ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――現状、ランサーはよくやっている。
セイバーを相手にほぼ同等の技量を振るい、更には愛歌すらもさばいているのだ。
ランサーの出自を考えれば、正道ではないとはいえ剣の英雄を相手にここまで渡り合えるのは十分異常の域。
竜の翼、そして本能、どれもが彼女を単なる貴族の少女から、一匹のバケモノへと姿を変えさせている。
まったくもってこれでも一級のサーヴァント、反英雄故の扱いにくさが難点か。
とはいえそれでも、その対の翼は他者に対して圧倒的なアドバンテージとなり、それはかの怪物沙条愛歌とすら渡り合えてしまうほどになる。
戦況は拮抗、ややランサー不利ではあるものの、それは直接敗北に繋がるようなものではない。
言ってしまえば幾らでも天秤が傾く程度の、六割にみたない不利。
しかし、それはあくまで“今の状態がこのまま続けば”というだけの話。
傾き始めた天秤は止まらない、陥り始めた不利は払えない。
ただ、ジリ貧だけを続ける限り。
何かがそこには必要なのだ。
ランサーはその何かを持ち得ない、一度全力の戦闘で愛歌達に敗北しているのだ。
それが単なる幸運でないのは、ランサーとて解っているだろう。
このまま続けても、何れランサーは敗北する。
違いがあるとすればその敗北の仕方だけ。
当時のランサーと今のランサー、けれども決定的にこの二つは違うのだ。
少なくともかつては負けた。
けれども今はわからない。
――そう言えるのは、間違いなくマスターである遠坂凛が存在する故。
別に凛と前マスターであるランルーくんを比べて優劣をつけるわけではない。
むしろランサーとの相性の良さではランルーくんの方が上なのだ。
たとえどれほど両者の関係が壊滅的であっても。
けれども、そうではない。
この場合重要なのはマスターとしての質の優劣でも、ランサーとの相性の良さでもない。
遠坂凛が、ランルーくんよりも沙条愛歌との相性が良い、という点だ。
つまるところ、凛であれば“愛歌に対して”勝利の芽がある。
少なくとも完全な机上の空論でこそあるものの、シュミレーションの上で、“凛の勝率は零ではない”。
故に、負けは決定的ではない。
むしろ、勝利の可能性は高いとすら言えるだろう。
“確殺”出ない以上、必ずどこかにほころびはある。
どれほど小さな可能性であろうと、凛はそれにかけるのだ。
命というチップではない。
――全身全霊をかける、それは決して博打ではなく、
単なる、決意にほかならない。
◆
(――ランサー、聞きなさい)
凛の念話、セイバーの剣に槍を叩きつけた後、その反動で空中に跳ねるランサーへと届く。
即座に返答、底にある感情は怒りであった。
(何よ、命令!? いいご身分ね、何様よ!)
(マスターよ! っていうか、今はそんなこと言い合ってる場合じゃないでしょ。いい、このままだと貴方負けるわよ)
迫る愛歌へカウンターの槍を突き出し、その槍の突進でランサーは地に着地した。
槍と尾を同時に振るい、周囲の何がしかを全てなぎ払う。
一時的な空白、結界の如き守りの空間を作り上げたのだ。
(……わかってるわよ! それで、逆転の手があるの!?)
対するランサーの反応は思いの外殊勝なものだった。
文句を言っている場合ではない、本能が狂気を押さえつけているのだ。
(無いわよ、あるのは勝ち筋――少なくとも、アンタが一人でやるより勝ちの芽はある!)
