ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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37.残心

 ――あぁ、よくぞ生まれてくれた愛しい娘。

 

 わたしは貴方を待ちわびていました。

 わたしは貴方を愛するためにここにいます。

 わたしは貴方を育むために生きています。

 

 だから、

 

 ――だから、

 

 ――――だから、

 

 生まれてきてくれてありがとう。

 

 わたしは貴方を、愛しています。

 いつまでも、永遠に、たとえこの身が朽ち果てようと。

 わたしの夢は貴方よりも先に、貴方に看取られて死んでいくこと。

 

 だから、安心してください。

 

 わたしは貴方を、あらゆる悪から守るのです。

 

 わたしは貴方に、あらゆる善を教えるのです。

 

 だから、どうか成長してください。

 

 大きくなって、わたしの背を追い抜いてください。

 

 それが、わたしの願いです。

 

 それが、わたしの希望です。

 

 だから、

 

 だけれど、

 

 ――だというのに、

 

 

 ――どうして、貴方はわたしノ前カライナクナッテシマッタノ?

 

 

 わたしノ手ノヒラニ、わたしノ手ノ中ニ、アルハズノ温モリハ何処ヘ言ッタノ?

 

 アァソウダ。

 

 “貴方のお子さんは――”

 

 “我々も全力を尽くしたのですが――”

 

 “あぁ、わたしの、わたしの子どもはどこ? わたしの大事な大事な赤ん坊――”

 

 “誰もそれを咎めることはできなかった。

 何故なら、止める資格がなかったからだ。

 救うべき誰かが居なかったからだ。”

 

 “――彼女を愛した多くの誰かは、彼女が愛した多くの誰かは、彼女の前からいなくなってしまったのだから。”

 

 わたしハ――“ワタシハ、”

 

 “彼女の奥底には情念があった。

 それは、失いたくないという感情。

 そして同時に、自分のものにしてしまいたいという情動。

 二つは本来結ばれることなく分かたれていて、それは彼女が、そして彼女の周囲の誰かが押しとどめているものだった。”

 

 “その感情の行く先は――――”

 

 

 “愛スルモノヲ食ベテシマイタカッタンダ――――!”

 

 

 ◆

 

 

「――――が、ぐ」

 

 倒れこんだランサーの元へ、ランルーくん――道化の女が近づいて、見下ろす。

 ランサーは何とか立ち上がり、痛みを抑えてランルーくんへと視線を向ける。

 

 その瞬間、ランサーとランルーくん、そして愛歌とセイバーの間に隔壁が生まれた。

 

 無色の壁が広がって、敗者に勝者は近づけなくなる。

 

 戦いの終わりが、決定的になったのだ。

 

「アァ……君ハナンテ――マズソウ何ダロウネ」

 

「…………ふ、ふん。ことここに至ってこの私を、バートリーの麗しき令嬢を前に、不味そう、だなんて、言ってくれるじゃない」

 

 ランサーは痛みに身体を抱えながらも、身長差故に見下ろすランルーくんを睨みつける。

 そこには怒りはあった。

 

 ――だが、殺意はなかった。

 

「女なんていうのはね、“どれだけ(おい)しくなれるか”という一点にしか価値はないのよ。だから、その頂点に至ったこの私に、(おい)しくないなんてありえない――!」

 

 言葉は、実に剣呑にランルーくんへと向けられる。

 

「――――ソレハ君ガ……(オイ)シサヲ知ラナイダケサ」

 

「……ッハ! 冗談。私はこんなにも美しいのよ? ありえない、まったくもってありえないわ――!」

 

 意思を宿さない瞳でもって、ランルーくんは仮面の奥底からランサーを見やる。

 憐憫の瞳は、心底の同情あってのものだ。

 そんなもの、ランサーに向けられる謂れはない。

 ランサーはただ邪悪でもって生まれ、邪悪のままに生き、そして死んだ。

 

 故に、それはランサーにとって、最も反感すべき態度であるのだ。

 

 ――だが、ランサーは、それを赦した。

 

「……ふん、もしも、もしも私が(おい)しく無いと言うのなら、それはきっと――きっと」

 

「フフ……トッテモ似合ワナイネ」

 

「――――って、アンタが言ったんじゃない! なんで梯子外してるのよォ!」

 

 ランサーの言葉を遮っておどけるピエロ。

 ――それを、ランサーは先程までと、“常と変わらぬ”態度で反応する。

 

