ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
前哨戦を終え、一日目が終わる。
決戦場へ行くために必要なキーは二つ。
二つ目のキーは、四日目以降に開放されることとなっている。
よほど理由がない限り、初日でキーを手にした上で、二日目にもアリーナへ潜る意味は薄い。
一回戦に限っては、実戦経験を積むという意味もあるが、それにしたって、朝からこもる必要はないだろう。
一度アリーナに入って、それから退出してしまえば、その日のウチはもうアリーナには入れない。
多くのマスターが、夕方までに用事を済ませ、夕方からアリーナでの戦闘を繰り返す。
それがこの準備期間におけるセオリーであった。
夜、世界が寝静まり、静寂さえも睡魔に悩まされる頃。
暗がりに、ランプの明かり――沙条愛歌がベッドに倒れ込みながらパネルを弄っていた。
別のベッドにて、枕元に置いた菓子をかじりながら、セイバーは聞き役に徹している。
「――有名な女海賊、というと、やっぱりアン・ボニーよね。メアリー・リードの可能性もあるけど、彼女はアン・ボニーとコンビでなければ語られない」
だが、どちらも“ライダー”として召喚されるか、といえば怪しい所だ。
彼女たちは“ジョン・カラム”という海賊の配下である。
恐らく召喚されるとすれば、適正はアーチャー。
船を操るライダーではないだろう。
「加えて言えば、彼女たちが活躍したのは十八世紀、この頃にはフリントロック式の短銃が出回っていた」
「あの銃はそれよりも前の物であったな、加えてライダーとして召喚されるとなれば、おそらくは――」
「――グレイス・オマリー。アイルランドの海賊女王」
高い内政の才と勇猛果敢な性格。
周囲を惹きつける人柄か、彼女を慕うものは多かったという。
歴史に忘れられた英雄の類だ。
先の戦闘で出現した“カルバリン砲”からして、恐らく時期はその辺り。
「グレイス・オマリーは実に女海賊らしい海賊だ。確かに可能性としては高いだろうが……どうであろうな」
「あら、何か違和感があるの?」
「……そうだ、余は彼女がグレイス・オマリーではないと思う。具体的に何故とはいえんが」
他の可能性として、考えられるのは例えば、伝説上の海賊、シャーロット・デ・ベリー。
しかし彼女はその最後から、狂気にかられたという見方をされる。
バーサーカーとしての召喚が妥当であろう。
「彼女は典型的な海賊よ。故に、そのどれもが正解に思える。けれど、そのどれもが正解に“見えない”。あまりにできすぎているから」
――セイバーの心情を露わにするように、愛歌は語る。
この世に女海賊と呼ばれる存在は何人かいて、そのどれもが彼女には“当てはまらない”。
そんな気がしてならないのだ。
「つまり、今のところ言えることは――まだ、彼女の真名は正確ではない、ということね」
結論はそこだ。
この話し合いも、結局のところ“意味はなかった”ということが解っただけ。
成果はほぼ無いと言って良い。
「まぁそういうことだから、明日も仕掛けたいと思うのだけれど、どう? セイバー」
答えは、無い。
「…………セイバー?」
無言。
代わりに、柔らかな吐息が聞こえてきた。
薄いベールのような声音。
――セイバーは、既に眠りについていた。
驚くほど安らかな顔。
この世に憂いなど無いかのような、そんな顔。
「…………はぁ」
嘆息。
やってられるかとばかりに、愛歌は寝返りを打ってセイバーに背を向ける。
寝息は思いの外すぐに、二つになった。
◆
マイルームの外、学内では多くの参加者が行き来している。
情報収集のために対戦相手ではない相手に話しかけるもの。
参加する以前より親しかったものと談笑するもの。
思い思いに時間を過ごす様が見て取れる。
現在は一回戦、128名の本選出場者全員が生存しているためか、活気に満ちている。
これが一回戦を終われば、脱落者が“実際に死亡する”という衝撃や、数が一気に64にまで減ることから、一気にこの空気は失われることが予想される。
談笑する者の多くは学生服姿だ。
この聖杯戦争の舞台である月見原学園の制服である。
いわゆるデフォルトのアバターであった。
だが、中にはそうではない者もいる。
数ある参加者のウチ幾人は、自身のアバターをカスタムしている。
特に派手な見た目の者もいるが――目を引く、という意味では彼女ほどの者は、この聖杯戦争の舞台には二人ほど。
赤い服に、美麗な顔立ち。
アバター自体は十七そこらの少女であるがため、さしたる特徴はない。
――だが何よりも、彼女の“知名度”が、彼女を集めていた。
――遠坂凛。
生粋の魔術師、アベレージワン。
