ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――桜の木を抜けた先。
ゆっくりと愛歌はアリーナ――――サクラ迷宮へと降り立った。
隣には既にセイバーが待機している。
迷宮に繋がる長い階段を下りきる。
警戒の意思は強く、故に空間転移は使用しない。
鋭く周囲へ向けられた瞳は、アリーナの様子を油断なく観察を続けている。
――アリーナの様相は、いうなれば王宮とでも呼ぶべきものだった。
アリーナらしい無機質な半透明の床を縫うように立てられた石城を思わせる柱に廊下。
王宮というよりも、むしろ城下町を携えた、国そのものと呼べるかもしれない。
月の表の幻想的でありながら無機質な作りとは違う、人の意思が感じられた。
「へぇ……ずいぶん良く出来ているのね、このアリーナは」
「しかし、どうにもこの宙に浮かぶ感覚はイカンな。建物自体も浮いているのか、これは」
頭を抱えながら、セイバーがぼやく。
さもありなん、この光景はどうにも幻想的であるが、その幻想性は過剰でもある。
何せ地に足が付くべき建物群は、どれもコレもが浮遊城と化しているのだ。
スキルにすらなったほどの頭痛の種を常に抱えたセイバーからしてみれば、拷問の類とすら言えるのかもしれない。
とはいえ、しばらくすれば頭を振って、彼女は澄ました愛らしい顔立ちに戻ったのだが。
『――聞こえていますか、ミス沙条』
通信、レオからのものだ。
正確には、レオ率いる生徒会のもの。
通信は良好、彼の声は実に鮮明に聞こえてくる。
「問題はないわ、そちらはどう? 騎士さまも、桜も、みんな元気にしている?」
『えぇ何の問題もないですよ。我々はここに貴重な第一歩を記したのです、むしろ興奮は最高潮ですね』
――いや、おそらくそれはレオだけだろう。
誰もが思った。
レオ以外に、あまりこういった事象でテンションを上げるような面子はいない。
無論、レオ自身のそれも、単なる小粋なジョークのようなものではあるが。
「万事快調、仔細なし、と。了解したわ」
「あぁそれなのだがな奏者よ」
――問題ないと、愛歌は認識し、しかしそこにセイバーの待ったの声。
何事か視線を向けると、困ったような顔でセイバーが苦笑した。
「いやな、少し前に言ったであろう。余のこの衣装は、余個人の趣味ではない、と」
「言ったわね。かつての貴方がどうだったか知らないけれど、なんとなくそんな気がするわ」
うむ、と仰々しく愛歌の言葉にセイバーは首肯し。
「同時に言ったであろう、何やら変なオプションが付いている、と」
「……あまりイイオプションではなさそうね」
ハッキリ言って、セイバーの服装は趣味が悪い。
無論、彼女の可憐さを引き立たせているのは確かだが、その可憐さはどこか彼女らしくない淫靡さだ。
今の愛歌はまだあずかり知らぬことではあるが、セイバーの快活な色気とは、どこかかけ離れたものに思えるのだ。
要するに、そんなセンスの手合いがつけたオプションだ。
それはむしろ
「あぁその通りだ。どうにもな――奏者との契約、つながりが弱まっている。魔力の供給が上手く言っていない……」
つまるところ、だ。
「――一時的にではあるが、現在の余は表の聖杯戦争の頃よりも弱体化している」
「弱体化、という表現は正しくないのではなくて? わたしとの魔力パスが通じていないということはつまり、“わたしの恩恵”を受け取れていないということ」
――それは弱体化ではない。
セイバーは愛歌の膨大な魔力量によりそのステータスを強化していたのだ。
その強化が、失われている。
つまり本来のステータスに戻ったのである。
「まぁ、回路が使われなくて古びるのと同じね、少しすれば元に戻るわ。問題はその少しの時間も今は惜しいという点だけれど……それを判断するための探索でもあるわ」
気にしても仕方がない、愛歌はあっけカランと言い放つ。
「何事も今できることが最善なのよ。だからセイバー、貴方は自分にできることをなさい?」