「君ノ愛ハ美味(ウツク)シクナイ。――君ハ……愛ヲ知ラナイカラ。――君ハ……愛ヲ教エラレナカッタカラ」

 

 ――それは、きっと。

 

「ウン……マルデ赤ン坊ノヨウ……赤ン坊ハ愛ヲ知ラナイヨ……ダカラ君ノ愛ハ“ニセモノ”ダ」

 

 ランサーは知っているのだ。

 夢を見たから。

 

 欠けた夢、断片的な――しかし、どこまでも愛に満ちた、美しい夢を。

 

 故に、であるならきっとそれは――――

 

 

「デモ君ハトッテモ元気ダヨ。――――それだけはとっても、良かったな」

 

 

 まるで正気の母のように、そう呟いて――ランルーくんは、

 

 

 一人の母は――――消滅した。

 

 

 ◆

 

 

「一番救われるべき時に、救うべき誰かが居なかった。それってとっても不幸だと思わない?」

 

 ランサーは、ぽつりと愛歌とセイバーヘ向けて語る。

 

「生き恥をさらす、っていう言葉があるけど、つまり“死に損なった”ってこと。……それって、やっぱり不幸なことなのよね」

 

 語るそれは、しかしまるで独り言。

 同意など、最初から求めていないかのような。

 

「死に損なった先に残るのは地獄よ。生き地獄――まるっきり、あのマスターのこと」

 

 やれやれと人事のように。

 そう、努めて。

 

「ま、だからなんて言うの? ――やっと死ねたか、そんな感じかしら」

 

 そう締めくくった。

 

「――ランサーよ。貴様は自身のマスターを、どう思っていたのだ?」

 

「キライ。――大っ嫌いよ、あんなマスター」

 

 そうランサーは吐き捨てて――

 セイバー達から背を向けた。

 

「死んじゃえばいいんだわ、あんな奴」

 

「ふむ……なるほどな、よくわかったぞ」

 

 うん、うんと二度頷いて、セイバーはそれ以上の言葉を喪った。

 ランサーはしばらく背を向けていたが、やがて身体を震わせそれから反転する。

 

「――ちょっと! なに勝手に納得してるのよ! よくわかんないけど、すっごく不本意よ! その納得!」

 

「ほう、であれば反意を見せてみよ。余をうならせるほどの言葉はあるか?」

 

 セイバーは自信満々に笑みを浮かべる。

 対するランサーのそれはどこまでも子どものそれだ。

 ダダをこねる子どものように。

 むくれて拗ねる子どものように。

 

 ピ、と鉤爪に覆われた手で指をさす。

 

「――いい!? “次”は負けない。アンタなんかに、アンタ達なんかに、二度も負けてたまるものですか!」

 

 それは、宣戦布告。

 リベンジの宣言。

 

 実に大見得を切って、ランサーは宣言しているのだ。

 

 軽く髪をかきあげてセイバーは答える。

 

「ふっ、良いぞ。余は何時でも相手になろう。――貴様は随分と可愛らしく、そして面白い。余のハレムに加えてやろう!」

 

「全くもって暴君ね! お断りよ!」

 

 そもそも、とランサーは憤慨する。

 

「面白いってなによ! それじゃあ私が愛玩動物か何かみたいじゃない!」

 

「違うのか?」

 

「――違うわよ!」

 

 言葉のドッジボールを繰り返すうちに、ランサーの身体は消えて溶けて失くなってゆく。

 もう、彼女の身体はムーンセルに透けている。

 

「――――覚えておきなさい!」

 

 最後に残されたのは、ランサーの叫びであった。

 

「私はサーヴァント、ランサー! その真の名は、ハンガリーにその名も名高き竜の娘! 絶世の令嬢!」

 

 ――それは、拷問と血に満ちた吸血令嬢の消滅の姿。

 両の翼を大きく広げ、その姿を誇示してみせる。

 

 そして、

 

 

「――――エリザベート・バートリィーッッ!!」

 

 

 ――――ランサーもまた、空白へと消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 夜闇に紛れたマイルームは、どこか寂しく感じられた。

 マイルームに帰還するあいだ、愛歌は何も語らなかった。

 それは果たして、一体何の感傷あってか。

 

 ランサーの消滅か、すでにたった八人しかいなくなったマスターを感じてか。

 それとも――

 

