ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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43.沙条の姉妹、闇の慟哭

 ――――決戦前夜、闇に濡れたマイルームで、ぽつりとセイバーが口にした。

 

 “話をしてはくれないか”。

 

 何のことかととうまでもない。

 愛歌の姉――沙条綾香について。

 それも、他の誰かが語れる内容を、ではない。

 愛歌だけが真実を語れる――愛歌だけが語ることのできる、“愛歌の思い”だ。

 

「私が綾香をどう思っていたか……ね。まさか貴方、本当に何かを思っていたとでも思っているの?」

 

 いつものように、椅子にそれぞれが腰掛けて。

 紅茶を淹れる音が、室内に、なぜだか響く。

 愛歌の言葉に、セイバーは沈黙のままコクリと頷く。

 不思議そうに愛歌はその瞳をじっくりと見つめるが――それでも返答はない。

 ただ、肯定しただけだ。

 

 ――不思議なもので、セイバーは何一つ疑うこと無く愛歌の言葉を待っている。

 これまで、セイバーは誰よりも近くから愛歌を見てきたはずだ。

 生憎と、その愛歌は重大な事を忘却し、本来の沙条愛歌とは言いがたかったが、それでも。

 

 その人間性程度なら、十分に垣間見たはずなのに。

 

 それなのに、セイバーは疑うこと無く、愛歌の言葉を聞こうとしている。

 本来であれば無駄であると解っているはずなのに。

 ――あぁそうだ、昔、遠坂凛と似たような会話をしたことがある。

 そして、その時凛は、セイバーほど愛歌に踏み込んでは来なかった。

 

 凛が“常人”であるからだ。

 ――きっと、セイバーは違うのだろう。

 セイバー――ネロ・クラウディウス。

 稀代の暴君として後世に名を残し、それは真実ではないにしろ、そう言われる原因が、彼女本人にある――セイバーとは、そんな女性だ。

 つまるところ、平凡な存在ではない。

 

 実に暴君らしく、実に自分勝手な――そんな手合い。

 

 まぁ何にせよ――無意味であることには変わらない。

 セイバーはそんな徒労も愛でるのだろうか。

 どれだけ結果が実を結ばなくとも、その過程を彼女は是とするのだろうか。

 

 そんなことに興味を抱くことに、愛歌はどこか意外という感覚を覚えながら――言葉を選ぶ。

 

「何を期待しているのか知らないけれど、わたしが綾香に何と思っていたかなんて決まっているでしょう?」

 

 ――一拍。

 少しの沈黙、二の句を選び、改めて口を開く。

 

「何の興味もなかったに決まっているわ」

 

 それは、別に綾香でなくとも変わらない。

 少なくとも愛歌は、世界のすべてを、どうでもいいと思っていたはずなのだ。

 

 セイバーはそんな言葉を、まるで解りきったかのように首肯して――

 

「そういえば奏者よ」

 

 しれっと、そんな風に問いかける。

 

「奏者の好きな目玉焼きの焼き方は、何だ?」

 

「――いきなり何を言っているの?」

 

 唐突な話題の転換に、思わず愛歌はそう返す。

 なぜだか、それを意外だと思うよりも、納得したかのような、そんな感情が思考の底で先行した。

 

 ――気がした。

 

「重要な事だ。答えてみよ」

 

「――片面焼き(サニーサイドアップ)よ。それがどうかしたの?」

 

「では――」

 

 セイバーの顔が、ニヤリと、いつもの厭らしいものでも、自信に満ちたものでもない――

 “見透かしたかのような”笑みへと変わった。

 

「……っ」

 

 何故か、喉から声が盛れるような、そんな吐息の感覚。

 ふと愛歌は、手元の紅茶へと手を伸ばす。

 

「――――――――なぜ“両面焼き(ターンオーバー)”の目玉焼きを作ったのだ?」

 

「それは――」

 

 思い出されるのは、三回戦。

 ありすを懐柔するために――――ために――調理した目玉焼き。

 態々両面焼きの目玉焼き、ありすに文句を言われたことを、覚えている。

 

 ――それは、たまたまだ。

 たまたま、愛歌がそんな気分だったから。

 

 そんな言葉を口にする前に、

 

 

「――例えば、奏者の姉――サジョウアヤカが好むのが両面焼きだったから、ではないか?」

 

 

 セイバーが、上からかぶせるように遮った。

 

