ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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35.血の矛先

 愛歌の姿がランサーの視界に映る。

 セイバーとは距離を起き、しかし決して遠くではない。

 連携を考えての上か――空間転移という万能の術が、それを正しく読み取らせなくしている。

 

 見せつけるように、ランサーは両者へ槍の矛先を向ける。

 セイバーに、そして愛歌に交互に代わる代わるだ。

 

 その度に、セイバーの警戒は強まる。

 それが狙いだ、存分に警戒し、警戒をして――――

 

 ――――ランサーの尾に踏み潰されればいい。

 

「――徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)ッッ!」

 

 刹那の反転出会った。

 緊張の形として振り上げられていた尾は、しかし直後に炸裂の一撃へと変わる。

 爆風が、セイバーへと直撃する――防御は、回避は――

 

 ハッとセイバーは驚愕と共に、左方へ跳んだ。

 回避だ。

 ――運の良いことに、それが正解である。

 

 魔力とともに“巨大化”した竜の尾は、圧倒的な威力でもって地にたたきつけられる。

 それをまともに受けてしまえば、衝撃に身体が囚われてしまうのだ。

 故に、回避によって爆発に身を任せる選択は、それが正解、というわけだ。

 

「ぬぅ!」

 

 吹き飛ばされながらも、セイバーは剣で衝撃を押し殺し、着地する。

 剣によって滅裂にえぐれた地面がその爆撃の強烈さを物語る。

 

 そこへ――ランサーは更に突撃を敢行した。

 全速による強襲、自分自身すら一本の槍と化し、態勢を立て直し切れないセイバーに迫る。

 魔力は伴わない、それでもこの状況では、十分強烈な一撃だ。

 

 ――沙条愛歌さえいなければ。

 

 ランサーの進撃を食い止めるように、セイバーとの間に彼女は出現する。

 地に足をつけていなかったランサーは即座に着地、一直線に敵を貫かんとしていた槍は、愛歌を切り払うように横に薙がれた。

 

 愛歌はそれを身体をそらすだけで回避する。

 炎がランサーの足元に迫る、ランサーとて、それはすでに把握している。

 災厄の化身、破滅の象徴たる大火のそれを模したモノ。

 浴びせられれば、人は燃え尽きぬが、その動きに制限がかかる。

 

 肌に熱を感じながらも、ランサーは飛び上がり回避した。

 炎は襲いかかるが、それはランサーの翼に吹き飛ばされる。

 回避と迎撃は同時であった。

 

 ――空中で静止、翼は大きく広げられ、ランサーは槍を振り回しながら構える。

 

「こんなもんじゃないわ! 一気に叩き潰してあげる――!」

 

 言葉とともに、槍は頂点へと掲げられる。

 振りかぶったのだ――それが、その態勢から見て取れる。

 

「来るか……!」

 

「ふん! 警戒したって、なぁんの意味も、無いんだからぁ!」

 

 ――言葉の通り。

 激烈な破壊は、直後――セイバーの構えた剣へと寸分違わず直撃した。

 

「――――拷問は血税の如く(アドー・キーンザース)!」

 

 轟砲――ランサーのそれはもはや人が放つ投擲ではない。

 言うなれば大砲――一回戦、ライダーが使用した宝具のそれに等しい。

 

 問題は、この至近距離で――速度はライダーのそれの比ではないということだ――!

 

「っぐぅ!」

 

 思わず、声が漏れる。

 受け止めるだけでも一苦労、これは“受け止めた事自体”にダメージが入るようになっている。

 つまり、防御を貫通したのだ――!