 先を歩く愛歌は、やがて自身が座る椅子へと身体を預けた。

 振り返り、どさりと椅子に倒れこむ。

 身体の軽い愛歌では、音など立てようもなかったが。

 

 ぽすんと収まった椅子は、愛歌の背丈に全くあってはいないのだが、なぜだかこの姿はよく似合う。

 彼女が座り慣れているのであり、またそれが自然であったのだ。

 

 一体いつまでそうであったのか、――今もそうであるのだから、きっとそれは揺らいではいないだろう。

 愛歌は何も揺らいではいない。

 愛歌は何も違っては居ない。

 

 かつても、今も、全能の少女、沙条愛歌は揺るぎない。

 

 それでも、今の愛歌はどこか常の少女とは違うように思えた。

 何が違うかは、セイバーであっても語れはしないのだが。

 

「――――ねぇ、セイバー。わたしに話って、なぁに?」

 

「その前に奏者の話だ。大方想像はつく、さして長い話ではないだろう。――余の話は、少し長くなりそうでな」

 

 セイバーは愛歌に倣い椅子に腰掛け、身体を預ける。

 愛歌が手で何かの動作をすると、両者の間に備えられた机に、二つ分のカップとティーポットが出現する。

 いつも通りの、愛歌が好む少し高級な紅茶。

 

「あら、そう」

 

 軽くカップを揺らして、注がれた紅茶の香りと色を楽しむ。

 味は高値の味でこそあるものの、どこか平凡なそれ。

 ただ、夜の闇に溶けたそれは、神秘のようなものを伴っていた。

 

「なら良かったわ、セイバー」

 

 いえ、と視線をセイバーへ向け、愛歌は言い直す。

 

 

「――――ネロ・クラウディウス?」

 

 

 セイバーは、一切のよどみなく紅茶を口にする。

 向けられた愛歌の視線に、真っ向から自分の瞳を返した。

 

「……何時から気づいておった?」

 

 見返す眼はぼんやりと闇に染まっている。

 蒼銀の色は、曇も迷いも何もない、満月のようであった。

 

 そこに、侮蔑も怒りも存在しない。

 何の感慨もなく、愛歌は返答するのだ。

 

「貴方が一回戦のライダーを“史実において男性とされていた”と結論づけた時点では、単なる候補でしかなかったわ」

 

 そのような発想、同じ境遇でなければ出ては来ないだろう。

 だからこそ、候補までは絞ることができた。

 そこから、決定的な結論にまでは至らないが――

 

「――夢を、欠けた夢を見た時点で気づかざるを得なかった。何せ、“都市を覆う大火”ですもの、それに関わった英霊は、更に限られてくる」

 

 女性である“かもしれない”逸話を持つ、という条件と合わせれば、もはや疑うべくもない。

 

「正直なところ、貴方の正体なんてどうでもいい。興味なんて無い。当然よね」

 

 ――それは、沙条愛歌が愛歌であるから、当然だ。

 彼女の瞳は他人を見ては居ないのだ。

 こうして真っ向から向き合っても、その実なにも見てはいない。

 

 当たり前だ。

 自分自身のことに、頓着する類の人間ではないのだから。

 

 どこまでも自分勝手で、それこそが沙条愛歌という少女なのだ。

 世界は自分のものである――それに一切の疑いを持たない独善性。

 でなければ、“沙条愛歌は破綻する”。

 

 そんなセイバーの考え。

 

 しかし、

 

 

「――――だって、貴方は貴方でしかないのですもの」

 

 

 愛歌の言葉は、そんなセイバーの考えを否定するものだった。

 

「……奏者よ。今、何と?」

 

 思わず、理解していながら聞き返すのも無理は無い。

 愛歌はセイバーから視線を外し、

 

「そんなことを聞き返すの? つまらない娘ね」

 

 と、興味までもを外された。

 

 呆然とするセイバー。

 遅れて、ふと、おかしさがこみ上げてくる。

 

「……ふふ、ふふふ。気にもとめられないと思ってはいたのだが。ふふ、そうか……そうか、そうか」

 

 実感を言葉の中で繰り返し、それでも足らずに思いを重ねる。

 胸に浮かぶのは、自然と暖かな感情だった。

 

「何がおかしいのかしら」

 

「奏者の愛おしさが、だ」

 

