ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

51 / 139
48.裏に至る刻

 ――倒れゆく身体、こんな倒れ方をしたのは、果たしていつ以来であろう。

 まさしく持って完敗だ、何一つ及ばなかった。

 戦闘にはなった、しかし自身の手札のことごとくを蹂躙された。

 

 こんな敗北は――いつ以来だろう。

 

 負けるということは知っている。

 なすすべもなく圧倒されるということも、またアサシンは知っていた。

 しかし、こと彼が中国武術を修めてからは、おおよそそのような経験に見舞われることはなかった。

 

 何せアサシンは中国でもその名を残す武の極みの一つである。

 自身と同クラスの武術家ならば知っている。

 それ以上の実力を持つものも、中には存在していた。

 

 だが、アサシンが頂点となりうるほどの強さを持つ以上、蹂躙などということはありえない。

 つまり――“敗北”する相手は存在しても、“完敗”する相手は、この世のどこにも存在しなかった。

 

 アサシンとセイバーの決戦はいうなれば人と戦車の戦いだ。

 これでは、どうあっても人は戦車に敵わない。

 しかし、それならばそれでまた良いのだ、そういったものに蹂躙されるということは、“仕合”ではない。

 単なる殺戮ゲームのプレイヤーとターゲットである。

 

 けれどもそこに、戦車ではなく“戦車すらも打倒しうる人”が参加すれば、どうか。

 少なくともアサシンからすれば、それは立派な仕合だ。

 殺し合い――武と武をぶつけあい、魂と魂を叩きつけ合う。

 そんな、殺伐とはしているが、決して凄惨ではない戰場だ。

 

 ――これを、負けるというのだと、アサシンは嘆息する。

 頂上同士の仕合であれば、そこには無限の得難い“何か”がある。

 それを言葉で表すことは不可能であるが、それでも決して想像は難しくないモノを得られる。

 最も近しい表現は、おそらく“経験”というのだろう。

 

 それが完全な敗北であれば、得られるものは極端に少なくなる。

 ――敗北でも、得るものは十分にある。

 しかし、それがもはや完膚なきまでに叩きのめされてのものだとすればどうか。

 ても足も出ず、ただ負けるしかなかったすれば、どうか。

 

 それで得られるものは無に等しい。

 零とは言わずとも、そのほとんどが既に“完成”しているアサシンには無意味なものだ。

 こういった敗北は、未だ完成しきっていない、成長の余地があるモノが受け取るべきなのだ。

 少なくともアサシンでは、ただ理不尽を負わされるのみで、それ以上の何かはない。

 

 アサシンは、それほどまでに完結している英霊なのだ。

 武人として一つの極みを見たがゆえに、完結。

 そしてアサシンは、完成していなければ英霊とはなりえない。

 

 ――そもそも、この敗北は必然だ。

 何故か、など語るまでもない、戦いの結果を見れば一目瞭然なのだから。

 勝てもしない相手、勝つという選択肢すら奪われた相手。

 まったく、こんな相手と戦わされたのだ。

 

 これだから聖杯戦争は――――

 

 

 ――――面白い。

 

 

 アサシンの世界に、未知はなかった。

 武術家として完成したアサシンは、自身と同格以上の相手を知ってはいても、自分の立ち位置では想像もできない相手、というものがいない。

 それが、死後こうしてこの聖杯戦争に呼ばれるだけで知ることができたのだ。

 

 強敵との戦いは実に滾る。

 未知との遭遇は――もはや筆舌に尽くし難いものだ。

 

 だからこそ、その未知に見る影もないほど叩き潰されたのは、一種爽快とすら言えた。

 相手は一端の魔術師ではない。

 素人に毛が生えた程度の若者でもない。

 

 ほんの齢十と少しの幼い少女。

 同時に、人という概念を容易に超越した、バケモノであった。

 

 偶然によって得られたこの戦争への参加の切符。

 ――終着点は、存外悪くはないものだった。

 

 とはいえ、それゆえに――アサシンは悔しさを覚えないでもないのだが。

 