「……ふふ、奏者に言われてしまってはオシマイだな」
苦笑する、意識したものではないが、その“解った”ような態度がどことなく愛歌には不快だ。
むぅ、とむくれてセイバーを睨みつける。
「どういう意味かしら」
「悪い意味ではないさ。何も、余はいつも奏者を罵倒しているわけではないぞ?」
――表の頃は、いつも罵倒していたのかとげんなり。
愛歌はそれを嘆息で振り払い、さて、と前を見る。
あまり会話に時間を費やす手間も無い。
「それじゃあ、これからアリーナを探索するわ、モニタリングはよろしくね?」
『任せて下さい。沙条さんの安全は私達がお守りしますから』
自信に満ちた言葉で、そっと愛歌は背を押される。
それをしたのが桜であることを意外に思いながら、ゆっくりと愛歌は前進を始めるのだった。
◆
「それじゃあ――まずはあの敵を屠ってもらえる?」
何気ない様子で、愛歌はそうセイバーへと指示する。
とはいえ、こういった命令は、セイバーからすれば意外なことだ。
少なくとも普段のセイバーと愛歌は特に言葉もなく出会い頭の敵を即座に抹消する。
よしんば何か問題が合っても、愛歌からセイバーにかけられる声は叱咤か警告がほとんどだ。
つまるところ、何とも新鮮な感覚。
「……うむ、ではとくと見るが良い。本邦初公開、余の本来の戦闘というモノを」
言葉とともにセイバーは剣を構えて飛び出す。
一本道、それなりの広さはあるとはいえ狭い通路でしかない場所を高速で駆け抜ける。
目前には球体型の敵性プログラム。
その瞳のような円が光、何かを放とうとした、がしかし。
――それよりも早く迫ったセイバーの剣が、上から下にエネミーを切り裂いた。
手のひらで剣を翻し、そのまま上からの切り下ろし。
二連撃にたまらず球体のエネミーはその場で崩れ落ち、霞となって消え去った。
「……ふ、どうだ」
剣を軽やかに振り回し、ふんすと胸を張りながら愛歌へ振り返る。
その剣を地面に突き刺し、勝鬨をあげたかのような威張り様だ。
「――ねぇ、何が自慢出来るのか良くわからないわ」
「いやさ余の本来の戦闘はだいぶかつてと違うだろう」
「記憶に無いものを比べられないわ。そもそも、貴方の敏捷ステータスは落ちても最高ランクのままじゃない。その敏捷を活かした高速駆動――他のステータスが落ちても持ち味が変わらないのでは、あまり代わり映えなんてしないと思うんだけど」
言ってしまえば、結局はそのとおりなのだ。
セイバーの敏捷は強化される以前から最高ランク。
それが変わらない以上、幾ら手数を増やすなどの変化があっても、本質的な変化は生まれなう。
「……そういう真面目な発言は物事の面白みを欠かせてしまうぞ」
「面白い、面白くない以前に――」
そう言って、愛歌は身体を一歩前に踏み出させた。
ゆっくりと倒れこむように。
その身体は、しかし地に伏せることはなく。
――セイバーの後方上部に出現した。
「……む」
その手のひらから漏れた毒が、迫る球体エネミーの身体に突き刺さる。
エネミーはしばらく雑音を周囲にぶちまけ、やがて電池が切れたかのように停止、塵のように吹き飛んだ。
「――――油断が過ぎるわ」
身体を折りたたむように着地しながら、背を向けたままそうセイバーを責める。
怒りも侮蔑もないそれは、事実だけを克明に告げる。
――愛歌の叱咤は誰よりも辛辣だ。
それは、
「…………」
――セイバーは目を白黒させながらそんな愛歌を見る。
不思議そうに愛歌が視線だけを向け、
「何かしら」
小首を傾げる。
「……うむ、実に奏者らしい、と思ってな」
――ー―それは、実に愛歌らしい反応だった。
愛歌はふうん、と鼻を鳴らして視線を戻す。
理解したのだ。
愛歌はセイバーを知らないが、セイバーは愛歌を知っている。
セイバーにとって、今の反応は、彼女がよく知る愛歌のものだったのだろう。
だから、懐かしんでいる。
それがわかって、なんとなくそれが気に入らない。
