ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「お、奏者よ、この菓子、美味であるぞ? どういう菓子だ」
「モンブランよ。白い山を意味する、栗のケーキね」
音を立てず、たっぷりと楽しんだ紅茶の香りを惜しみながら、それを口に含んでゆく。
口の中に広がる風味は、愛歌の喉を震わせた。
これは愛歌が常として愛飲する“高級だが淹れ方は大味”な代物ではなく、本物の高級品。
桜が淹れた一等の紅茶である。
「桜、そっちのケーキ、切り分けてくれる? あと、それと、……それも。よろしくね?」
「はい、解りました。紅茶のおかわりはどうでしょう」
「ありがと」
――――ここは、月見原旧校舎の保健室。
人の静養を見守るその場所は、現在本来の静けさとはかけ離れた、かしましい乙女の声であふれていた。
これを企画した愛歌曰く、女子会。
どちらかと言えばスイーツの試食会のような体ではあるが、本命は別にある。
「あら、桜、ケーキに手が付けられてないわ、まずは自分の分を食べてみるべきね」
ふと気がついて、愛歌が桜に指摘する。
現在、桜は甲斐甲斐しく愛歌、凛、セイバーの給仕のようなまね事をしている。
けれども、本来この女子会の主役は桜だ。
遠慮無くそれに甘えるものの、凛もそこら辺は理解している。
「そうよ、AIにこういうのはどうかと思うけど、休養はしっかりと取るべきね。心の贅肉っていうのは、こうしてお菓子を食べることじゃなくて、自堕落に食べ呆けることなんだから」
「えっと……でも」
桜はAIだ。
本来、彼女の役割は、周囲の団欒を助けること。
積極的にその輪の中に入って行くこと、ではない。
それが足かせになっているのだ。
自分が主役だ、と言われてもそうそう桜はうなずけない。
もし頷こうとするならば、それ相応の理由が必要なのだ。
例えば、“今後昼食を作るときの参考にする”といった、理論的な理由が必要になる。
それを知ってか知らずか、セイバーが桜に声をかけた。
「これ、桜よ、こういう時は厚意に預かるものだ。さもなくば、これを計画した奏者の面目が立たん」
――別に、そんなことは気にしていないけれど、セイバーの声がけが桜にとっては正解だろう。
愛歌の面子を潰してしまう、それはAIとして避けたい所。
つまり、桜に理由が与えられたのである。
「あ、と……それじゃあ、頂きます」
律儀に一言そう告げて、桜は手元のケーキにフォークを差し込んだ。
柔らかく切り裂かれてゆく綿の感覚。
口に運べば、その甘味が桜の舌を楽しませてくれる。
「あ、…………美味しい」
「でしょう? まぁ、味は過去の再現のようなものなのだけれどね」
こうして創りだされたスイーツ達は、どれもデータでしかない。
味覚のデータも、視覚によるデータも、結局は“過去に作られたもの”を数値化したにすぎない。
実際に手作りすれば、それもまた変わるのだが、そこまで手間をかけるつもりは愛歌にはなかった。
こうして休憩は可能だとはいえ、今は非常事態である。
「今じゃ実際に食べられる人間なんて、この世に何人いることか。そこら辺、私たちウィザードは特権階級なわけね」
――もとより、魔術回路を持たないモノは魔術師にはなれないのだから、当然だが。
「特権階級には特権階級なりの責務というものがある。この聖杯戦争にしてもそうだが、余などは常に暗殺に怯えたものだぞ」
セイバーは紅茶を楽しみながら、そう笑ってみせる。
何の気負いもなく、楽しんで食事ができる、それがどれだけ幸せなことか。
「まぁ、なんだかんだ言っても、ここに普通な人間なんてそうそういないわけだけどね」
ふぅ、とカップを置いて、そう締めくくる。
さて――桜もケーキを口にした、遠慮がちではあるが、それなりに楽しんでいるようだ。
チラリと視線が愛歌へと向く。
こくり、同意でもって応えられた。
「……じゃあ、ティーパーティは一度ここまでにしておきましょう? 食べたければまた食べればいいものね、だから――」
「――――おめかし、しましょう?」
両者の視線が、一斉に桜へと向けられた。
◆
「うぅぅ……えっと、似合っている、のでしょうか」
