ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――サクラ迷宮第三階層。
凛が支配する“最後の”階層、とはいえ、そこが彼女の心象風景――彼女が創りだしたものであることは事実なのだ。
その様相が、大きく変化を見せることはない。
中世風の王宮を思わせる迷路は、あいも変わらず人を惑わせる。
ただ、どうにも今日の迷宮はコレまでのような活気――人の気配というものが希薄に思えた。
それが何であるかと問われれば、桜とて首を傾げざるをえないのだが。
「奏者よ、時に聞きたいのだが、リンの持つ3つ目のSG……心当たりはないか?」
ダメ元、という様子ではあるが、目前に浮かぶエネミーを切り捨てながら、問いかける。
愛歌の姿は後方ではなく前方にあった。
二体のエネミーを、二人がかりで相手取っているのだ。
「解るわけがないでしょう。三番目のSGは、本当の本当に秘密の根底、凛本人ですら自覚しているかどうか怪しい嗜好なのだから」
さも当然と言いたげな口ぶりで、手のひらから焔を揺らす。
それに押しとどめられた敵性プログラムは、無残にもセイバーによって切り捨てられた。
「人の心なんてものは、見透かせないのが当然なの。たとえ星の根源、ガイアそのものだったとしても、人の意識――しかも自分ですら認識し得ない無意識なんてものは、理解してはならない劇物よ」
――そこまで大げさでなくとも、結局のところ“愛歌ですら”通常ではそれを理解することは不可能。
それこそ、
「――それこそ、わたしの“三番目の秘密”なんて、解るわけがないでしょう?」
第一と第二の秘が、隠されたものとするのなら、第三のそれは秘中の秘。
隠されずとも“見つけることの敵わない”秘であるのだ。
こうしてその秘密が顕在化し、表面化しているならまだしも。
だというのに、
「……いや、奏者の三番目の秘密ならわかるが」
だのに、
セイバーは、まるでなんでもないことのように、そう返した。
「――――ふうん?」
その口ぶりは、きっと嘘ではないのだろう。
セイバーが間違っていない限り、“彼女は愛歌の秘密を知っている”。
だとすれば、一体過去の自分はどうセイバーと接していたというのか。
全くもって、無防備が過ぎる。
――とはいえ、それほどの信頼をかつての自分は寄せていた。
そう考えれば目前のサーヴァントが、実に誇らしく思えなくもないのだが。
(……気の迷い? なぜそう思うのかしら)
それすらも、解らないのだから首を傾げる。
実際、セイバーは実に良いサーヴァントだ。
自身の我が強く、迷わない、そういった手合いは愛歌としては“認識するに値する”し、その上でこちらに信頼を強く向けている事がよく分かるのだ。
故に、こちらもまた裏切るという選択肢が奪われる。
「どうかしたか、奏者よ」
「いいえ、なんでもないわ」
沈黙が長く続いていたか、それを破りセイバーが声をかけた。
振り払うように愛歌が返し迷宮の探索に戻ろうとする。
「うむ、ではまいろうか」
それを急かすこともせず、“愛歌のペース”というのをよくわかった様子でセイバーはその後に続いた。
愛歌は凛の三番目のSGというものを理解していない。
けれども、セイバーは愛歌のSGを把握していると言う。
そう考えて、ふと、
(――そういえば)
と、思い至る。
(誰か、わたし以外の誰かを“身体の延長”のように思うのは、これが初めてではないかしら)
周囲に意識を向け、油断なく進む相棒の後ろ姿を眺めながら、そんなことを愛歌は考えた。
◆
――やがて迷宮を進むと、遠坂凛の姿を見つけることができた。
しかし、
「……はぁ、これじゃあダメね」
頭を抱えるように嘆息する少女は、後方の愛歌とセイバーに気がついていない。
“自分の世界に入っている”かのようだ。
事実ここは、凛の世界であるわけだが――ともかく。
「ふむ、どう打って出る、奏者よ」
「このまま様子を見るわ。今の彼女は“隠された秘密の化身”なのだから、そのありのままの姿は、きっと秘密そのものであるはずよ」
要するに、愛歌達を意識せず、一人でいればそのうちボロが出る。
