ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――何も、撤退の要因はランサーと遠坂凛のコンビが厄介だからだけではない。
もう一つ重大な壁が愛歌達生徒会メンバーの前には立ちはだかっている。
文字通りの防壁、探索を妨げる青い花びらのようなシールド。
その原理は愛歌ですら不明なのだ。
一度探索を切り上げ、対策を練る必要がどこかであった。
方法としては二つの案が挙げられる。
旧校舎にてかのシールドの原理を知るものを探す。
もしくは、今度はレオが迷宮に降り、シールドを調べる。
どちらがより確実であるかといえば、それはおそらく前者だろう。
愛歌が直に観察して何も解らなかったのだ、レオでも判別できない可能性は高い。
そもそもレオが見に行くにしろ、まずは意見を請うた方が効率的だ。
「まぁ、安心してください。ボクでもミス沙条でも解らないシールドとなれば、ある程度推測は付きます、とすればあの人なら解決が望めるはずです」
とは生徒会室にてレオの談。
現在はユリウスが迎えに行っているが、かれこれ数分がたとうとしている。
決して長くはないが、対艦ではさほど短くもない時間。
――果たして現れた人物は、まぁおおよそ想像通りの人物だった。
現在、生徒会に参加していないマスターは三名。
その中でこういったことに対処できそうなのは、一名のみ。
つまるところ――
「あら、皆さんお揃いで。……見知った方がほとんどですし、自己紹介はよろしいでしょうか。名は殺生院キアラ、これで十分でしょう」
――――殺生院キアラ、どこか淫靡で、それを凌駕するほどの清純さをも覗かせる女性だ。
今も、慈母のような笑みを浮かべて、生徒会室の入り口に立っている。
ユリウスが元の位置に戻り、それから少ししてキアラも続いた。
レオと向かい合うように座る愛歌の後方。
ゆっくりと愛歌が椅子を引いてそちらを向き、全員の視線がキアラに向いた。
「殺生院キアラ――貴方に問いたい。ボク達は現在月の裏側からの脱出を計画しています。その前に立ちはだかった障害――文字通り障壁の、その仕組について」
――レオが、そうしたふうにキアラへ切り出した。
桜がその補足を努め、しばらくはその説明が続く。
キアラは瞳を閉じ、その言葉を情報を自身へ刻みこんでゆく。
やがてそれが幾度も続き、けれども終わりは、どこかあっけなく、キアラ自身によって紡がれた。
「……なるほど、解りました」
こくり、と首肯して、納得したようにそう告げる。
レオの顔が微笑に揺れた。
「それは良かった。……それで、詳しくお聞かせ願いたい。あのシールドは一体?」
「本音を言えば、正直なところ話すべきではないと考える自分がいます。これはかなりデリケートな代物ですから……ですが、そうも言っていられないのもまた事実」
ためらうようにしながらも、キアラに迷いはなかった。
「――――アレは、遠坂凛さんが持つ心そのもの、とでもいいましょうか。心の壁、とは少し違うのですが」
言うなれば、隠された心、とキアラは言った。
それこそ文字通りの意味で、あのシールドを破るということは、他者の秘された心象風景を暴くということ。
個人の世界に土足で踏み入るということ。
「それは……なかなかヘビーと言わざるを得ませんね」
――さすがのレオも、躊躇を覚えざるをえないだろう。
無論、ただ躊躇するだけで、別に諦めはしないのだが。
もしもそうでないとすれば――
「そう、それなら良かったわ。とても強度の高い壁ですものね、どうしようかと思ったけれど、何の問題も無いじゃない」
――おそらくこの場には、沙条愛歌をおいて他はいないだろう。
「ハハハ、頼もしいですね、ミス沙条。貴方ならまぁ、そう言うだろうとは思ってましたよ」
「えっとその……あまりそういうのは、どうかと思うんですけど」
あまりにあまりな物言いに、流石の桜とて、少し苦言を呈するようだ。
――そこに。
「…………少し、いいかな」
これまでユリウスとともに沈黙を保っていた騎士王が、口を開く。
何かしら、と愛歌の首がかしげられた。
「私としても、あまりそういった無遠慮な振る舞いは関心しない。それがたとえ、君であってもだ」
うむうむ、とユリウスが同意する。
騎士王は公明正大な良き王だ。
少なくとも、愛歌に付きそう皇帝よりかは信頼がおける。
「――だから」
――――そう考えたユリウスを遮るように、騎士王が続ける。
……だから? しかし、ではなく?