セイバーの反応が気に入らないのか、それとも“それほどに自分の事をよく知っている”セイバーの事を、愛歌自身が忘れていることが気に入らないのか。
愛歌には判断がつかなかったのであった。
――そも、そう考えること事態が愛歌らしくないということにさえ、愛歌は気がついていなかったのだが。
◆
――迷宮の分岐路。
迷路の端ではないにしろ、大きな分かれ道に、それは鎮座していた。
視界の右端に見える王宮に似つかわしくない監獄のような建物も気になるが、まずは目前のそれだ。
――さながら花びらのように思えるそれは、どうやら道を遮るゲート――セキュリティのようだった。
「……それにしても、セキュリティにしたってこのガードの硬さは異常ね」
軽くそのデータを見聞しながら、愛歌は嘆息する。
『それが何であるか……直接眼にして何か解りませんか?』
通信越しに、レオの問いかけ。
『映像越しではまったくもって構造が何であるのか不明瞭、唯一スキャンが可能なサクタもお手上げ状態、とくれば直接スキャンが可能な貴方に問うしかないのですが』
――とのことだ。
それを、愛歌は残念そうに横に首を振って。
「――――まったく、解らないわ」
と、即答した。
「別にこれが何であるかは解析できなくはないのだけれどもね、それを“理解できない”の」
解析ができても、その“プログラム言語”の出処がまったくもってわからない。
――愛歌の言葉にしては意外な類。
『そうですか、ではもう少し周囲の探索を――とは、行かないようですね』
『……生体反応を確認、沙条さんのすぐ側――セキュリティの向こうから、来ます!』
レオが言葉を区切り、即座に桜が報告する。
何かが来る、桜の言葉の少し前に、愛歌もセイバーもそれを理解していた。
「――――あら、こんなところまでご苦労なことね」
その声は、愛歌のよく知った声だった。
驚くほど力と意思のこもった声、聞いてしまえばもはや逃げ出すことは不可能なほどに。
「……それは、こちらのセリフね」
愛歌は、どこか複雑そうに言葉を選んだ。
何せどう感情を向けるべきか愛歌にはわからないのだ。
それでも――“予感”はしていたのだ。
嫌な予感ではあったけれども。
「貴方が旧校舎にいなかった時点で、こうなることは想定しておくべきだったのかもね」
「あら、べきだった、何て――何を言っているの? 沙条さん、貴方がこの状況を予期していないはずがないじゃない」
「その呼び方は……いえ、いいわ。ともかく、そういうことなら聞いてあげる」
愛歌は、反射的に浮かんだ不満を押し殺した。
今はそんなことを気にしている暇はない。
目の前には“まるで敵対者に対して向けるような眼で”睨みつける愛歌の知己がいる。
愛歌にとっても、おそらく少女にとっても――唯一と言ってもよい友人だ。
そんな少女が、こんなところで意味もなく愛歌に敵意を向けている。
少なくとも、愛歌の視点からはそう映るのだ。
故に、問う。
――その真意を、おそらく想像は正しいのだろうが、それでも一抹の希望を載せて。
「――――何をしているの? リン」
遠坂凛。
――癖のあるツインテールと、赤と黒の、見知った彼女の装い。
その瞳、愛歌とは別種の――引きこまれてしまいそうな力ある瞳。
全てが“愛歌のよく知る遠坂凛そのもの”であった。
間違いない、疑いようもない。
――彼女が愛歌の友、遠坂凛であることは、まず事実。
その上で。
聖杯戦争の中でもないのに、愛歌に立ちはだかるのは、果たして是であるか。
それを、問いかけた。
「――――――――女王」
「……なに?」
理解の及ばない単語を、問い返す。
「――女王をしているといったのよ、沙条さん。この月を、この世界全てを統べる女王」
ニィ、と凛は笑みと自負を混在させて、断言する。
「言うなれば――――月の女王、ってところかしらね」
一切はばかること無く、彼女はそう言い切ったのだ。
それは同時に、愛歌に対する敵対と同義であった。