ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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46.无二打

 ――怪物女王(ポトニア・テローン)

 言ってしまえばそれは母なる神の権能。

 つまり、大地母神の力を振るうということだ。

 原初の母――チャタル・ヒュユクの女神を模するとされるそれは、言ってしまえば母の肚。

 母胎の内部に取り込まれているといえるのだ。

 

「――結界。……固有結界か」

 

 ユリウスが自分の知識の中からそれに当たりをつける。

 大魔術の一つにして、魔法にすら匹敵しうる秘技の中の秘技。

 

 固有結界――リアリティ・マーブル。

 空想具現化(マーブル・ファンタズム)の一種ではあるが、その特性は自己の心象風景の具現化――世界の塗りつぶしにある。

 本来であれば一部の悪魔や精霊のみが操る術式。

 膨大な魔力を必要とするため、少なくとも神秘の薄れた現代で、それを使用できる者はいない。

 

 ――はずだ。

 

 だが、沙条愛歌がそれをしてみせたのだ。

 彼女ならば、という考えは、ユリウスからしてみれば当然である。

 

「――――いいえ、違うわ。これは固有結界ではないの」

 

 しかし、愛歌はその言葉を否定した。

 

「強いて言うなら、空間そのものをこの結界に合うように作り替えている――固有結界とは少しだけ似て非なるの。あくまであれば自己世界の具現化ですもの、この世界は――わたしの心象風景ではないものね」

 

 ――心象風景のかわりに、かつて存在した神の存在を持ちだしているのだ。

 つまるところ、この世界はそれ一つが完全な儀礼場である。

 魔術師が儀式を行うための魔法陣、それとなんらかわりはしないのだ。

 ただし、その効果は基本的な固有結界に近しい物がある。

 

 言ってしまえば、この魔術とは『固有結界とは異なるアプローチによって齎された固有結界の類似品』と言えるだろう。

 とはいえ、そこにつぎ込まれた技術は、現代最高峰の魔術師(メイガス)、沙条愛歌の才能そのものである。

 ――固有結界クラスの大魔術、もしも魔術がその神秘を失っていなければ、愛歌は魔術師達に封印指定されることは不可避であろう。

 

 元より、愛歌の才覚は“されて当然”のレベルにあるのだが、ともかく。

 

「まぁ、能書きはここまでにしましょうか。――ここは母なる神が腹の底。新たな恵みが、愛されし我が子に注がれる。――――セイバー」

 

「うむ! まっていたぞ、奏者よ!」

 

 セイバーの周囲に、黒く染め上げられた手のひらが迫る。

 だがそれは、どこか慈愛に満ちていて、どこか慈悲を帯びていた。

 

 ただ愛することのみを許された母の手のひら。

 愛歌はそれを単なる権能としているが、それでも――触れれば、そこには暖かさがあった。

 

「ふむ、見た目はともかく、なかなかどうして心地よい……」

 

 ある種異様ですらあるが、そこに嫌悪は抱かない。

 これがこの世界における“神”と同一の存在なのだ。

 人間からしてみればそれは、畏怖するか、信奉するか、無関心であるかのどれかしかない。

 

 少なくとも、ユリウスからしてみればそれは畏怖以外の何物でもないのだが。

 

「刮目せよ、これが奏者の外法により新たな力を得た余の姿――恐れおののけ、そしてひれ伏せ!」

 

「人の大技を外法呼ばわり……セイバー、本当に貴方ってまったく――でも、やってしまいなさい。その力があれば、あのアサシンにだって太刀を浴びせられるわ」

 

 ――愛歌の言葉通りだろう。

 黒い手のひらをその身に帯びたセイバーは、先程までとは比べ物にならないほどの威圧でもってアサシンに身体を向けている。

 少なくともユリウスでは、少しでも近づけば、その場で切り捨てられてしまうほどの。

 ――それは、愛歌のそれと似通っているように思えた。

 

 愛歌の魔術が彼女を味方しているのだから当然だ。

 だがそれ以上に、“セイバーの中の、愛歌との相似点が、同調している”かのようだった。

 

 ムーンセルはマスターと相性の良いサーヴァントを召喚する。

 少なくとも、“愛歌に召喚されるだけのことはある”というわけだ、あのセイバーも。

 

「くく、良いぞ――そう滾るなセイバー。今にも喰らい尽くしたくなってしまう――!」

 

 アサシンが吠えた。

 同時、セイバーの身体から闇に染まった手は消えて亡くなる。

 溶けてセイバーに染みこんでいくかのように。

 

「毒を浴びるのはゴメンだな。猛獣の餌になるのもまたゴメンだ。故に――ここは奏者が貴様を切り捨ててやろう。――あと数十年歳を重ねて出直して来い!」

 

 言葉の終わりに、セイバーはニィ、と笑みを浮かべ――

 

 

 ――空白の中へと消えていく。

 

 

「ほう――!」

 

 ――――圏境。

 アサシンが使用する人の域を超えた魔技。

 そのスキルを“同ランク”にて、セイバーは模倣して見せたのだ。

 

