ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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47.戰場の結末

 ――ただ一打、ただ触れるだけ。

 正直なところ、それが可能となるかは一種の賭けだった。

 そもそも触れること自体が決死の賭けな上、もしも可能だとしても、それに対処される可能性は高い。

 

 勿論、勝利の芽は十分にあった。

 勝ちをアサシン自身は確信していたし、何よりユリウスとてそれは疑ってはいなかっただろう。

 

 けれども実際、十分に“負ける要素”も同じだけ存在していた。

 それほどまでに――アサシンですら勝負の行く末が不確かになるほど、セイバーの能力は驚異的であったのだ。

 

 それでも――一打は確かにセイバーへと見舞われた。

 

 ユリウスがその様子を無言で見ていた。

 ――口元が、思わず笑みに浮かべそうになるのを抑える。

 感じたこともない感覚だった。

 あぁなるほど――怪物退治とは、強敵の打倒とは確かに心地が良い。

 アサシンがそれに陶酔するのも理解できるというものだ。

 

 視線の先で、チカチカとセイバーの姿が明滅している。

 剣から伝わった気功は、彼女自身の身体をかき乱し、それだけでセイバーを死に至らしめる。

 その顔はどこか痛みか衝撃かを身に沁みたもので、身体はゆっくりと地に倒れていく。

 

 ――霊格は、破壊されていた。

 文字通り二の打ち要らず、アサシンがたったの一打で決めてしまったのだ。

 

 おそらくアサシンであろう気配が、セイバーの側で揺らめいている。

 ――攻撃の余韻、それが外に滲んでいるのだ。

 両者はゆっくりと交錯し、そして、

 

 ぱたり、とセイバーは地に伏せた。

 

「――――――――」

 

 愛歌の姿を探す。

 まだその姿はどこかにあるはずだ。

 ――いた、アサシンとセイバーの向こう側、丁度ユリウスと真正面に向かい合って、戦場を眺めている。

 その顔は――どこか、憮然としたもので。

 何かを、不満としているようだった。

 

 そこで、一度沈黙がアリーナに満ちた。

 誰もが言葉を失ったのだ。

 饒舌なアサシンですらそうなのだ、もはや、そこに言葉と呼べる概念はない。

 

 やがて、それが破られる。

 ――アサシンによって、だった。

 

「――――っ」

 

 一瞬、アサシンが吐息に音を載せ、直後――

 

 

「ぬ、ぐぅうううううううっっ!」

 

 

 ―――――アサシンの絶叫が、決戦場を支配する。

 

 

(――アサシン!?)

 

 ユリウスが即座に念話で問う。

 尋常ではない――ユリウスの想定を超えた何かが、アサシンに起こっている。

 

 アサシンの身体が、急に明滅を始めた。

 それは、“セイバーとよく似た”様子であった。

 身体をこわばらせ、天を睨みつけ痛みに咆える。

 そのまま痛みすら感じること無く死に至ったセイバーとは違う、こちらはそれが無い――セーフティは、かけられていない。

 

「ぉぉ、ぉおおおおおおおお――――――ッッッッ!」

 

(こ、れは――)

 

 喚声の最中、アサシンの思考がユリウスに漏れる。

 思考にすら無数のノイズが走り、それは、ユリウスですら顔をしかめざるを得ないものだ。

 

(――まさか)

 

 ユリウスが地に視線を落とす。

 ――セイバーが、死んでいる。

 

 間違いない、先の一撃でアサシンはセイバーを屠った。

 それは彼の腕の感触が肯定しているし、またアサシン自身、自身の一撃で与える死を、熟知していないはずもない。

 それなのに――その姿には違和感があった。

 

 あまりにも、苦悶に満ちた顔――アサシンの一撃で、痛みすら理解すること無く言ったセイバーの顔ではない。

 まるでそう――今なお痛みをこらえているかのような。

 

(……そうか、コヤツ)

 

 アサシンはそこでようやく理解する。

 ――かつて、似たような手合いとは一度だけやりあったことがある。

 このムーンセルで、だ。

 その時は、死に体の敵を、そのまま屠るのみであったが、今は違うだろう。

 

 

(――――やってくれたな! 此奴、己が身体に罠を仕込んでおった! 儂が触れると同時に、“どちらの気功も乱せるように”っっ!)

