ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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04.月の女王、血降る槍

 愛歌の真正面、不可思議のセキュリティを踏み越えて、現れたのは月の女王。

 不遜にもムーンセルの掌握を宣言する彼女の名は、遠坂凛。

 

 この世界における、ただ一人の愛歌の友人。

 とはいえ、その関係もこうして矛を交えてしまえばただの呼称か。

 今の凛に愛歌に対する友好的な感情など存在しないのであった。

 

 ひとえにそれは、愛歌がこの月からの脱出を目論む立場であり――

 

 ――――遠坂凛が、それを妨害する立場にあるからだ。

 

「そういうわけだから、月から出るのは諦めてくれる? “友達の好で”」

 

 凛は、それこそ“挑発”するようにそう告げる。

 実に彼女らしくもない発言ではあるが、この状況であればそれは単なる冗句の類。

 それは何よりも、“愛歌に自身を敵対者として”認識させる言葉だろう。

 

 そういう意味では、実に凛らしい合理的な言葉といえるのかもしれない。

 

「……笑えない冗談。見損なったわ、凛」

 

 対する愛歌は、実に冷えきった言葉を凛へと投げた。

 思わず、自身の心底を完全に停止させかねないほどの威圧ではあるが――凛はまったくもって何処吹く風だ。

 理解している。

 愛歌の“殺意”はこの程度ではな済まない。

 

 とすればそれは、いうなれば宣戦布告への同意。

 

 言葉と同時愛歌はちらりと横のセイバーへ目を向ける。

 構えなさいとそれで指示して、同時に自身も凛をにらみ油断なく構える。

 ――否、彼女のそれはあくまで自然体、隙など無限と思えるほどに垣間見える。

 それでもその隙を貫かせないほど、彼女は自身を戦闘の中へと浸していた。

 

 叶うのならば、このままセイバーを使い凛を拘束したいところだ。

 それが最善、卑怯という事なかれ、面倒なのは愛歌としてもごめんなのだ。

 

 しかし、

 

(――――まぁ、そう上手く行くはずはないのだけれど)

 

 そう、この場にノコノコと一人で現れるようなことはあるまい。

 相手はサーヴァント、そしてそれに匹敵するほどの実力者。

 捕まえてくださいと言わんばかりだ。

 

 そうでない以上。

 ――凛が何の怯えもなくこの場にいる以上。

 

 そうでないことは、自明の理。

 

「ふふ、ならいいわ。冗談なら冗談でそれでもいい。けどね沙条さん、――これを見ても、そんなふうに言えるのかしら」

 

 ――冗談ですました方が、幸運かもね。

 そんな風に、凛は力強く笑みを浮かべ、そして声を張り上げる。

 

 

「――――さぁ、来なさい、“ランサー”!」

 

 

 凛のサーヴァント。

 知識の上でも、そのクラスは一致する。

 気配は濃密に凛の隣に、殺意の気配が満ち足りる。

 

 来る。

 

 構えた直後――“彼女”は姿を表した。

 

 

「――ふふ」

 

 

 ぽつりと、笑みを漏らす。

 それは愛歌も見知った――否、“どこかで聞いた”声だった。

 知識がそれを探り当て、同時に意識が自覚する。

 

 ――驚愕、というよりもそれは呆然に近い。

 唖然、というべきか、突然、というべきか。

 

 何にせよ、愛歌の予想は、現実からずれた。

 

「…………あ、ハハハハハハ! ――久しぶり! 本当に久しぶりねぇ“子リス”ッ!」

 

 知っている。

 愛歌は少女を知っている。

 しかし、その少女の“隣”にあるべき人物は、今――この場にはいない。

 

 あの道化の仮面は、今、生徒会室で不可思議に踊っているはずだ。

 揺れて、淀めいているはずだ。

 

 だから、違う。

 

 その差異を、愛歌は口にしようとして――

 

 それを、少女は――紅いランサーは遮った。

 

 

「呼ばれて飛び出てジャンジャカジャン! 貴方のハートをフォーリン・ランス! いつも心のなかにハンガリー、エリザベート・バートリー! こうしてここに舞い戻って来てあげたわ!」

 

 

 異形に満ちた竜の角。

 狂気と殺意を綯い交ぜにした眼。

 そう、かつて矛を交えたサーヴァント。

 

 道化師“ランルーくん”をマスターとしていたそのランサー。

 真名をエリザベート・バートリー。

 

 彼女が今、凛の隣に、彼女のサーヴァントとして立っている――!