 そうだ。

 “その通り”だ。

 セイバーの言うとおり、綾香が片面焼きを好んでいたのだ。

 

「思うに、こういった朝食を準備するのは、愛歌ではなく“姉の仕事”だったのではないか? 奏者の母は早くに亡くなったと聞くし――」

 

 ――どこからか、おそらくは凛からの情報だろう。

 愛歌の経歴は、愛歌が隠していない以上、調べればでてくることだ。

 少なくとも、情報の上では。

 

「とすれば、奏者が生まれてくる前、そして生まれた後も、奏者ではなく、姉――サジョウアヤカが包丁を握っていたのは、まぁ当然よな」

 

 それも、また正解。

 ここまでセイバーの言葉は、どこまでも“的を得たように”急所を穿ってくる。

 

 だからか――愛歌はふと、そんなセイバーの言葉を遮って、漏らす。

 

「……そうね、――――特に美味しくもない、普通の味だったわ」

 

 そんな風に、漏らす。

 それは――単なる感想ではない。

 

「――調味料の使い方は大雑把、具材の切り方もバラバラで、ああいうのは“手馴れている”のではないわ、“手荒い”だけなのよ」

 

 きっとそれは、愛歌が綾香に向けてずっとずっと溜めてきた。

 否、ためていることさえ自覚することなく持ち続けてきた。

 

「目玉焼きも、時折焦げてた、食べられないわけじゃないけど。それに、“愛歌は両面焼きが好きなんでしょう”だなんて。――私はそれを否定していないだけよ。沈黙は是だなんて、思って欲しくはないわね。それに――――」

 

 

 ――――“愚痴”なのだろう。

 

 

「それに――使う食材は、どれも安く手に入るものばかり。そういう情勢だから当然といえば当然なのだけど、貧乏性ね。――――そのくせ」

 

 愛歌はそれを自覚していない。

 “何も沙条綾香に思うところはない”のだから。

 それを、愛歌が自認しているはずもないのだ。

 

 そこに、

 

 

「――――そのくせ、“高級な紅茶を淹れて飲むのが綾香の趣味なの。正しい淹れ方も知らないのに”」

 

 

 セイバーが、愛歌の言葉を、かぶせるように奪い取る。

 

「高級な紅茶を淹れて――――へ?」

 

 ふと、愛歌の口が停止する。

 少女は完全に、凍りついた。

 

 音の失落した室内に、やがてクスクスと、セイバーの含み笑いが広がっていく。

 

 ――愛歌の顔に、ふと朱が差した。

 視線を伏せ、セイバーから目をそらそうとする。

 

 それがセイバーの情欲をそそると気が付き、はたと顔を上げて――

 

 ――――満面の笑みを浮かべたセイバーが、それを受け止めた。

 

「な、な、な」

 

「フフフフ、やはりそうであったか。うむ、余の想像通りの反応を真感謝するぞ、奏者よ」

 

「……え、何…………え?」

 

 狼狽が、顔だけでなく、視線そして身体にまで満ちていく。

 セイバーのそれは、愛歌が想像したことも――出くわしたこともないものであった。

 

「羞恥に染まる奏者もまた愛おしいな。――だがこの感覚は情欲ではない。あぁ、この愛おしさはまさしく愛! いや、文字通りなのだがな、ふふふふふ」

 

 語るセイバーは、やがていつもどおりに、悦に入った様子である。

 だが、愛歌はそんなセイバーを、正しく認識できていない。

 狼狽に狼狽を重ねた愛歌は、もはや冷静などではなかった。

 

「愛? え、愛? セイバーが? わたしを? え? 女の子同士で? ……いえ、セイバーは史実では男で……でも、本当は女なのよね? つまり、つまり、……つまり?」

 

 漏れる言葉は、もはや呂律の回らない酒呑みのようだ。

 まさしく正気ではない。

 もはや愛歌の思考に、“正常”などという回路は切り離されてしまったのだ。

 

「うむ! 余は男も女も、須らく愛するぞ! 最も愛するのは美少女――つまり奏者だ。奏者は、余の知るあらゆる美少女よりも美しい! 奏者こそ美の顕現よな」

 

 無論、余もそうであるのだが、とはセイバー談。

 

「……………………あぁ、もう」

 

 プスン。

 ――愛歌の中で、何かおかしな機能が停止した。

 モウ、ナニモワカラナイ。

 