 

 セイバーができることはといえば、受け止めきれないと見るやいなや、それを横に弾いてそらすだけ。

 それでも、槍は完全に狙いをそらさず――セイバーの脇腹を、貫いた。

 

「ガッ――――」

 

 ヒュ、声にならない声がかわいた音と共に漏れる。

 吹き出した血、飛び跳ねたそれは、ランサーの元にすら到達する。

 

「でもってぇ――もう一度!」

 

 ランサーは槍を投げると同時に、空中で縦に回転した。

 投擲の勢いが、そのまま自身の尾の一撃へと変わる。

 

 

「潰れちゃいなさい! 徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)

 

 

 巨大化する尾。

 一撃に磔にされたセイバーに、それを回避するすべはない。

 加えて防御も――間に合わない!

 

「あら、それ以上はダメよ、ランサー」

 

 だが――それが愛歌であれば、どうか。

 

 セイバーと入れ替わるように愛歌が出現する。

 愛歌の周囲を炎が旋回していた。

 ランサーの尾を受け止めた上で、だ。

 

 炎は完全に攻撃をせき止めていた。

 

「やって――くれるじゃない」

 

 ランサーは即座に尾を引っ込めて、愛歌へと突撃した。

 愛歌はそれを躱さない。

 真正面から、毒花を携えて待ち受ける。

 

 無論、ランサーの狙いは愛歌ではない。

 ――ランサーが投げ放った槍の回収だ。

 

 愛歌もそれは当然読んでいる。

 読んでいるがゆえに許すのだ。

 それ以上の行為は、愛歌の手のひらが、ランサーへと触れることになる。

 

 高速で迫ったランサーが自身の槍を手にした。

 愛歌は動かない、どちらかが行動を起こせば、“どちらもが相手を狙わざるを得なくなる”。

 それは、愛歌にとってもランサーにとっても本意ではなかった。

 

 ランサーは安全のために、愛歌はより確実な二の手のために。

 

 愛歌から飛び退り、ランサーは周囲を見やる。

 セイバーの姿は、ない。

 どこか――想像はついた。

 

 ――――上空からの、気配。

 

 ランサーは常ではないが、戦闘の大半を上空から俯瞰している。

 それは上座からの攻撃というアドバンテージを得るためだが――つまり。

 

 愛歌たちもまた、同じように上を取ったのだ。

 

 見上げる。

 同時――

 

 

「――――花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」

 

 

 構えたランサーの槍ごと、セイバーはランサーを切りつけ、墜落する。

 

 轟音とともに着地したセイバーは、剣を振るい構えなおして、真上直上にあるランサーを見上げる。

 

 見返す狂おしいほどの瞳が、殺意を伴ってセイバーを見つめた。

 すぐにその顔は笑みに変わって――

 

「本当に……やってくれるわ!」

 

 

 直後、セイバーの間近で互いの得物がはじけた。

 火花は両者を平等に照らし、セイバーはその場から駆け出していく。

 ランサーはその後を追った。

 

 空を自在に舞うランサーを往なしながら、セイバーはかける。

 向かう先は、自身のマスター。

 

 愛歌は空間転移でランサーと並ぶように飛び上がる。

 一瞬の内に迫るそれは、ランサー自身の速度がそのまま壁となり――ランサーの真正面に出現した。

 

 ランサーはそれを自身の尾で振り払う。

 一度掻き消えた愛歌は、地面に降り立ち、ランサーを見上げる。

 周囲をかき乱した竜の尾は、そのまま上空へと持ち上げられ――

 

「芸がないな! ランサーよ!」

 

「――それは、」

 

 魔力の高まり。

 三度目の尾、破壊の塊か――!

