ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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44.蒼銀の剣と漆黒の鴉

 全能とすらされる沙条愛歌ではあるが、だからといって、時間の歩みまでもを自由にできるわけではない。

 少なくとも、それが愛歌であれ、他の誰であれ、一日は平等に訪れるのだ。

 

 ――決戦日は、かくして愛歌を待ち受けるかのようであった。

 

 進行役の神父、言峰綺礼の案内に従い、愛歌とセイバーはエレベーターに乗り込もうとする。

 相手はコレまでにないほどの実力を持つ強敵だ。

 少なくとも、サーヴァントはこのムーンセルにおいて、五指に入るほどの実力を有するだろう。

 ただ、それでもやるべきことは何も変わってはいない。

 この日が誰に在っても平等であるように。

 言峰綺礼の行動が、プログラムとして定型化しているように。

 

 沙条愛歌の勝利は、揺らがない。

 

 少なくとも、愛歌もセイバーもそう考えているし、この戦いに臨まない、多くの大多数は、きっとそう考えていることだろう。

 ただ少しばかり例外が存在するとすれば、それは愛歌の勝利を望まない者。

 勿論、少なからず今ここに残っているマスターはそれを願っているだろうし、そのほうがマスターにとっても好都合なのだが。

 

 生憎と、“それでも勝つのは愛歌だろう”。

 そんな思いが、参加者たちの中には在ったのだ。

 

 例外があるとすれば――

 

 

「――――やぁ、ちょっといいかな」

 

 

 ――そんなもの、実際に対戦をするユリウスを除いて、たった一つしかないわけで。

 

「……騎士さま?」

 

 エレベーターに入る直前で、振り返りその姿を愛歌は認める。

 階段の方に、蒼銀に光る鎧を纏った青年――サーヴァント、セイバー。

 

 ――騎士王アーサー・ペンドラゴンが立っていた。

 

「一体何のようかしら? 騎士さま、こうして会えたのは望外に喜ばしいことだけど。でも、意外だわ、とっても意外」

 

 愛歌は小首を傾げる。

 その声音はすべてに渡って疑問が浮かんでいた。

 騎士王は愛歌にとって好ましい存在ではあるが、だからといって、この場に現れるのは不可解だ。

 少なくとも、三回戦からここまで、騎士王とは一度も接触がなかったのだ。

 

 それに、“どちらかがどちらかにあえて接触しようとする”のは、これが初めてのことだった。

 これまでの遭遇はどれも偶発的なもので、また目的も薄いものだった。

 愛歌はそれで良いと思っていたし、騎士王とて、それを不快と思ってはいなかっただろう。

 

 単なる顔見知り、言ってしまえばどちらかから会いに来る理由は、乏しいのである。

 それなのに、なぜ?

 愛歌の問いは決して不愉快そうではなかったが、故に彼女の問いかけが浮き彫りになっていた。

 

「――レオの用事を頼まれているんだ。君とユリウス――その戦いの行く末を見届けてほしい、と」

 

 勿論、直接戦場を覗けるわけじゃないけどね?

 ――と、騎士王は言う。

 

「それは、なぜ?」

 

「残念だけれど、それを答えることは出来ないかな。……まぁ、理由があるわけではなく、私自身も知らされていないだけなのだけど」

 

 実に素直な解答だ。

 その言葉の裏を疑ってしまうくらい。

 ――この誠実な騎士が、そんな裏のある言葉を選ぶことはないと、愛歌は解っているにもかかわらず。

 

 原因は、その主、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイにあるのだろうと、そう思った。

 とはいえ、そのレオもまた公明正大な人物ではあるのだが――

 レオの場合、そもそも他人という存在が誰であっても当価値であるというだけなのだろう。

 

「騎士さまの考えがどうあっても、こうして会いに来てくれたのはとっても嬉しいわ。……うん、これならわたしは、きっとこの戦いにも勝てるわ。だって、こんなにも幸運なのですもの」

 

 愛歌は騎士王に少しだけ近づいて、にこりと微笑む。

 愛らしい、実に彼女らしい――どこか破綻したような笑み。

 こんなにも可愛らしいのに、何故かそこには破滅という単語が寄り添っていて、

 

 だからこそ、今にも壊れて消えてしまいそうな少女は、美しく、そして儚いのだ。

 

 否、“触れたこちらが壊れて消し去られてしまいそう”なのだ。

 愛歌の美とは、そういうものだ。

 

