ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
14.人形少女との邂逅
――――気がつけば、遠坂凛とセイバーが愛歌の側に立っていた。
周囲を慌ただしく見渡し、何かを探している様子である。
セイバーは澄ました顔ではあるが、それでもどこか焦りを覚えた様子で。
凛もほぼ動揺で、しかしこちらのほうがもう少し焦燥は激しいようだった。
――そこに、沙条愛歌は出くわした。
後から遅れて、現れたのだ。
「――愛歌!」
凛が慌てて愛歌に飛びつくような勢いで肩に手をやる。
思わずぎょっとしてしまうが、ともあれ無事なようで何よりだ。
そんな感情が、凛に伝わったのだろうか。
「無事で何よりなのはそっちよ! 本当に、心配したんだから」
「いやまぁ、あのような手合いとはいえ、奏者がそうそうどうにかなりはせんだろう。……それでも、心配はするのだからな! 気をつけるのだぞ、奏者よ!」
心底信頼した様子で、けれども心配そうな様子は隠せず、セイバーもそれに追従した。
「そうなの、申し訳ないことをしたかしら。でもそんなことより、むしろ校舎の方は大丈夫なの? 通信が途絶えていたけれど」
言いながら、生徒会室があるであろう校舎の二階を見上げる。
そこにレオの姿も、桜の姿もあるわけではないが――即座に返答が送られてくる。
『こちらは問題ありません、通信をジャミングされただけのようです。とはいえ、お互い様子を確認した方が良いでしょう』
レオの声に異常は見られない、努めて冷静に、いつもの彼らしい態度。
それから、一瞬だけ言葉を止めて――
『……ミス遠坂には悪いですが、このまま生徒会室へお越しいただけますか?』
「構わないわよ、その程度だったら、まぁまだ何とでもなるし」
凛は即座にそれに応じる。
――状況が、かなりの異常事態であることは明白だ。
『そういうわけですので、ミス沙条も――』
「解っているわ、何事もなければそれでよいものね」
――互いに一言ずつ交わし合い、レオの通信が途絶えた。
兎角――これで、月の女王を名乗った遠坂凛との戦闘は、おおよそ終結したと、言えるのだろう。
◆
「――では、これより月見原生徒会、定例会議を初めます」
「……定例なの?」
「時間の概念がないので、いついかなる時も定例です」
などと、そんな風に実に良い笑顔でレオが宣言し。
――そこには、ランルーくん、ユリウス、騎士王、桜、レオ。
もとより生徒会室に詰めていたメンバーの他、たった今帰還した沙条愛歌に遠坂凛の姿もあった。
愛歌からしてみれば、これでようやく見知った相手が、ここに勢揃いしたことになる。
――間桐慎二とて外から会議の様子を観察しているはずだ。
一部、表の聖杯戦争の事を忘れているがために、愛歌の考慮に入れられていない者達も存在するが。
「さて、では早速ですが本題です。サクラ迷宮の攻略により、少しずつですがこの月の裏側の真実に僕達は近づきつつあります」
「そのことなんだけど――」
凛がそこで割って入る。
曰く、ムーンセルを掌握し、愛歌たちと敵対していた頃のことを、あまり凛は覚えていないという。
正確には、その中で使役していたはずの幾つかの真実が、すっぱり記憶から抜け落ちている、と。
まぁ、当然といえば当然か。
「あのBBっていうのは随分狡猾に見えるわ。狡猾っていうか、悪辣っていうか。まぁ、そんなヘマはしないわよね」
「BB……ですか、出てきてすぐに通信が切断されてしまい、こちらからはあまり把握出来てはいませんが――この月の裏側にボク達を引き込んだ黒幕、全ての現況、という判断で間違いないでしょうか」
「たぶんね、あの娘、どうにも気配が“単なる人間”には思えなかった。おそらくはAI……桜のバックアップなのでしょうけれど、それ“以外”の気配もあったわね」
言いながら、愛歌はチラリと騎士王を見やる。
――その“何か”、騎士王にはそれと近いものが感じられる。
つまるところ、サーヴァントの気配。
「サーヴァントの力すら取り込み強化――狂化した、“暴走AI”と見るべきなのかしらね」
言って、その視線は今度は桜へ向けられた。
BBは彼女と瓜二つであった。