 

「下がりなさいセイバー、それは“囮”よ」

 

「どうかしらねぇ――ッ!」

 

 巨大な尾の影に隠れて、迫る槍が、セイバーへと向かう。

 尾は攻撃のためのものではない、目眩ましのための壁なのだ。

 

「――――不可避不可視の兎狩り(ラートハタトラン)ッッ!」

 

 ランサーのほぼ真下にいたセイバーは、愛歌の言葉で回避に映るが、しかし遅い。

 振り返り、剣を構える。

 回避は間に合わない、槍の速度はセイバー以上だ。

 

「……ならばッ!」

 

 方法は、ひとつしかない。

 ――――迎撃だ。

 

「強引な踏み込みが、己だけの特権だと思うでないぞ! ランサー!」

 

 ランサーの一撃にセイバーは全力で持って応えた。

 炸裂する刃、弾けるような甲高い音は、やがて両者の手に衝撃として伝わる。

 

 セイバーはもはや完全な力技で、ランサーの槍を地に叩き伏せる。

 やりを構え直し、間近にランサーは迫っていた。

 そこへ――剣を更に切り上げる。

 

「喰らうが良い――喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)!」

 

 剣は閃いた。

 二撃では終わらない。

 三連撃――最後の締めはVの字切りだ。

 

「……っぐ」

 

 真っ向からそれを浴びたランサーは、たまらず呻く。

 槍を振り回しながら後方へ退き――

 

「後ろがお留守よ、ランサー」

 

 そこへ、愛歌が紫の花弁と携え襲いかかる。

 背面からだ。

 回避するにも、この状況は危険が過ぎる。

 前からはセイバー、後ろからは愛歌である。

 

 ――上は?

 

 無論、愛歌に対応される――!

 

 この状況から取れる奇策は――?

 そんなもの、ある訳ない、この状況では布石もうてやしないだろう。

 戦術はだめ、搦手もだめとなれ、後に残された選択肢は何がある。

 ――一つしかない。

 

「ッハ! それなら足元なんて、必要ないわ!」

 

 真正面からの正攻法――――ゴリ押しだ。

 

 

「星屑と散れ! 絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)!」

 

 

 それは、魔力によって弾丸となった、ランサーとその得物、巨大な槍の突撃攻撃。

 まるでそれは夜闇に紛れる魔女の如し。

 星は瞬く、血は吹き上がる――!

 

 セイバーに突撃したそれは、猛烈な勢いとなって襲いかかる。

 

「むちゃくちゃが過ぎるぞ――!」

 

「無茶で結構、実に滅法! 私は私の道を征く――!」

 

 宣言と同時の突撃は、セイバーに身体を吹き飛ばした。

 回避も防御の暇もなく、その衝突にセイバーはゴロゴロと数メートルを転がった。

 

 痛みをこらえ、何とか立ち上がるも、それでも復帰は間に合わない。

 ランサーは槍を上に構えていた。

 振り下ろし――その矛先に、赤きセイバーの返り血が浮かぶ。

 

 ――――否である。

 

 残念ながらセイバーは、そこでむざむざとやられる器ではない。

 強引に差し込んだ彼女の剣は、何とかランサーの死に間に合った。

 

 激しく両者は拮抗し、やがてセイバーの方から距離を取る。

 攻勢は続く、ランサーは再び槍を構え突撃し――ようとして。

 

「――返すぞ! ランサー!」

 

 そこに、高速の浴びせ切りがたたきつけられる。

 魔力の放出が伴って――それは、セイバーの駆け抜けざまの一撃だった。

 

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)……ふ、油断したか? 手応えがあったぞ」

 

「あっは」

 

 セイバーの軽口に、ランサーは愉快そうに笑みを浮かべる。

 確かにセイバーはランサーを切り抜いた。

 だが、その程度で堕ちるランサーではない。

 その程度で泥がつく、竜の末裔ではないのだから。

 

「随分な冗談ね、愉快だから許してあげるけど、嘘は程々でなければ串刺しにされても文句は言われないのよ?」

 

「生憎と、余は嘘をつけぬ質なのだ。己が人生に誇りがあるでな」

 

「全くもって結構ね! 本当に、全くもって、クソ食らえよ!」

 

「麗しい少女に乏しい語彙で罵倒されるのも、なかなかどうして、乙なものだな――!」

 

 語彙が乏しいのではない。

 教養がないだけだ。

 無論、この場にそれを指摘する者はいないが。

 

