼女に魅了され、しかし、彼女のそれは人間からの逸脱だ。
見るもの全てを堕落に墜とし。
触れるもの全てを腐らせる。
純白のアイリス。
咲き誇る毒花。
後に少女がその手のひらに宿すそれは、結局のところ少女自身でもあったのだ。
――少女は一人だった。/誰かが少女へ声をかけた。
やがて、誰かが少女へ近づいて、そしてそのまま立ち尽くした。
逃げ帰るでも、恐れ慄くでもない。
魅了されるでも、精神に異常をきたすわけでもない。
ただ、少女の前に立ち続けた。
立ち続けて、立ちすくんで、立ち尽くした。
少女の前に、ずっと、ずっと。
少女はただそれを見ていた。
興味も、嘲りも、何もなく――ただ、疑問だけで少女は見ていた。
――――少女は、一人になった。
◆
――――――――欠けた夢を、見ていたようだ。
ぐらぐらと揺らぐ頭。
眠気がセイバーを襲う。
睡眠が必要のない身体ではあるが、睡眠をしない身体ではない。
何時の時代も、眠りと食事は常に人にとっては安らぎである。
毒殺をいつであっても警戒し、夜襲に常に気を張ったセイバーであっても、それは変わらない。
むしろ、であるからこそセイバーにとって、至福の時は、そういった何気ない欲求を満たすときなのだ。
それゆえ、その睡眠は必然であった。
――そんな折に、夢を見たのだ。
それは一体何の夢であろう。
――いや、誰の夢であるかは言うまでもない。
あんな“少女”、この世に二人といてたまるものか。
少女――沙条愛歌は未だ眠りについている。
時刻は――まだ随分とはやい、もう一度眠りについても、主人は咎めることはないだろう。
とはいえ、目は随分と冴えた。
夢の記憶を、手放さないように整理する。
どうやら、沙条愛歌はひとりぼっちの少女だったようだ。
それは、皇帝と成った時点で“個”を捨てたセイバーと、どこか似通っているような気がした。
ただ、それを寂しいと少女が思ったことはないようだ。
そこは決定的に、セイバーとは異なる点だろう。
まぁ、この気狂いに満ちた少女に、そんな子供らしい感情があっても、それは驚嘆する他ないのだが。
気になる点があるとすれば、それはひとつ。
少女の夢に出てきた誰か。
恐らくはそれが、話に聞く――――
――少女は、端から見ればいかにもゆがんでいるが、同時に麗しく、何より儚い少女である。
十にも見たないのだ――その歪みを、正そうという者がいたとして、一体何の疑問があろう。
――別にセイバーに、愛歌の狂気を正そうなどというつもりはない。
これはこれで、また愛歌の味なのだから、それでよいのだ。
故にセイバーが愛歌に対して言いたいことがあるとすれば、“もっと愛歌を知りたい”だ。
話を戻そう。
――そんな正義のおせっかい焼きは、しかし愛歌にとって全く無意味な存在であった。
それもそうだろう、“その程度で救われてしまえば”、愛歌は随分薄っぺらい少女だ。
愛歌は決して、そんな安い少女ではないのだから。
とはいえ、愛歌の全能を利用しようという欲望が彼女を救おうとしたわけでもないだろう。
そんなものに、救われたいとはセイバーも思わない。
――であれば、その“誰か”は、果たして愛歌に何をしたのだろう。
その疑問は、決してセイバーの中で氷解することはなく――時間が過ぎた。
◆
起き抜けの少女たち――セイバーと愛歌は図書館に足を向けていた。
理由があるわけではない、すでに相手の真名はほぼ割れている。
単純な、時間つぶしのための散策であった。
すでに本戦が始まって三週間が経過している。
四回戦に入ったことで、校内を歩きまわっても暇を持て余すようになってしまった。
マイルームにて午睡か、一服か、というのも悪くはないが、それも少し飽きが来てしまった。
下手にふたりきりでは、何時セイバーが暴走するかもわからないということもある。
基本的に、愛歌が襲われるのは六割がマイルームなのであった。
そして、マイルームに戻ろうとすると、――人だかりが見えた。
人だかりというのもおかしな話だ。
ここにはすでに十六名の人間しかプレイヤーは残されていないのだから。
それでも、複数名が立ち尽くしている。
そこを通らなければ、マイルームに辿りつけないからだろう。
かくいう愛歌も、そこを通らなければその先へは進めない。
マイルームのある教室の入り口にて、会話をするものが二人。
見覚えがある。
異形のサーヴァントと、そのマスター。
つまり、赤いランサーとランルーくんであった。
(……何をしているのだ?)