 圏境はごく一部の達人が、ある極地に到達することでようやく行使可能となる業だ。

 それを、本来であればセイバーはスキルとして取得することはできない。

 例外として、“誰かが目の前で手本を見せれば”、その手本通りにスキルを発動することができる。

 

 つまり、一部の特殊スキルは、そのスキルを“取得しているサーヴァント”との対戦時のみ、コピーする形で使用できる、というわけだ。

 しかしそれでも、完全なコピーはかなわない。

 本来であればあくまで劣化コピーとなるのである。

 

 ――が、今のセイバーには愛歌の怪物女王がバックアップをしている。

 強烈なステータスの補正は、本来であれば完全コピー不可能な圏境のスキルを、コピー可能なまでに押し上げる。

 

 さながら、セイバーが今振るうそのスキルは、神の“権能”とすら思えるようであった。

 

「クハハハハ――! いよいよこの域にすら踏み込むか、実にバケモノらしい姿といえる!」

 

「不愉快か――?」

 

 自身の極意を模倣されたのだ、そこに怒りが伴うのは武人としては当然とすら言える。

 ――だが、アサシンは愉快そうに笑うのみ。

 

「何を! そんなことあるわけなかろう、武とは誰もがその極点を見うる手段の一つよ! それならば、その極点に感服することこそあれ、誰が怨嗟を向けようものか!」

 

 実にアサシンの在り方は明白だ。

 “誰が自分を追い抜こうが構わない”のだ。

 その誰かと、心ゆくまで拳と生き死にのやり取りができるのならば。

 

「――征くぞ、たとえ我が秘奥に足を踏み入れようと、その足跡は我が影すら踏めぬと知るがよい!」

 

 最後に、そうアサシンは猛り吠え――既に自然へと消えたセイバーへ、迷うこと無く躍りかかる――!

 

 

 ◆

 

 

 アサシンは圏境により透明と化している。

 また、セイバーも同じく圏境を使用し自然へと還った。

 その目的は“アサシンと同じ位相へ至る”こと。

 つまり、波長を合わせる――一種の同調、シンクロだ。

 それによりセイバーは剣だけでなく、あらゆる手段でアサシンに触れることが可能となる。

 

 アサシンは圏境により、“触れることすら”叶わなくなっている。

 それは、アサシンが自然と一体化し、本来人が存在するべき位相から逸脱しているためだ。

 故にその位相をセイバーが合わせれば、触れられなかったアサシンに触れることも可能になるというわけだ。

 

 当然、相手の視界を撹乱するという狙いもあるが――残念ながらアサシンには効果が薄い。

 圏境はアサシンの秘奥の一つ。

 その経験から、圏境により相手が姿を消したとしても、“圏境が使われている場所”を判別することが可能だ。

 愛歌の空間把握と同様、圏境は相手の撹乱には使用できない。

 

 それでも、十分だ。

 相手がそうしてくるのなら、“自分も同じことをすれば良い”。

 そうすれば、どうか。

 

 

 ――戦況は、完全に反転していた。

 

 

 虚空に融けたセイバーの剣が風を凪ぐ。

 一撃一撃が猛烈な淀みとなり、視界には何も映らない世界に、破壊に満ちた気配のみが通過していく。

 

 アサシンはそれを紙一重に紙一重を重ねて回避していた。

 後方に下がりながら、迫る剣から身体をずらして行く。

 その度に、アサシンの心の臓がいやというほど鼓動を増していく。

 抑えようと思えば抑えられるが、今はその手間すら惜しいのだ。

 もはや無視できないほどの死の連続、間一髪のすれすれを剣の切っ先がえぐっていく。

 

 ――セイバーの気配が掻き消えた。

 

 否、である。

 掻き消えたのではない、“アサシンに追えないほどの速度”でセイバーが後方へ回ったのだ。

 

 振り返りながら跳び、胸元を剣が通りすぎるのを感じる。

 直後、セイバーは跳んでいた。

 上段から、空中に在ってもなお身軽な身体の廻転にアサシンは振り子のギロチンを想起した。

 

 ――三次元。

 前後左右、そして上空からの機動的かつ幻惑的な動きを、アサシンは単なる直感によって回避していた。

 武術者としての感覚が、アサシンを既のところで間に合わせる。

 ――だが、その度にアサシンの正気が削られていった。

 

 セイバーの動きは、もはや通常のサーヴァントのそれを逸脱している。

 本来の形――英霊としての力を、極限まで取り戻しているということか。

 何にせよ、もはやアサシンですら対応するのが精一杯な、高速駆動は、異常の域だ。

 しかも厄介なことに、

 

 ――――そこに、沙条愛歌も加わるのである。

 

 セイバーが後方へ回ると同時、真正面に愛歌が出現してきた。

 怪物女王の展開が終了し、彼女もマタ手が空いた。

 セイバーの支援を行う必要がなくなったこともまた大きい。

 ――とはいえ、愛歌の場合、セイバーにアサシンの動きを指示しながら、自身も戦列に加わることは可能だろうが。

 

 致死の毒を伴って、愛歌はアサシンに触れようとする。

 アサシンの身体はセイバーの苛烈な剣戟の中にある。

 故に、身動きなど取れようはずもない。

 そこへ毒が迫るのだ。

 実際に死ぬことはなくとも、少なくとも圏境を維持することは不可能なシロモノだ。

 

 恐らくは、セイバーの剣に付与されているモノも同じ類なのだろう。

 

(――ぐぅ! いよいよ進退極まったか……!)