疑問がユリウスの目線を騎士王へ向けられて、直後。
「――――そっと慈しむように、花を愛でるようにするのだよ?」
「おい騎士王!」
思わず叫んだ。
無理もない、そこは止めるべきところだろう。
止められないと解っていても、決してそういう話ではないはずだ――!
「そう、わかったわ」
「お前も力強く頷くな、沙条!」
ユリウスの頭痛は続く。
――そんな自身の兄を、レオは愉快そうに見ていた。
助けるつもりはないようだ。
はぁ、と困ったように桜の嘆息。
ランルーくんは、沈黙したまま、動かない。
「――ふふ」
それに、キアラはふと笑みをこぼした。
「面白い方たちですわね。この生徒会、というのは、善い集まりだと思いますわ」
「そうでしょう? ボクの――まだ結成して日は浅いですが、自慢の仲間たちです」
――レオは、一切疑うことすらなくそう言い切った。
少なくとも不可思議にキアラの側で揺れるランルーくんですらその一人なのだと、そう言い切った。
キアラはそれを何とも言えない“呑み干す”ような顔つきで口元を歪め、
「――では、本題に入りましょう。結論から申しますと、あの壁を破壊――正確には解除することは、可能です」
――その方法をキアラは“五停心観”と語った。
五停心観とは、簡単に言えば精神を落ち着ける五つの方法を指す。
この場合は、相手の精神の秘密を摘出し、その秘密を相手の壁にぶつける。
言ってしまえば“壁”の意味をなくすのだ。
暴かれた秘密に、乙女を守る意味など無いのである。
「このプログラムを、――沙条さん、貴方にお譲りします」
言って、すっとキアラは愛歌の側に近寄る。
状況を見守っていた愛歌は、ようやくか、と立ち上がった。
話の輪の中にはあったものの、根本的に中心にはいなかった。
ようやく、それが自分に移ってきたのである。
真正面から、一対一でキアラに向き合う。
――――何故か、それがどうしようもなく嫌な感覚で、
「早く済ませてしまいましょう、どうするつもり?」
そう、キアラを急かすように促した。
キアラはなだめるように笑って、
「そう緊張なさらないでください。簡単な話です。――少し、失礼しますね」
そういって、ゆっくりと愛歌に近づいていく。
――この悪寒はキアラから放たれるものだ。
どこかで覚えのある感覚、そう、愛歌はこの感覚を知っている。
待て、と静止する余裕もない。
――気がつけば、キアラの顔はすぐ傍にあった。
今すぐにでも、愛歌にそれは吸い付こうとしている――
「――――ッ」
口元から何かが湧き上がって――――
――――気がつけば、殺生院キアラと接吻していた、但し、ランルーくんが。
「アラ?」
――道化師の間の抜けた声が響き。
キアラは、仮面の冷たい感触に、目を剥いた。
「ぇ?」
どことなく、その声は彼女らしくもない純粋で可愛げのあるもので。
――思わず、レオはぶふぅ、と吹き出していた。
「な、な、な」
凍りつく世界の端、先程までランルーくんがいた場所で、身を震わせる少女が一人。
他に動きを見せるものはといえば、口吻を交わしたキアラをそっと引き剥がし、仮面を子どものおもちゃのように弄るランルーくんのみ。
そこへ――――
「何をするのかしら! そんなことしたら、あ、あ、ああああ――赤ちゃんができちゃうでしょ!」
――――――――さらなる爆弾を、沙条愛歌が投下した。
「ごほっ!」
――今度はユリウスが噴出した。
あまりの衝撃に、彼自身耐えることは叶わなかっただろう。
彼だけではない桜も、騎士王も、完全に停止している。
レオですら、先ほどの愛歌の転移で思わず笑ってしまったまま、凍りついていた。
殺生院キアラですら、この状況は絶対に想定していなかったであろう。
顔を赤くしたまま愛歌はわなわなと震えている。
今すぐこの場から逃げ出してしまいそうな雰囲気であるが、それでも動こうとしないのは、彼女最後の意地であろう。
