ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
現れた沙条愛歌は、二丁拳銃を構えるクラス不明のサーヴァントと相対する。
後方から急ぎ駆けつけたセイバーを横に、慎二と愛歌は一拍の間に沈黙を置いた。
戦場は一触即発である。
開戦の火蓋は切られる――が、それは今ではない。
もとより回避のつもりなどどちらにもないが、相手は慎二だ。
愛歌は、挑発に近い不敵な笑みを浮かべてみせる。
「こんにちわ、そちらが貴方のサーヴァント? 素敵なサーヴァントね、荒れ狂う海のよう」
「……ふ」
雑談のような言葉に、少し肩を透かしたのだろう。
慎二は一瞬戸惑いを浮かべながら、即座にいつも通りの笑みで。
「そりゃあそうだろう。僕の“ライダー”は高名な英霊だ。大して君のサーヴァントは……随分と派手だね。そういうの、まぁ僕は嫌いじゃないよ?」
当たり前のように、ライダーのクラスを明かしてみせる。
愛歌はすましたような笑みでもって、
「あら、ありがとう」
と、応える。
慎二の隣のライダーが、苦笑に近い笑みを浮かべる。
さもありなん、ライダーの得物は二丁拳銃、端から見ればアーチャーの類と見られたであろうに。
「海、という表現もいいね。こいつは粗暴だが、その分見た目は派手も派手――君のサーヴァントとは種類が違うが、まさしく海のように豪華、というわけさ」
慎二の態度は、さながら手に入れたおもちゃを自慢する子どものようだ。
もしくは、捕まえた虫を見せびらかすような。
――であれば、彼のそれは無邪気と呼べるだろう。
しかし、彼は実に恵まれていた。
「でもダメだね。こいつはサーヴァントとしては三流だよ。従者としての役割を全くこなしていない。僕も不幸だよねぇ、ま、力には代償が付き物というものさ」
「ッハ、言うねぇシンジ。アタシぁ、そういう態度は嫌いじゃないよ。それに、アタシの実力は評価してくれてるわけだしね。その評価に見合う仕事はさせてもらうさ」
やれやれと、嘆息気味であるが、ライダーは気の良い返事をしてみせる。
――同時、自身のクラシックな拳銃を構え直し、前に出る。
彼女の言葉に嘘は見られない。
だがそれ以上に、彼女はあくまで仕事熱心だ。
もう雑談は許さない、詮索無用、なぎ払う――その意思が、行動一つで示された。
「奏者よ、切り捨てるぞ。余の舞踏、とくと目に焼き付けるがよい!」
セイバーもまた、それに倣う。
手には赤く燃えたぎる原初の火。
慎二とライダー。
愛歌とセイバー。
四者の敵意がごちゃ混ぜの綯い交ぜになって。
――爆発とともに、二騎の英霊が肉薄する!
◆
ライダーの放った銃弾にセイバーが剣を這わせる。
火花が散って、後方に切り裂かれた鉄の玉が吹き飛ぶ。
愛歌にそれが注がれないことは端から計算の上、愛歌の後方から、飛び散った銃弾の爆風が浴びせられた。
それにより、戦闘が開始されたと認識されたのであろう。
周囲にSE.RA.PHの警告がけたたましく鳴り響く。
手数はさほど重ねられないであろう。
それはライダーにとっても、セイバーにとっても同様であった。
出し惜しみはない。
セイバーは剣を構えると即座に、自身の速度を活かした速攻の切りつけを仕掛ける。
ライダーは一発、銃弾で牽制を入れ、それが切り払われると同時、構える。
奔る剣閃、受け止めるはライダーの拳銃。
甲高い音は衝撃となって、ライダーの身体は左方に吹き飛ばされた。
だが、受け流しはした。
セイバーは二の太刀を浴びせず、その速度のまま駆け抜ける。
これぞセイバーの剣技、その速度は敏捷に優れるライダークラスすら惑わせる――!
ライダーは一瞬、沙条愛歌を視線で追った。
この状況、愛歌の前にセイバーはいない、ならば、無防備にマスターは晒されている。
先ほどのアレを見ていれば、それは望めぬ可能性ではあるが、それでも。
そこで捨てきれる選択肢ではなかった。
ライダーには侮りがあったのだ。
愛歌はマスター、サーヴァントを直接排除するほどの力はない、と。
――けれど、それは違う。
愛歌は慎二曰くバケモノ――“根源接続者”なのだ、と。
ライダーはまだ、それを実感してはいない。
視線の先、そこにいるはずの愛歌の姿は――掻き消えていた。
どこにもない。
この通路で、隠れるなどということは不可能だ。
であれば――
「バカ、ライダー! 後ろだ!」
途端、慎二の喚声がほとばしる。
気配――愛歌は、まさしくライダーの視線の外。
真後ろに立っていた。
「……嘘だろ」
一言零し、間近に迫った手のひらを避ける。
手には紫の毒々しいほどの何か――花のように、見えなくもない。
直後、銃口を愛歌へと向け、引き金を引き――
銃弾は、愛歌の手のひらによって握りつぶされた。
毒宿す手ではない。
焔宿す手。
愛歌は片手に花弁を、片手に咲き誇るほどの炎を宿していた。
それが銃弾を、鉛の塊を融かしてしまったのだ。
「――手のひらの
耳元で囁くように、ライダーへ向けてそれを語った。
だからどうしたと苦虫を噛み潰した顔でライダーは思う。
愛歌はわざと語ってみせたのだ、語った所で、“どうしようもない”類の力なのだから。
それは純粋な熱量による灼熱だ。
防ごうと思えば、決して防げないではないだろう。
しかし、それをする意味が一体どこにある?