愛歌としては、別にそんな気もしないのだが、言われてみれば確かに似ている。
「……そう、だと思います」
――桜は少しだけ申し訳無さそうに頷いた。
さもありなん、自分と同一の存在とすら言えるバックアップが暴走したのだ。
その機敏を理解できないのは、流石に愛歌くらいなものだろう。
「桜が気にすることもないわよ、アレはアレ、桜は桜、そうでしょ?」
大雑把な物言いではあるが、結局のところ、桜とBBは双子のようなもの。
どちらかが暴走したとしても、もう片方に責を求めるのは酷というもの。
故に、それは――――
『――そうですよ、私とそこのダメな方を、一緒にしないでもらえます?』
――“本人”であっても同意するところだ。
声――それは、間違いなく“桜”のものだ。
けれども、そのトーンは決して彼女らしいものではなく――
「これは……」
――すぐに思い至る、この声は、BBのものだ。
『BBィ! チャンネルゥ――!』
言葉とともに――愛歌を始めとする、この場にあるものの視界全てが、ジャックされた。
◆
「――ハァイ、おはようからお休みまで、皆さんのもだえ苦しむ姿を眺めて嗤う、BBチャンネルのお時間ですっ!」
声の主は、桜――ではない、悪辣をにじませるそれはBBのモノ。
事実、そこに佇んでいるのは黒の装束に身を包んだ件のBBである。
「皆さん、存分に困惑してますかー!? はい、そこのカマセ臭い赤いツインテさん! そんなに暴れてもダメですよ、さるですか貴方はー?」
以上は、BBがそこに現れたことではない。
BBがいるのは月見原の生徒会室ではないのだ、彼女はどうやら別の場所から、愛歌たちに直接映像を届けているらしい。
それでも勿論面倒極まりないのではあるが、厄介なことに、どうやってもその映像を消せないことにある。
「目を閉じてもだめ、耳をふさいでもダメ、BBチャンネルは居ついかなる時も、貴方にBBちゃんのカワイイ姿を届けます。視界ジャックしてるんですから、目を閉じても無駄に決まってるじゃないですか」
――なんて、さらっとBBは言ってのける。
当然それは異常なことだ、そも、他人のアバターに直接干渉しているのである。
視界という重要な器官すら掌握されて、命を手のひらの上で転がされているのようなものだ。
幸い、当の本人にそのつもりはないようだが。
「じゃあ、早速ですけど本題に入っちゃいましょうね。残念ですけど拒否権も、そもそも発言権もありませーん」
正確には、沙条愛歌を除いて。
――しかし、とうの愛歌はBBに口を挟む素振りすら見せない。
まったくこの状況に興味を抱いていないようだった。
流石に重要な情報が流されることを考慮してか、回線を切断しているということはないのだが。
――――本題、BBの言うそれは考えるまでもなく、サクラ迷宮に関するものだ。
BBはサクラ迷宮の主、そこで行われるのは、乙女の秘密をほじくり返す、極悪非道な残虐ゲーム。
――ゲーム、などという単語がそもそも悪趣味であるが、それはそれ。
脱出のためとはいえ何の遠慮もなく少女の恥部に突入を敢行する月見原生徒会が気にするべくもない。
ごく一部のあかいあくまは除くが。
「そういうわけで――
「ん……いやそもそも、誰が出てくるかさっぱり心当たりがないのだが」
――ふと、それにセイバーが返す。
説明中も何度かあったこと、いまさらBBもツッコミはしない。
「まぁそりゃ、先輩友達少ないですからね、解らないのも無理はありません。では、登場していただきましょう。――ある意味先輩の後輩にしてご同輩。地味メガネの奥に隠された、知的な美少女のご登場!」
軽く指揮棒を振るうと、その先にポワンとなんだかファンシーな煙が巻き上がる。
――それが晴れると、そこには一人の少女が佇んでいた。
褐色肌にミステリアスな印象を抱く面持ち。
そんな、特長的な容姿の少女。
それに、愛歌はふとそこで口を開いた。
これまで保っていた沈黙を破り、第一声。
「――――どちらさま?」
まったくもって、当然といえば当然の問い。
愛歌と少女の間に、面識もクソもないのであった。
そんな愛歌の問に、少女はまっていましたとばかりに、けれどもどこか無感情で機械的な声で答える。
