ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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42.決死迫る戦闘

 ――扉である。

 木の扉でも鉄の扉でもない、アリーナ内でよく見られるバリケードのような扉。

 アサシンもこれまで、何度かその扉を見たことがあるし、その扱い方も理解している。

 大抵の場合は、アリーナのギミックとして用意され、同じく用意されたスイッチを押すことで解除される。

 

 ――――その扉であった。

 

 これまで幾度か同じ形状の扉をアサシンは見てきたが、どれもが面倒を助長させるアリーナの付属物であった。

 しかし、この扉はどうにも異質だ。

 まず何より、スイッチを目の前に置く意味が解らない。

 まさかムーンセルがこういった仕掛けの解除スイッチを、そのまま目の前に配置することはないだろう。

 

 この配置は、つまるところ――――

 

 

 沙条愛歌の仕掛けた罠ということだ。

 

 

 随分とあからさまであるが、暗号鍵がこの先にある以上、避けることはできないのだ。

 それはこれまでの罠も同様であるが――こうも“宣言して”まで仕掛けてくるのだ。

 何かがあると、警戒するのは当然である。

 

 考えられるとすれば、この扉を“開いた瞬間”に作動する類の罠。

 当然警戒するべき本命だ。

 どのような罠が飛んでくるかは未知数であるが、こうして罠になりうるものがそこに鎮座している以上、問題に成るのはタイミングだ。

 

(こちらの読みをずらした状況で罠を仕掛ければ、最大限の警戒が不可能となる。とすれば――)

 

 何も、この扉自体に罠を仕掛ける必要もないのだ。

 要するに、この扉そのものはブラフであり、“何のトラップもない”可能性は存在する。

 かわりに扉をくぐることで発動するトラップを用意した、とすればどうか。

 

 他にもスイッチを押したことで起動するトラップが時間差であったり、と。

 考えれば、幾らでも選択肢はあるように思える。

 

 ――――ドツボにはまるとはまさしくこのことだ。

 罠というものは仕掛けようと思えば幾らでも仕掛けることができる。

 それが幻想すらもデータの手のひらの上となるこの“電子の海”ならば。

 

(やもすれば、伝承の中の罠すら再現してくるやもしれんなぁ)

 

 ――無論、そんなことは愛歌の様子からして“ありえない”とアサシンは断言するが。

 アレは完璧主義者だ。

 少なくともすでに使われたことのある罠――正確に言えば“使われて、それが後世に残るほどの”罠を使用するとは思えない。

 

 ともあれ、そこに罠があることは明白なのだ。

 それに、知識のないアサシンでは、この扉を“スイッチを使用せずに”解除する手段はない。

 そしてそのスイッチを使わずとも扉が開けるのかという判断もつかない。

 

 警戒をしながらも扉に近づく、そこに出現した障壁は自然と同化しても突破することは敵わない。

 

(……破壊、――いや、そういった手段を取った場合、“ムーンセルにすら干渉してくる可能性がある”か)

 

 扉自体はムーンセルでも見られるものだ。

 つまり、扉を破壊した場合、通常の扉を強引に破壊されたとムーンセルが誤認されるように準備されている可能性がある。

 そうなると、そのペナルティとして圏境が封印、ないしは剥奪される可能性がある。

 それだけは絶対に避け無くてはならない。

 

 と、すれば――結局、アサシンはあのスイッチを利用し扉を開けるほかはなくなる、というわけだ。

 

 他の罠にしてもそうだが、回避したくてもそれが不可能である――なるほど、なかなかどうして理不尽だ。

 若干苦々しく思いはするものの、それでこそ巨大な壁というものだ。

 ――越えがいがある。

 

 そして思考を振り払い、アサシンはスイッチへと手を掛ける。

 警戒を最大限にし、罠に備えようとした――その時だった。

 

 

 ――アサシンへ向けて、無数の無色の刃が回転し接近する。

 

 

 何と、思わずその刃に眼を引かれ――それでも行動は一切遅滞ない。

 この時、アサシンは未だスイッチに触れてすらいない。

 つまりスイッチに触れる“直前”を狙って罠を作動させたのだ。

 

 遠隔による直接の操作か、はたまたスイッチの周囲に近づくことで発動するよう仕組まれていたか。

 どちらにせよ、完全にアサシンの想定を超えてきた。

 

