ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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Fate/EXTRA CCC
開幕前


 ――――……む、これは、

 

 ――なるほど、このような月の裏の、更にその奥に落ちてきたものが何かと思えば、随分と“可愛らしい”娘よな。

 

 ――いや何、侮辱だ。存分に怒りに打ち震えるが良い。特に許す。

 

 ――……何だ、人の話を聞いていないのか。

 

 ――それもまた貴様のスペックの低さ故よな。それほどの容量を引き出しながら、やることが実に小物じみている。

 

 ――世界は己がモノなどと、まったく道化めいているとしか言い様がないな。

 

 ――しかし、それほどの才覚を手にしてしまえば思い上がるのも無理は無いか。

 

 ――あぁ惜しいな。雑種、貴様の姿は実に愛くるしい、我が鎖で繋ぎ愛でることを許すほどにな。

 

 ――だが、その眼はだめだ、その笑みも、だめだ。

 

 ――貴様という(からだ)には、余分なものが混ざりすぎている。

 

 ――これでは、

 

 

 ――――あぁ、

 

 

 ――――そうか。

 

 

 ――“そういうことか”。

 

 

 ――――ふ、

 

 ――――――――フハハハハハッ!

 

 ――良いぞ! 実に良い!

 

 ――我の底に眠る何かが、貴様の有り様に心を躍らせている。

 

 ――我自身、これほど愉快な者を見れたことを実に喜ばしく思っているようだ。

 

 ――――うむ、許そう。

 

 ――土足でこの地に現れ、小娘の姿を騙る悪魔が我に無礼を働いたかと思えば、なるほどこれだ。

 

 ――これでは“許さないわけには行かないではないか”!

 

 ――希少も希少。まずその才覚がそうであるように、貴様のその在り方事態もまた希少。

 

 ――それを与えたモノもまた希少な類よな。

 

 ――一つでも歯車がずれていれば、そう、“生まれる順番がずれていれば”、こうはならなかっただろうによくもまぁ、そのような結果に至ったものだ。

 

 ――であるからこそ、それに“気がついていない”貴様は随分と愚かだ。

 

 ――その醜い本性を、少しでも塗りつぶされたのだ、もう少しまともな顔をしたらどうだ?

 

 ――――それもまた聞こえてはおらんか。

 

 ――ならばそれで良い、図らずも痛快なモノを見た。

 

 ――これを采配したものの顔が見てみたくはあるが、まぁ見るまでもないであろう。

 

 ――――さて、貴様を待つ手が迎えを寄越したぞ。

 

 ――早くこの場を去れ、王の寝室に、童女が長居するものではない。悦びを知りたいのなら別だが……貴様には言ってもわからんか。

 

 ――あぁそうだ、我を喜ばせた褒美に一つ教えてやるが、

 

 

 ――――その手は、離すなよ。

 

 

 ――――――――

 

 ――ふん、行ったか。

 

 ――この月の裏側も、随分と騒がしくなったものだ。……我は、また眠るとするか。

 

 ――――ふむ、それはそれとして、そうだ。……アレ、は一体どういうことだ?

 

 

 ――――――――小娘の“あの”気配は、どこかで覚えがあるのだが。

 

 

 ◆

 

 

 沙条愛歌の在り方は疑いようもなく異様だ。

 

 全能にして少女――無垢にして絶対。

 それが愛歌の持つ最大のパーソナリティである。

 

 言ってしまえば、彼女の本質は、“全能ということそのもの”にある。

 

 つまるところ、世界が自分のものである、という全能感。

 単なる“有能であることから来る錯覚”ではなく、まごうことなく真実な“神の如き姿”であった。

 

 それは、彼女にとって世界が自分のものである、ということは、言ってしまえば少女の根底にある、譲れない信念に近しいものだった。

 疑いようがないと同時に、疑いたくもない心の姿。

 

