ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
猶予期間、愛歌たちがユリウス、アサシン陣営と鉢合わせることは一度として無かった。
それほどユリウスが愛歌を警戒しているということだ。
そして何より、ユリウスは勝利を手にするつもりでいる。
実際のところ“根源接続者”沙条愛歌に、勝利するにはこれはまたとない機会なのだ。
サーヴァントという、愛歌に匹敵しうる戦力を有し、そしてそれがこのムーンセルでも有数の実力を持つとなれば、勝利を目指さない理由はない。
無論、それは他の参加者とて変わらない、これまで愛歌と相対してきた者達は、常に最後まで自分の勝利を信じていたはずだ。
たとえ、どれほどそれが万に一つの可能性であろうとも。
しかしユリウスのそれは“愛歌に対しての勝利”を求めているように思える。
とにかく勝利に対して貪欲なのだ。
ダン・ブラックモアは騎士としての決闘に断ったし、ありすにとって戦闘はあくまで遊びの範疇だ。
ランルーくんに関しては――あれは、そう言った考えを持つような類ではないだろう。
少なくとも、周囲が読み取ることは不可能だ。
ユリウスは――間桐慎二に似ている。
両者の共通点は単純だ、自身のサーヴァントが“愛歌に対して勝機を持つ”点。
ユリウスのアサシンはその反則性から、慎二のサーヴァントはその特殊性から。
そして、間桐慎二は全力で勝負を挑み、幸運すらも武器に変え――敗れ、散っていった。
であればユリウスは――?
ユリウスは、間桐慎二とは似通ってはいるが根本が違う。
その執念の在り方が、なによりも違う。
それが果たして何であるかはともかくとして。
慎重に、かつ確定的に、ユリウスは次なる一手を打ってきた。
とはいえそれは、あくまで一種の遭遇戦だ。
――猶予期間、四日目。
二層目のアリーナが、開放された。
◆
その日、愛歌は通常よりも早くアリーナに侵入していた。
目的は単純、早急に暗号鍵を入手するため。
そして、アサシンを真っ向から待ち受けるため。
愛歌のそれは、余裕にかまけた受動的な戦略ではなかった。
決定的に能動的な、攻めの一手だ。
アリーナにてアサシンを迎撃する。
目的はアサシンの透明化スキル――圏境を無効化すること。
可能ならばここでアサシン自体の撃滅を望むところであるのだが、SE.RA.PHの介入を考えればそれは難しい。
アサシンはコレまで戦ってきた中で、間違いなく近接戦最強のサーヴァント。
――そうそう単純に、勝利を明け渡しては暮れまい。
まさか返り討ちに遭うとは考えないが、それでも、強敵であることには相違ない。
「とはいえ、幾つか策は仕掛けてみるけれど、そうそう芳しい結果が得られるとは思えないわね」
愛歌は暗号鍵のデータを弄びながら、そうぼやく。
すでに仕事は終えていた。
罠を考え、それ用のデータをアリーナに幾つか仕込んでいくだけだ。
本命の罠自体はすでに試行錯誤を終えているため、準備されたものを設置するだけでよい。
データの改竄も、愛歌からすればさほど手間のかかる作業ではなかった。
「――しかし、我がマスターながら随分とえげつないトラップを仕掛ける物だ。余とて人を策に嵌めるのは不得手ではないが……」
用意したトラップはほぼすべて愛歌が用意したものだ。
多少、セイバーのアイディアも入ってはいる。
一応凛にも話は持ちかけてみたが、彼女の答えはどれもが罠としては手ぬるいものだった。
要するに、才能と適正の差だろう。
一応、セイバーはアサシンのクラスで召喚されることが可能なサーヴァントだ。
罠を張るという策士としての適正は、愛歌に比肩しうるレベルであった。
「正直、心底震えさせられる。たとえそれが盤上の遊戯であったところで、奏者のような軍師と相対したくはないものだ」
「――一応言っておくけれど、セイバー、本来であれば貴方はそういった軍師系のサーヴァントでしょう? そんなセイバーにそうまで言われると何だか心外ね」