その在り方は、常に優雅であっただろう。
彼女は現在、対戦相手の情報収集に努めていた。
未だ真名は絞り出しの状況から抜けきってはいないが、対戦相手の実力は大したこともない。
このまま行けば勝利は必定。
とすれば、後は真名を確定させ、そこにダメ押しを加えてしまえばいい。
彼女のサーヴァント、ランサーは神代の大英霊だ。
気をつけるべき敵はやはり目の前の相手ではなく、今後相対することになる――
「――こんにちわ、凛」
――と、そこで、彼女は誰かに呼び止められた。
自分に声をかける度量の在る相手。
声の主は少女――親しげな声からして、該当するのは一人しかいない。
「……あら、何かしら。沙条さん」
――沙条愛歌。
凛と同様に、その知名度故に目を引く少女。
愛歌のドレスのような服は豪奢ではあったが、決して飾りすぎるほどではない。
「いえ、貴方の姿を見かけたから、ついね?」
「そう? ごめんなさい、私、貴方と話をしている時間はないの」
にべもなく凛は告げる。
愛歌は全く堪えた様子もなく笑って、
「わたしは貴方と話がしたいわ。折角の機会なんですもの」
と、凛へ近づく。
周囲は両者の会話に耳を澄ませていたから、その足音がいやというほど廊下に響く。
ひやりと、自身の感覚に冷たいものが奔るのが解った。
凛は苦笑に近い笑みを浮かべる。
この少女は、十歳そこらの幼さだ。
だが、それを“異常”と思わせるほどに、彼女の在り方は決定的に“狂っている”。
吸い込まれるほどの魔に満ちた眼は、それを覗き込むモノに死を自覚させる。
それは神秘、妖魔に満ちた圧倒的なまでの神秘。
――あぁ、危険なほどに焦燥が募る。
これが、沙条愛歌と向き合うということ。
「本当に……どういう生き方をすればそんな眼ができるのかしら」
凛は嘆息とともに言う。
彼女は思う、愛歌はその徹底的なまでに完成された絶世だ。
世界から隔絶されるほどの美、完成されたビスクドール。
――それは、不幸なことだ。
彼女の人生は、狂気に取り憑かれてしまった。
無論、同情はしない、してはならないことだから。
それに――そんな彼女に、惹かれる自分がいることもまた事実。
「あら、それは貴方も変わらないわ。燃えるように苛烈な瞳、思わず眼を逸らしてしまいそうなほど、貴方のそれは意思に包まれている」
凛の顔を覗き込むようにして、愛歌はそう語ってみせる。
「あまりにも強い眼差し。誰もがそれに憧れて、けれども自分の弱さを自覚してしまう。とってもとっても罪作りな眼」
――当たり前だ、遠坂凛は、万人から好かれるような人間ではない。
万人に好かれるつもりもない。
そんな聖人君子のような人生、凛という少女は端から願い下げなのだ。
であるから、愛歌へ凛は自負に満ちた笑みを浮かべる。
相変わらず不思議な少女、けれども彼女は何も変わっていない。
凛と彼女がであったときから、何一つ。
故に、凛の顔には自然と笑みが浮かぶ、これが凛と愛歌の、“二人らしい”会話なのだから。
「――でも、わたしは貴方の眼、好きよ。その眼はとっても綺麗だから。――決して、くすませないようにね?」
「それができるのは、きっとこの世で貴方だけよ、沙条さん」
何だか、愛歌の言葉は激励のようだった。
こうして戦場に、こうしていつかは互いに殺しあうことになる場所で、何を呑気なことをと思わないでもない。
けれどもそれは、敵に対する凛の思考。
凛の性根は、優しさと、そしてお人好しでできているのだ。
「……ねぇ、沙条さん」
ふと、凛は彼女に問いかける。
声のトーンが変化する、それはきっと、愛歌に踏み込む言葉であったから。
「なぁに?」
愛歌は変わらぬ様子でそれに返して。
凛は――――
「……なんでもないわ」
と、それを取り消した。
別に日和ったわけではない。
けれども、問いかける機会は今ではないと、凛の直感が告げたから。
愛歌は不思議そうにしながらも、特に気にした様子もなく凛に背を向ける。
もう話すことは済んだから。
何とも、一方的な言葉の群れであった。
コレで彼女の“素”なのだというのだから、まったく呆れる他はない。
彼女が沙条愛歌でなければ、相手などしたくないタイプ。
――まぁ、それでも遠坂凛は、あの幼い少女との関わりを持つのであるが。
◆
愛歌は一人、廊下を躍るように駆ける。
目的地はマイルーム、さして急ぎ足で短縮されるわけでもないのだが。
跳ねるようなスキップから、彼女の上機嫌が言わずもがな伝わってくる。
(――ふむ、奏者よ、機嫌が良さそうだな)
(あら、そうかしら)
セイバーの言葉も、何でもないふうに返す。
――聞き流している、というのもあるのだろうが。
(あの美少女はそなたの知り合いか?)