ただ一人、霊体化したままのセイバーは、なるほどと心底納得したように手を打った。
道理で表の頃のセクハラの数々に愛歌は随分と過剰な反応を見せたはずだ。
加えて言えば、周囲がこんな反応を見せるように、“まさか愛歌に知識がないとは誰も思わなかった”。
――愛歌が知らないのも無理はない。
「貴方のセクハラなんて必要ないわ。口元から少し術式が見えたもの、あの程度ならわたしなら解析が可能! いいわね、金輪際二度と、こんなことしないでくれる!?」
珍しく狼狽してまくし立てる愛歌。
相手の返事など聞いてすらいない。
少し外に出てくると身を翻し、生徒会室から出て行ってしまった。
霊体化したままセイバーも後を追い、そこには、未だ停止したままの生徒会メンバー。
――沈黙は、永遠にも似た時間、続いていく。
「そ、それでは、私は――桜さん、貴方にも用があります。五停心観は愛歌さんが模倣し使用可能となるでしょうが、貴方にも行わなければならない処置がありますので」
唯一、復帰に成功したのは、動揺を狼狽という形にとどめていたキアラであった。
しかし、それでもどこか落ち着かない――緊張に固まったかのような態度で、桜に声をかける。
愛歌に譲渡しようとしたプログラムはあくまで秘密の摘出を目的としたもの。
それを乙女のシールドと中和させ、打ち破るのは別の誰かの役割である。
愛歌でも可能といえば可能だが、こういったことはAIである桜に一任してしまったほうが早い。
「ハイ。ワカリマシタ」
桜はそれに反応した。
ただし、彼女の声に生気はなかった。
完全に思考を、AIとしての自分を放棄していた。
そこにあるのはもはや機能とかしたCPU――さもありなん、現在桜の頭部からは煙が吹き出ている。
処理のキャパシティーオーバーだ。
やがて、女性二人が愛歌の後を追うように生徒会から消え去り、
――――生徒会室には混沌が満ちた。
「あぁぁあああああああああ! ああああああぁああぁああぁあ! あぁああああぁぁああぁぁぁ!」
レオはもはや制御不可能となった感情を叫びに変えた。
一応、別の
しかしそれにしたって学舎全体を揺るがしかねない叫び。
「おぉぉぉおおおおぉちちちつつつつけけけ、ここころを空にしてだな……」
鉄面皮のままではあるが、ユリウスの声は存分にふるえていた。
レオは感情をむき出しにしたままユリウスを睨みつける。
――全出力の王の気迫、通常であればそれだけで意識を刈り取られてしまいそうなほど。
しかし、生憎今のユリウスには“そんな余裕すら”ありはしない。
「でもですね! でもですね! でもですね兄さん! 流石にボクにも解りませんよ、彼女はボクらにこの爆弾をどうさせたいんですか!」
「俺が知るか。そもそもだな、こういう時は多くの経験を持つ者にだな」
――つまりは、騎士王だ。
英霊であり、王の先達でもある彼ならば、この混沌を払拭できるのでは、そう希望をいだき、ハーウェイ兄弟は、顧問の座るデスクへ視線を向ける。
そこには――
「し、死んでる……」
真っ白に燃え尽きた、セイバーの姿が。
「いや、気絶しているだけだ、変なことをいうなレオ」
正確に言えば、完全に思考を放棄しているだけだ。
「フフ……楽シソウ……ダネ」
――ぽつりと、その様子を観察していたランルーくんがそう漏らし、
結局のところ、生徒会室の混乱はキアラと桜、それから少し遅れて愛歌達が戻ってくるまで続くのであった。
◆
――一方その頃。
「あ、あわ、あわわわわ」
慌てふためくワカメ髪の少年が一人。
「……さ、沙条とキアラ先生が、あんな破廉恥な――」
名を間桐慎二、年齢八歳。
東方のゲームチャンプにして、聖杯戦争においても優勝候補の一人と見られていた。
ちなみに、そっち方面の知識は愛歌と同レベルである。
だって誰も知らないとは思わなかったでしょう!?
一応英雄王は気付いてたんだぜ。