「心にないことを言うでない。まぁ、奏者の言動が心ないのは今に始まったことではないが――」
――ふと、そこでセイバーの言葉を愛歌が遮った。
表情は真剣なものに変わっている。
いつもの愛歌であれば稀有な顔だが、今であれば話は別だ。
「来たのか?」
「えぇ。……そういうわけだから、――――始めるわよ」
愛歌の能力に確認されるアサシンの姿。
災厄とすらされる少女の手によって作られた地獄の釜。
死地の世界に、獲物が足を踏み入れたのだ――
◆
――侵入と同時、アサシンは即座にそれを読み取っていた。
“すでに予測していた”ためだ。
(……ほう、周囲に無数の死の気配を感じるぞ。なるほど、やはりこういう仕掛けで攻めてくるか)
至極納得したような様子でアサシンは頷く。
直接の戦闘が禁じられているアリーナ内において、もしも相手に介入するとすればどんな方法が考えられるか。
最も簡単なことが、これ。
――罠の設置である。
アリーナ侵入以前から高めていた警戒を、いよいよ持って最大限に引き上げる。
相手は悪鬼悪霊の類、人を嵌め殺す策を万のように用意しているのは必然だ。
アリーナ内は透明な壁に仕切られているために、視界は広いように思える。
どこから仕掛けるにしろ、そのどれもはアサシンと同様に“不可視”と化しているだろう。
とすれば、警戒は常に怠るべきではない。
とはいえ、そんなことをしていては即座に精神は擦り切れてしまう。
そうなった時、結局罠に嵌められるのだから、最悪だ。
おそらく考えられる方策の内もっとも有効で、それゆえに警戒はできても対策はとりようがない選択。
(――実に良い、な)
相手は歴戦の策士である。
こちらは一介の武術家、手ひどくいたぶられるのが関の山。
しかし、それはアサシンが、単なる武術家であればの話だ。
生憎とアサシンはひとつの時代を生き抜いた英霊。
――本物の、暗殺者なのだ。
やがて、周囲を警戒しながらアサシンは、襲いかかる何かが、そこにはないであろうということを判断する。
これだけ警戒し、周りを伺った、“何か”があっては困るのだ。
それが無いとわかれば、当然、多少の安堵が訪れるというもの。
――そう、成るはずなのだ、本来ならば。
直後、アサシンを囲むように――無数の散弾が襲いかかる。
それら全ては、アサシンの中の気功をかき乱すための術式が編み込まれている。
ちなみに直接的に陰陽的は術を施してあるのではなく、魔術でそれを再現する形だ。
――故に、魔術に疎いアサシンによる察知は不可能。
完全な奇襲であった。
この仕掛の狙いは単純だ。
アサシンがアリーナに入ってきた時点で、すでに仕掛けは作動している。
しかし、ここでのポイントはそれを“即座に発動させない”点にある。
つまり一定の時間を置くことで、相手の警戒が一時的に緩む瞬間を狙ったのだ。
二回戦で緑衣のアーチャーが仕掛けた不意打ちと同じ理屈である。
その際は、愛歌の能力によって完全にアーチャーの行動が把握されており、不発に終わったが――
――高い破壊工作スキルを持つアーチャーのそれと同一の発想。
そうそう見破れるはずもない――
――だというのに、
アサシンは最初からそれが解っていたかのように、即座にそれを回避してみせた。
正確に言えば、最も密度の薄い部分に、拳を打ち込んだ。
――そこから爆発的な突風が巻き起こり散弾はそれに巻き込まれたのである。
強引ではあるが、そこから即座にアサシンは離脱、事なきを得た。
(悪くはない策だ。――だが生憎と、この場は戦場。我が身は早々に揺るがぬものと知るがよい)
言葉に出すわけではないが、そう告げる。
そしてゆっくりと、油断なくアサシンはアリーナを進んでいく。
普段であれば見かけるアリーナのエネミーが見当たらない、完全にアサシンを迎撃するべく愛歌が網を張っているのだ。
なるほど――単なる仕合とはまた違う趣向だ。
これはこれで、なるほど面白いと言えるだろう。
