ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
夕刻がすぎ、定石通りに愛歌たちはアリーナへと足を進めた。
すでに八つのアリーナを踏破し、蹂躙してはいるものの、初侵入のアリーナだ、セイバーの顔には多少の警戒が見られる。
愛歌はいつも通りに見えはするものの、視線は間断なく周囲へ向けられ、警戒はせずとも油断はない。
周囲は今の閑散した月見原の校舎のように静かである。
時折襲いかかるエネミーも、愛歌のバグとセイバーの一刀で切り伏せられる。
余程の敵でなければ、そうそうこのサーヴァントとマスターは止められまい。
つまり、敵のサーヴァント。
あのアサシンと、そのマスター、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。
気配はない、入り口からやってきた様子もない。
つまるところ、このアリーナにユリウスの姿は見られないのだ。
考えられるとすれば、愛歌たちと時間をずらし、危険を避けて暗号鍵を奪取したか。
もしくは、元からこのアリーナに訪れるつもりが無いためか。
――はたまた、気配を遮断することのできるサーヴァントであるアサシンのみが、このアリーナに潜んでいるか。
答えは三番、アサシンがこのアリーナに潜んでいるのだ。
何もセイバーの警戒は未知のアリーナに対するものだけではない。
サーヴァントへのそれも含まれていた。
幸いなことに――というよりも、アサシンが存在していることを察知できたのは、それが原因なのだが――愛歌の空間把握能力は、アサシンの存在を探知している。
ただ異常であるのは、あくまでアサシンを“その場にいる”ということを探知できているだけであって、通常の透明化のように“その場に転移できない”ということがないのである。
二回戦であたったアーチャーの顔のない王も、通常のアサシンの気配遮断も、あくまで気配、姿を物理的に透明化するのみだ。
実体化自体は行われており、それゆえに愛歌の空間転移はそれを障害物とみなし、透明化した誰かの存在している場所に転移することができなくなる。
だのに、それが出来るということはつまり――
(――――来るわ。ご丁寧にも真正面から、三秒後)
愛歌の言葉が念話で響く。
セイバーは思わず表情を歪め、直後。
正面に“不確か”な何かが存在するのを感じ取った。
すでに準備を終えていた身体は、即座に見を捩り、その一撃を回避する。
“何か”が目の前にあることは解った。
故にためらわずセイバーは剣を振るい――空振った。
(躱された――!?)
思わずそう考えるが――否だ。
(違うわ、セイバーの剣が振るわれた場所に誰かいる。“なのに当たらなかった”のよ。要するに――)
物理的な接触を絶ち、尚且つ視界に捉えることすら敵わない。
愛歌のサポートがあれば回避は可能であろうが――一方的に攻撃され、なぶられる他はない。
そこに在るのは、つまり――
(完全な周囲との合一化。通常の手段では、触れることすら不可能ね)
その結論の直後――周囲に、重い声音が、大音量にて響き渡る。
男の声だ。
――笑っている。
「クハ、ハハハ――――ハハハハハハハハハッ!」
その声を、セイバーも愛歌も知っている。
だが、そこにかの紅いアサシンの姿はない。
ただ声のみが周囲を震わせる。
当然だ、その場に男は存在するが、完全に気配を消失させているのだから。
それは遮断などと呼ぶのは生温い。
完全な消滅――気配消滅とでも呼ぶべきものだった。
「よい、実に良いぞ魔性の娘よ! よもや今の一撃を躱されるとは思わなんだ。これは先の一打とは違う、殺すための一打であった。だというのにそれを躱すとは、それも移動を無視する小娘本人ではなく、その従者がなぁ」
実に関心した様子で、男の声はそう笑う。
愛歌はその男をじっと睨みつけながら答えた。
「気に入らないわね、その魔性の娘というのはやめなさい。虫酸が走るわ」
「ふむ、確かに貴様は人を惑わす類の魍魎ではなかったな。すまぬな、非礼を詫びよう」
余程気に入らなかったのか、殺気すら伴った言葉に、驚くほどあっさりアサシンは引いた。
恐らくは冗談か何かだったのだろう。
