ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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16.悟りを得たり

 ――結局、あの後に迷宮内で起こったイベントは二つ。

 臥藤門司への詰問と、ラニ=ⅧのSGを摘出すること。

 前者は、門司曰く。

 

 一つ、気がつけばよくわからない暗闇にとらわれていた。

 二つ、不意に衝撃とともに暗闇から“吐出され”、直後にあの場所に立っていた。

 三つ、そこで出くわしたエネミーに追われていた所をたすけられた。

 

 とのこと。

 暗闇がいかなるものであるか、というのは確定はできなくとも想像はつく。

 BBか、もしくはラニに囚われていた。

 それを開放され、おそらくは“餌”にされたのだ。

 凛曰く、門司を利用し、ラニは愛歌を見極めようとしたのだという。

 

 結果としてそれはラニを失望させることとなったが。

 

「――――見損ないました」

 

 とは、邂逅一番ラニの談。

 まったくもって意味の分からないものいいであるが、なんとなく凛は理解できたようだ。

 結果として彼女の手によってラニのSGは摘出される。

 なんでも、“管理願望”をラニは有しているのだとか。

 

 何故それがただ迷宮を踏破しているだけで読み取れるのかについては甚だ疑問だが、曰く。

 “ラニは愛歌に完璧であってほしかった”らしいのだ。

 そう言われても、愛歌にはピンと来なかったが。

 

 かくして愛歌はラニの迷宮第一層を攻略、月見原旧校舎へと帰還することとなる。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌が一つ目のSGを回収したことで、旧校舎は一度メンテナンスに入っている。

 生徒会室も現在は使われておらずもぬけの殻、NPC達のいなくなった後者は、即座に廃墟としての側面を覗かせる。

 

 もの寂しいそんな場所だ。

 とっととマイルームに戻り、メンテナンス明けまでゆっくりと休養を取るのが正解であるのだが――ふと、愛歌の視界を横切るものがあった。

 

 視界の右端――つまるところ、用務員室へ繋がる廊下を歩く人影がひとつ。

 その壁の物珍しさに、ふと愛歌はそちらへ足を向けた。

 

 ああいう手合いには、若干苦手意識がある。

 さもありなん、愛歌は自分の理解できないものを遠ざけたがる節がある。

 臭いものには蓋を、ということだ。

 

 ――それでも“彼”へ意識を向けたのは、単なる興味の問題か。

 少なくとも、もう二度と近寄るまいと考えていた場所へ足を向ける程度には、愛歌は意識を傾けたのだ。

 

 その男――臥藤門司へと。

 

「こんばんわ、今日はこんな所に何の御用?」

 

「……うむ? おぉ、女神殿、いや何小生この旧校舎はまだ地理をよく知らなんだ。故に散策でそれを把握しようとな」

 

 ――今はメンテナンス中、誰に咎められることもない。

 まぁ、そこまで門司が考えているかはともかく。

 

「こんな所にはなにもないわよ?」

 

 居るのも無駄だと促す愛歌に、門司はつい、と視線で目前の扉を示す。

 

「そうはいうがな、コレは何だ? メンテナンス中故、下手に調べるわけにも行かなんだ」

 

「生ごみのゴミ捨て場ね」

 

 即答である。

 間断なく、まるで最初からそう示されているかのように。

 はっきりと、愛歌は断言した。

 

「………………おぉ、なるほど」

 

 言って、門司は何かを納得したようだ。

 そしてその納得はおそらく正しい。

 

「そういうことならば……どうやら中には適任がおるようだ。小生が出る幕もなさそうだな」

 

 はっはっは、と楽しげに笑いながら、臥藤門司はその場から離れる。

 愛歌からしてみれば意味の分からない物言いだ。

 そもそも“愛歌が”生ごみといって、それを理解するのもまずおかしい。

 愛歌のような手合いの言動を、彼は最初から理解しているかのようだ。

 

 しかし、それを問う間もなく門司はその場から立ち去ってゆく。

 そうなれば、愛歌としてはこの場にもう一秒とて留まる理由もない。

 後を追うように、空間転移でその場から掻き消えるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 ――――さて、そのゴミ捨て場もとい用務員室の室内。

 あいも変わらずゴミ屋敷のように散乱した部屋の内部であるが、現在そこは随分と狭苦しい物になっていた。

 本来の住人であるジナコ・カリギリ以外にも、この場には人が存在していた。

 

 一人は言うまでもなく彼女と契約したサーヴァントだ。

 クラスはランサー、真名は施しの英雄、カルナである。

 

 神妙な面持ちの彼の前に佇むは、それとは正反対のおどけた仮面。

 道化師――ランルーくんである。

 