 ――それは否定されることはないし、否定されるなど考えられない。

 最も、愛歌は事実世界を手中に収める力があったがために、否定の材料など、この世には何一つ存在しなかったのだが。

 

 

 ――少なくとも、あの日、あの時、あの瞬間までは。

 

 

 誰かが言った。

 愛歌は、いうなれば純白だ。

 

 ――それは何かに汚されるシーツのそれではない。

 全てを塗りつぶす、“消しゴム”のそれ。

 

 デウス・エクス・マキナ――全てをひっくり返す機械仕掛けの神と同じだ。

 人造にして、“神ではない神”そのもの。

 

 愛歌は人として生まれた。

 故に神ではない。

 しかし、神に等しい力を有し、神と同等の権能を振るう。

 

 故に機械仕掛、まさしく愛歌はシステムなのだ。

 

 怪物女王とは、実に愛歌を表すにふさわしいと言えるだろう。

 それでもそれが、彼女の心象風景(こゆうけっかい)ではなく、神の顕現として現れるのは――――

 

 ともあれ、愛歌のそれは彼女が人でないことの証明だ。

 

 人は愛歌を悪魔と呼んだ。

 たしかにそれは事実だろう。

 愛歌は人ではないし、愛歌の姿は悪魔めいている。

 

 ただ、愛歌を悪魔と呼ぶには――些か善良さが過剰であると、少なくとも愛歌に触れた者は思うだろう。

 

 ちぐはぐなのだ。

 愛歌は人をそれこそ誇りか塵屑のように掃いて捨てる。

 その生死にすら頓着しないため、思いの外生存率が高いのは救いだが――それでも、彼女との邂逅で多くの者は“心”を折られた。

 

 そんな存在は、しかし誰かへ怒りを向けることはなかった。

 愛歌の感情は誰かを慮ることはアレ、誰かに怒りを向けることはなかったのだ。

 それは、まったくもって善良な――普通の少女にすら思えた。

 

 少なくとも、敵対しない限り――ないしは、そこが戦場ではない限り――愛歌は誰かを害さない。

 

 ある種その姿は中途半端と言えたのだ。

 

 決してそれは世界に無関心であるからではない。

 かつての愛歌であるのならばともかく、今の愛歌は他者に対し多少の関心を向けている。

 

 間桐慎二や、ダン・ブラックモアはその典型だ。

 少なくとも愛歌は彼らに対して言葉を向けた。

 無関心――存在しないものではなく、確固たる個として認識していたのだ。

 

 それは愛歌からしてみればおかしなことで――そんな愛歌を、悪魔と呼ぶには相応しくない。

 であれば例えば天使とか、例えば神とかは、また違うだろう。

 

 愛歌のそれはそういったモノはふさわしくない。

 あまりに愛歌が無垢であるからだ。

 無垢であるがゆえに、何もない。

 

 ――それは、つまり。

 

 

 ――――彼女が“――”であることの、証明と言えるのではないだろうか。

 

 

 ◆

 

 

「――――パイ」

 

 声がする。

 誰の声か、ハッキリとしない記憶の中で、明瞭としない自覚の中で、ゆっくりと少女――沙条愛歌は吐息を漏らす。

 さて、この感覚はいかなるものか、不確かな微睡み。

 あぁそうだ。

 眠っているのだ――しかし、それにしてはおかしい。

 朝の気だるさにしても、この感覚はどこか異常だ。

 

 そう、まるでそれは睡眠からの開放ではなく――意識の回復であるかのような。

 

「――センパイ。大丈夫ですか?」

 

 声がする。

 聞き慣れた――懐かしい――少女の声だ。

 どこかで何かの拍子に聞いていて、しかしそれ以上に耳に残っているそれは、果たして誰のものだっただろう。

 

 思案しながらも、答えは出ない。

 もう少し考えに耽るより、目を覚まし、その誰かを確かめてしまうのが早いだろう。

 