 それでも決してそれを顔に表すことはなく、

 

 

 実に楽しげな笑みで、アサシンはゆっくりと眼を閉じた。

 

 

 ◆

 

 

「――――ッッッガアアァァァアアァアアアァアァァアアアアアアア!」

 

 ユリウス・ベルキスク・ハーウェイの地を裂くような叫声が響く。

 悲痛とも言えるほどのそれは、無色の壁を挟んで、沙条愛歌にすら伝わった。

 

「……」

 

 その様子を、愛歌は感情を伴わない瞳で眺める。

 憐れとは思うまい、また、見苦しいとも思わない。

 

 ――なぜ?

 愛歌の思考には疑問が浮かんでいた。

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!」

 

 ユリウスはもはや身体のほとんどを崩壊させ、それでもなお痛みに声を引き攣らせている。

 獣とすら間違えるほどの咆哮は、音にはなりはするが、形は伴わない。

 

「な――ぜ――だ――っ!」

 

 ユリウスは、口元を苦しみ以外の何かで震わせる。

 

 ――それに、答えるものはいない。

 セイバーにそんな義務も、権利もない。

 

 アサシンは、もはや立ち上がることすらできずその場に倒れ伏している。

 

 愛歌は――

 

「……なぜ?」

 

 彼と同様に、しかし呆けたような顔で首を傾げた。

 それはさながら無垢に守られた幼子のようだ。

 

「――俺――はまだ――――ッッッッガ!」

 

 言葉は、遮られる。

 ユリウスはそれでもなお、何かを紡ごうとしていた。

 それは――

 

「ま――だ――“わからない”ッ! だか――ら――」

 

 やがて、ユリウスの姿はふらりと、ぶれる。

 

 

「――――死ねない」

 

 

 その言葉と同時、ユリウスは――そして彼の側で倒れるアサシンは、跡形もなく、掻き消えていた。

 まるで最初から、そこには何もなかったかのように。

 

 ――しかし、それは単なる虚言だ。

 ユリウスは言った。

 

 “わからない”。

 だから、“死ねない”。

 

「――そうね、解らないのなら……死ねないかもしれないわね」

 

 それを、愛歌がそうぽつりと呟いた。

 セイバーが聞き逃してしまいそうな小さな声で。

 

 けれどきっちり、それはセイバーに伝わって――

 

「……奏者?」

 

 それを、どういうことかセイバーは問おうとする。

 愛歌は頭を振って瞳を閉じ、再び見開く。

 いつもどおりに笑ってみせた少女は、

 

「なんでもないわ」

 

 と、そう返して背を向ける。

 セイバーは再び問い返そうとはしなかった。

 愛歌が誤魔化した理由が、知れているからだ。

 

 それは、愛歌ですら解っていないのだ。

 彼女の背中は明白に語る。

 何かを考えるように背を揺らし――愛歌は、セイバーを伴い決戦場を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌と、そしてセイバーは月見原の後者へと帰還する。

 周囲に人影はない。

 元よりこの時間帯に決戦場へ向かうエレベーターの前にいる人間はそうそういないが――とはいえ、もう既に五回戦は終わったのだ。

 

 残されたマスターは四人。

 人の姿など、もうこの月見原ではレアな類だ。

 

 閑散とした校舎に、思いを馳せないわけではない――が、今はそうしている時ではないだろう。

 

 人影は、ない。

 しかし気配ならばあった。

 強力なサーヴァントの気配――大英霊としての格を一切隠さない正道の英霊。

 

 ――蒼銀のセイバー。

 騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 

「――見ているのね、騎士さま」

 

 愛歌がふとそう呼びかける。

 少しして、穏やかな顔立ちの騎士王が現れる。

 

「私はユリウスの側のサーヴァントだ。故に君を手放しで賞賛することはできないけれど……やはり、君が勝ったのだね? と、言わせてもらおうかな」

 

「……ありがとう、その気持ちだけで十分よ、騎士さま」

 

「それは良かった……」

 