回避すれば良いのだ、態々受けて立つことにリソースを割く必要など無い。
ただ破壊する、それがどれほど厄介であるか――
「――――避けろよ、ライダー!」
声。
慎二の物だ。
ライダーと愛歌は刹那の中にいた。
攻防のほんの一瞬だったのだ、先ほどの空白は。
慎二の行動は相当に迅速であっただろう。
彼は愛歌へ向けてコードキャストを打ち放す。
『shock(32)』、対象に対してスタン、つまり停滞を与える一撃。
射線上にはセイバーが、愛歌が、そしてライダーがいる。
これはセイバーに対しての牽制でもあった。
慎二にセイバーを近づけさせないための。
セイバーは飛びのき、愛歌は再び掻き消える。
最後にライダーが横へ身をそらせば、後は虚空に一撃が消えていく。
セイバーとライダー。
両者は主人の位置を入れ替えた上で、再び敵意を向け合い相対する。
「やるではないかライダー!」
「そっちこそ、いい剣だねェ、
ライダーはすでにセイバーのクラスを断定していた。
剣を握るのだ、それがありうるクラスはセイバー、ライダー、アーチャーあたり。
技量の程からセイバーと当たりをつけるのは、当然といえる。
ライダーはセイバーの剣を褒め称える。
果たして、これを売ったらいくらになるだろう――そんな心意を言葉ににじませず。
再び銃弾が、セイバーへ向けられた。
足元への牽制。
二丁拳銃故か、連射には手間がかからない。
続けざまに本命、同時、セイバーはそれを躱し接近してみせる。
肉薄と同時、剣が振るわれ――銃弾もまた乱舞する。
四方八方に弾丸の軌跡が描かれる。
同時、剣は跳ね回り、ライダーを狙う。
万の手数の押収であった。
両者の周囲に、無数の針が山を築いた。
無限に思える剣戟、終わりを告げたのはどちらでもない。
セイバーのマスター、愛歌であった。
セイバーの顔が驚愕に変わり――恐らくは念話による指示があったのだろう――後方へ飛ぶ。
同時、愛歌はセイバーの前に現れた。
セイバーを狙うはずの銃弾は愛歌へと向けられ――焼き払われる。
炎が愛歌の身体を纏い、そして周囲に飛び散る。
火の粉は愛歌の顔を照らした。
満面の、狂気とすら思えるほどの笑みを照らし――ライダーへ襲いかかる。
炎がライダーを取り囲んだ。
銃弾は炎に熔け消され、炎はライダーへ伸し掛かり、そこへさらに、愛歌が飛びかかる。
右からすくい上げられるようにバグが迫り――
回避しようにも、もはやどうしようもないほど隙間が無い。
ライダーができるのは、相打ち覚悟に近い反撃のみ。
後は、幸運が両者の生死を天秤に賭け――
勝利したのは、ライダーであった。
放たれた銃弾は愛歌が手のひらをライダーに叩きつけるよりも早く。
愛歌の瞳を、銃弾が覆う。
しかし、愛歌はそれを避けた。
当然だ、彼女はノータイムでその場から掻き消えられるのだから。
その表情は先ほどの狂喜とは程遠い。
愛歌の視線の先には、慎二が在った。
「――仕掛けたわね、間桐慎二!」
彼女は自覚していた。
あの一瞬、生死を分けるのは幸運であった。
ライダーが異常な幸運を有しているのかもしれない。
しかし――
「……ふん、やっぱ気づくよねぇ、このくらい」
――そこに一手、慎二が加えたのだ。
コードキャスト『loss_lck(32)』である。
「……奏者よ!」
セイバーが愛歌に駆け寄る。
肝を冷やしたという表情を隠そうともせず。
無理もない、今の状況、愛歌でなければ死んでいた。
そも、マスターがサーヴァントに勝負を挑むのは無茶もいいところなのだ。
「何の問題もないわ。――ねぇセイバー、もう時間がないわ。このまま幾ら戦っても、向こうの手札は見れないと思うの」
敢えて、愛歌はセイバーに語りかける。
それはまさしく――
「だから、仕掛けましょう。一手で勝負を決められる程度の手札を切るわ」
――挑発であった。
ライダー達を誘っているのだ。
大技を放つ、態々それを宣言し出方を見る。
コレ以上の消費を抑えるために、ライダー達をここで引かせようと言うのか。
はたまた、本当に大技でライダー達の出方をみるつもりか。
“どちらでも良い”のだ。