無論、何の洒落にもなってはいないが。
(奏者よ。どうする――? 先の一撃、死ぬかと思ったぞ。と言うより、まともに受ければサーヴァントすら屠られる。アレは技の類ではあるが、アレこそまさしく彼奴の奥義――もはや宝具の域だな)
(気がついた? あの透明化、攻撃の時だけ少し透明化が解けていたわ。その一瞬であれば、もしかしたら攻撃が通るかもしれないわね)
(えらく無茶を言う奏者だな。付け焼き刃でそんなことが出来るものか。相手は本物の暗殺者、しかも武闘家であるのだぞ)
わかった上で言ったのだ。
この状況、判断すべきは撤退か、否か。
愛歌であれば撤退はさして難しい話ではない。
相手は厄介な手合いではあるが、それであっても対処できないほどではないのだ。
問題は、対処はできても有効打が打てない。
完全に相手はこちらの攻撃を受け付けないのだ。
どうあっても、直接的な勝利は不可能である。
「さて――このまま語りに花を咲かせるのも悪くはないが、これも仕事でな。可能ならばここで屠れとのことだ。土台無理だとは思うのだがな」
「であれば、ここで退くのも一興ではないか? 好物は最後までとっておくものだぞ」
セイバーの言葉に、いかにもという風にアサシンは笑い声を漏らした。
その表情は伺えない、しかし、大層可笑しそうに笑っていることは、声だけでも判断できた。
「おうさ、それもまた興が乗る。しかし、おぬしの顔を見ているとどうもなぁ、なぁセイバーよ」
含みの在る言い方だ。
声が揺れるのがわかる。
――動きを見せようというのだろう。
念話にて、愛歌が警戒を露わにしている。
「好物だけを口にするのも、また贅沢だと思わずにはいられないなぁ!」
セイバーの不遜な出で立ちは、彼女が高貴な出であることを隠そうとはしない。
アサシンの言うとおりだ。
別にセイバーは好物を最後までとっておくタイプではない。
好物のみを口にするタイプだ――!
直後、セイバーの目前を拳が迫った。
愛歌の念話と、直前に揺らいだ気配によって何とか一撃を察知したセイバーは、再び身体を逸らして回避する。
(そのまま二つ、三つ、拳を往なしなさい。――真名、ないしは武術の型に当たりをつけるわ)
愛歌はどうやら、このままこの場に残ることを選んだようだ。
無論、それは撤退が容易な愛歌だからこそと言える。
何よりも――ここで相手の手をすかさないことには、この反則染みた透明化を、打破することは敵わない。
(出来るのか?)
(できなければ言わないわ。無茶ではないでしょ?)
無茶ではある、何もかもが、だ。
それでも愛歌ができると言って、それをセイバーに求められたのだ。
生憎と、それに応えないほどセイバーは愛歌を嫌ってはいない。
――つまり、相応に信頼しているということだ。
死が身体をかすめていく。
実際に触れては居ない、触れれば、それすらも死に繋がるほどだ。
言うなれば愛歌のバグが、相手の体全体を覆っているかのようなもの。
それも、そのバグは、愛歌のそれよりも数段厄介だ。
だとしても、セイバーは実に良く避けた。
ただ回避に専念すれば、愛歌がセイバーを導いてくれる。
(――右、二秒後)
直後に放たれた死から飛び退き、セイバーは更に後ろへと下がる。
セイバーが回避する度に男の声が響く。
どれも楽しげで、実に腹立たしいことこの上ない。
思わず剣を構えそうに成り、しかし愛歌に咎められる。
打つ手なし――天災愛歌であっても、完全な自然相手に、その猛威をふるうことは困難なのだ。
「――呵々! これぞまさしく強者の芸よな! 舞踊の類は嗜まんが、こうも踊られては、自分にその才が在るのではないかと錯覚してくる――!」
「天は二物を与えずだ。万能の天才などそうそうこの世にいるものではないぞ、アサシン!」
――自身のこと、そして愛歌の事を棚に上げ、セイバーが叫び、身体を躍らせる。
「しかり! 儂はそういった舞踊の類は好まなんだ。武とは即ち死、死闘こそが武の在り方よ!」
ステップはひとつ、ふたつでは済むこと無く、やがて両の手でも足りなくなり――――
そして、止んだ。
「むぅ!」
「……ふむ」
――SE.RA.PHからの警告だ。
さして長い時間、しのぎを削っていたわけではないように思えたが、そうではなかったようだ。