 にこり、と騎士王は誰にでも向ける博愛の笑みで答えた。

 愛歌もまた可能な限りの優しい笑みを浮かべて見せる。

 

 見惚れるような光景であるが、ふと騎士王は視線をセイバーへと向ける。

 

「……こんにちわ、それとも初めまして、だろうか。こうして直接顔を合わせて会話をする機会は、そういえばなかったね」

 

 セイバーはぼんやりと騎士王と愛歌の会話を聞いていたが――

 それで、少しはっとしたようだ。

 

「む? ――うむ、そのようだな。そういえばそうか、奏者の側でその言葉は聞いておったし、会話をした気になっていたな」

 

「……まぁ、折角の機会だ。私は君と同じセイバー、真名は知っての通り、アーサー・ペンドラゴン」

 

 ――折角の機会。

 それもそうだろう。

 この機会を逃せばもう、セイバーと騎士王は“雑談”を興じることは二度とないのだから。

 

 何せ、次は六回戦、五割の確率で騎士王は敵になる。

 決して、低くはない確率だ。

 

 故にこうして、顔見知り――ないしは単なる赤の他人として。

 言ってしまえば“敵ではない”関係で、言葉を交わすのは、これが最初で最後ということになる。

 

「うむ、そうさな。余はセイバー――まぁ、真の名は明かすような類ではない故な」

 

「構わないさ。これは私の――というよりも、レオの判断だ。私達は全てを正面から切り払い聖杯を手にする。そうでないことを、君が悲観することもない」

 

 両者は握手をしてみせる。

 どちらにもそこには自負があった。

 ――己の勝利を、故に敵対者には礼節を。

 後は、前者の割合が強いか、後者の割合が強いか。

 

 セイバーと騎士王の違いはそこに集束するだろう。

 

「時に、ふと気になったのだが奏者よ」

 

 そこでセイバーは愛歌に声をかける。

 騎士王からならばともかく、セイバーから声をかけられるとは思っても見なかったのだろう、きょとんとした顔で愛歌は小首を傾げた。

 

「なぁに?」

 

「うむ、この戦いの前、奏者は“白馬の王子様に憧れるのは少女ならば一度は夢見る”、とそう言ったな?」

 

 ――細部はともかく、それは事実だ。

 愛歌は不思議そうにしながらも、首肯する。

 

「であれば奏者に問いたい。――少女とは何だ? 一般常識ではなく、そなたにとって、だ」

 

「……わたし自身のことではないの?」

 

「それは違う」

 

 ――即答であった。

 

「少なくとも、戦場の理を知り尽くし、魔術の極点にすらあるその才覚を、少女と呼ぶには些か“自律しすぎている”ぞ、奏者よ」

 

「…………なんだか、貴方にそういうことを言われるのは不快ね。他の誰かならともかく」

 

「ははは、そう褒めるでない褒めるでない」

 

 胸を張るセイバーに、褒めていない褒めていないと、愛歌は嘆息する。

 そうして離れた視線が、再び騎士王へと戻り――

 

「……騎士さま?」

 

 その表情が、先ほどとは異なることに、ふと気がつく。

 なんというのだろう――真剣な眼差しではあるが、それは決して敵意ではない。 何かを思案しているかのような――

 

「……ん、あぁ、なんでもないよ。心配させてしまったのなら、申し訳ないね」

 

「いえ、何かあったのか、気になっただけよ。騎士さまがそう言うなら、それでいいと思うわ」

 

 ふむ、と騎士王は頷いて、そっと、愛歌から離れる。

 愛歌はそれを追いかけはしなかった。

 あまり長話をするような状況ではない、背を向けようとする騎士王に、そっと手を振った。

 

 騎士王がそうして霊体化し、その場を離れようとした。

 

 

 ――――そのとき、だった。

 

 

 不意に、視界がぶれた。

 

 ――否である。

 愛歌の視界が急に何の干渉もなくブレるはずはない。

 干渉があるのであれば、察知できない道理もない。

 

 つまるところそれは、

 

