ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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05.灼熱の少女

 前哨戦を終え、一日目が終わる。

 決戦場へ行くために必要なキーは二つ。

 二つ目のキーは、四日目以降に開放されることとなっている。

 

 よほど理由がない限り、初日でキーを手にした上で、二日目にもアリーナへ潜る意味は薄い。

 一回戦に限っては、実戦経験を積むという意味もあるが、それにしたって、朝からこもる必要はないだろう。

 一度アリーナに入って、それから退出してしまえば、その日のウチはもうアリーナには入れない。

 多くのマスターが、夕方までに用事を済ませ、夕方からアリーナでの戦闘を繰り返す。

 それがこの準備期間におけるセオリーであった。

 

 夜、世界が寝静まり、静寂さえも睡魔に悩まされる頃。

 暗がりに、ランプの明かり――沙条愛歌がベッドに倒れ込みながらパネルを弄っていた。

 

 別のベッドにて、枕元に置いた菓子をかじりながら、セイバーは聞き役に徹している。

 

「――有名な女海賊、というと、やっぱりアン・ボニーよね。メアリー・リードの可能性もあるけど、彼女はアン・ボニーとコンビでなければ語られない」

 

 だが、どちらも“ライダー”として召喚されるか、といえば怪しい所だ。

 彼女たちは“ジョン・カラム”という海賊の配下である。

 恐らく召喚されるとすれば、適正はアーチャー。

 船を操るライダーではないだろう。

 

「加えて言えば、彼女たちが活躍したのは十八世紀、この頃にはフリントロック式の短銃が出回っていた」

 

「あの銃はそれよりも前の物であったな、加えてライダーとして召喚されるとなれば、おそらくは――」

 

「――グレイス・オマリー。アイルランドの海賊女王」

 

 高い内政の才と勇猛果敢な性格。

 周囲を惹きつける人柄か、彼女を慕うものは多かったという。

 

 歴史に忘れられた英雄の類だ。

 先の戦闘で出現した“カルバリン砲”からして、恐らく時期はその辺り。

 

「グレイス・オマリーは実に女海賊らしい海賊だ。確かに可能性としては高いだろうが……どうであろうな」

 

「あら、何か違和感があるの?」

 

「……そうだ、余は彼女がグレイス・オマリーではないと思う。具体的に何故とはいえんが」

 

 他の可能性として、考えられるのは例えば、伝説上の海賊、シャーロット・デ・ベリー。

 しかし彼女はその最後から、狂気にかられたという見方をされる。

 バーサーカーとしての召喚が妥当であろう。

 

「彼女は典型的な海賊よ。故に、そのどれもが正解に思える。けれど、そのどれもが正解に“見えない”。あまりにできすぎているから」

 

 ――セイバーの心情を露わにするように、愛歌は語る。

 この世に女海賊と呼ばれる存在は何人かいて、そのどれもが彼女には“当てはまらない”。

 そんな気がしてならないのだ。

 

「つまり、今のところ言えることは――まだ、彼女の真名は正確ではない、ということね」

 

 結論はそこだ。

 この話し合いも、結局のところ“意味はなかった”ということが解っただけ。

 成果はほぼ無いと言って良い。

 

「まぁそういうことだから、明日も仕掛けたいと思うのだけれど、どう? セイバー」

 

 答えは、無い。

 

「…………セイバー?」

 

 無言。

 代わりに、柔らかな吐息が聞こえてきた。

 薄いベールのような声音。

 

 ――セイバーは、既に眠りについていた。

 驚くほど安らかな顔。

 この世に憂いなど無いかのような、そんな顔。

 

「…………はぁ」

 

 嘆息。

 やってられるかとばかりに、愛歌は寝返りを打ってセイバーに背を向ける。

 寝息は思いの外すぐに、二つになった。

 

 

 ◆

 

 

 マイルームの外、学内では多くの参加者が行き来している。

 情報収集のために対戦相手ではない相手に話しかけるもの。

 参加する以前より親しかったものと談笑するもの。

 思い思いに時間を過ごす様が見て取れる。

 現在は一回戦、128名の本選出場者全員が生存しているためか、活気に満ちている。

 これが一回戦を終われば、脱落者が“実際に死亡する”という衝撃や、数が一気に64にまで減ることから、一気にこの空気は失われることが予想される。

 

 談笑する者の多くは学生服姿だ。

 この聖杯戦争の舞台である月見原学園の制服である。

 いわゆるデフォルトのアバターであった。

 

 だが、中にはそうではない者もいる。

 数ある参加者のウチ幾人は、自身のアバターをカスタムしている。

 