「ソレデネ……ソレデネ……ランルーくんハ楽シクナルト……ツイヤッチャウンダ」

 

「ほう、それはいかなるものだ?」

 

「実ハネ……実ハネ……?」

 

 ごにょごにょごにょと、カルナの耳元でランルーくんは何かをつぶやく。

 そこに警戒の色は一切見られなかった。

 足元でダンゴムシとかしたジナコがぐぐぐと何とも言えない顔でそれを見上げている。

 

「何と……それはまた、大変だな」

 

 実に神妙な声で、カルナはそう頷いた。

 そこには、一切の侮りも憐れみもありはしない。

 ただ事実としてそれを受け止め、本心からそう返すのみ。

 

 ――そんなやり取りが、かれこれ数時間ほど。

 愛歌が迷宮に突入した辺りから続いていた。

 

「……………………」

 

 ――ジナコは煽りのプロだ。

 当然、それに“対応”するための手段も重々承知している。

 スルー、つまりは忍耐だ。

 そういった行動はジナコとしてはむしろ得意とするところで、やろうと思えば彼女は一日の全てをゲームのレベリングに費やせる。

 というよりも、費やして彼女は生きてきた。

 

 そんなジナコの忍耐が、

 

 

「――――っっぁあああああ、もう!」

 

 

 そこで、ついに決壊する。

 

 とはいえ良く持ったと言えるほうだ。

 相手は自分には関係ない、そう言い聞かせて耐えるのは良い。

 ――が、それにしたって限度というものがある。

 通常であれば、ピエロとカルナのおかしな会話などという常人からしてみれば耐え難い“突っ込みどころ”は、ジナコのスルースキルを適確に刺激した。

 流石にこれ以上は無理だ、むしろジナコは良く耐えた方である。

 

「なんスか!? なんなんスか!? ねぇ、一体君たちジナコさんの聖域で何がしたいの!? 井戸端会議!? ジナコさんは番町皿屋敷か何かッスか!?」

 

 一度決壊してしまえば後はもう、彼女にそれを耐えるすべは残されていなかった。

 

「ジナコ、急にどうした。また何か発狂するようなことでもあったのか? 常々思うが、せっかくの怒気を無為に消費するのは自分のためにならんぞ」

 

「ソウソウ……怒ル時ハ自分ジャナクテ誰カニ……デキレバチャント理由ヲ持ッタ方ガイイカナ?」

 

「カルナさんは相変わらずうっさい! っていうか何でこの人まともな事言ってるんスかー!?」

 

 先ほどから話を聞いている限り。 

 というよりも、生徒会室の様子を聞いている限り、このランルーくんというピエロはまともではない。

 既に正気を失ったのか、もとからこういう人種だったのか。

 

 ともかく、普通ではない存在が、何故こんな真っ当なことを?

 いやそもそも――彼女がまともであったのは、今に始まったことであったか?

 

 そんな思考がめぐろうとして、しかしカルナに邪魔される。

 

「それで、俺が煩いというのならそれでも構わないが、こちらのランルー女史にまでそれを求めるのはいかがなものか」

 

「女史!? 何かカルナさんが難しい言葉を使ってる!? っていうか似合わねぇー! カルナさんがそんな紳士ワード、にっあわねぇーーっ!」

 

「むぅ、それはすまなかった」

 

 それでカルナは黙ってしまった。

 というよりも、話が進まなくなってしまった。

 ランルーくんはあいも変わらず不可思議に揺れているし、ここでもう一度話を動かすには、再びジナコが口火を切らなくてはならない。

 

 しばし逡巡する。

 天秤にかけるのだ。

 このまま訳の分からない状況を放置して、ランルーくんが出て行くのを待つか。

 はたまたランルーくんを追い出して、安息の地を取り戻すか。

 

 断然、後者がジナコ的にはおすすめだ。

 当然だろう、ここは自分の居場所なのだから。

 ――そこに割って入ってきた侵入者、追い出されても文句は言えない。

 

 けれども、それをすることには労力が必要となる。

 例えばカルナを使って無理やり追い出したとしよう。

 後に待っているのはカルナの無限にも近い言葉責め。

 これが適確にこちらの心胆をえぐってくるのだ。

 例えば自分が労力を裂いてランルーくんを追い払ったとしよう。

 彼女は狂人だ、言うまでもなくこちらの話を聞いていない。

 それを追い出すのに、一体どれだけの時間がかかる?