「うん、うん、よく似あってるわ。さっすが桜、素材がいいのよね」
保健室のベッドを区切るカーテンを試着室に見立て、桜を飾るファッションショーが始まった。
開幕当初は、困惑のあまり羞恥に顔を染めながら、今も遠慮した伏し目がちな目線で凛たちを見上げている。
――丁度そこに、背の低い愛歌の視線が重なるのだが、それもまた居心地が悪そうだ。
「じゃあ、次はコレ、その後は愛歌、どう?」
「コレなんてどうかしら、ちょっと桜のイメージとは違うけれど、似合うと思うの」
ギャップ萌え? と首をかしげて見せる。
上げられたのはタイトなスカートとセーターの一般的な服装と、少し露出の激しいキャミとミニスカート。
今は流れが“普通のファッション”に寄っている。
けれども、ここに至るまで、数多の流行りが刹那のごとく流れ星となり、去っていった。
例えば、セイバーが着るのを好みそうな派手なドレス。
逆に壁の花として咲き乱れそうな、楚々としたモノ。
他にもジャンルを変えて、水着に冬のスキーウェアなんてものまで。
時にはある種コスプレか何かのような、カソックまでそこには用意されていた。
これまで、着せ替えられた服装の数は十や二十では済まされない。
それもこれも、ここが月の電脳であるが故、着替えるのに数秒もかからないのだ。
「ふぅーむ、む、む……ふおおおおおお! 滾る! 余の芸術センスが滾るぞ……!」
そんな乱れ咲く服の華を前にして、セイバーは何やら一人考え事にふけっているようだ。
かと思えば、唐突に筆を握って画板を取り出し、何やら書き込み始めているのだが。
「余には頭痛持ちのスキルがある。全力で我が芸術性を傾けれられるのは、かなって一分が限界、とすれば……ラフスケッチならば――!」
ガリガリガリと、鉛筆が白紙を削る音。
そこにはかしましい少女達の園から少し外れた、風雅を愛でる芸術家の姿があった。
「――――できたぞ、奏者よ!」
「見せてもらえる?」
つい、と愛歌が転移し、身体を傾けて画板を覗き込む。
みれば、何やら無数の線の数々。
――――どう考えても、ラフスケッチとかそういう類のものではない。
そこには、幾何学的に描かれた、不確かに染まりながらも清純な少女の姿が。
「凝り性は余の悪癖であるが、それを敢えて全開にしてみた。まぁ何だ、余の類まれなる芸術性を表現するには、これしか方法がなかったのだ」
「…………少なくとも、こんな普通の女子会で飛び出してくる類の絵ではないわね」
――鬼才セイバー、天才と何とかは紙一重。
一歩間違えれば画伯であった。
というか、普段通りにやればきっと、画伯――見るも無残な絵が出来上がることだろう。
――セイバーの剣は彼女が手ずから作り上げたもの。
しかし、セイバーは類まれなる音痴である。
天才でありながら、それを正確に表せない――なんとも切ない二面性がそこにはあった。
しばらく時間を賭けて、愛歌達も随分と桜をいじりまわした。
桜はとにかく艶美でありながら清楚、その二面を同時に有した少女だ。
どちらかと言えば清楚の強さはあるがそれでも、どこかミステリアスさを感じるのであった。
「さて……桜、じゃあ最後に…………これ、着て頂戴?」
「あ、う……あの」
そんな桜に、黒の制服やよく映える。
夜桜の下佇む少女、とでもなればそれはどうにもひとつの絵画である。
「まぁ、こういうのはなんとなくでいいのよ、なんとなくで。別に嫌なものじゃないでしょ? だから愛歌だって誘ってるんじゃない」
嫌なら嫌でもいい、けれども早々衣装を変える程度で嫌というわけではないだろう。
少なくとも、これまで愛歌と凛主導のファッションショーを受け入れていたのなら、いまさらためらう必要もない。
「えっと……別に、嫌、というわけではないんですよ? ただ、何と言えばいいのか……ごめんなさい、言語化できそうにないです」
愛歌に差し出された黒い今の制服を受け取って、それを桜は胸に抱きかかえる。
それはどこか優しげな手で、それに愛歌と凛は顔を合わせる。
――愛歌は、人の感情と言うものにそれなりに疎い。
だから、誰かが何を考えていようと、それを推し量ろうとはしない。
けれども、
これは――
「くはは」