 むくりと起き上がり、まず自身の衣装の変化に気がつく。

 ――なるほど、黒のセーラー服。

 それからゆっくりと周囲を確認する。

 その光景に、愛歌の知識は追いつかなかった。

 まるで物語のような光景だと、ふと思い、原因がその場所に関する知識、記憶であることに行き着く。

 

 かつて流し見た事のある知識の一つだ。

 数十年前、今から半世紀以上前の“学校”の様子に見える。

 生憎と愛歌の故郷にも教育機関は存在したが、年代が進んだことで、その内部は未来化しているのだった。

 

 ――そこにあるのは過去の郷愁だ。

 見るものを、かつて存在していただろう時間に引き戻す。

 簡単に言ってしまえばそれは錯覚で、個々の完成がノスタルジックに感化されているに過ぎない。

 

 愛歌の場合、それは更に客観的な視線になる。

 ――正直に言えば、確かに雰囲気は良いが、それだけだ。

 家具の配置がどこか機械的で無機質、遊びがない。

 窓に飾られた鉢植えも手入れがなされているが周囲に土が転がった形跡もなく清潔で、室内の中央に配置された机の上には、物と呼べる物がない。

 

 ようするに、鉢植えの手入れをもう少し大雑把に、そして机の上にスクールバッグでも置けばどうか。

 ぐっと、そこがかつての憧憬を想起させる場所に変わるだろう。

 

 とはいえ、今自分が居るであろう場所を思い出し、愛歌はそういった遊びを無粋と断じるのだが。

 

「――あなたは」

 

 ふと、声を漏らす。

 自分はこんな声だっただろうか。

 少し記憶があやふやだ。

 むしろ、その記憶によって形成されたパーソナリティが不確実だ。

 

 夢を見ているよう――蜃気楼の如く漂っている、ような。

 そんな気分だ。

 

「…………桜?」

 

 名前を呼ぶ、そう確か彼女の名前は――間桐桜。

 保健室の担当“マスター”達の健康管理AIだ。

 

「はい。センパイは……沙条さん、で大丈夫ですよね?」

 

「えぇ、それで合っているわ」

 

 少し、確証が持てないが――その原因に気がついた。

 

「ところで、貴方は……? ねぇ、貴方は一体どんな人なのかしら、桜」

 

 ――それが、わからない。

 知識ならばある。

 前述のとおり、間桐桜はAIだ。

 

 しかし、その桜と沙条愛歌は“一体どんな関係であっただろう”。

 単なるAIとして桜を扱い、利用していたか。

 はたまた人と同じように労っていたのか。

 

 それが解らない。

 つまるところ“エピソード”が無いというわけだ。

 

「記憶喪失……ではないわね、記憶の欠落。“記憶していた”というデータがそもそも無い、というわけ」

 

 記憶を盗まれた。

 ――少し前、そんなことが“愛歌の記憶にはないが”あったはずだ。

 その場合とは少し違うが。

 

 あれは単に、記憶を書き換えていただけだ。

 なのでほつれていた部分を修正すれば、書き換えは即座に訂正されるが。

 流石に、記憶そのものが喪失した場合は、そうも行かないだろう。

 

「えっと……理解が早いようで助かります。その、ですね……どこからお話するべきでしょう」

 

「そうね。ここが何処なのか、誰が今ここにいるのか、それと一応、なぜこんなことになったのか」

 

 要点としては三つ。

 後は、そこから必要な物を抜き出していけば良い。

 

「はい。ここは月の裏側――ムーンセルのゴミ箱とでも言うべき、特殊な空間です。そこに放置されていたデータ……校舎型の施設にいます」

 

「月見原と同じ……むしろ年代のふるさを見るに“旧校舎”と呼ぶべきかしら。それにしてもゴミ箱……ねぇ」

 

 ――なぜか、ゴミ箱に詰まった黄金色の誰かを幻視した気がした。

 バレたら即刻首をはねられそうだ。

 