 

 ――結論、やってられない。

 

 どのような方法をとっても、結果として自分は疲れるのだ。

 それはゴメンだ、人付き合いなんて、生身で顔を突き合わせるなんて真平ごめん。

 そんなことをするくらいなら、我慢してかたつむりを続けているほうが健全だ。

 

 結局、ジナコは後者、ランルーくんを無理やり追い出すことが正着であると解っていながら、理由をつけてそれを拒んだ。

 否、その正着に必要なあらゆる手順を疎んだ。

 

 ジナコの特技は耐える事、ひたすら耐えて耐えて、嵐が過ぎ去るのを待つことだ。

 それしかできず、それしかしてこようとしなかった。

 であればこれで何の問題もないではないか。

 

 スルースキル、スルースキルである。

 それはジナコさんの得意とする所、であれば――持久戦だ。

 最後までたえぬいて見せようではないか。

 

 そんな考えを決定した直後、ランルーくんが変化を見せる。

 ――ジナコの隣に、どさっと座り込んだのだ。

 これまでカルナと意味の分からない会話を続けていたランルーくんがここに来て、意識をジナコに移したのだろう。

 

「――何ヲヤッテイルノ?」

 

「……んあ? そんなん狩りに決まってるじゃないッスか。これから飽きるまで、延々とこいつらぼてくりこかすんス」

 

 ジナコとしても、それを追い払うことはしなかった。

 興味を持たれた――それ事態は鬱陶しい。

 けれども、ランルーくんの言葉に、一切の棘が存在しなかったのだ。

 純粋に興味を持って、問いかけてくる。

 

「ドウナルノ?」

 

「当然、レベルが上がるッス。それで他の、シンジくんみたいな有象無象の頂点に立つ――っていうか、足場を固める」

 

 それは――あまり悪い気はしない。

 結局のところ、ジナコは生粋のオタクなのだ。

 自分の趣味を認められる、それは彼女にとって最上級の賞賛である。

 

「ヘェ……スゴイネ!」

 

 ランルーくんの言葉には嘘がない。

 これだけ狂っているのだ、いまさら嘘だなんだと“勘ぐるほうが馬鹿げている”。

 

 だから、その賞賛が、ジナコにはどこまでも素直なモノに聞こえてくる。

 

「そうッスよー、ジナコさんスゴイんスよ! なにせこのゲームでランキングトップなんスから。トップランカー、アイアムチャンピオーン!」

 

 ふふん、と知らず胸を張る。

 ――ジナコは気がついていない、ランルーくんは一瞬にしてジナコの懐疑を吹き飛ばしたのだ。

 彼女がランルーくんに向けていた幾つもの思考。

 そこに乗っていた剣呑な感情は、完全にジナコから抜け落ちていた。

 

 たった今“腰を据えて耐える”と判断した直後のことである。

 即落ち2コマか何かだろうか。

 やっぱりピエロには勝てなかったよう。

 

 ――とはいえ、事態はそんな阿呆なことではない。

 それを傍目から見てカルナは思わず戦慄した。

 

 この女性――ランルーくんは、見た目に似合わず優れた人格の持ち主だ。

 少なくともカルナはそれを感じ取った。

 全く表に表現しきれていないが。

 

 故に、心に表さずともカルナはランルーくんの全てを賞賛した。

 この女性は、一時とはいえジナコの全てを融かしてみせた。

 いともたやすく、自分の考えを彼女に意識させずに告げた上で、警戒を解いた。

 解る、ジナコは“カルナすら”信頼してはいない。

 ただサーヴァントであるから、自分を裏切らないことが解っているから側に置いているだけ。

 

 とすれば、どれだけのことをランルーくんは一瞬にしてこなしてみせたのか。

 少なくとも自分では到底及ばぬ次元の人間、というわけだ。

 

 確かに少し前に訪れたあの沙条愛歌という存在は素晴しかろう。

 今、生徒会を指揮するレオ・B・ハーウェイやその指揮下に加わった遠坂凛は優秀な人間だ。

 どれもが賞賛に値して、どれもがある種羨望すら抱く手合い。

 

 だが、ランルーくんはその全てにおいて隔絶している。

 彼女を前にして、彼女たちの素晴らしさなどいかなるものか。

 ある一点に関してのみ、“通常”賞賛されるべきものを軽く凌駕するほどに、この女性は完成していた。

 

 ――結局。

 

 それからさらに数時間。

 ジナコは黙々とレベリングをすすめ、それをランルーくんは興味深そうに眺めていた。

 それはゲームを楽しむ妹とそれを眺める姉のようであり。

 

 

 ――――ゲームを楽しむ娘と、それを慈しむ、母のようでもあった。




 ジナコさんとランルーくんの回。
 狂気混じりのランルーくんと、それを真面目に対応するカルナさんという図式は非常にシュール。
 まぁコレに関しては求道僧にも言えることですけど。

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