楽しげに、それを見てセイバーが笑った。
釣られて愛歌達のえみもまた、漏れてしまう。
くすくすと、楽しげな笑いだ。
決して、嘲笑だとか、そういった負の成分が混じっているなんてことはない。
「あ、え? ……あの、何で皆さん笑ってるんですか? その、そんなに何かおかしなことを言ったでしょうか」
「……桜」
愛歌が、ニィ、と人間らしい、優しい笑みを向けてくる。
「貴方、本当に気がついていないの?」
「な、何のことでしょう。……その、解るように教えてくださると、とても助かるのですけど」
――わからない。
わからない、桜にはそれがわからない。
絶対に、どうやったって、桜はそれに辿りつけないのだ。
だって、
「……何って、貴方――笑ってるじゃない。嬉しそうに、渡された制服を抱えて」
だって、桜は、AIなのだ。
だから解るはずがない。
「嬉しいのでしょう? だから、笑ってる。楽しそうに……恥ずかしそうに」
それくらいなら、愛歌にだって解るのだ。
愛歌にも理解できてしまうくらい、今桜の感情はひとつの方向に向いている。
疑いようもなく、喜んでいる。
「そ、そんなことありえません! だって、だって私は……AI、ですし。だから、嬉しいなんて、そんな感情、……覚えるはず、ないですよね」
否定出来ないのだ。
AIだから、ありえない。
桜の根拠はただそれひとつ、しかし、考えてみれば考えて見るほど、思考を巡らせれば巡らせるほど、自分の中の高揚を、否定できなくなっていく。
否応なしに嬉しいと、認めざるをえなくなっていく。
だから、最後はどこか問いかけるようにして、
「――――そんなわけないじゃない」
と、遠坂凛にすら否定された。
愛歌と違って、生粋の、魔術師らしい魔術師にすら、それを否定されたのだ。
であればもう――桜に否と言う資格はなくて。
だから、桜はそれを認めるしかなくて。
どこか敗北を認めるように、桜はふと、うなだれるのであった。
◆
――カーテンの向こうに、凛と、セイバーと、そして沙条愛歌の三人がいる。
自分を、間桐桜のセーラー服姿を、今か今かと待っているのだ。
凛は楽しげに、愛歌は嬉しそうに、セイバーはなぜだかふしだらに。
おかしなものだ。
セイバーはともかく、凛も愛歌も容赦の無い、月の聖杯戦争に参加したマスターだ。
自分の意志で、殺し合いを許容した人間だ。
ハッキリ言って普通ではない。
少なくとも客観的に見れば、彼女達は異常者の類に見られるであろう。
桜本人はそうは思わないが、それでも計算してしまえば、そういう結論は十分ロジカルの中にあって。
だからこそ、だろうか。
桜にとって彼女たちのあの笑みは、どこか異質なようでいて――けれどもとてもあたたかみのあるものなのだ。
結局のところ、桜には凛も愛歌も等しく同じ人間に見えるのだ。
それはこうして月の裏にやってきても変わらない。
むしろレオのように月の裏側にやってきて人間性を増したものだっている。
だからこそ――だろうか。
それでも、それでもだ。
沙条愛歌のそれは、遠坂凛とくらべても異質に移る。
――流石に、人としての意思を感じないわけではない、彼女には何がしかの自我がやどっている。
それこそ神様のような――ただ人間を裁定するだけの機械ではない。
ムーンセルではないのだ。
とすれば、一体彼女は何なのだろう。
愛歌のそれは、まるで何かを模倣しているかのようだ。
桜に対して接することで、その何かを刺激しているかのような。
桜だけではないのだ、凛であっても、例えばそれは騎士王、アーサー・ペンドラゴンであっても。
とすれば――
(まるで何かを、学習、しているかのような?)
人の感情、だろうか。
否、それもまたなにか違うように思える。
そうして考えているうちに、なぜだか桜はセイバーの顔を思い浮かべた。
赤きセイバー、今は白のライダースーツに身を包んだ暴君の顔。
愛歌という少女から連想して、何故かそれだけが唯一異質に映り――けれども、結局ソレもわからない。
やがて、考えてもわからないのだ。
――桜は制服を着こむと、意識を切り替えて、愛歌達の待つ保健室という空間に舞い戻るのであった。
CCCのメインキャラ回、無印でいうところの凛ちゃんさん回