それひとつで勝利を安全に得られる奇策など早々無い。
あったとしてもそれは賭けに賭けを重ねた狂気の沙汰。
――それをするのは最後の手段、遠坂凛は、あくまで優雅に王道を衝く。
ランサーは足元から迫る炎を槍で払いながら翼をはためかせる。
呼吸を奪われかけたのだ、息の詰まる感覚が、ランサーの足を鈍らせる。
それを無理やり翼で振り払い、正常な酸素を惹き寄せる、炎を逃れ、天高くに上がった。
(じゃあ――いいわ。従ってあげる。一度普通にやって負けたのは、まぁ事実なんだし)
――勝ち筋、凛の持つ未知の選択肢。
それにランサーは賭けることを了承した。
これにより、ランサーは動き出す――赤きコンビの反撃開始だ。
◆
ランサーへと迫る愛歌、それをランサーは振り払う。
槍で愛歌を突き、愛歌の転移を引き出すのだ。
――但し、その瞬間のランサーが選んだ手が変化を見せた。
一撃目、突きをフェイントに、近づけた槍で愛歌の手を払ったのだ。
ならばと愛歌は炎を手のひらから奔らせる。
こちらは遠距離からの攻撃がかのうだが、手のひらの
幸いなことは、払ったのが無茶な態勢故、手首を落とされるというのがなかったこと。
無論、そのようなことをされようが、愛歌は即座に復元が可能だが。
(――凛、ね)
続けざまの一振り、虚をつかれたものの、回避事態は刹那より短い。
空を切った槍を見上げながら、ランサーの裏にある人物に目線を向ける。
(随分高度な事をしてくれるわ、たとえ来ることが解っていても、わたしの手が“どこにあるか”なんてことは、その場では判断がつかないはずなの、対応しようとするなら、先読みが必要)
(――リンの奴めがそれを教えたということか)
愛歌へ迫るランサーを、セイバーが割って入り切り払う。
対するランサーは涼しい顔でそれを押し流し、自身はそのまま上空へと退避する。
(凛は多少なりともこっちの考えを読んでくる。付き合い長いものね、――勿論、それに対応してこちらも先読みをしてもいいのだけど)
愛歌は地から飛び上がり、掻き消え空中に踊り出る。
ランサーの姿を真正面に捉え、即座にそちらへと転移した。
それに反応したランサーは、翼をはためかせ愛歌の後方へと回る。
――疾い、愛歌の動きを待っていたのだ。
すかさず愛歌も動いてみせた。
迫る槍を、今回は愛歌が弾く――炎をまとわせた手を向けるのだ。
毒の手では相手に攻撃を躊躇われるだろうから、これは誘いなのである。
強烈な衝撃が二の腕を襲い、それを無視して愛歌は弾いた手のひらでランサーを手繰り寄せた。
対しランサーは、それを引き剥がすべく、強烈な浴びせ蹴りを愛歌へと叩きつけた。
「あら、危ない」
無茶な攻めではあった、それを鑑みてか、そんなふうに声が出た。
決して本心からの考えではないが、だからとて嘘でもない。
まぁ、無駄口の類だ。
言葉と共に転移して、セイバーの後方に出る。
ほう、と一息。
ランサーの足は愛歌の目前にまで迫っていた、間一髪である。
(こちらも先読みをしていきたい――のだけど、更にその先を読まれる。読み合いのイニシアチブを取られたのが痛いわね、対処しようにもその上を行かれるわ)
戦いの流れをあちらに引き寄せられた。
これまで若干ながら愛歌達有利に傾いていた天秤が、ここで完全にひっくり返ったのである。
(とすると、対処法は二つ、か。このままジリ貧で相手がヘタを打つのを待つか――)
――それは、先程までのランサーと左程変わらない。
しかし、その時の攻め手である愛歌たちとは違い、今の攻め手であるランサーは綱渡りの状態にある。
一手ですらしくじれば即ち敗北、そのミスを待つというのは、かなり現実的な選択肢。
もう一つは、
(――こちらから攻めて、拍子を外す)
積極的な攻勢の案。
何も無茶と賭けをしろというわけではない。
戦闘の手法を少し変えるだけでも効果はある。
この場合、愛歌とセイバーがどちらを好むか言うまでもない。
思考の中で意識を統一させ、自然なほど自然に両者は行動に移る。
そこにもはや、念話に拠る合議は不要であった。
「あっは! なんだか臆病ね、怖気づいたかしら!」
後退した愛歌へとランサーが、轟く叫び声とともに突撃する。
音を切り裂く爆風と、死をもたらす槍の矛先。
その刹那に、愛歌が空間転移を挟む隙間はなく――セイバーの真横を駆け抜けて、ランサーは愛歌に“直撃”した。
――手応え、それをランサーは感じただろう。
しかし、そこに笑みを浮かべ勝利を確信する彼女はいない。
“解っている”、この程度で愛歌は殺せない。
自身の視界が認識するよりも早くランサーは動いた。
愛歌は槍を回避していた、ランサーの手応えは地面に直撃した事により生じたもの。
たん、と音、おそらくは足音。
――愛歌が、ランサーの後方へ回ろうとしていた。
「あら残念、生憎と私に“死角”なんてものは存在しないの、だって私は――」
上方へと振り上げられる尾、インパクトが高まり、直後激突。
「――完全無敵、絶対無敗のアイドルなのだから!」
爆音とともに、決戦場、凛の心底は暴威に震えた。
それでも、ランサーは行動の手を緩めない、構え直した槍を、即座に後方へと振り回す。
尾は、愛歌を捉えなかったのだ。
対する愛歌もまた動いていた。