 ――――それでも、回避に問題はないのだ。

 

 まさしくそれは反則級にふさわしい。

 自身の体を踊らせ、回転し迫るところ狭しと敷き詰められた刃を回避し、できなければ“なぎ払う”。

 ただ一瞬の如き演舞。

 サーヴァントにすら致命を与えかねない速度で迫ったはずのそれは、まさしく愛歌の死の気配そのものだ。

 

 だというのにそれは、もはや数秒後には完全に消滅し――そこにはアサシンだけがいた。

 

 派手な行動と物体への干渉故か、アサシンの気配が少しばかり乱れる。

 それが数瞬にして元の無に等しい気配へと立ち返り――自然となる。

 

 後には、もはや致死となりうるものはない。

 再びスイッチと、扉と、アサシンだけの空間が出現した。

 

 これでようやく一段落か。

 思わずそう考えてしまう。

 それではいけない、思考しながらも――

 

 アサシンはゆっくりとスイッチに手を伸ばした。

 

 

 ――――それを押した直後、アサシンの胸元に、レーザーに近い速度の弾丸が迫った。

 

 

(――むぅ!)

 

 即座に回避――胸元に迫ったそれは、ぎりぎりの距離でアサシンに触れることはなかった。

 触れてしまえばそれまで、即座に気功を乱されてしまうことだろう。

 それだけは、絶対に避け無くてはならない。

 

 ――それにしても、

 

(……やってくれおる)

 

 正直、肝を冷やした。

 警戒を怠っていたわけではないが――それでも、驚愕と共に反応せざるを得なかった。

 文字通り“やってくれた”わけだ。

 

 こちらの虚を外す一の矢と、その後に来る後詰の二の矢。

 どちらもがあまりに罠らしい罠であり、故に効果的な手段であった。

 それでもなおアサシンが無事でいられるのは、ひとえに“罠の中身が単調である”ためだ。

 

 とはいえ、その中身は、直接こちらにダメージを負わせる類ではならない制約がある以上、致死の罠に限られるのは当然といえば当然なのだが。

 毒や何かは、自然と同一化したアサシンには通用しないのだ――まぁ、その毒に殺された身の上、苦笑する他ないのだが。

 

 足を進めながら――罠はここまで全部で三つ。

 アリーナ全体を罠でうめつくすことは、ムーンセルが許さなかったのか、はたまた愛歌の考えがあってのことか。

 おそらくはどちらも、だろう。

 前者が主原因であるだろうが、そもそもアサシンに通用しうる罠はそう複数用意できない。

 直接的に相手を害するタイプである必要があるのだ。

 いくつも設置しては、途中で見切られてしまう。

 

 何にせよ、コレまでの傾向から見るに、さほど数はないのであろう。

 そう思考しているうちに――アリーナも、おおよそ七割を踏破した。

 

 そろそろだろうか――そんな思考が生まれるよりも少し早く。

 

 アサシンの足元を黒に染め上げられた霧が満たす。

 煙の類ではないようだ――毒の類でもないだろう。

 単なる霧、目眩ましのためだろう。

 

 足元から突き上げてくる罠を隠すためか、はたまた――

 

 姿を表した罠の全容に思いを馳せたところで、

 

 

 ――――頭上から、断頭台の刃が振り下ろされる。

 

 

 アサシンの視線は下を向いていた。

 霧が覆っている以上、そこに警戒を向けざるを得ないのだ。

 つまり――視界の外からの攻撃。

 ――――真っ向からの、不意打ちだ。

 

(前に進むも同じ、後ろに退くも同じ――よく出来ている。……ならば)

 

 アサシンは、前に進むことを選んだ。

 身を一瞬かがめ、刃の下をすり抜けるように突き進む。

 一秒では足りない、霧の出口にたどり着かない。

 ――二秒後には、アサシンの命は刃に刈り取られている。

 

 やがてアサシンは拳を振り上げ――地にたたきつけた。

 データ製の地面が叩き潰されるのではない、そこに仕掛けられた罠を、振動で強制的に作動させるのだ。

 

 アサシンの想定通り、剣山は彼の目の前に出現した。

 そこへ、更に、“もう一打”。

 

 ――――剣山は破裂した、その破片でもって刃を道連れにして。

 

 炸裂――周囲の霧が勢い良く噴き上がる。

 アサシンの体ごと、周囲を包み込んだ。

 