 

「ちょっと! いきなり真名暴露しないでよ! アンタサーヴァントでしょ?」

 

 全く自身の真名を隠そうともしないランサーに、凛は怒り心頭だ。

 地団駄を踏んでランサーを睨む。

 

「あら、別にいいじゃない、向こうは私の真名なんて元から把握してるんだから」

 

「万が一があるでしょ! 万が一が! ねぇまな――沙条さん!?」

 

 チラリ、と視線が愛歌とセイバーに向いた。

 とはいえ記憶のない愛歌にそれを問われても困る。

 

「いや、知っているが」

 

 答えたのはセイバーだ。

 

「ホラね」

 

「ホラね? じゃないわよ! もう!」

 

 しかし、どうにもその気配は、かつての愛歌――正確にはセイバーの記憶とは違えている。

 雰囲気が何から何まで変化している。

 決してかつてのランサーがツッコミキャラで、今のランサーがボケキャラだという訳ではない。

 

 

『――――随分元気ソウダネ?』

 

 

 それに反応したのだろう。

 通信機越しに、声がする――珍しく、ランルーくんが声をかけたのだ。

 

「……マスター!? じゃなくて、アンタ! そんなところにいたのね! いえ、それは別にいいわ、どうでもいいし。あまり邪魔しないでくれる!? コレでも今の私、すっごく機嫌がいいのだから」

 

 ――もしも害すれば、何が起こるかわかったものではない。

 そんなことを言外ににじませて、ランサーは睨みをきかせる。

 

『ウフフ……ソレナライインダ……元気ナラランルーくんハ元気ダヨ?』

 

「あらそう……ま、それもそっか」

 

 ふぅん、と鼻を鳴らして、両者はそこである種の合意を見たようであった。

 端から見てもそれを理解できるのは、おそらくこの場においてはセイバーしか存在しないだろうが、そのセイバーの反応もない。

 ならば良いだろう、愛歌はちらりとセイバーを一瞥し、それからランサーに向き直る。

 

「さて、そういうわけだけれど……貴方がわたし達の敵ということでいいのね?」

 

「連れないわね子リス、表にいた頃はあんなにおもちゃにしてあげたっていうのに」

 

 ふふ、と艶かしい視線を向けられる――思わずゾクリと背が震えた。

 どうにも、こういう視線には嫌な思い出がある。

 全く思い出せないが、それはともかく。

 

「おもちゃにされてたの?」

 

 セイバーに問う、この場でランサーの言葉の真偽を正せるのはセイバーだけだ。

 

「いいや、別にそんなことはないが」

 

「おもちゃにしてたの! もう、失礼するわね」

 

 否定の即答に、憤慨した様子でランサーが唸る。

 

「あ、そういえばそうそう、コレを言うのを忘れてたわ。私ってばウッカリさんね。一番大事なことなのに――」

 

 ――なぜか、ウッカリという単語に凛が反応した。

 ぴくりと眉を顰めさせただけ、誰もそれに気がつくことはなかったが。

 

 なんと、と大げさに指を愛歌へと突きつけて、堂々とランサーは宣言する。

 

 

「私、アイドルデビューすることになったわ!」

 

 

 ――――しぃん。

 世界が凍りつくとはこの事か。

 愛歌にしろ、セイバーにしろ、まず第一に感じたことは単純だ。

 

 コメントしづらい。

 

 全くもって重要でなく、壮大なまでにどうでもよい。

 これでも愛歌かセイバーが、想像できればまだ反応できただろうに。

 なんといっても、どうしようもなく脈絡がないのだ。

 それでどう反応しろというのか。

 

「ふふ、ふふふ……どうやら声も出ないようね――歓喜で!」

 

 沈黙。

 愛歌は何も語らない。

 

「いいのよいいのよ。だって知らない仲じゃないものね、喜ばしくて仕方ないのも当然よね!」

 

 ――誰かが思った。

 このランサー、こんな性格(キャラ)だったのか。

 

『……君』

 

 そこに声をかけるのはランルーくん。

 驚くことにこのピエロ、この不可思議な展開に付いて行っているようだ。

 愛歌ですらそれには困惑。

 

「何よ、元マス」

 

 ――略された。

 業界用語というわけだろうか。

 

『トッテモ似合ワナイ……ネ』

 

「失礼ね! 何がネ! よ、バカにしてんの?」

 

『……ランルーくんハネ……嘘ガ大嫌イ何ダ』

 

「してるのね!」

 

 ――妙に息のあった両名の会話は、少なくともセイバーの知るそれであった。

 互いに嫌い合ってはいるが、しかしどうしようもなく両者は理解しあっている。

 きっと、これはこれで良い主従関係なのだろう。

 