(そうね、凛は友達――のようなもの? かしら、それなりに付き合いはあるわね)
ふむ、とセイバーは何事か思案げだ。
やがて何かを懸念するような、そんな声が届いてくる。
(奏者よ――彼女は敵だぞ。そのように親しげにしていて、奏者は彼女を斬れるのか?)
(――斬るわ)
即答であった。
(何変なことをいっているの? セイバー、彼女は敵なのよ。こっちが斬らなくちゃ、向こうに斬られちゃうじゃない。わたし、平和主義ってすきじゃないわ)
平和主義って善いことではあるけど、良いことではないでしょう?
と、愛歌は語る。
セイバーは無言だ。
何かを考えるようにして――しかし、
(ふむ……まぁ、良いだろう)
と、それを放り投げるように納得した。
愛歌は咎めない、彼女は決して、機嫌を損ねたわけではないからだ。
なにせ、セイバーの言葉の意味を愛歌は理解していない。
故に、“何かを感じる”ということすらありえないのである。
クスクスと愉しげな笑い声が響く。
愛歌はマイルームへと急ぐのであった。
◆
沙条愛歌とは、出会って二年ほどの関係にある。
彼女は西欧財閥にも、レジスタンス側にも与さないフリーランスである。
あまりにも強力であるがゆえに、打倒のための被害よりも、仲間に引き入れる手間を選ばれた存在。
凛にとっては、仕事仲間で商売敵。
けれどもそれ以上に――年の離れた“妹”のような相手。
彼女はあまりにも不可思議に満ちていて、その姿はおぼろげにしかつかめない。
故に、凛にはそれが危ういものに見える。
手でつかめないほど柔らかいのだから、彼女の芯は、きっとそれ以上にあやふやだ。
――全くもって、やはり自分は甘い人間だ。
彼女は異常者、決して普通で図れる人間ではない。
それを凛は解っていながら、しかし解っていないかのような思考が浮かぶのだ。
全くもって損な性分。
それもこれも、全て愛歌が悪いのだ。
彼女は決して凛に対して非道ではない。
あれほど絶対的である彼女が、凛にだけは素直に言葉をのべるのだ。
それが理解できてしまうが故に、凛のおせっかい焼きスキルが火を噴いてしまう。
(――まったく、変な嬢ちゃんだったなぁ)
サーヴァントの声。
周囲には聞こえない、念話によるもの。
(それは同意するわ、別に、悪い娘じゃあないと思うんだけどね)
(いやはや、にしてもよォ――)
サーヴァントは二の句を告げる。
何やら、からかうように。
(お前さん、友達、いたんだな)
爆弾を、投下する。
「……は?」
停止。
言葉の意味を、検索、認識。
凛はそして、再起動する――
「ぬぁんですっってェェェェェェ!?」
態々声に出す必要もないというのに。
思わず漏れでた怒りの絶叫。
――周囲の視線が、先ほどとは違う様子で、凛を遠巻きに眺めるのだった。
でもやっぱり凛ちゃんって同年代の友達はいないんじゃ……