尾を小さな転移で回避、続く一撃を愛歌は――受け止める。
今度は毒の手のひら、触れれば“槍ごとランサーを食いつくす”。
結果――
ランサーの槍が強引の上方へそらされた。
それを身体を傾けて愛歌が回避、――ここで、両者は明暗が別れた。
無理に槍を逸し、完全に態勢を崩したランサー。
最小限の動きで槍を払った愛歌。
攻めに転じるのは、当然愛歌だ。
――だが、
「甘いわね!」
ランサーは、即座に翼で姿勢を制御する。
これこそランサーがA級サーヴァントたる所以。
本来ここでランサーはなすすべもなく愛歌に毒を植え付けられていた。
それは例えばランサー以上の武勇を持つサーヴァントであっても同様。
それこそ、凛が本来使役していたランサー――青装束の男であってもだ。
態勢を崩す、隙を晒す、それらは即ち、武の世界では敗北ないしは死を意味する。
――それを強引に無効化する。
人外たるランサーの持つ特殊な肉体機能――コレがあるかぎり、ランサーは文字通り“揺らがない”。
――――それでも、
「それは、一体どちらの方かしら」
それを織り込み済みで、上を征くのが沙条愛歌だ。
ランサーが翼で身体を元の状態に戻した時点で、既にそれは彼女の身体に巻き付いていた。
――手のひらの
対構造物を想定したその魔術は、即座にランサーを覆い尽くす。
熱も、衝撃も炎に包まれたにしては少ないのが災禍の最大の特徴。
かわりに“呼吸を奪う”のが、災禍の最大の武器。
つまるところ、ランサーがどれほどバケモノであれ、呼吸が不可能となれば行動は急激に鈍ってしまう。
翼を振るい上空に逃げたくても、今翼は上から下に振り下ろされたばかりだ。
加えてその予備動作となる跳躍もランサーはままならない。
確実に、逃れるには一手を要する。
そこを見逃す、愛歌ではない。
「――――チェック、終わりにしてあげる」
――言葉の直後、愛歌は転移でランサーとの距離を、零にする。
◆
愛歌とランサーの攻防。
その間、セイバーはランサーの後ろに回っていた。
狙いは単純、愛歌の必殺のタイミングに合わせた奇襲である。
愛歌一人でランサーを追いつめる、危険ではあるが不可能ではない。
むしろ、おそらくは成し遂げてしまうだろう。
――それでも、その必殺は、おそらく高い確率で捌かれる。
相手は凛――対愛歌という点においては、間違いなくセイバーに勝るとも劣らない相性を有する手合い。
確実に、もう一手が必要だった。
それがセイバーの奇襲。
ようするに、表の聖杯戦争でその戦闘を決定づけた剣の投擲。
あれと似たようなことを、もう一度セイバーは試みようとしているのである。
そして、機会は即座に訪れた。
愛歌がランサーの身体を炎で縛り、そして迫る。
この上ないタイミング、ここで攻めずして、何時攻めるというのか。
構え、そして飛び出そうとする。
――
高速による切りつけ、そして離脱。
その一連の流れを、しかし。
(――む?)
遮るように、何かがきらめく。
身体は既に動かされている、故に止まらない。
だが、その視界は、その“何か”を捉えていた。
それは光を帯びて反射するガラスのような何か――
――――宝石。
まさか、そう思考が及び。
直後。
強烈な光が、セイバーの周囲で炸裂する。
◆
――仕掛けたのは、当然というべきか、遠坂凛である。
まさか、セイバーの狙いが読めないはずもない。
というよりも、ランサーの後方に走るセイバーを認識したのだ、それを止めないはずもない。
仕掛けたのは宝石魔術。
その効果は二つ、フラッシュによる目眩まし。
そして対魔力を有するセイバーですら数秒は縛り付けるほどの、強烈な鎖。
――――これにより、凛の勝ち筋は完成した。
そも、凛の狙いは“愛歌ではない”。
当然だ、凛が愛歌の手筋を把握しているように、愛歌も凛の手筋を把握している。
その状態で読み合いなど仕掛けようものなら、それは分の悪すぎる賭けになる。
そのような選択、遠坂凛は選ばない。
凛がランサーを指示することで得られるのはアドバンテージ。
ランサーに愛歌を押しとどめさせることが可能となるのだ。
その上で、“セイバーを狙う”のが凛の勝ち筋。
待っていたのだ、この一瞬を。
現在、ランサーは不利な態勢を強いられ、危険な状況だ。
それでも、対応は可能。
(さぁ、やりなさいランサー!)
――ランサーの身体が、強引に倒され、足が愛歌を狙う。
胴体へ突き刺さるそれは炎で束縛されていても“人なら軽く粉微塵に変えられる”。
故に、愛歌はここで回避以外の選択は敵わない。
受け流すことも、難しいだろう。
毒など食らった所で、その時には既に愛歌は死んでいる。
(――言われずとも)
狙い通り、愛歌は回避に移った。
しかし、まだ足りない、愛歌の行動次第では挽回される。
故の二の矢。
足の勢いを、そのまま尻尾の一撃へ転換するのだ。
つまるところ、足蹴りは尾を振るうための振りかぶりでしかなかった。
これで、愛歌は再び後方へ退避される。
――本来であればこれは仕切り直し、けれどもここでランサーは締めにかかる。
トドメに、向かう。
(わかってるわよッッ!)
念話での返答、同時――
「――――喰らいなさい、
槍に身体を預けての、直進。
狙うはセイバー、致死の槍が、その喉元を食い破る――――!