ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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20.昼下がりの騎士王様

 ――昼下がり、と呼ぶには時間の感覚を失った場所ではあるが。

 ともかく、昼の休憩中、偶然愛歌が居る状況で休憩になったわけだが、その休憩を愛歌は持て余してしまった。

 セイバーはなにやら売店で言峰綺礼と怪しい笑みを浮かべ合っているし、他のメンバーは各々に割り当てられた部屋で昼食をとっている。

 

 他の者達も、自分の場所で、思い思いの時間を過ごしていることだろう。

 ――その中で、愛歌だけが一人ぼんやりと生徒会室に居残っているのだ。

 

 昼食であれば既に食べた。

 準備が手間で、ハックして手に入れた売店のサンドイッチ(激激辛麻婆味)。

 とはいえ、ペロリと平らげてしまえる程度の量で――辛さも、愛歌からしてみればさほど身悶えするような類ではない。

 そうしていると、どうにも退屈を持て余してしまうのだ。

 

 既にラニのSG全てを入手して、後は決戦に臨むのみ。

 この休憩が終われば愛歌は逃れられない死地へ赴くことになる。

 表のころも、そうだったのだろうけれど。

 

 

「――ここにいたんだね」

 

 

 と、そこに。

 扉を開けて生徒会室に入ってくるものが一人。

 手には売店のお弁当、甲冑姿が、まったくもってアンバランスだ。

 

 騎士王――蒼銀のセイバーは、にこやかに笑みを浮かべると、愛歌の側に近づいた。

 

「何か御用かしら、騎士さま」

 

「……そちらは少しご機嫌が悪いのかい?」

 

「そういうわけではないわ、むしろ歓迎。暇が過ぎたんですもの」

 

 愛歌の退屈そうな仕草を感情の不和と受け取ったか、騎士王は申し訳なさそうにするものの、まったくもってそんなことはない。

 ましてやそれが騎士王ともなれば、愛歌の言葉に嘘はない。

 これがランルーくん辺りであれば今頃愛歌はどう反応したものか難しそうな顔をしていたはずだ。

 

「そういうことなら良かった。今日は君に用があってね、赤いセイバーにはここだと言われた」

 

「あら、そんなことあの子に伝えたかしら」

 

 ――何やら楽しげに話をしているのをみて、そのまま放置してここに戻ってきたのだ。

 少なくとも、向こうがこちらの動向を察知していたということはありえない。

 まぁ、いいかと嘆息、今はセイバーではなく自分と騎士王の話だ。

 

「それで、何かしら御用って」

 

「あぁ、昼食をご一緒に、と考えていたのだけれど……モウ済ませてしまったかい?」

 

「特段お腹は空いていないけれど、これから大事なのだし、もう少し何かを摘んでもいいかもしれないわ、それに――」

 

 ちらり、と騎士王が手にしている弁当箱を見やる。

 アレは確かサンドイッチの詰め合わせであったはずだ。

 勝手にハック《テイクアウト》した時に、そんな内容だったのを記憶している。

 

 ラインナップはごくごく普通の卵やハムなどが主だが、その一つに店主の趣味で激辛麻婆サンドが入っていたことを記憶している。

 激激辛の一つ下のランクだ。

 

「――そのお弁当、一つは完全な地雷なの、私は好きだけど、騎士さまみたいな普通の人が食べたらきっと今日一日動けなくなっちゃうわ」

 

 アレを好んで食べるのは、それこそ店主である綺礼か、ゲテモノ食いだって平気で試してみる美食家のセイバーか。

 もしくは自分くらいなものだ。

 この内、セイバーはダメージ自体は受けるようだし。

 

「おっと……店主が勧めてきたのはそういう理由だったのか……そうだね、悪いけど、一つサンドをもらってくれないかな?」

 

 お茶もつけるから、とにこやかにセイバーは笑って、お弁当箱を掲げてみせる。

 ふむ、と愛歌は腕組みをするが、答えは既に決まっている。

 このままここでぼんやりしているのも、時間を有効につかえているとはいえないし――

 

「――解ったわ、お一つ頂ける?」

 

