ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――――決戦前夜、闇に濡れたマイルームで、ぽつりとセイバーが口にした。
“話をしてはくれないか”。
何のことかととうまでもない。
愛歌の姉――沙条綾香について。
それも、他の誰かが語れる内容を、ではない。
愛歌だけが真実を語れる――愛歌だけが語ることのできる、“愛歌の思い”だ。
「私が綾香をどう思っていたか……ね。まさか貴方、本当に何かを思っていたとでも思っているの?」
いつものように、椅子にそれぞれが腰掛けて。
紅茶を淹れる音が、室内に、なぜだか響く。
愛歌の言葉に、セイバーは沈黙のままコクリと頷く。
不思議そうに愛歌はその瞳をじっくりと見つめるが――それでも返答はない。
ただ、肯定しただけだ。
――不思議なもので、セイバーは何一つ疑うこと無く愛歌の言葉を待っている。
これまで、セイバーは誰よりも近くから愛歌を見てきたはずだ。
生憎と、その愛歌は重大な事を忘却し、本来の沙条愛歌とは言いがたかったが、それでも。
その人間性程度なら、十分に垣間見たはずなのに。
それなのに、セイバーは疑うこと無く、愛歌の言葉を聞こうとしている。
本来であれば無駄であると解っているはずなのに。
――あぁそうだ、昔、遠坂凛と似たような会話をしたことがある。
そして、その時凛は、セイバーほど愛歌に踏み込んでは来なかった。
凛が“常人”であるからだ。
――きっと、セイバーは違うのだろう。
セイバー――ネロ・クラウディウス。
稀代の暴君として後世に名を残し、それは真実ではないにしろ、そう言われる原因が、彼女本人にある――セイバーとは、そんな女性だ。
つまるところ、平凡な存在ではない。
実に暴君らしく、実に自分勝手な――そんな手合い。
まぁ何にせよ――無意味であることには変わらない。
セイバーはそんな徒労も愛でるのだろうか。
どれだけ結果が実を結ばなくとも、その過程を彼女は是とするのだろうか。
そんなことに興味を抱くことに、愛歌はどこか意外という感覚を覚えながら――言葉を選ぶ。
「何を期待しているのか知らないけれど、わたしが綾香に何と思っていたかなんて決まっているでしょう?」
――一拍。
少しの沈黙、二の句を選び、改めて口を開く。
「何の興味もなかったに決まっているわ」
それは、別に綾香でなくとも変わらない。
少なくとも愛歌は、世界のすべてを、どうでもいいと思っていたはずなのだ。
セイバーはそんな言葉を、まるで解りきったかのように首肯して――
「そういえば奏者よ」
しれっと、そんな風に問いかける。
「奏者の好きな目玉焼きの焼き方は、何だ?」
「――いきなり何を言っているの?」
唐突な話題の転換に、思わず愛歌はそう返す。
なぜだか、それを意外だと思うよりも、納得したかのような、そんな感情が思考の底で先行した。
――気がした。
「重要な事だ。答えてみよ」
「――
「では――」
セイバーの顔が、ニヤリと、いつもの厭らしいものでも、自信に満ちたものでもない――
“見透かしたかのような”笑みへと変わった。
「……っ」
何故か、喉から声が盛れるような、そんな吐息の感覚。
ふと愛歌は、手元の紅茶へと手を伸ばす。
「――――――――なぜ“
「それは――」
思い出されるのは、三回戦。
ありすを懐柔するために――――ために――調理した目玉焼き。
態々両面焼きの目玉焼き、ありすに文句を言われたことを、覚えている。
――それは、たまたまだ。
たまたま、愛歌がそんな気分だったから。
そんな言葉を口にする前に、
「――例えば、奏者の姉――サジョウアヤカが好むのが両面焼きだったから、ではないか?」
セイバーが、上からかぶせるように遮った。
そうだ。
“その通り”だ。
セイバーの言うとおり、綾香が片面焼きを好んでいたのだ。