今ですらああして困った様子の凛は貴重、実に秘密らしい秘的な姿と言える。
「とすれば――奏者よ、余は周囲の索敵に専念しよう、わざわざ物音を立てて気づかれてはかなわん」
言いながら、周囲への警戒を強めるセイバー。
こんなところでエネミーからの襲撃はまっぴらごめん。
貴重な情報をのがしかねない。
「――そういえば、ランサーの姿が見えないわね」
ふと、愛歌が思い至りぽつりと漏らす。
――ニ階層目の時もそうではあったが、あの時はランサーが側におらずとも問題はなかった。
しかし、こうして三階層、迷宮の中枢付近にまで来てしまっては、そうも言ってはいられない。
自身を守護するサーヴァントを側におかず、では彼女は何をしているというのか。
「どういうことだ?」
「考えられる可能性のうち、最も高いものは、そうね」
ゆっくりと身を潜め凛の後を追いながら、愛歌は答える。
「――凛がこうして一人でいる理由が、ランサーにあるとするのはどうかしら」
その言葉と同時。
「ダメ、足りないわ、“ランサー”に渡すのはこの程度じゃ……」
「……ね?」
うむ、とその愛歌の笑みにセイバーが答える。
「渡す? 何を? リンの意思でか? それともリンは……いいや、今は良い、追うぞ奏者よ」
「言わずもがな、ね」
コツ、コツ――決してそれは一定とは言えない不安定なリズム。
どこか朦朧とした様子で、凛は歩を進めていた。
明らかに集中を欠いたその姿、案の定、後方から追いかける愛歌たちの姿に気がつくこともない。
「ふむ、どうやら本気で凛は何やら困った様子だ」
「そう、大変ね」
友の窮地、助けずして何が友か。
――そこで助けねば、とならない薄情者が愛歌である。
さて、凛と、それを追う愛歌一行は、やがて迷宮の最深部へと辿り着こうとしていた。
当然その道中にはエネミーが存在するわけだが、愛歌が空間転移と共に即座に葬り去っていた。
一瞬の早業であるというのもあるが、ともかくそれに凛は気が付かなかった。
観察した限り、本当に周囲に対する意識を欠いているようだった。
そして、愛歌たちがたどり着いた最深部。
そこには遠坂凛がさながら貼り付けのようにされた壁画と――
「ふざけるんじゃないわよ! 全くもって使えないわね!」
――――遠坂凛に、尻尾の鞭を浴びせつける紅いランサー。
「きゃぁ――」
絹を裂く甲高い声、悲鳴が凛の口から漏れて、すがるようにランサーへと近づいていた凛が倒れ、そしてその場でもう一度ランサーを見る。
明らかに普通の状況ではない、ランサーは拷問を好む異常者で、けれども凛とはそれなりに対等な主従関係であったはずだ。
画面の向こう側からも、幾つかの困惑が伝わってくる。
そのどれもがセイバーと同じ、驚愕と怒りに近い戸惑いを綯い交ぜにしたものだった。
例外は、二つ。
『――――』
何かを言いたげに通信機越しに唸るランルーくん。
そして、
「……何をしているの?」
ほんとうに困った様子で、“どう反応して良いのかわからない”という態度の愛歌であった。
「――――あら、子リスたちじゃない。どうしたのこんなところで、もしかして私に会いに来たのかしら。ちょっと困るわ、そういうのは事務所を通してもらわないと。ま、通してもあわないんだけど、私トップアイドルだし」
「いえ、そんな戯言どうでもいいのだけど。現状の説明をお願いしたいわ。なぜこんなことになっているの?」
愛歌はランサーの宣言を戯言と切って捨てた。
ぴくりと青筋を立てるランサーであるが、そこは流す。
どうせ何を言っても意味が無い相手だというのは、よく解っているのだから。
「聞いていないの? この娘ってば私に供給される
――曰く、ランサーはこの凛の迷宮に拷問室を構え、捕らえたマスターとサーヴァントの血液を抜き出しているらしい。
一層目で出くわしたあの拷問城、それを破棄しろと凛が迫ったのだ。
しかし、それを素直に聞くランサーではなく、かわりに凛がランサーの使用する血液を用意するということで合意がなされた。
そういえば、と想い出す。
二層目の攻略直後、怒りに燃える凛と、セイバーが何か言葉をかわしていたか。