「ラニ=Ⅷともうします。根源接続者、ミス沙条。以後お見知り置きを」
「あら、それはご丁寧に。こちらからは名乗るまでもないのね? なら、楽でいいわ」
なんて、軽く言葉を交わしながら――むしろ反応するのは外野の方だ。
「……え? 何? アトラスのホムンクルス? やっぱりここで出てくるか? 凛、あなたこの娘のことを知っているの?」
それを、愛歌は何とはなしに拾ってみせる。
本来であればそのような雑音、BBによってカットされているはずなのだが、いまさらだ。
「――こほん。脱線はここまでにしましょう。BBちゃんの進行を妨げる悪い先輩にはメッですよ。それで、このラニさんが次の先輩の相手となるわけですが……」
ちらり、と視線をラニへと向けて。
「ラニさん何か一言ありますか?」
インタビュアーのように指揮棒を向けて、そう問いかけた。
「……そうですね。胸を借りる、というのもおかしな表現ですが、相手はこの月において一、ニを争う強豪。ここで打倒することは、私の成長に大きな経験を与えることと推察します」
――その瞳はどこまでもまっすぐで、揺るぎない。
確固たる信念が、その奥には覗けるのであった。
「よって、全力で貴方を迎え撃ち、そして打倒することを宣言します。――私は、アトラスが遺した由緒あるホムンクルス、そこに人間のような甘さはない。ミス遠坂のように甘くはないですよ」
――チュートリアルとは違うのです。
とは、ラニ本人の談。
「……ちょっと、凛うるさいわ。こっちまで響いてくるじゃない」
何やら微妙な声音で、そう愛歌のひとりごとがスタジオとでも呼ぶべき箱のなかに響く。
それから、気を取り直したようにラニへ言葉を向けた。
「あら、ごめんなさい。――そういうことなら、遠慮はしなくていいのよね。えぇ、解った。“敵として”貴方を全力で屠ってあげる」
――瞬間。
ほんの刹那のことであったが、スタジオの空気が零に歪んだ。
絶対零度、あえて挑発するような愛歌の殺気、もしくは冷気。
思わず、BBの頬がひくついたのが、愛歌と、そしてセイバーには解った。
それほどの威圧だったのだ。
月の裏側を支配する者が、一瞬であってもその立場を忘我するほど。
そんな中にあって、人形のような少女は、
人間のようなホムンクルスは――
――まるで動じず、立ち尽くす。
なるほど、と愛歌はひとつ頷いた。
BBは彼女を愛歌のご同輩、などと呼んでいた。
確かに、この在り方はどこか常軌を逸している。
無論、それは凛やレオにも言えることだろうが、彼女の場合それが顕著だ。
というよりも、“普通ではない”のが彼女の表層である。
自身の狂気を多少の“人間性”で覆った凛達とは種類が違うというわけなのだ。
そういう意味では、ラニは愛歌の同類、表層が“ゆがんでいる”タイプの人間だ。
少なくともその表層は。
その本質がどうか、までは愛歌の知ったことではないが。
「――よいでしょう。こちらとしても、そのほうが全力で潰しがいがあるというもの。サクラ迷宮にてお待ちします。では、私はこれにて」
それを最後に、ラニはその場から掻き消えた。
最初から、存在など何もなかったかのように。
ラニが去るのを見届けたBBが、気を取り直したように視線を愛歌達――正確にはカメラへと戻してくる。
「はい、ありがとうございましたー。二戦目にして早くも強敵登場の予感? 凛さん何か目じゃない冷静なメガネタイプのご紹介でした!」
随分一層目から三層目の主であった凛を詰るBBであるが、正直な所凛とラニの違いはその声質が動であるか静であるかなのだが、それは余談か。
ともあれ、この不可思議な時間もようやく終わりを告げようとしている。
BBはわざとらしく名残惜しそうな態度を見せて、それから即座にそれを嘲笑ってみせる。
カラカラと楽しげに笑って、そして。
「BBチャンネルもオシマイのお時間です。少し寂しいですけど、BBちゃんのことをおもって枕を濡らしてくださいね? おねしょってことにしてあげますから!」
そんな風に言い切った。
「それでは、また何時か、私の気が向いた時におあいしましょう――!」
予めセットされていたのか、少しだけ無機質な拍手の音が鳴り渡り――
かくして、BBチャンネルは終了した。