 かくして騎士王は、愛歌と向かい合うように座って、昼食を取ることになるのであった。

 

 

 ◆

 

 

「――それにしても、本当に赤すぎるほどに赤いね、そのサンドイッチは」

 

「食べてみる? きっと天国が見れるわよ」

 

 それはおっかない、とセイバーは愛歌の冗談に苦笑する。

 そも、愛歌はこのサンドイッチを譲るつもりはない。

 それなりに美味いのだ、辛さにさえ目を瞑れば、むしろ絶品とすら言って良い。

 おそらく今旧校舎にある食品で、最も美味しいのがこのサンドなのだろう。

 

「――それで、一体本当に何の御用? お弁当を食べながら……単なる世間話?」

 

「まぁ、そんなもの、かな? 少し気になったから、質問さ」

 

 ――質問。

 はて、何か聞かれるようなことはあっただろうか。

 

「――二つ。正確にはどちらも同じ問いではあるけれどね」

 

 ほう、とサンドイッチを口に含みながら言葉を待つ。

 騎士王が愛歌へ向けて問うこと。

 ――騎士王と愛歌の会話の中で、何か引っかかるようなこと。

 

 少しだけ、理解が及んだ気がした。

 

「――前回の探索で、ラニ=Ⅷは君に親近感を抱いていることがわかった。親近感……というか、同類に対する安心感というか、まぁなんでもいいのだけれど」

 

 ――逆に、と騎士王はつなげる。

 

「“君の場合”はどうなんだい? 君は彼女に対して、一体どんな印象を抱いた?」

 

 ラニは、沙条愛歌に失望したと言った。

 自分の中の親近感を、裏切られた。

 とすれば愛歌の場合はどうだろう。

 

 少なくとも、“PHN”に関しては、かなり悪感情を抱いていたはずだが。

 

「――悪いものではない、かしら。そのラニ本人にしてもそうでしょう? 彼女は私のことが気になっている、失望はしても、それでも嫌いになった訳ではない」

 

 とりあえず、一度悪い感情を抱いたところで、その好悪が反転するわけではない。

 それは、愛歌にしろラニにしろ同様なのだ。

 

「うん、それを踏まえた上で聞きたい」

 

 ――確か、と少し言葉を選びながら、騎士王は踏み込んでいく。

 

「君にはお姉さんがいたそうだね。――沙条綾香、そうレオから聞いている」

 

「……それが?」

 

 ――そこで、愛歌の雰囲気が明白に変化した。

 決して敵意だとか何だとか言う、負の感情を覚えたわけではない。

 ただ、どうしてか眼にして、耳にするだけで不安を覚えてしまうかのような、そんな声と表情だった。

 

 強いて言うなら、警戒されている、というべきか。

 

「彼女と君は、ハッキリ言って似ても似つかないのだろう。少なくともレオの話を聞いている限り私はそう感じたし、君もそう言うのだろうね」

 

「否定はしないわ」

 

 ――しかし、本来、異質なのは愛歌の方だ。

 沙条という家は単なる魔術師の家系で、愛歌のようなバケモノは本来生まれるはずもない。

 けれども、生まれてしまった。

 ――姉妹、等と言われても――この場で持ち出されても、愛歌に答えようはない。

 本質的に、愛歌自身が綾香をどう思っているかは別として。

 

「――それでも、だ。喩えどれほど君と君のお姉さんの間に違いがあったとしても。それでも君たちは姉妹なんだよ。それは、“どうあっても”、ラニ=Ⅷと君の間柄に近く無ければならない」

 

 ――親近感、どころではない。

 文字通り愛歌と綾香は近親なのだ。

 

 それは、もはや愛歌であっても否定出来ない。

 そして愛歌自身、それだけは絶対にしたくない。

 

「だから、問いたい。君はお姉さんのことをどう感じて、どう認識しようとしていたのか」

 

「どうと言われてもね……そうね、あくまで客観的な視点になるけれど――」

 