――アサシンにとって、これほどの強敵との戦闘はこれが初めてだ。
少なくとも、サーヴァントとして召喚されて以降は、そう断言することができる。
単に真正面からやり合うのもよいだろう――が、こうした特殊な戦闘もまた、多才なあのマスターらしい。
全くもって、歓待してくれるではないか。
緊張の片隅でそんなことを考えながら、ふとアサシンは足を止める。
一拍、何事か思案気な顔で正面の通路を見遣り――そのまま、そこに踏み込んでいく。
直後であった。
アサシンの足元から炎が出現するのは。
(――これは、ユリウスの言っていた人間以外のすべてを燃やし尽くす炎、か)
身近に感じた熱気に、アサシンはそう結論づける。
愛歌の主武装――無制限の空間転移、手のひらの
どれも厄介なものであるということは聞き及んでいる。
特に“毒”はアサシンの
親近感がわかないではないが、今はそちらではない。
愛歌の持つ“三つ”の手札が内一つ。
――手のひらの災禍によるものだろう、これは。
狙いはおそらく、この災禍がアサシンの“圏境”に通用するかという確認。
しかし、そもそもこの炎は周囲の酸素を燃やし尽くし、人の呼吸を奪うことはできても、“大気自体”を燃やすことはできない。
あくまで燃やせるのは人ならざる物体と、人が呼吸に必要とする酸素に限られる。
実際、アサシンは圏境を発動している限り、その炎が彼にまとわりつくことはなかった。
――おそらく、この罠はその確認自体が本命だ。
だがそれだけで終わるほど、愛歌はてぬるくはない。
そこまで考えた時点で、すでにアサシンは身体を動かしていた。
アサシンの在った場所に、先の散弾と同じ類の弾丸が迫った。
炎の隙間から、その照準を悟らせること無く、だ。
しかし、それは躱された。
後方に退避し、やり過ごしたのである。
その際に炎が噴き出すが、アサシンはそれを無視し、油断なく周囲からの二の矢を探る。
――それがないと判断するや否や、アサシンは悠々と炎の群れを通過した。
途中、何かをやり過ごすように身体の位置をずらしていた。
愛歌の仕掛けた罠は何もあの炎を隠れ蓑にすることだけではない。
“事のついでのように”、足元にアサシンの気功を乱す罠を仕掛けていたのだ。
炎が噴き出す罠と同じに見えるよう偽装を施して、だ。
ここまで二つの罠を躱し、見るにどうも、沙条愛歌の方も、罠を仕掛けるのに手探りな面があるようだ。
恐らくは決戦場での戦いを見越して情報を集めようという算段なのだろう。
決戦までに、できることできないこと、してよいことしてはいけないこと、これらを明確に分けるつもりなのだ。
当日は罠を仕掛けるという選択肢が取れない以上、間違いなく直接的な戦闘になる。
その際に、果たして愛歌はどのような戦術を取ってくるのか。
初日にセイバーがアサシンの一撃を回避できたのは、ひとえに愛歌の指示あってのことだろう。
つまり、それが可能なほどサーヴァントとの連携を密にできるのだ。
しかも本人はサーヴァントとすら戦える実力を持つと来ている。
強敵が二つ――あの暴君が如きセイバーの言ではないが、“好物のみを選んで平らげている”かのようだ。
これほど気分が高揚することもない。
だいぶ、アリーナを踏破した。
すでに半分は踏破しただろうか――その間、二つの大きな罠を除けば、仕掛けてきたのは本当にちゃちで単純なシロモノの罠がほとんどだ。
それも、中には“不発する”ものさえ在る。
こちらの集中を削ごうというのだろう。
無論、その程度で揺らぐ精神をアサシンは有してはいないが、これもまた手探りの一つと言える。
やがて、ふとアサシンは足を止めた。
――目前には、扉、そして同時に、“あからさま過ぎるほどにあからさまな”スイッチが、鎮座していた。
というわけで、作者の脳内当てクイズ、あたっても何の商品もないので難易度は最凶ルナティック、つまりノーヒントです。
扉と、それを開けるためのスイッチ、そこにどんな罠を仕掛けているでしょう。