 ともあれ、今のランサーの主人はランルーくんではなく――

 

「……ねぇ、何で私抜きに話が進んでいるのかしら」

 

 ――――遠坂凛なのだ。

 

「あらリン、いたの?」

 

「いたの? っじゃないわよ! 私ね、ここの主、女王様なのよ? なのに何でこんなに無視されなくちゃいけないの? 友人が敵として立ちはだかる緊迫して意味深な展開はどこに!?」

 

 少なくとも、ランサーがここに現れるまでは凛は空間を完全に支配していた。

 それが一転いつのまにやらここはランサーのライブ会場と化しているのだ。

 怒りを覚えるのも無理はない。

 ちなみにライブはライブでもお笑いライブである。

 

「どうでもよいが、“かつての友”じゃなくて“友人”なのだな」

 

 ――――途端、遠坂凛、紅の様相を身にまとった少女は、その体の芯までもを赤に染める。

 言うなれば紅赤朱――赤の一色を突き詰めた朱の権化。

 

「な、なな、何よ!」

 

 叫ぶ。

 猛り狂い、なお叫ぶ。

 

「べべ、別に愛歌のことなんて全然好きとかそんなんじゃないんだから! そもそも、敵対してるからといって友達じゃなくなるなんてそんな浅い関係じゃないでしょ!? そうよね、愛歌!」

 

「それはそうだけど……化けの皮――いえ、いいわ」

 

 言いたいことは山ほどあるが、今は目の前のことに集中するべきだ。

 

 相手はランサーと、そしてそのマスターとなった遠坂凛。

 どちらも厄介な相手である。

 セイバーの記憶する限り、表の聖杯戦争で愛歌に対して最も勝利に近かったのは彼女のペアだ。

 もう一組存在した気がするが、ともかく。

 

 厄介度で言えば、あのユリウスアサシンペアにすら匹敵するだろう、この組み合わせ。

 この場で攻略するのは――なかなか難しいように感じられた。

 

(――タイマン――正確に言えば二対ニの今でも、それなりに厳しいだろうな。加えて言えばリンは今“ムーンセルを支配した”らしい、とすれば――)

 

「あら、ようやくやる気になったって訳? そう? ならいいけど――生憎、私とランサー相手に――こいつらも加えてやるのは、無謀だと思うわよ?」

 

 セイバーの思索に反応するかのように、凛はパチンと指を鳴らした。

 それに呼応するように、愛歌の周囲に無数のエネミーが出現する。

 

 どれも先ほど相手をした球体型とは違う形状――明らかにその気配は、球体のそれを凌駕している。

 一つや二つ――両手の指で足りる程度なら幾らでも相手にできるが、それと同時にランサーを相手にするのは無謀というもの。

 

 愛歌の場合、不可能ではない。

 けれども、そんな無駄――彼女が好むはずもない。

 無駄を楽しむのも人生とは言うが、愛歌はどちらかと言えば合理的かつ効率的に、敵を蹂躙するのが好みである。

 

 そういうわけで――

 

「……まぁ、悪いけどここは撤退させてもらうわ」

 

 愛歌は、素直に凛へと背を向けた。

 

「そう、止めないわ」

 

 凛もそれを追おうとはしない。

 しかし、それを咎めるのはランサーだ。

 

「あら、何で今この場で八つ裂きにしないの? しようと思えばできるのだから、するのが正解のはずでしょう?」

 

「バカね、そんな事してみなさい、総力戦になるわよ。こうして向こうが慎重策を取ってるからイイものの、騎士王なんて来てみなさい――地獄を見るのはこっちの方よ」

 

 どこか恐怖を煽るような声で、凛はそうランサーを威圧する。

 それに圧されるわけではないが、そう言われてしまえば黙ってしまうのがランサーだ。

 

 愛歌が強力であることは知っている。

 それと同等程度にレオ・B・ハーウェイとそのサーヴァントが厄介であることもまた把握しているのだ。

 

 故に、本能が彼女の暴走を止めている。

 言うなれば――A級サーヴァントの勘というべきか。

 

「それに、そもそもこんな包囲網、突破するだけなら沙条さんなら楽勝よ」

 

 いうが早いか、愛歌はその場から消え失せる。

 ――跡形も残らず、気配すらなく。

 あとに残った空白はどこか寂しげで――

 

 

 ――かくして、月の裏側における最初の探索。

 サクラ迷宮の処女航海は、こうして終了するのであった。




 はっちゃけるエリちゃん。
 つまるところあれだ、介護づ……何でもないです。

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