(喧嘩、みたいね)
様子を確かめながら、そう言葉を交わし合う。
視線の先では、その場に立ち尽くしたままのマスターを、ランサーが必死に引っ張ろうとしていた。
「――ちょっと! いいから今から出かけるのよ! アンタがいないと使えない施設だってあるんだから! ねぇ、聞いてるの!?」
「……聞イテナイヨ?」
「聞いてるじゃない!」
ランサーは流石に全力で引きずる訳にはいかないのだろう。
加減の効かない様子で、どれだけ引っ張っても、ランルーくんは動こうとしない。
「ランルーくんハ……コノママ……ユックリ……オ休ミスルンダ。ダカラ君ノコトナンテ知ラナイヨ?」
「私は知るのよ! っていうか、ここまで戦ってきてなんで今更渋るのよ! これまでもそうだけど、いい加減諦めたらどうなの!?」
「君ガ……ランルーくんノサーヴァントジャナケレバ?」
「それじゃあダメって言ってるでしょうがぁあぁ!」
要領の得ないランルーくんの言葉に、ランサーはいよいよもって言葉を荒げている。
「まったくもう! ほんとにほんとに全くよ、この全く! マスターっていうのはどこもこんななのかしら! えぇい! じゃあしょうが無いわね、私に逆らうんだもの、どうなったって覚悟はできてるんでしょうねぇ!」
(――何をする気だ?)
周囲がざわめく。
ランサーの気配が増幅されるのを感じる。
まずい、誰もがそう思ったことだろう。
セイバーの問いは最も。
無論、対戦相手である愛歌に止める理由はないのだが――
(……これは、強引に連れて行くつもりね)
ぽつり、と愛歌がそう思考して――
「アハハハハ! どきなさい、そこの邪魔な家畜ども!」
周囲の人だかりにそう叫ぶ。
同時――ランサーはランルーくんを“抱え上げた”。
「ウワァ」
思わず、と言った様子でランルーくんがつぶやき、ランサーは羽を思い切り広げる。
態勢はいわゆるアレ、“お姫様抱っこ”。
――ふと、愛歌はぶるりと身体を震わせた。
悪寒、原因が解らず、愛歌は思わず頭を振った。
「――あら、家畜……子リスじゃない。どうしたの? こんなところで」
「側ニハサーヴァントモイルネ」
案外冷静に、ランサーとランルーくんは愛歌に気がついた。
愛歌の横に降り立つと、ランサーは愛歌を一瞥した。
「少し暇を持て余していたところ、かしら。別に、貴方の事を嗅ぎまわっていたつもりはないわ」
「別に? そんなの私の知ったことじゃないし。アンタ達は私の餌になるだけなんだから、気にするつもりもないんだから」
「そう、それは良かった」
自負に満ちたランサーの言葉。
――愛歌は、ふと微笑を浮かべる。
息を呑むほどの美貌、ランサーですらそれを理解せざるを得ない。
「――ふん、気に入らないわ。何だか、貴方がとっても気に入らないわ。何故かしら、何故なの? なんででしょうねぇ! 答えてみなさいよ!」
「さて、わたしには関係の無いことね」
「関係無いですって……随分とおかしなことを言ってくれるじゃない?」
苛立ちが、その視線に殺意を宿す。
随分な癇癪持ちであるらしいランサーは、その怒りを鋭さそのままに愛歌ヘ向ける。
ただ、愛歌はそれに意を介した風もない。
ランサーの横を通り抜けようとして――
「待ちなさいよ。貴方のそれ、良くないわ。全く全然、良くないったら」
ヒートアップは止まらない。
周囲が息を呑む中、ランサーはついに自身の得物を手にしようとして――
「――――ネェ戻ロウヨ」
腕の中のランルーくんがそうごねた。
「……あ、あ、あ」
思わず、わなわなと振り上げた手を震わせて、自身が抱えるランルーくんにランサーは睨みをきかせる。
「空気読みなさいよ! 今までさんざんそうだったけど! 私にちゃちゃ入れてそんっなに楽しいの!? 愉悦なの!?」
「ウーンランルーくんハ……君ガキライナダケダカラ……ヨクワカンナイヨ」
「あんた私のマスターでしょうがぁぁぁぁああぁ!」
――再び、そこでは漫才が始まった。
ふぅん、と愛歌は嘆息、一瞥をくれてマイルームへと向かう。
止める者はいなかった。
元より、愛歌が止まり用もないのであった。
「――覚えてなさいよ! そのうちけちょんけちょんにしてあげるんだから! 絶対だからね」
「はいはい、楽しみにしておくわ」
――大柄な道化の恰好をしたマスターを抱え咆える姿は、実に滑稽の極みであった。
なるほどコレがピエロというものか。
そんなセイバーのつぶやきは、彼女が霊体であるがため形とはならず、消えた。
「今日と言う今日は、食事でもなんでもしてあげるんだから! 覚悟しなさいバカマスター!」
「バカッテイウ……方ガ……バカナンダヨ?」
「ばばば、バカじゃないし! 私、これでもハンガリーの馬と鹿の象徴だって言われたことあるんだから! しょうちょーよしょうちょー、意味分かんないけど!」
「…………」
「何か言いなさいよォ――――!」
廊下一体に響き渡るランサーの叫びは、いよいよ残された参加者のほとんどをこの場に呼び寄せたようだ。
周囲は完全に観客席とかしていた。
すでに愛歌はその場から消え去って――赤いランサーとランルーくんだけがその場に残るのであった。