 あからさまな冗談に愛歌はふんと鼻を鳴らした。

 それ自体が何ともセイバーにとっては嬉しく感じられるのだ。

 何故だろう、そんな愛歌をみているのは、どうしてこんなにも――

 

「――それで、話って、いったいなぁに? 貴方からわたしに、今更質問があるというの?」

 

 そして、状況は回帰する。

 そう、運命の時だ。

 

「あぁ、あるとも」

 

 セイバーは、覚悟を持って首肯する。

 ――愛歌の様子に変化はない、言葉はどこか刺があるように思えるが、真実愛歌は興味を持っていないのだ。

 故に、それはあくまでセイバーの不調でしかない。

 

 覚悟を揺らがせようという不調。

 どうしてか、そこにあるものが悪魔の箱――パンドラの箱に思えてならない。

 

 現れ出るのは、蛇か悪鬼か。

 

 それでも、セイバーは迷わなかった。

 一拍の空白の後、

 

 

「――――奏者はかつて、妹がいると言った。それは間違いであろう? いるのは“姉”だ」

 

 

 世界が、沈黙するのを理解した。

 想定内、想定内ではある。

 愛歌の根幹に踏み込んだのだ。

 であれば当然、そこに幾つもの感情が伴わなければならない。

 

 愛歌のそれは果たして思考のそれだった。

 

 “あぁなるほど”と、彼女の表情は告げていた。

 愛歌にしてみれば珍しい、――セイバーが初めて見る、納得の表情。

 

「あぁ……そういうこと、やっと腑に落ちたわ」

 

 やがて満足気に、愛歌は頷いて、

 

 

「………………やってくれたわね」

 

 

 ぽつりと、その言葉に殺意を混ぜた。

 

 それは愛歌特有の周囲に常に放たれる狂気ではない。

 純粋な殺意。

 ただ一個人のみを意識して向けられた、意思の塊。

 

 ――それは、セイバーが先ほど感じたものと似通っていて、しかし決定的に違う。

 

 なるほど、なるほど、なるほどこれが――愛歌の生み出す本物の瘴気というわけだ。

 これが、愛歌の怒りというわけだ。

 

 愛歌はこれまで、たとえどのような相手でも、怒りを向けることはなかった。

 セイバーにすら罵声は浴びせても、浮かべる感情は呆れの類であったはずだ。

 

 “だからこそ”その異常とも言える殺気は、敵意は、ただ感じているだけでも怖ろしい。

 

 とはいえそれも、今この場では即座に萎んでいってしまうものだ。

 話は、終わっていない。

 しかし、だ。

 愛歌は聡い、たった一言で、セイバーの意図を読み取った。

 

「……セイバー、話は明日にしましょう」

 

「今日ではダメなのか?」

 

「――凛に話を聞いたのよね? 同じことよ、“今日はもう遅い”。だから、明日にするの」

 

 そこまで悟っていたか。

 相変わらず、この少女は実に鋭い。

 

 嘘を付くのは無茶というものだろう。

 

「それに――きっと、今日はとってもいい夢が見れるはずよ。それを見てからのほうが、話が早く済むものね」

 

 言って愛歌は――純白が欠けた三日月のように、笑みを浮かべるのであった。




 エリちゃんが難しい言葉を知ってるのは夢に見たから。
 というわけで、お母さんと子どもの物語は一旦おしまい。
 実際、ランルーくんと「一番相性のいい」サーヴァントってエリちゃんなんですよね。
 ブラド公ではなく。その理由は単純で、父よりも、娘、つまり子どものほうが彼女にとって大事だったから。
 ――個人的な妄想ではありますが、「子どものほうが自分の近くで死んだから」。
 ランルーくん、EXTRAの対戦相手の中では慎二くんと凛ちゃんさんの次に好きなキャラ、明言しないのが妄想が捗るといいますか。

 さて、それでもってこの後のお話ですが。
 「本作は五回戦終了後、CCCへ移行します」。ランルーくんの鯖がエリちゃんであったことと、あの人の登場がその証拠。
 でもってそうなると六回戦以降ですが、「行うかは秘密」です。
 鯖END行けば続きますし、CCC行けば続きませんから。

 というわけでEXTRA本編は残りあとすこしですが、もう少しだけお付き合いください。
 五回戦は、愛歌ちゃんの過去回想もあって、本編で一番長い章になったりします。
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