 こんな感覚、生まれて初めて覚えるものだ。

 

 愛歌は何もかもを知っている。

 だけれども、解らない。

 ――紅いセイバーが解らない。

 そのセイバーの笑みが解らない。

 

 この感情が、

 

 

 ――漏れ出てくる言葉とは裏腹に、決して不快ではない、この感情が、解らない。

 

 

「うむ。奏者はそれで良いのだと思うぞ。奏者はまだまだ若いのだ。これから何かを知るということもできる。若いということは、即ち時間。つまり――」

 

 セイバーは、今宵において、とりわけ自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「――“命短し恋せよ乙女”、というやつだ!」

 

「……何、それ」

 

「余もわからん。生まれてこの方、恋などしたこともされたこともないのでな!」

 

 そんな事、自信を持って言うことではまったくない。

 だけれども、セイバーのその自信は、“愛歌のわからないことを語る”セイバーのそれではない。

 いつもの、愛歌のよく知るセイバーのそれだ。

 

 “何も”愛歌はわからない。

 解っているはずなのに、全能である少女は、全能で無くてはならない少女は、しかしその感情を言語化することができない。

 喜びという感情も、怒りという感情も、哀しいという感情も、楽しいという感情も、愛歌は知っているというのに。

 

 そんな、単純なことすら、わからないのだ。

 

 だけれども、今はそれで良いのだとすら思える。

 なぜだか“解らない”のに、それがわかる。

 

 こんな感覚、これもまた――初めてだ。

 

「――ねぇ、セイバー」

 

 ぽつり。

 何だ? とセイバーは返す。

 

「明日は、きっと今までよりも厳しい戦いになるわ。コレまでと違って、わたしが勝ちに“行かなくては”ならない相手」

 

「……そうであろうな」

 

 きっと――今までのようには行かなくなる。

 

「もちろん、勝てないなんてことは言わないわ。苦戦する要素は今までだってあった。今回は、とりわけそれが絶大なだけ」

 

 ――絶対の透明化。

 圏境のスキル。

 もはや反則とすら言ってもいい、あの境地を突破しないことには、アサシンに勝利することは不可能だろう。

 

 考えられるとすれば二つ。

 一つは“超人的な魔技”によって、アサシンを上回ること。

 攻撃の際には自然との合一が揺らぐのだ。

 その一点を狙った戦術も取りうるだろう――が、それはセイバーには不可能だ。

 アレをそういった方向から打倒しようとする場合、最低でも凛が使役していたランサー程度の技量は必要になる。

 

 つまり、世界に二つとないレベルの極地でなければならないのだ。

 

 とすれば、愛歌の取りうる選択肢は、二つの内、もう一つに絞られる。

 

「…………であれば」

 

 セイバーが、覚悟を決めたように、ぽつりと漏らす。

 思考が行き着いたのは、きっと愛歌も同様であろう。

 

「いいえ、“宝具”ではないわ。――宝具を開帳する必要はない。今は、まだ」

 

「何と……しかし、それではどうするのだ。アレを切り崩すとなれば、最低でも宝具クラスは必要だ」

 

 セイバーの言通り、宝具であれば――やもすればアサシンを束縛しうる。

 特にセイバーの宝具は敵を“抑圧”することに特化している。

 おそらく、アサシンにもそれは有効だろう。

 ――が、しかし。

 

「セイバーの宝具は使わないわ。まだ、真名を明かす必要はない」

 

 愛歌はそれを否定する。

 ――代わりとばかりに、即座に告げるのだ。

 

 

「切るのは、貴方の切り札ではないわ。――――私の切り札よ」

 

 

 セイバーの眼が見開かれる。

 瞠目したセイバーに、愛歌は余裕を持って、伝える。

 

「そして、それを前提とした策もあるわ、聞いてくれる?」

 

 ――セイバーは、あえて大仰に頷いてみせた。

 

「当然だ。奏者の策であれば否やはない。して、その切り札とは何なのだ?」

 

「そうね、では何処から話そうかしら――」

 

 紅茶を口につけながら、愛歌は言語を転がすように言葉を選ぶ。

 セイバーと、愛歌。

 

 両者の夜は、もう少しだけ続くようだ。




 ――そんなこんなで、EXTRA終了も間近。
 赤王ちゃまをして地獄と言わしめた愛歌の誕生の話は、EXTRAの最後を飾ろうかと思います。
 最終回です、続編前提ですが。

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