「命拾い……? いいや、“惜しかったな”。どうやらここまでのようだ。さて、では主の命を守るとしようか」
――主人の命令、ここにユリウスが居ないことを考えれば、暗号鍵の奪取はアサシンに命じられているのだろう。
セイバーは油断なく周囲に警戒を張り巡らせながら、自身の中から急激に死の気配が遠ざかるのを感じる。
同時、愛歌が念話にて――
(――ご苦労様)
と告げる、どうやら完全に、アサシンはこの場から退いたらしい。
それが愛歌から伝えられたことで、ようやくセイバーは、ふぅ、と一つ息を吐き出すのだった。
◆
「あれは間違いなく、中国武術の類ね。八極拳だと思うわ」
マイルームに帰還するなり、沙条愛歌はそう告げた。
“当たりをつける”と本人は言っていたが、まさかそこまで決定的に絞り込むとは思わなかった。
セイバーは目を白黒させながら、ふわりと椅子にすわった愛歌に問いかける。
「それは真か? また随分と詳しいのだな」
「一応、そういった武術家との仕合なら経験があるわ。それに、知識としてはおおよそすべての現存する武術は修めているわね」
なんでもないように言うが、愛歌は齢十と少しの少女である。
二の腕も細く、全く武術を嗜んでいるとは思えない。
それでもなお“見えない拳”の軌跡のみで割り出したのだ。
知識がなければ、愛歌とてそれは不可能――相応に、愛歌が武術を知ろうとしていたのだろう
「加えて言えば、それであの気性の荒さ――暗殺者として召喚されることから鑑みても、真名は李書文――神槍李書文じゃないかしら」
「そこまで断定するのか?」
「まぁ、予想ではあるけれど――あの宝具と化した一撃、たった一撃ですら触れれば貴方は負けていた。であれば、二の打ち要らずの李書文と考えるのが妥当よ」
なるほどなぁ、とセイバーは納得する。
愛歌がそこまで言うのだ、少なくとも“今はそう考えるべき”というのが実際である。
「――それにしても、奏者は随分とあのサーヴァントを警戒しているな」
「無理もないでしょう? アレは本物の反則クラスよ。アレ以上のサーヴァントとなると、この聖杯戦争にせいぜい二騎……三騎程度でしょうね」
少なくとも、セイバーでは実力的にはあのアサシンに劣るだろう。
アレ以上のスペックのサーヴァントとなれば、騎士王か、それと同クラスの格が必要になる。
それがしかも、ユリウスほどのマスターと契約としているとなれば――
「ことここに来て、コレまでのような強敵ではない、本物の優勝候補――優勝という可能性がありうる陣営が出てきたというわけね」
それは、愛歌ですら認めざるをえない。
否、誰もが即座に理解できることなのだ。
「――とすれば、切るのか? こちらの切り札も」
ここまで、愛歌とセイバーは一度も切り札を切っていない。
サーヴァント最大の切り札、即ち宝具――マーブル・ファンタズム。
「……まだ、判断はできないわ。もう一度あの暗殺者と交戦する。それで状況を好転できる可能性があるかぎり、宝具開帳の判断は下せない――それに」
――おそらく、アサシンはもう一度だけ、アリーナに姿を見せるだろう。
相手の目的は暗号鍵の回収、ユリウスはそれを“自分は姿を見せず”、且つ、“アサシンを使う”という方法をとっている。
しかも、愛歌と衝突するであろう時間に、だ。
彼は暗号鍵の回収と同時に愛歌のサーヴァントを探ろうとしているのだろう。
自分は危険を冒さずに。
無論、それが不正解だとはいはない、むしろ正しい判断だ。
だからこそ、愛歌達は対応に苦慮せざるを得ないのだから。
だから猶予期間中の接触は出来る限り避けるが、アリーナでアサシンと衝突する場合はその限りではない。
アリーナ二層目にて、再びアサシンと相対することになる。
――それに? とセイバーが促す。
愛歌はどこまでもまっすぐ、遊びのない真剣な顔で、
「――――切れる札は、貴方の宝具だけではないのよ? セイバー」
そう、告げるのだった。
五回戦は愛歌の過去を探るだけでなく、愛歌ちゃんEXTRAラスボスとの対決という意図もあります。
というわけで本編最後の敵は、個人的に月の聖杯戦争において三番目に強いと思うキャラ、書文先生です。