 

 

 剣への細工は攻撃手段であると同時、目眩ましでもあったのだ。

 そこに愛歌が魔術的な隠蔽を施してしまえば――ユリウスも、そしてアサシンも、本命を見破る手段は零となる。

 

 

 思考と同時――セイバーの身体がぴくり、と震えた。

 

 

 それは単なる死後の痙攣ではない――セイバーの身体に、再び活力が戻ったのだ。

 

「――――――――三度、落陽を迎えても(インウィクトゥス・スピリートゥス)。あぁ、まったく……死ぬかと思ったぞ」

 

 声が、聞こえる。

 セイバーのモノだ――死者が、産声を上げる。

 そこに、愛歌の咎めるような声が飛ぶ。

 

「貴方があの三択で選択を間違えるからでしょう? 比較的高い確率で、あの場面でわたし達は勝っていたはずなのに」

 

「だからな奏者よ、何度も言うが相手は本物の武人。余のように万能ではなく一極の天才故な、余では打ち勝てんのだ」

 

 それを態々認めるバカがどこにいるのよ、と愛歌はセイバーに剣呑な視線を送る。

 

 ――その間にようやく、アサシンの叫びは落ち着いていた。

 若干辛そうにしながらも、身体をシャンとさせているセイバー。

 対するアサシンは、肩で息をしながら、何とか膝が地に付きそうになるのを抑えていた。

 

「全く……まったくもって――無茶もいいところだ! 己が生命を自身の手で停止させるつもりか!? 自爆とはやってくれる――それもこれも、その質の悪い蘇生などという不合理が要因か――!」

 

「……蘇生――宝具クラスの力でなければおかしい。そのような逸話を持つ英霊は限られる……」

 

 アサシンの咆哮の後方で、ユリウスが何かを考えこむように言葉を紡ぐ。

 これまで、幾つかの情報を彼は手に入れてきているだろう。

 それらとセイバーとしては――愛歌のサーヴァントとしては低すぎるステータス。

 セイバーというクラス、皇帝特権というスキル――あらゆるものを総合し、そして――

 

「――まさか、暴君ネロ――――ネロ・クラウディウスか!? いや、しかし――」

 

「……ふん、おそらくはそういう事だろうよ、ユリウス。目の前の其奴が真実なのだ」

 

 その結論に、アサシンはそう答えた。

 愛歌も、セイバーもそれには反応を見せない。

 理由がない、意味もないのだ。

 

 ――やがて、セイバーとアサシン、両者の身体は再びアリーナにて視覚に捉えることが可能となった。

 互いに気功を乱され、もはや圏境も、その真似事も不可能だ。

 愛歌であればその治療は可能だろうが――今更、そんな手間は必要ない。

 

 既に事の優勢は決しているのだ。

 ――アサシンとセイバーは、ほぼ同時に地を蹴って後退した。

 セイバーが先んじる形で愛歌の少し手前で着地して、アサシンもその直後に停止する。

 

 アサシンの身体が、傾ぐようによろめきたたらを踏んだ。

 

「……むぅ」

 

 ――決定的に、拍子を外されたわけではない。

 身体の機能はほぼ健在だ。

 罠そのものにこそ衝撃は伴ったが、少なくとも、それ以上の何かは無かったようだ。

 自身のサーヴァントに細工を仕込むのだ、無茶はできなかった、というわけか。

 

 とかく、それであってもアサシンは自身の中に異物を自覚せざるを得なかった。

 このままでは、十全での打撃は敵わない。

 ――強烈なバックアップを受けたセイバーを相手に、それではあまりにも心許なすぎる。

 勝機などほぼ零に等しいものであることはまるわかりだ。

 

 それでも、アサシンに敗北への意識は何一つとして存在してはいなかった。

 する必要はなかったし、何より敗北は確実である、とはアサシン自身、思ってはいないのだ。

 

 おそらく、あの沙条愛歌とてそうだろう。

 これほどまでにアサシンを追い詰めたとしても、まだなお油断の余地なくこちらを見ている。

 

 だからこそ、アサシンは諦めてはいない。

 

 ――――取れる選択肢は一つだけ。

 既に一度使われた手だ。

 しかも直近に、あそこで勝利できたのは、単なる偶然。

 

 ――つまり、超短期での決着である。

 

 すぅ――と、アサシンはひとつ息を飲み込んで、それから大きく吐き出した。

 

 それは自身の気配を溶かすためのものではない。

 自身の精神に宿った淀みを、追い出すためのもの。

 ――このような呼吸、戦場で行うのはこれが初めてのことかもしれない。

 

「呵々――! 決死の死闘、生きてこれほどまでの戦いを経験したことすら無かったが――その行き着く先が、破れかぶれの境地とは、なるほど……初志貫徹とはまさしくこの事よな」

 

 ニィ、と弱気な言葉とは裏腹に、それでもアサシンは不敵に笑みを浮かべる。

 もはやそこに、自身が窮地であることを証明する態度も、様相も、存在してはいなかった。

 