 くすりと、そんな想像に愛歌は笑みをこぼして。

 それを心配そうに覗き込む桜に、気を使う必要はないと手で制した。

 

「えっとそれで、現在この場には無数のNPCと、それから数人のマスターが確認されています」

 

「マスターの方はいいけれど、サーヴァントは?」

 

 ――本来、この場に居るべきはずの誰かがいない。

 であれば“他のマスターもそうかもしれない”。

 記憶が無いゆえに不確かではあるが、それでも愛歌はそう思った。

 

「えっと……センパイ――沙条さんのサーヴァントを含めて四名、です」

 

「…………あら」

 

 別に、いなくなっているわけではないのだ。

 想像通りではあったが、想像の原因は違えていた。

 妙な勘の鋭さである。

 

「ならいいわ。正直、そんなに数は多くないけれど……でもまぁこの程度よね」

 

 “数は合っている”。

 ――なんとなく、そう感じた。

 

「それで、結局どうしてわたし達はここにいるの? そこが解らないのでは、これからの行動が取れないわ」

 

「その……それは――」

 

「――言えないの?」

 

 鋭い視線が、言いよどむ桜を貫いた。

 怒りと共に責めているわけではない。

 しかし、どことなく愛歌に凄まれると、それに耐えられる者はそうはいない。

 

「……ごめんなさい」

 

「まぁ、いいわ」

 

 答えず俯く桜に、愛歌は嘆息と共にそう流した。

 桜は“言えない”ということを肯定したのだ。

 AIに嘘はない、ならば、これで疑問はおおよそ氷解されたようなものだ。

 

 わかったことは沙条愛歌は月の聖杯戦争中、何者かに記憶を奪われ月の裏側へ落とされた。

 それは決して愛歌だけの問題ではなく、他のマスターや、表の聖杯戦争に関わっていたNPCも同様のようだ。

 

 とすれば、取るべき行動は一つである。

 

 愛歌は自身の身体をぺたぺたと確かめ、ふむ、と頷くとベッドの上から掻き消える。

 

「……沙条さん!?」

 

 驚いたように周囲を見回し、すぐに出入口に立つ愛歌を発見する。

 

「ねぇ桜、この旧校舎で一番人を集めるのに適している場所は?」

 

「え? えっと……ここから出て、二階上がってすぐの生徒会室、です」

 

 丁寧に説明し、上がってすぐの左手側、と補足した。

 にこり、とそんな言葉に愛歌は微笑みで返し――

 

「それじゃあ、失礼するわ。桜も落ち着いたら生徒会室に来て頂戴」

 

「え、あ、はい。レオさんに言われているので、後で向かいますけど……」

 

 ――レオ。

 

 レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。

 顔見知り程度ではあるが、決して知らない相手ではない少年の名を聞いて。

 

「そう、わかったわ」

 

 愛歌はそう返し、保健室を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

 問題なく空間転移が機能することを確かめ、それ以外の魔術(コードキャスト)は流石に物騒なので控えることとする。

 まぁ、自己診断と実際に使用しての所感で問題はないだろうと判断できたことのほうが、理由としては大きいのだが。

 

 良識はないが常識はそれなりにある。

 沙条愛歌とは、実際そういう存在だ。

 

 彼女を善人だと言う者はこの世に存在しないだろうが、それでも悪人だと断じる者はいないだろう。

 それは、愛歌が本質的に無色であった頃から同様だ。

 ――その場合、それは愛歌が善と悪を超越した存在であるから、という点がほぼ全てであったりするのだが。

 

 そういう意味では愛歌は非常に稀有といえるだろう。

 人間、そうそう善と悪、どちらかに振りきれることはない。

 “どちらかと言えば善”な人間が大多数、そうでなければ世界は回らない。

 