 そんな愛歌の様子に、騎士王は困ったように笑んでみせる。

 愛歌の言葉もそうだが、これから愛歌が戦うのは自身のマスター、レオの兄なのだ。

 実際騎士王は、コレより少し前にエレベーターへと入ったユリウスにも声をかけている。

 生憎と、ユリウスは騎士王に何の反応も示さなかったが。

 

「……ふふふ、でも、解っているわ。騎士さまが誰にも優しい人だっていうのは。でも、そんなところがわたしはとっても素敵だと思うのよ?」

 

 とはいえ、愛歌もそんな騎士王の公正さを理解していないはずもない。

 “だからこそ”騎士王とは即ち、愛歌の好む“おうじさま”なのだ。

 

「――君は」

 

 ふと、騎士王は愛歌に問いかける。

 それはレオの命令にはなかった行動だ。

 しかし騎士王は彼のサーヴァントであるが、同時に彼を先達する王でもある。

 この程度の裁量は、認められてしかるべきだろう。

 

「私を――好いていると、そう言ったね? 白馬の王子様、今すぐこの場から連れ去ってほしいくらい、と」

 

「それは――」

 

 ――その通りだ。

 その言葉に、何一つ、嘘はない。

 

「なら……」

 

 けれど――愛歌はその言葉の“次”を遮った。

 

「――ダメよ。わたしは貴方に連れ去ってほしい。それは、“それが許されないこと”だからなの。だから、許されないのなら、するべきじゃない」

 

 騎士王の言葉は、きっと愛歌への問いかけだっただろう。

 本心からではない。

 それでも、愛歌はそれをさせなかったのだ。

 それは単なる、憧れもようなものだから。

 

「なら、君は――」

 

「簡単なことよ、騎士さま。とっても、とってもそれは簡単なこと」

 

 なぜなら――

 

 

「だって、女の子なら、王子さまに連れ去られることを、一度は夢見るものなのでしょう?」

 

 

 そう言って、愛歌は騎士王から背を向ける。

 それ以上の言葉はなく、愛歌はエレベーターへと歩み、そして消えていく。

 

 騎士王は、ふとその言葉を反芻した。

 

 女の子なら、白馬の王子様に憧れることは、当然だ。

 ――確かにそれはそうなのかもしれない。

 ただ、愛歌の“言い方”がどうしても気になった。

 

 まるで“知識として”知っているかのような。

 それは、それゆえに。

 

 ――愛歌の態度は、そんな憧憬を、模倣しているかのようにすら見えてくる。

 

 気のせいなのかもしれない。

 そうではないのかもしれない。

 ただ、どうしてか、騎士王はそれに意識を引かれざるを得なかった。

 

 決して、その姿を心の底から愛おしいと思ったわけではない。

 ただ、気になってしまった。

 それは恋でもなんでもなく、単なる好奇心の類なのだろう。

 

 悪い虫だ。

 ――相手は、今は決して悪くはない関係を築いていても、何時かは敵対しあう者だというのに。

 

 そして、騎士王にとって、愛歌とはまさしくそんな存在であった。

 好ましくはあるが、しかし一線を踏み越えない程度の、そんな相手。

 

 でも、なぜだかそれが――

 

 

 ――その一瞬だけ、少し、ずれてしまったかのような、そんな気がした。

 

 

 ◆

 

 

 エレベーター、不可視の壁の向こう側に、その黒衣が覗かれた。

 辛気臭い顔は今も愛歌へと向けられていて、それはもはや、不気味な路地裏を想起させるものだった。

 ただ、儚く鬱々しいというのではない。

 ある種の異質。

 

 そこに、人が“ありうる”気配はなかった。

 

 ――――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイは、そんな、いつもと変わらぬ様子でそこにいた。

 

「――――」

 

 沈黙している。

 

「…………」

 

 愛歌もまた、それに答えるように無言を貫いていた。

 ただ、ふとあることに気が付き、愛歌ではなくその横のセイバーが、声をかけた。

 

「おや、今日はあの反則を使わぬのか? ――アサシン」

 

 そう。

 そこにはもう一人、赤の衣に身を包んだ男。

 稀代の拳法家――アサシンがそこにいた。

 

「呵々――! 何を持って反則とするセイバー。お主の主人に対しても、同じように言えるのか?」

 

「言えるぞ。奏者はまごうことなき反則だ。な、奏者よ」

 