 両者は更に激突する。

 幾度か得物をぶつけあい――踏み込んだのはランサーであった。

 

 強引な一撃、セイバーの剣術を力で呑み込む算段か。

 しかし、それを受け流せぬほどセイバーの剣術は稚拙ではない。

 天才の妙技、ランサーの身体が横に流される。

 

 だが、それを想定していないランサーではない。

 ランサーの得物は実質二つ、前方の槍、そして後方の――尾。

 

 すでにセイバーも行動していた。

 速度に任せた一撃は互いに再び激突しあい、次にはセイバーがランサーの懐に飛び込む。

 

 ランサーは槍を引き戻していた。

 この距離であれば、セイバーの一撃は大きなものにはなりえない。

 とすれば、速度重視の攻めが本命。

 それを真っ向から迎え撃ち、切り返す。

 

 ――単純ながら、その読みは適確であった。

 

 そも、“それしかやりようがない”のだ。

 絶対勝利の確定が見えていた。

 しかし、セイバーはその考えの上を征く――

 

「では見せてしんぜようぞ! 豪放磊落の生き様というものを――!」

 

 魔力の噴出。

 ――なるほど、大技できたか。

 それは確かにこの距離であれば防ぎきれない。

 だが生憎と、それすらも想定しての守りの構えだ。

 

 ランサーは、攻防の優勢を確信し笑みを浮かべる。

 勝利を思い描く笑み。

 

 だが、それはセイバーとて同様だ。

 

「甘く見るなよ! これぞ余の全身全霊――全力全開!」

 

 ――高まる魔力が、比ではない。

 先ほどの三連撃――おそらくはアレと同じであろうと考えたが、そこでランサーは詰めを誤ったのだ。

 

 

「さぁ耐えて見せよ! 全力でだ! ――――喝采は万雷の如く(パリテーヌ・ブラウセルン)ッ!」

 

 

 それは剣戟の単純な高消費高火力、ランサーの守りを、上から叩く一撃だ。

 守りは在る、しかし、あってもなお強烈。

 連撃を叩きこまれたランサーは、その場に叩き伏せられるかのようであった。

 

「こ、の、程度でぇ! 調子に乗るなんていい度胸ねぇ……!」

 

「ふん、この程度? ――“まだ”この程度だ、ランサーめ!」

 

 ニィ、とセイバーは笑みを強めて、そこに、

 

 降り注ぐは、炎と――愛歌。

 こちらもまた、ランサーのそれに近い狂い笑い。

 

「子リス……!」

 

 見上げ、ランサーは即座に槍を振り回す。

 やたらめったら、狙いは定まらず、しかしそれが狙いだ。

 竜の尾も存分に振り回し、それがランサーを守る盾となる。

 

 セイバーを牽制し、愛歌に襲いかかるそれは、愛歌を上空から引き剥がした。

 転移の先はセイバーの正面、ランサーを囲む形。

 状況が先ほどのそれに還る。

 ――だが、ランサーはそこで同じ一手は選ばない。

 

「……もう、ここで決着をつけるべきよね!」

 

 言葉と同時、槍を地面に突き刺した。

 

「――奏者よ!」

 

「言うまでもないわ」

 

 セイバーは即座に緊張を走らせる。

 解っている。

 

 

「――見せてあげる! 私の宝具! 恐れおののき、掻き消えなさいッッ!」

 

 

 ランサーは飛び上がる。

 槍の頂点に自身の身体を載せるのだ。

 

 セイバーがランサーに向け跳ねようとして、しかし留まった。

 ――間に合わないのだ。

 

 絶対の自身でもって、ランサーは開放する。

 

 

「――――――――竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)ッッッ!」

 

 

 ハンガリーに名高きサカーニィの咆哮。

 怪物と化した拷問令嬢の雷鳴が、ランサーと、そして愛歌へ向けて炸裂する――!


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