 それでも、世界のどこかには底抜けのお人好しと手遅れなレベルの悪人が存在する訳だが――

 そんな人物に、愛歌は一人だけ心当たりがあった。

 なぜだかその心当たりは疑問符に包まれていて――きっと、記憶が定かではないのだろう。

 

 であればそれが誰であるかは簡単だ。

 そう考えながら、愛歌は生徒会室の前にたどり着く。

 周囲にはそれなりの数の人影が見えるが、どれもNPCのようだ。

 あるく愛歌への反応はない。

 

 ――ドアの上部、生徒会室と書かれたプレートが掲げられているのを確認し、愛歌はノックもなく扉を開ける。

 躊躇いはない、どこか堅いが、警戒な音が響き渡り――

 

 

「――――おや」

 

 

 そこに、一人の青年がいた。

 他に人の影はない。

 元々、気配が扉越しに感じられなかったのだ。

 そこにある気配は、人の者とは性質の違うもの――

 

 つまるところ、彼はサーヴァントであった。

 

 その出で立ちも、普段は蒼銀の鎧を身にまとい、ブロンドの髪は、どこか柔らかさを感じさせる。

 幼さとも、あどけなさとも違うあたたかみのある顔立ちの青年は――そう、愛歌も知識の上では知っている。

 

 

「セイバー……騎士さま」

 

 

 ――騎士王。

 彼はその名で自身のマスターから呼ばれている。

 クラスはその堂々たる出で立ちが証明するように、最優とされるセイバーのクラス。

 マスターは西欧財閥の“王”。

 太陽の如き少年、この聖杯戦争における優勝候補筆頭の片翼。

 

 レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。

 そんな完全なる王の先達――真名を、アーサー・ペンドラゴン。

 円卓を束ねる若き王が、優しげな面立ちで、愛歌に微笑んだ。

 

「やぁ、目が覚めたかい?」

 

 そんな風に、騎士王は調子を訪ねてきた。

 上々よ、と愛歌もにこやかに笑んで見せる。

 

「えぇついさっき。……ここには貴方しかいないの? レオは? 他に誰かいないのかしら?」

 

 矢継ぎ早の疑問符であるが、内容はどれも同じようなものだ。

 

「そうだね、レオは少し外に出ている。校舎の内部を記憶しにいったようだ。後は……ユリウスが雑務でこの部屋を離れているね」

 

 ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。

 どうやら彼もこの月の裏側に引きずり込まれたようだ。

 他には、と視線で問うが、そこまでだった。

 数名ここに落とされたマスターはいるものの、ハーウェイの面々と即座に行動を共にしようという者はそうそういないだろう。

 

 そういう意味では、まず真っ先に人の集まる――レオの居るであろう場所に向かった愛歌は稀有であるが――

 それもこれも、この状況の打破に“他者との協力”が必要不可欠であったからにほかならないのだが。

 

「騎士さまは……取り込み中だったかしら?」

 

 ――さて、話は愛歌と騎士王に戻るが、現在の騎士王は別に手持ち無沙汰というわけではないようだ。

 これまで――とはいえ、愛歌に彼との体験は記憶されていないのだが――見たこともないカジュアルな私服とエプロン姿。

 主夫のような恰好で随分と堂に入っている。

 

 絢爛であるはずなのに、どこか素朴な彼らしい出で立ちだが、決して意味が無いということもあるまい。

 

 手には箒と、それから塵取り。

 掃除中、というわけだが、ここは電脳世界。 

 通常であれば、塵一つこの部屋に存在しているはずはないのだが。

 

「いいや、そんなことはないさ。この程度の作業なら、こうして話をしながらでもできるしね」

 

 言いながら、彼は足元に転がった屑データを箒で集める。

 長年月の裏側に放置され、後から後から放り込まれる不要なデータの一部が、こうしてこの生徒会室にも溜まっているのだ。

 

「そう? ならどうしようかしら……何か私にもお手伝いできることはない?」

 