少なくとも、愛歌達は損をしない。
これは一種の取引でもあった。
退くならばそれで良い、だが、退かないのであれば、お互いの手札の晒し合い。
ライダーは考える。
この場合、退くのが正着だ。
ライダーの大技は、その特性上敵に不要な情報を与えかねない。
決戦に置いてならばともかく、態々前哨戦で晒してやる手札ではない。
対するセイバーは十中八九剣舞だろう。
幾らそれを見せた所で、門外漢のライダーと慎二では情報になどならない。
故に、撤退が正解。
コレに乗るのは、余程のバカは、余程出し惜しみを好まない手合いだろう。
――だが、
「……やれ、ライダー」
――生憎と、ライダーの主人は“余程のバカ”だ。
思慮が足りない――頭脳は良いのだが、それを活かしきれていないのだ。
経験不足、というのが大きいだろうが。
――そして、ライダーは。
「……応ともさ。宵越しの弾のは趣味じゃないからねぇ!」
――出し惜しみというのが、大嫌いなのだ。
「来るぞ
「迎え撃ちなさい、セイバー」
セイバーは語気を強めて、愛歌は至って平然と。
同時、セイバーの剣とライダーの周囲に、魔力の流れが生まれる。
戦闘にサーヴァントの魔力はさほど消費されない。
使用の意思を持って初めて、魔力は減っていくことになる。
空白。
空白。
空白。
――そして、
「砲撃用ォ意ッ! こんがり丸焼けに鳴っちまいなぁ――!」
「――大いなる賞嘆を!
高速で接近するセイバー。
人を丸呑みせんと言うほどの“大砲”を出現させるライダー。
爆発、ライダーの砲弾は飛び出した。
セイバーは躍りかかる。
もはや回避など臨むべくもない。
その行く末は――――
――――――――魔力の消失と、砲弾の消滅によって、決定的となった。
SE.RA.PHによる介入である。
◆
戦闘の終了と同時、やることは終えたと慎二とライダーがその場から消える。
アリーナから退出したのだ。
もう、彼らがこの場に現れることもないだろう。
「……戦闘終了、やっぱり彼女は船の船長ね、女海賊かしら、アビルダ?」
世界に名だたる女海賊の名だ。
けれども、彼女は五世紀の頃の海賊、手にしている拳銃が矛盾する。
「さて、どうであろうな……それにしても、マスター」
「何かしら、セイバー?」
戦闘の終了故か、周囲への警戒を怠ってはおらずとも、味方への警戒を怠った愛歌。
けれども、戦闘の中で愛歌がしたことを考えれば、それは下策であった。
「奏者はバカだ!」
大声で、セイバーはそう宣告した。
「無茶も無茶、サーヴァントに飛びかかるなど、何を考えている! 命が惜しければ、そんな事誰がするものか!」
愛歌は答えない。
自分にはそれだけの実力がある。
それを戦闘の中で示しただけのことだ。
一体そこに何の問題があるというのか――
それはセイバーも理解していることだろう。
だが、それとこれとは話は別なのだ。
無茶をし、セイバーに心配をさせた。
愛歌はそれを理解していない。
故に、セイバーは口うるさく愛歌を叱りつける。
喩えどれだけ愛歌に言葉が届かなかろうと、それでも言葉を募らせるのがセイバーだ。
愛歌は理解していない、愛歌はそれを理解できない。
故に、叱責は続く。
うんざりと、愛歌は心の奥底で、嘆息を繰り返すのだった――
サーヴァントと殴り合いのできるマスター。
ちょっと色々おかしいけど、まぁ愛歌ちゃんはラスボス系なので、当然といえば当然。
コードキャスト「手のひらの災禍」、あらゆるものを破壊する災害そのもの。イメージとしてはソドムとゴモラ的な。
具体的にいうと“火災に寄る災害”の概念魔術。家屋を始めとしたあらゆるモノを燃やし尽くし焦土と化す。
ただし、人間に関してはむしろ炎よりも一酸化炭素によって酸欠になることのダメージのほうがでかい。
効果としてはスキルスタンの類。サーヴァントどころか、マスターのコードキャストもキャンセル可能。
加えて酸欠状態によるステータスの下降補正の効果もある。
コレに加えて戦闘中何度も連発してる愛歌ちゃん特有の「無制限の空間転移」。
これら三つが愛歌ちゃんの主武装である。