 

 心底で零す。

 愚痴ではないにしろ、この状況はまずいと、アサシンですら思わざるをえない。

 驚嘆する。

 これほどの力を引き出せる手段に。

 それを実際に成し遂げたことに――!

 

 それを為したのが、目の前にある、見目麗しい少女なのだ。

 ――その中身が、いかに魔的であるかが良く知れる。

 

 笑みは、月のように歪な結界の中で揺らめいて――

 

 アサシンは、少女の懐に飛び込んだ。

 もはやそこしか、活を拾い得る隙間はない――!

 

 決死の拳に愛歌は驚くほどあっさりと身を退いた。

 転移によりその姿は掻き消え、アサシンの視界には追えなくなる。

 無論その禍々しい気配は消えてはいないが、視界に入らない程度ならば、良い。

 

 ――直後、アサシンヘ向けてセイバーの剣が迫る。

 それでも、ほとんど転げるような形で、アサシンはそれを回避した。

 剣とアサシンの間には、一寸と呼べる隙間もなかった。

 

(ぐおぉう、これは――)

 

 思わずアサシンは感嘆とともにそれを漏らす。

 

(――アサシン、この状況、勝機はあるのか)

 

 そこに、ユリウスが念話を飛ばす。

 この状況――それに応える手間すら惜しい。

 しかしアサシンは律儀に返す――否、予め詫びを入れるかのように、だ。

 

(そうさな、ユリウス――お主、運はある方か?)

 

(運……そんなもの、この俺の有り様を知るお前が態々問うことか?)

 

(む……? あぁすまん、運は運でも、武運だ。まぁ、お主の不運は知っておるよ――が、それが武運と結ばれるかといえば、否云えなぁ)

 

 アサシンの言葉は、どこか諦めにも近く――だが同時にユリウスの何かを誘っているかのようでもあった。

 その何かに、ユリウスは迷うこと無く、乗る。

 ――少なくとも、その程度にはユリウスはアサシンを、信頼していた。

 

(――そんなもの、俺は知らん、が――俺は今もまだ生きている。それでは答えにならんか?)

 

「…………ふ」

 

 アサシンは、誰に聞こえることもない笑みを漏らす。

 ――満点だ。

 実に良い――アサシン好みの答えである。

 

(では、祈れよ! この状況を打破するとなれば――もはや手は一つしかない!)

 

 言葉と同時、アサシンは一度後方に飛び退き、迫るセイバーに対し自身もまた肉薄した。

 迎え撃つのである。

 

「――ほう、来るか!」

 

 おそらく、セイバーはアサシンの狙いを感じ取ったのだろう。

 ――アサシンのとった選択は実に単純だ。

 相手は怖ろしいほどにその性能を強化してきた。

 長期戦に持ち込めば、確実にアサシンは負けるだろう。

 

 だが、ほんの一瞬の超短期決戦――一手で勝負が決まるような戦いであれば?

 極大な差は、可能な限り埋めることができるだろう。

 後は単純だ、その可能な限り縮まった差の中で、アサシンが上を行くこと。

 一手さえ打ち込めれば、それで勝利が決まるのだ。

 ――そのための宝具を、アサシンはその体に宿しているのだから。

 

 ――――アサシンが打てる手は三つ。

 相手の攻撃を往なし、返す打撃を打ち込むか。

 全速力で相手の攻撃の上を征くか。

 骨を切らせて肉を断つ、すれすれの回避と共に全力を打ち込むか。

 

 これはおおよそセイバーにも言えること。

 その中で、アサシンは確実に、相手の手の上を行かなくてはならなかった。

 ――それでも、アサシンは一切迷うことはない。

 

 これを間違えれば、死。

 

 それでも、この勝負はたった一打のみ許された仕合なのだ。

 

 たった一打きりの勝負。

 ――だが、アサシンを知るものであれば、その一打で誰が勝利するか、疑うものはいないだろう。

 

 

 ――――无二打(ニノウチイラズ)

 

 

 セイバーの選んだ一閃は、高速に寄る切り払い。

 

 横から迫る剣を、アサシンは下から突き上げるように払った。

 器用に、気功を乱す術式を付与された部分をきっちりと避けて。

 

 音だけが響く、上方に何かが弾かれる音。

 

 それだけだった。

 それだけで、セイバーの身体は異様に淀む。

 

 

 ――――――――たったそれだけで、十分だった。


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