 手元に半透明のモニターを出現させ、愛歌は問う。

 それを騎士王は首を左右に振って否定する。

 

「それは……むしろ君に手伝って貰うと一瞬で作業が終わってしまう。それでは二人揃って暇になってしまうだろう?」

 

 愛歌のそれはPCのデータをゴミ箱に入れるだけの簡単な作業だ。

 レオにユリウスが自分の仕事をこなしているのに、サーヴァントである自分が怠けていては、面目が立たない。

 とはいえ、そんな騎士王にできることは、こうした室内の掃除などの雑務以外に無いのだが。

 戦闘特化のサーヴァントの宿命である。

 

「それに、君には少し頼みたいことがあるんだ」

 

「あら、そうなの?」

 

 モニターを手のスナップで閉じて、愛歌は問う。

 

「うん。一つはここ――生徒会室に人を集めてほしい。私達は今、この月の裏側から脱出するため、仲間を募っている。君には人材集めを頼みたいんだ」

 

「それは、別にレオが同時に行えばいいのではなくて?」

 

「レオは校舎などの構造把握が仕事だよ。それに、君が人材集めをレオと平行して行ってくれたほうが、最終的には短い時間で済む計算なんだ」

 

 なるほど、と愛歌は頷く。

 今は時間が少しでも惜しい、そうであれば、時間短縮を主題とした采配は実に妥当である。

 

「加えてもう一つ。……そろそろ、君のサーヴァントを迎えに行ってあげてほしいんだ」

 

「……わたしの?」

 

 そう、と騎士王は首肯する。

 いい加減、“彼女”を待たせてしまっている。

 随分愛歌のことを心配していたのだ、叶うならすぐにでも迎えに行くのが望ましい。

 

「そういうわけだから、よろしく頼めるかな」

 

「……えぇ、わかったわ。騎士さまの頼みですもの、断れないわ」

 

 ――無論、それが合理的であるから、という理由も大いにあるが。

 愛歌はそんな風に少しだけ満足気に笑う。

 騎士王は少しだけ済まなそうに苦笑して、

 

「じゃあ、よろしく」

 

 ――と、愛歌を送り出した。

 

 

 ◆

 

 

「……ここね」

 

 騎士王に言われた教室にたどり着く。

 足を止めて、ふと扉を見つめる。

 中の様子は覗けないが、それでも室内が静寂に満ちている事はわかる。

 マイルームのように完全に仕切られたわけではなく、基本的に校舎はトピック形式で分けられている。

 そのため、隣の教室(トピック)の様子も、多少ではあるが伺える。

 

 ――気配は、ある。

 この教室で間違いはない。

 

 そういえば、と愛歌は思考する。

 なぜ自分は態々こうして立ち止まっているのだろう。

 何かが自分の足を、ふと止まらせたのだ。

 これを、“後ろ髪が引かれる”と言うのだろうか。

 

 何にせよそこで緊張を覚える沙条愛歌ではない。

 あくまで自然体で、彼女はためらうこと無く扉を開けた。

 

 そして、ゆっくりと教室内へ足を進めていく。

 閑散とした教室に――たった一人、少女が立ち尽くしている。

 

 それはどこか懐かしく/あまりに新鮮な、

 ――ひどく長い時間/一瞬にも似た短い時間、

 

 ――――離れ離れになっていた/ずっと共に側にいた、

 

 

 ――――――――金髪の少女が、そこにいた。

 

 

 あぁ、自分は彼女を知っている/まだ、知らない。

 これから、きっと知ることになるのだろう。

 ――少しずつ、思い出していくことになるのだろう。

 

 人の気配に、少女はゆっくりと振り返る。

 幼さの残る顔立ちだが、体つきは十二分に発達しており、可憐であり、同時にその美に見惚れざるを得ない。

 

 

「――――奏者?」

 

 

 彼女は、呼び慣れた名でマスターである愛歌を呼んだ。

 