 特に派手な見た目の者もいるが――目を引く、という意味では彼女ほどの者は、この聖杯戦争の舞台には二人ほど。

 赤い服に、美麗な顔立ち。

 アバター自体は十七そこらの少女であるがため、さしたる特徴はない。

 ――だが何よりも、彼女の“知名度”が、彼女を集めていた。

 

 ――遠坂凛。

 

 生粋の魔術師、アベレージワン。

 その在り方は、常に優雅であっただろう。

 

 彼女は現在、対戦相手の情報収集に努めていた。

 未だ真名は絞り出しの状況から抜けきってはいないが、対戦相手の実力は大したこともない。

 このまま行けば勝利は必定。

 とすれば、後は真名を確定させ、そこにダメ押しを加えてしまえばいい。

 彼女のサーヴァント、ランサーは神代の大英霊だ。

 気をつけるべき敵はやはり目の前の相手ではなく、今後相対することになる――

 

 

「――こんにちわ、凛」

 

 

 ――と、そこで、彼女は誰かに呼び止められた。

 自分に声をかける度量の在る相手。

 声の主は少女――親しげな声からして、該当するのは一人しかいない。

 

「……あら、何かしら。沙条さん」

 

 ――沙条愛歌。

 凛と同様に、その知名度故に目を引く少女。

 愛歌のドレスのような服は豪奢ではあったが、決して飾りすぎるほどではない。

 

「いえ、貴方の姿を見かけたから、ついね?」

 

「そう? ごめんなさい、私、貴方と話をしている時間はないの」

 

 にべもなく凛は告げる。

 愛歌は全く堪えた様子もなく笑って、

 

「わたしは貴方と話がしたいわ。折角の機会なんですもの」

 

 と、凛へ近づく。

 周囲は両者の会話に耳を澄ませていたから、その足音がいやというほど廊下に響く。

 ひやりと、自身の感覚に冷たいものが奔るのが解った。

 凛は苦笑に近い笑みを浮かべる。

 

 この少女は、十歳そこらの幼さだ。

 だが、それを“異常”と思わせるほどに、彼女の在り方は決定的に“狂っている”。

 吸い込まれるほどの魔に満ちた眼は、それを覗き込むモノに死を自覚させる。

 それは神秘、妖魔に満ちた圧倒的なまでの神秘。

 

 ――あぁ、危険なほどに焦燥が募る。

 これが、沙条愛歌と向き合うということ。

 

「本当に……どういう生き方をすればそんな眼ができるのかしら」

 

 凛は嘆息とともに言う。

 彼女は思う、愛歌はその徹底的なまでに完成された絶世だ。

 世界から隔絶されるほどの美、完成されたビスクドール。

 

 ――それは、不幸なことだ。

 彼女の人生は、狂気に取り憑かれてしまった。

 無論、同情はしない、してはならないことだから。

 それに――そんな彼女に、惹かれる自分がいることもまた事実。

 

「あら、それは貴方も変わらないわ。燃えるように苛烈な瞳、思わず眼を逸らしてしまいそうなほど、貴方のそれは意思に包まれている」

 

 凛の顔を覗き込むようにして、愛歌はそう語ってみせる。

 

「あまりにも強い眼差し。誰もがそれに憧れて、けれども自分の弱さを自覚してしまう。とってもとっても罪作りな眼」

 

 ――当たり前だ、遠坂凛は、万人から好かれるような人間ではない。

 万人に好かれるつもりもない。

 そんな聖人君子のような人生、凛という少女は端から願い下げなのだ。

 

 であるから、愛歌へ凛は自負に満ちた笑みを浮かべる。

 相変わらず不思議な少女、けれども彼女は何も変わっていない。

 凛と彼女がであったときから、何一つ。

 故に、凛の顔には自然と笑みが浮かぶ、これが凛と愛歌の、“二人らしい”会話なのだから。

 

「――でも、わたしは貴方の眼、好きよ。その眼はとっても綺麗だから。――決して、くすませないようにね?」

 

「それができるのは、きっとこの世で貴方だけよ、沙条さん」

 

 何だか、愛歌の言葉は激励のようだった。

 こうして戦場に、こうしていつかは互いに殺しあうことになる場所で、何を呑気なことをと思わないでもない。

 けれどもそれは、敵に対する凛の思考。

 

 凛の性根は、優しさと、そしてお人好しでできているのだ。

 

「……ねぇ、沙条さん」

 

 ふと、凛は彼女に問いかける。

 声のトーンが変化する、それはきっと、愛歌に踏み込む言葉であったから。

 