 

 ――月見原の校舎が、ぶれているのだ。

 

 

「……なに?」

 

 セイバーがふと周囲に視線を向ける。

 “何か”が在った。

 

 黒い何かだ。

 恐らくは、触手のようなもの。

 

 帯と言い換えることもできるだろうか。

 

 それが、セイバー、愛歌、そして騎士王を囲っている。

 

 幾つもの帯が周囲に張り巡らされ、そこには足の踏み場もない。

 

「どういうことだ!」

 

 騎士王が“何か”を構えながら叫ぶ。

 恐らくは剣、であろうか。

 ――見えないのだ。

 

 彼の得物――間違いなく、それは聖剣“エクスカリバー”であるはずだ。

 

 それを隠している、というわけか。

 

 セイバーも同様に構え、愛歌も周囲に警戒を張り巡らせる。

 

 あきらかに触手達は普通ではなかった。

 突如として現れたのもそうだが、とんでもないスピードでそれが増殖している。

 一秒に一つ、程度ではすまされない。

 その十倍は――早い。

 

「……レオ!?」

 

 ――同時、騎士王の身体が光を帯びる。

 訳は単純、

 

 ――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが令呪を行使したのだ。

 

 令呪による強制転移。

 レオですら、まずいと思う状況なのだ。

 切り札である令呪を、ためらわず切るほどの。

 

「君たちは、早くここから――――」

 

 騎士王は愛歌達ヘ向けて語りかけ、しかしそれは途切れた。

 ――この場から、蒼銀の騎士が消滅する。

 

「……奏者よ!」

 

「――これは、」

 

 同時、愛歌とセイバーは背中を合わせる。

 ――――逃げられない。

 

 もはや周囲は触手が触手であるということを理解させないほど、黒に染まっていた。

 その中に、毒々しい瞳のような何かが蠢き、周囲は混沌の域を等に超えている。

 

 異様に異常を重ね塗りしたそれに、セイバーは思わず苦虫を噛み潰し、愛歌は困ったように笑みを浮かべる。

 

「これは……転移で一体どこに逃げればいいのかしらね?」

 

「どこへ逃げても同じだとおもうぞ」

 

 ――わたしもそう思う、愛歌はそう同意した。

 このままでは遠からず目の前の黒に飲み込まれる。

 

 

「――奏者よ!」

 

 

 セイバーは、後方にいる彼女に、態々不必要に声を叫び聞かせる。

 

「余は奏者を信頼しているぞ! この世の誰よりも、主従としてだけではない、一人の人間としてだ!」

 

 愛歌は思わず顔をしかめるが、しかし口を挟むことはない。

 そんな余裕はないということもある。

 

 だが、何よりも、それを遮るつもりはなかった。

 

「奏者はどうだ? この五週間、短くはあったが、良い日々であったと余は思うぞ。その中で、奏者は余に対して何を思った――?」

 

「…………」

 

 愛歌は、一瞬沈黙し、思案する。

 ――答えは既に決まっているのに、

 

 なんだかそれは、答えを先延ばしにすることで、解答を有耶無耶にするようだ。

 

 

「――私は」

 

 

 そして、

 

 その次の言葉が紡がれることはなく。

 

 

 沙条愛歌と、赤きセイバーは黒に呑まれた。

 

 

 ◆

 

 

 かくして、たった一人の優勝者を決める殺し合い。

 ――大いなる聖杯をめぐる戦いは、ここで一度幕を閉じる。

 

 舞台はやがて月の裏側へ。

 

 舞台袖へと身を隠した者達も、再び壇上へ上がる時がきた。

 

 

 ――――これは、例外処理の物語。

 

 

 ――――――――“――”が、そして人へと至る物語。




 かくして、EXTRAはCCCへと移行します。
 謎は明らかになれども、物語はその終わりを見せないまま。
 その最後、どうか堪能していただければ幸いです。

 ――その前に、愛歌が生まれでた、その時の話をするとしましょうか。

※一応、次回はグロ注意。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。