「思うに、こういった朝食を準備するのは、愛歌ではなく“姉の仕事”だったのではないか? 奏者の母は早くに亡くなったと聞くし――」
――どこからか、おそらくは凛からの情報だろう。
愛歌の経歴は、愛歌が隠していない以上、調べればでてくることだ。
少なくとも、情報の上では。
「とすれば、奏者が生まれてくる前、そして生まれた後も、奏者ではなく、姉――サジョウアヤカが包丁を握っていたのは、まぁ当然よな」
それも、また正解。
ここまでセイバーの言葉は、どこまでも“的を得たように”急所を穿ってくる。
だからか――愛歌はふと、そんなセイバーの言葉を遮って、漏らす。
「……そうね、――――特に美味しくもない、普通の味だったわ」
そんな風に、漏らす。
それは――単なる感想ではない。
「――調味料の使い方は大雑把、具材の切り方もバラバラで、ああいうのは“手馴れている”のではないわ、“手荒い”だけなのよ」
きっとそれは、愛歌が綾香に向けてずっとずっと溜めてきた。
否、ためていることさえ自覚することなく持ち続けてきた。
「目玉焼きも、時折焦げてた、食べられないわけじゃないけど。それに、“愛歌は両面焼きが好きなんでしょう”だなんて。――私はそれを否定していないだけよ。沈黙は是だなんて、思って欲しくはないわね。それに――――」
――――“愚痴”なのだろう。
「それに――使う食材は、どれも安く手に入るものばかり。そういう情勢だから当然といえば当然なのだけど、貧乏性ね。――――そのくせ」
愛歌はそれを自覚していない。
“何も沙条綾香に思うところはない”のだから。
それを、愛歌が自認しているはずもないのだ。
そこに、
「――――そのくせ、“高級な紅茶を淹れて飲むのが綾香の趣味なの。正しい淹れ方も知らないのに”」
セイバーが、愛歌の言葉を、かぶせるように奪い取る。
「高級な紅茶を淹れて――――へ?」
ふと、愛歌の口が停止する。
少女は完全に、凍りついた。
音の失落した室内に、やがてクスクスと、セイバーの含み笑いが広がっていく。
――愛歌の顔に、ふと朱が差した。
視線を伏せ、セイバーから目をそらそうとする。
それがセイバーの情欲をそそると気が付き、はたと顔を上げて――
――――満面の笑みを浮かべたセイバーが、それを受け止めた。
「な、な、な」
「フフフフ、やはりそうであったか。うむ、余の想像通りの反応を真感謝するぞ、奏者よ」
「……え、何…………え?」
狼狽が、顔だけでなく、視線そして身体にまで満ちていく。
セイバーのそれは、愛歌が想像したことも――出くわしたこともないものであった。
「羞恥に染まる奏者もまた愛おしいな。――だがこの感覚は情欲ではない。あぁ、この愛おしさはまさしく愛! いや、文字通りなのだがな、ふふふふふ」
語るセイバーは、やがていつもどおりに、悦に入った様子である。
だが、愛歌はそんなセイバーを、正しく認識できていない。
狼狽に狼狽を重ねた愛歌は、もはや冷静などではなかった。
「愛? え、愛? セイバーが? わたしを? え? 女の子同士で? ……いえ、セイバーは史実では男で……でも、本当は女なのよね? つまり、つまり、……つまり?」
漏れる言葉は、もはや呂律の回らない酒呑みのようだ。
まさしく正気ではない。
もはや愛歌の思考に、“正常”などという回路は切り離されてしまったのだ。
「うむ! 余は男も女も、須らく愛するぞ! 最も愛するのは美少女――つまり奏者だ。奏者は、余の知るあらゆる美少女よりも美しい! 奏者こそ美の顕現よな」
無論、余もそうであるのだが、とはセイバー談。
「……………………あぁ、もう」
プスン。
――愛歌の中で、何かおかしな機能が停止した。
モウ、ナニモワカラナイ。
こんな感覚、生まれて初めて覚えるものだ。
愛歌は何もかもを知っている。
だけれども、解らない。
――紅いセイバーが解らない。