(――想定内か)

 

 アサシンの行動が読まれている。

 霧はアサシンがそうしただけではない、霧自体がアサシンを包もうとしているのだ。

 とすれば次の一手は――

 

 ――炎のそれの焼き直し。

 霧を突き破るように、散弾がアサシンへ殺到する。

 

 それを回避しようと意識を集中させ――直後。

 

 

 ――――それを上回る速度で、紅い“何か”が襲来した。

 

 

 “セイバー”である。

 

「な――――」

 

 サーヴァントを罠に使用してきた。

 紅いドレスは身を躍らせて、アサシンの上段から切りかかる。

 

 疾い。

 アサシンのそれと同等――英霊としても最高ランクのスピードだ。

 

 それがアサシンを狙っている。

 理解した時には、もう遅い。

 

 セイバーの――おそらくアサシンの八卦を乱す細工がされているであろう――剣は、アサシンを捉えそして――

 

 

 激突――両者は、停止した。

 

 

 回避の態勢で硬直するアサシン――

 振り切った刃を地に叩きつけた形のセイバー――

 

 やがて――セイバーがハァ、と一つ息を吐きだした。

 

 剣は完全に振りぬかれ地面に突き刺さっている。

 その剣は――アサシンの足に、“数ミリ届いてはいない”。

 

 剣は――アサシンに掠ることはなかった。

 

 ほぼ同時に後方へ飛び去り、どちらも得物を構えて睨み合う。

 

 すでに霧はその役目を終えたためか、セイバーが出現した時の散弾と共に、何処かへと消え去ろうとしている。

 散弾はアサシンに当たりはしなかった。

 そも、それと同時に現れたセイバーの身体がまるごと飲み込んだのだ。

 

 ともあれ、両者は緊張に身を晒し、真正面からにらみ合いを続ける。

 

「――――掴まえた、そう、思っていたのだがな」

 

「残念だったな、あと一歩だったようだ」

 

 セイバーの言葉に、アサシンはねぎらうように答える。

 ――事実、彼は心からセイバーを賞賛していた。

 セイバーと愛歌――コレほどまでに自分を愉しませてくれたのだ。

 それに対して、礼の一つもなければ良識に欠けるというもの。

 

「全く、どれだけ儂の心を躍らせてくれるのだ。あぁまったく、お主等のような強敵と出会えたことは真幸運であるな。そしてその強敵と、心ゆくまで、何の柵もなく殺しあえるというのは――格別だ」

 

「こちらからしてみれば、攻撃が通らないというのは随分苦痛だぞアサシン――もっとこう、派手にバァーっと叩かせろ。それだけ強いのだ、さぞ良い叩き心地なのだろうな」

 

 互いに、挑発なのだか賛辞なのだかよくわからない言葉を交わし合い――

 やがてセイバーが構えた剣をおろしてみせた。

 

 ――周囲ではSE.RA.PHの警告が鳴り響くとはいえ、未だ戦闘は可能な状態。

 些かそれは油断がすぎる。

 

「おやこちらを見ていないのか、セイバー――今なら即座にお主を縊り殺せるぞ」

 

「――それよりも、奏者の転移の方が早い。生憎と、こちらややるべきことをすべて済ませてしまったのでな、すぐにでも撤退する腹積もりなのだ」

 

 いくつも罠を張り巡らせて――結局わかったことは、そう言った罠がアサシンに全くと言っていいほど通用しないということだ。

 どれだけ高速で襲撃しようが、意識のタイミングを外し虚を突こうが、そのすべてをアサシンは薙ぎ払ってみせた。

 ――文字通りに。

 

 セイバーがこの場で仕掛けてみたところで、一層目での小競り合いと同じになるのが関の山。

 

 要するにこのアサシンは、これまでのすべてのサーヴァントとは比べ物にならないほどの実力を有しているということ。

 

「では、次に合うことに成るのは決戦場か。……クハハ、楽しみにしているぞ。――――セイバー」

 

「次に会う時は、その化けの皮を引き剥がしてくれるぞ、――――アサシン」

 

 そして、アサシンが動き出すよりも早く、セイバーはその場から掻き消えた。

 

 後には未だ周囲に漂う黒い霧と、そこに佇むアサシンのみであった。




 というわけで、隙を生じぬ二段構えでした。
 だいぶ違うけど原理は緑茶のそれである。

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