 ふん、とセイバーは鼻を鳴らす。

 それはどこか突き放したようではあるが、決して不愉快そうではなかった。

 

「アリーナからこれまで、随分と貴様には手こずらせてくれたが、こうして追い詰めてしまえばこの有り様か。……ふふん、どうだ思い知ったか? これが貴様を地につかせるモノの姿だ」

 

「――一度は倒れてよく吠える」

 

「知らんのか? 強者とは、倒れてもなお、不屈の闘志で再び立ち上がるものなのだ」

 

 まるでそれは、英雄譚の主人公のような。

 王道ストーリーの筋書きのような。

 ――セイバーと、そして愛歌の場合、少しばかりそれが禍々しく見えるのだが。

 

 それでも――

 

「あぁ、よくわかっているさ、まったくもってなァ――――!」

 

 会話を結ぶようにそう答えて、直後――アサシンはセイバーへ向けて飛び出した。

 対するセイバーも、ゆっくりと歩を進め始め、それが段々と加速する。

 最後には、アサシンのそれを上回る速度で接近し始める。

 

 両者の激突へはもはや一秒も隙間はない。

 そこに至って――

 

 

 ――アサシンの身体が、掻き消えた。

 

 

 ――視界から消え失せたアサシンに、一瞬セイバーは目を見開く。

 しかし、その反射が身体に反応を与えた時にはもう、思考事態はアサシンの動きを理解していた。

 

 アサシンの動きは、要するに最速ではなかったのだ。

 ――そこに足への負担すら無視した速度が重なれば、セイバーはアサシンを見失う。

 とすればアサシンはどこに在るか。

 姿をくらませたアドバンテージを活かし後方に回る――?

 否である。

 流石に、そのような隙、セイバーが与えるはずもない。

 そもそもアサシン自身そんな手は選ばないだろう。

 

 答えは決まっている。

 

 

 ――その全速力そのままに、セイバーへと直撃するのだ。

 

 

 直撃。 

 それは先のアサシンの打撃とは一線を画していた。

 彼の武芸はあらゆるムダを排した殺しのための業。

 だがそれは、その業を、全て破壊へと向けている。

 ――一度だけ、その片鱗をセイバーは垣間見ていた。

 

 

 ――――鉄山靠、アサシンが有する、八極拳が技のひとつ。

 

 

 言ってしまえば、単なるやぶれかぶれ。

 それでも、確かにその速度はセイバーの視界を揺さぶった。

 

 思わず瞠目してしまうのも無理は無い。

 ここにきての、この一撃――これであれば、この状態のセイバーすらも“食い破る”ことはできるだろう。

 

 足に力を入れながら、セイバーは真正面からアサシンを見た。

 ――嗤っている。

 顔も、そして眼も、そこには単なる活力のみがある。

 自身の敗北を確信しないがゆえに、

 

 ――あぁ、これこそが強者だ。

 コレまで幾度と無く激突してきた英霊たち、その中でもこの男は、特にそれが強く光を帯びている。

 この五回戦、二度に渡り愛歌を出し抜いてきた男。

 ――切り札を切ってなお、保険による逆転を余儀なくされた男。

 

 間違いなく、この聖杯戦争でコレまでに相対した中で、最強の敵。

 

 ここで、戦闘は決着する。

 その行方を、愛歌はただ見守っていた。

 ユリウスも同様だ。

 

 ――そして。

 ――――そして。

 

 

 ――――――――そして。

 

 

 セイバーもまた、アサシンが如く姿を消した。

 

 

 アサシンの一撃が空振りに終わる。

 ――消えた。

 ――――どこへ?

 

 左右、気配は無い、人の後を追う風も流れていない。

 セイバーはアサシンの横を通り過ぎたわけではない。

 前方にも姿はない。

 それでも、セイバーは消えたのだ。

 

 アサシンのように、速度によって認識を狂わせたのではなく。

 また、そも圏境のような形でもなく。

 

 気配は、在った。

 

 ――――どこに?

 

 

 アサシンの頭上だ。

 

 

 見上げる、セイバーは宙で回転し、アサシンヘ向けて向き直っている。

 ――今度は、まじまじとアサシンがセイバーを見た。

 

 美しいとも、邪悪だともアサシンは思わない。

 戦場に、そんなものは不要なのだ。

 

 ただ、感じた。

 

 

 ――――――――あぁ、自分は負けたのだ、と。

 

 

 直後、セイバーが着地と共に一閃、アサシンの身体を――切り裂いた。


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