そのセイバーの笑みが解らない。
この感情が、
――漏れ出てくる言葉とは裏腹に、決して不快ではない、この感情が、解らない。
「うむ。奏者はそれで良いのだと思うぞ。奏者はまだまだ若いのだ。これから何かを知るということもできる。若いということは、即ち時間。つまり――」
セイバーは、今宵において、とりわけ自信に満ちた笑みを浮かべる。
「――“命短し恋せよ乙女”、というやつだ!」
「……何、それ」
「余もわからん。生まれてこの方、恋などしたこともされたこともないのでな!」
そんな事、自信を持って言うことではまったくない。
だけれども、セイバーのその自信は、“愛歌のわからないことを語る”セイバーのそれではない。
いつもの、愛歌のよく知るセイバーのそれだ。
“何も”愛歌はわからない。
解っているはずなのに、全能である少女は、全能で無くてはならない少女は、しかしその感情を言語化することができない。
喜びという感情も、怒りという感情も、哀しいという感情も、楽しいという感情も、愛歌は知っているというのに。
そんな、単純なことすら、わからないのだ。
だけれども、今はそれで良いのだとすら思える。
なぜだか“解らない”のに、それがわかる。
こんな感覚、これもまた――初めてだ。
「――ねぇ、セイバー」
ぽつり。
何だ? とセイバーは返す。
「明日は、きっと今までよりも厳しい戦いになるわ。コレまでと違って、わたしが勝ちに“行かなくては”ならない相手」
「……そうであろうな」
きっと――今までのようには行かなくなる。
「もちろん、勝てないなんてことは言わないわ。苦戦する要素は今までだってあった。今回は、とりわけそれが絶大なだけ」
――絶対の透明化。
圏境のスキル。
もはや反則とすら言ってもいい、あの境地を突破しないことには、アサシンに勝利することは不可能だろう。
考えられるとすれば二つ。
一つは“超人的な魔技”によって、アサシンを上回ること。
攻撃の際には自然との合一が揺らぐのだ。
その一点を狙った戦術も取りうるだろう――が、それはセイバーには不可能だ。
アレをそういった方向から打倒しようとする場合、最低でも凛が使役していたランサー程度の技量は必要になる。
つまり、世界に二つとないレベルの極地でなければならないのだ。
とすれば、愛歌の取りうる選択肢は、二つの内、もう一つに絞られる。
「…………であれば」
セイバーが、覚悟を決めたように、ぽつりと漏らす。
思考が行き着いたのは、きっと愛歌も同様であろう。
「いいえ、“宝具”ではないわ。――宝具を開帳する必要はない。今は、まだ」
「何と……しかし、それではどうするのだ。アレを切り崩すとなれば、最低でも宝具クラスは必要だ」
セイバーの言通り、宝具であれば――やもすればアサシンを束縛しうる。
特にセイバーの宝具は敵を“抑圧”することに特化している。
おそらく、アサシンにもそれは有効だろう。
――が、しかし。
「セイバーの宝具は使わないわ。まだ、真名を明かす必要はない」
愛歌はそれを否定する。
――代わりとばかりに、即座に告げるのだ。
「切るのは、貴方の切り札ではないわ。――――私の切り札よ」
セイバーの眼が見開かれる。
瞠目したセイバーに、愛歌は余裕を持って、伝える。
「そして、それを前提とした策もあるわ、聞いてくれる?」
――セイバーは、あえて大仰に頷いてみせた。
「当然だ。奏者の策であれば否やはない。して、その切り札とは何なのだ?」
「そうね、では何処から話そうかしら――」
紅茶を口につけながら、愛歌は言語を転がすように言葉を選ぶ。
セイバーと、愛歌。
両者の夜は、もう少しだけ続くようだ。
――そんなこんなで、EXTRA終了も間近。
赤王ちゃまをして地獄と言わしめた愛歌の誕生の話は、EXTRAの最後を飾ろうかと思います。
最終回です、続編前提ですが。