無視してチェックポイントを開放していたから内容までは知らないが。
その結果、こういうことになったのだとすれば説明がつく。
「そういうわけなのにね、凛ってば私の要求する
同時、ランサーの鞭が――正確には尻尾が――凛へ向けられた。
時にはサーヴァントすら踏み潰す龍の尾は、しかしだというのに凛に傷ひとつ負わせはしない。
ただ痛みだけが鈍痛としてあとに残るのだ。
流石にそこはスキルとして拷問技術を制作するだけのことはある。
――加減程度はお手の物、というわけか。
「ひゃ――」
凛は再び苦痛の声を漏らし、その場に伏せる。
見ていられないとセイバーがランサーをにらみ、そして叫ぶ。
「貴様――! 見果てたぞ。あの決戦場で余と奏者に吠えた宣戦布告は虚言であったか――!」
「あら、何を言っているの? そんなもの、今も有効に決まっているでしょう? でも、それとこれとは話が別、なのよ」
「ならば――貴様が自身のマスターに向けた情は――!」
「……どうでもいいに決まってるんでしょ、あんなのね、こうして鞍替えが簡単な月の裏側でなら、即効刺し殺してあげてるっての」
「な――」
言い募る言葉への即答に、思わずセイバーは言葉をつまらせた。
何故だ、少くとも、セイバーの知るランサーは、ここまでの外道ではなかったはずだ。
解る――確かに彼女は生前幾つもの罪を重ねた、それはセイバーとて同様なのだ。
けれどもセイバーは悟った。
死んで真理を掴んだのだ――故に、今のセイバーに罪はあっても咎はない。
だが、この少女は――ランサーはそうではないのか。
“死んでも解らなかった”というのか?
「う……いいの、セイバー。これは、私がしなくちゃ行けないことだから。私が、そうするって決めたのだから、セイバーは口を挟まないで」
そこに、凛が痛々しげな表情で顔を上げセイバーを見てそう言った。
その眼は変わっていない、凛の姿は今もそのまま、気高い闘志に満ちている。
だとすれば、この有り様は何だ。
見過ごせない。
――セイバーは、美しいモノが大好きだ。
凛の生き様はその容姿は、誰が否定することなく美しい、であれば――ランサーはそれを否定するもの。
「リン、それ以上喋るな。何故そのようなモノの下に付く。これではリンはまるで奴隷だぞ」
それも“存在として認められた奴隷”ではなく、“ただ虐げられただけの弱者”としての奴隷だ。
そんなもの、セイバーに認められるはずがない。
「――いいの、それでも。私はマスターだから」
顔を伏せ、凛は目を逸らしてそう言った。
言い訳のようで、しかし言葉は紛れも無く真実なのだ。
つまり、その言葉は凛にとって言うのは極度に恥かしい代物なのだろう。
素直でないのはそう、彼女らしくないのもそう。
だが何よりも、それではまるで――
「それでいいのよ、リン。貴方は私の
「――はい、解りました」
嘲りとすら思えるランサーの物言いに、それでも凛は同意した。
「…………」
――――そうか。
「……そうなのだな」
「あら、どうかしたのかしら」
わなわなとセイバーは肩を震わせる。
ようやく、感情が形を伴ってきた。
困惑の霧は失せ、ようやく見るべき相手が見つかった。
――視線を向けられたランサーは、まったくもって解らないという様子で首をかしげる。
これでも、わからないか、セイバーの“殺意”が。
それは憎悪に近いものだった。
ムーンセルにて敵対したランサーに、セイバーは決して悪い感情を抱いてはいなかった。
それが“反転”した。
ここに、紛れも無く、完全に。
「わからぬか、わからぬならそれでも良い。貴様を遠慮無く切れる、知らぬまま、知ろうとせずに死んでゆけ」
「――へぇ、よく解らないけど、宣戦布告? いいわね、あの時の続き、ここでしましょうか?」
――否はなかった。
凛はそれを止めようともせず。
ただ両者を見ている、元より凛とも敵同士、セイバーが敵意を向けることはしないが、たとえ止めたとしても止まらない。
とすれば、止まるとすれば。
「――――待ちなさい」
――こうして、愛歌が止めた場合だ。
かくして、濁りきった“煮詰まり終えた”空白は、さらなる変化を見せていく。