「なぁに?」

 

 愛歌は変わらぬ様子でそれに返して。

 凛は――――

 

「……なんでもないわ」

 

 と、それを取り消した。

 

 別に日和ったわけではない。

 けれども、問いかける機会は今ではないと、凛の直感が告げたから。

 

 愛歌は不思議そうにしながらも、特に気にした様子もなく凛に背を向ける。

 

 もう話すことは済んだから。

 何とも、一方的な言葉の群れであった。

 コレで彼女の“素”なのだというのだから、まったく呆れる他はない。

 彼女が沙条愛歌でなければ、相手などしたくないタイプ。

 

 ――まぁ、それでも遠坂凛は、あの幼い少女との関わりを持つのであるが。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌は一人、廊下を躍るように駆ける。

 目的地はマイルーム、さして急ぎ足で短縮されるわけでもないのだが。

 跳ねるようなスキップから、彼女の上機嫌が言わずもがな伝わってくる。

 

(――ふむ、奏者よ、機嫌が良さそうだな)

 

(あら、そうかしら)

 

 セイバーの言葉も、何でもないふうに返す。

 ――聞き流している、というのもあるのだろうが。

 

(あの美少女はそなたの知り合いか?)

 

(そうね、凛は友達――のようなもの? かしら、それなりに付き合いはあるわね)

 

 ふむ、とセイバーは何事か思案げだ。

 やがて何かを懸念するような、そんな声が届いてくる。

 

(奏者よ――彼女は敵だぞ。そのように親しげにしていて、奏者は彼女を斬れるのか?)

 

 

(――斬るわ)

 

 

 即答であった。

 

(何変なことをいっているの? セイバー、彼女は敵なのよ。こっちが斬らなくちゃ、向こうに斬られちゃうじゃない。わたし、平和主義ってすきじゃないわ)

 

 平和主義って善いことではあるけど、良いことではないでしょう?

 と、愛歌は語る。

 セイバーは無言だ。

 何かを考えるようにして――しかし、

 

(ふむ……まぁ、良いだろう)

 

 と、それを放り投げるように納得した。

 愛歌は咎めない、彼女は決して、機嫌を損ねたわけではないからだ。

 なにせ、セイバーの言葉の意味を愛歌は理解していない。

 故に、“何かを感じる”ということすらありえないのである。

 

 クスクスと愉しげな笑い声が響く。

 愛歌はマイルームへと急ぐのであった。

 

 

 ◆

 

 

 沙条愛歌とは、出会って二年ほどの関係にある。

 彼女は西欧財閥にも、レジスタンス側にも与さないフリーランスである。

 あまりにも強力であるがゆえに、打倒のための被害よりも、仲間に引き入れる手間を選ばれた存在。

 

 凛にとっては、仕事仲間で商売敵。

 けれどもそれ以上に――年の離れた“妹”のような相手。

 

 彼女はあまりにも不可思議に満ちていて、その姿はおぼろげにしかつかめない。

 故に、凛にはそれが危ういものに見える。

 手でつかめないほど柔らかいのだから、彼女の芯は、きっとそれ以上にあやふやだ。

 

 ――全くもって、やはり自分は甘い人間だ。

 彼女は異常者、決して普通で図れる人間ではない。

 それを凛は解っていながら、しかし解っていないかのような思考が浮かぶのだ。

 

 全くもって損な性分。

 それもこれも、全て愛歌が悪いのだ。

 彼女は決して凛に対して非道ではない。

 あれほど絶対的である彼女が、凛にだけは素直に言葉をのべるのだ。

 

 それが理解できてしまうが故に、凛のおせっかい焼きスキルが火を噴いてしまう。

 

(――まったく、変な嬢ちゃんだったなぁ)

 

 サーヴァントの声。

 周囲には聞こえない、念話によるもの。

 

(それは同意するわ、別に、悪い娘じゃあないと思うんだけどね)

 

(いやはや、にしてもよォ――)

 

 サーヴァントは二の句を告げる。

 何やら、からかうように。

 

 

(お前さん、友達、いたんだな)

 

 

 爆弾を、投下する。

 

「……は?」

 

 停止。

 言葉の意味を、検索、認識。

 凛はそして、再起動する――

 

「ぬぁんですっってェェェェェェ!?」

 

 態々声に出す必要もないというのに。

 思わず漏れでた怒りの絶叫。

 

 ――周囲の視線が、先ほどとは違う様子で、凛を遠巻きに眺めるのだった。




 でもやっぱり凛ちゃんって同年代の友達はいないんじゃ……

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