「……え、そこで同意を求められても困るのだけど」

 

 いきなりふられたことに、愛歌は呆れと共に嘆息する。

 セイバーが誰かと会話する時、不意にこちらに矛先を向けるのはやめて貰いたい。

 ――今は、そんな気分でもないというのに。

 

「ハハハハハ――! まったく、貴様らは実に良い主従よな! これほど“面白い”組み合わせも他にあったものか――」

 

 言いながら、チラリとアサシンは視線を投げかける。

 ――沈黙するユリウスに、実に全くもってわざとらしく、だ。

 

「なぁユリウスよ、お主は小奴らをどう見る?」

 

「――俺に話しかけるな、アサシン」

 

 即座にユリウスの剣呑な視線がアサシンへ向けられた。

 それは暗殺者らしい、実に殺気立ったものではあるが――アサシンからスレば児戯同然だ。

 

 それもまた愉快と、アサシンは笑う。

 

「だが、少なくともあの小娘のことは気になっているのだろう? あぁ、なんと言ったか――」

 

「やめろ、俺にそいつの事を振るな」

 

 苛立ちを堪え切れない顔で、ユリウスが遮る。

 ふと、手を叩いてアサシンは頷いた。

 

「あぁそうだ。たしか、嫌よ嫌よも好きのうちといったか」

 

「――なぜそうなる」

 

 それは愛歌も同感だった。

 少くとも、ユリウスは愛歌を嫌っている。

 憎悪や嫌悪の類ではない、天敵として――この世で最も相容れない存在として嫌っているのだ。

 

 ――まぁ、それだけ愛歌がユリウスに押し付けた面倒事は多大であったというだけの話なのだが。

 

「いや別に、好いているというわけではないだろうさ。だが、“どういうわけか気になっている”のだろう? 例えばそう、あの娘の生態に、疑問を抱いている――というような」

 

 それは――

 やもすればセイバーのそれに近いのかもしれない。

 無論、そこに至る感情も、それを知ろうとする動機も違うだろうが、少なくとも。

 

 愛歌の“何か”を知りたいという点では共通する。

 

「――だからどうした。何が言いたい、アサシン」

 

「……呵々、そのようなこと、今更問うでない、ユリウス。――そら、時間のようだ。無駄話もここまでだ」

 

 アサシンが促す――同時、下降を続けていたエレベーターは停止する。

 振りかかる重力の反動に思わずアサシンは身震いをして――実に心地よいと、笑って見せる。

 

 ――決戦場への扉が開いた。

 

「――ゆくぞ、奏者よ」

 

 先んじて扉の向こうへと消えていくユリウスとアサシン。

 セイバーは、ふと愛歌の方を見た。

 

「必ず勝つ。……よいな?」

 

「――言われるまでもないわ」

 

 両者は、――それだけで十分だった。

 

 

 ◆

 

 

「フフフハハハハ――――ハハハハハハハハッッ!」

 

 待ち構えていたアサシンが、拳を構え大笑する。

 ひたすらに、腹が捩れるほど笑って、笑って――笑い尽くして。

 

 そして最後に、その瞳をセイバーへと向けた。

 

「滾る! ぁぁあぁあああ滾るぞ! これぞ戦場! これぞ死に支配された場所! 俺のあるべき場所なのだ――!」

 

 その様子に、セイバーはふん、と鼻を鳴らす。

 どこか嘲るようであるが、違う。

 ただ、自分を誇示しているだけなのだ。

 

「語るな、暗殺者。――まぁ、解らんでもない。己があるべき姿、あるがままで居られる空間とは、実に心地よい場所だ」

 

 そこが、ある種の極地――“何か”の果てにたどり着ける場所となれば、それもなおひとしおだろう。

 

 それはセイバーもまた知っている。

 ――故に、肯定した上で破壊する。

 

 高慢にも――実に、彼女らしい態度でもって。

 

「だが、それも今この時までだ。――この先、貴様はもはや、その感覚を覚えられぬものと知れ」

 

「――――ハ。よいぞ。それもまた善しだ。実に小気味良い!」

 

 言葉と同時、アサシンの身体は自然へと溶けていく。

 ――機は満ちた。

 セイバーは構え、愛歌と、そしてユリウスはその意志を極限まで集中へと高める。

 

 直後――風が跳ねた。

 セイバーとアサシン、両者が同時に動き出したのだ――――!


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