 少女と数歩分も間のない距離で愛歌は停止し、沈黙する。

 しばらく何事かを思案げに首を傾げ、やがて口を開いた。

 

「セイバー……いえ、ライダー?」

 

 セイバー――愛歌のサーヴァントは、しかし愛歌の知るセイバーではなかった。

 知識の中にある彼女は、紅い服装の男装姿であったはずだ。

 しかし、今の彼女は違う。

 白のライダースーツ、ボディラインの浮き出るのが、また実に艶かしい。

 

「いや……うむ? まぁ、確かに余はライダーが適正クラスではあるが……今はセイバーであるぞ?」

 

「――え? あぁ、いえ、ちょっと間違えただけよ。ごめんなさいね――事情は把握しているかしら」

 

 ――――現在の愛歌には、目の前にいる少女が“自分のサーヴァントである”ということしか解らない。

 それ以外のあらゆる記憶、経験は彼女の中から抜き取られ、今の愛歌は、セイバーとほとんど初対面の状況にある。

 

 それを、セイバーは会話とともに思い出したようだ。

 少しだけ顔を曇らせて、しかし即座に凛とした物ヘ変える。

 

 ――なぜだかそれを、愛歌は“珍しい”と感じるのだった。

 

「……うむ、知っているとも。まぁ、その……何だ? あー、マスター……奏者よ」

 

 セイバーはむずむずと、何かを抑えるように視線を泳がせる。

 愛歌は不思議そうに小首を身体ごと傾いで、そんなセイバーの様子を見守る。

 しばらく何事かを唸っていたセイバーは、やがて。

 

「…………よろしくたのむぞ! 奏者よ!」

 

 勢い紛れに、そう叫ぶ。

 傾いだ身体をそのまま開店させるように、愛歌はその場で一度回転し、顔をセイバーへ振り向ける。

 特になんということのない――愛歌らしい笑みで。

 

「えぇ、よろしく」

 

 決して無関心ではない、平時通りの様子で、そう返した。

 数歩歩き、更に半廻転で向き直る。

 

「そういえば――」

 

 ちらりと、その視線がセイバーの服にもう一度向けられた。

 

「それは貴方の趣味?」

 

「そんなわけがなかろう。これは気がつけばこんな服装になっていたのだ。しかも、何やら変なオプション付きでな!」

 

「それは難儀ね」

 

「あぁだが……」

 

 ――ぽつりと、セイバーは続けようとして、しかし頭を振る。

 それは何とも大げさで、見ている方が目を回してしまいそうだ。

 

「……どうしたの?」

 

「う、うむ! 何でもない、ちょっとした気の迷い故な。奏者のように気を違えたわけではないぞ」

 

「――それは、どういう意味かしら」

 

「文字通りだ!」

 

「答えになっていないわよ!」

 

 怒気をはらんだ声。

 ――けれど、そこに同時に向けられるべき狂気は存在しない。

 

 少しだけ、調子が狂う。

 しかし、きっとかつては“こんなもの”だったのだろう。

 

 そう思考をまとめて――愛歌とセイバーは教室を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 ――かくして、月の裏側は胎動を始める。

 

 ゆっくりと、朝の微睡みを、時計のベルが融かしていくかのように。




 英雄王はゴミ箱にボッシュート、でも一応出番はありました。

 というわけで愛歌ちゃんEXTRAはCCCに、でもまだ(仮)。
 愛歌ちゃんが目覚めてから登場したのは桜、騎士王、そしてセイバー。
 まぁなぜこの構成かは黙して語らずとして。
 今回から20時更新です。

 月の裏側、最初の対決は赤いあくまさん。
 でもね、赤い悪魔さんとその後の計算悪魔さんの担当はね、ギャグ回なんだ。
 次回は割りとサプライズ、我がCCC二大特徴の一つと言ってもいいかもしれない。
 本筋ではないけれど。

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