 ――と、愛歌は前置きをする。

 それで構わない、もっと深く踏み込むようなことを、問いかけるような間柄でもないだろう、と騎士王は遠慮したのだ。

 勿論、彼女自身がどう思っていたか、それなりに想像はつく、という前提はあるにはあるが。

 

「傍目からみて、悪い関係ではなかったと、そう思うの」

 

 内部の、彼女たち自身の事情はどうあれ、綾香は愛歌を常に気にしていたし、それを愛歌はつまらなそうに受け取っていた。

 拒絶しあうような、冷えきった関係ではなかった。

 

 むしろその方がまだ“互いに意識が向いている”分、無関心よりは良いのかもしれないが。

 そも、愛歌と綾香の間には、綾香の一方通行ではなく、それを受け取る愛歌の意思もあった。

 言うなれば、つまらないが、義理だから付きあおうとか、そのつまらなさは、つまらなくはあるが悪くない、とか。

 

 愛歌はツンデレだ、などと綾香に言われたことがあるが、流石にそれは心外である。

 向こうが勝手に勘違いしているだけだ。

 

 ――ともあれ、悪くはなかった。

 

「会話がないわけではなく、それならまぁ、私と彼女の関係を表現するのに、“姉妹”というのは実にベストではない?」

 

「――ベターでも、グッドでもなく。ベストと来たか。いや、悪い意味ではなくね。……うん、確かにそれは、君とその人をつなげるには十分かもしれないね」

 

 例えばもしも、それがひとつずれていれば、愛歌と綾香の関係は随分違ったものになっただろう。

 綾香に愛歌へ干渉する意思がなかったら、それを愛歌が興味もなく意識を放り出していたら。

 

 勿論、それはどこか別の、IFの話では在るのだが。

 

「何でかしら……そう言われると、少しむず痒い気もするわ」

 

 そういって、愛歌は自分の手に持った赤いサンドイッチに目を落とす。

 騎士王の顔を見るのは何だか心の奥を覗かれるようで、むず痒い。

 

「ん……私はね、君に興味がある。……こういうことを君のような幼い少女に言うのは、何だか絵面が気になってしまうけれど……まぁ、君は特別な人だから」

 

 ――単なる普通の少女でもなく、ましてや騎士王にとって、愛歌は敬うべきマスターでもない。

 そして、敵と味方という本来の関係も、現在は無視してよいものだ。

 

「特別……」

 

「そう、特別。まぁ、誰にとっても、という意味ではあるけれど……だからこそ、私は君の特別に興味がある」

 

 そう語る騎士王の瞳を、愛歌は少しだけ不思議そうに眺めた。

 ――そんな愛歌を、騎士王はどこか慈しむようで、なんだかそれも、むず痒い。

 これを……恋だとか愛だとか呼ぶには、些か強引が過ぎるだろう。

 何だか、そんな気がする。

 

 誰もが夢見る王子さま、それを夢見る幼い少女。

 ――であればそこに、恋が生まれない今の自分は、どうなのだろう。

 

 “思い出すのは一つのこと。”

 “そこで気にかかった、二つの問いかけ。”

 

 一つは騎士王、彼は愛歌に対して、何かを思案するようだった。

 もう一つはセイバー、愛歌にとって――とは何か、と問いかけた。

 

 そのどちらの疑問も愛歌の中に答えはない。

 騎士王の方は当然だ、だって彼の感情の中にあるものだから。

 そも、問いすら愛歌は知らないのだから。

 

 とすれば――セイバーは?

 彼女の問いに、一体何の意味がある?

 

 

 ――否、今、自分は一体何を考えていた?

 

 

 あぁ、なるほどコレは記憶だ。

 失われた記憶のデータ、それが“感情”という形で保管されたために、一部残っていたのか。

 ともかく、“自分は愛歌である”ということと同様に、それは分類されていた。

 

 もっと原初的な問いなのだ。

 

 騎士王の思案も、セイバーの問いも、

 

 そして何より、ここでこうして騎士王に問われた“沙条綾香との関係”も。

 

「それは――」

 

 口に出して、考える。

 脈絡などどこにもあったものではない。

 話の腰を折って、けれどもそれは、そもそもこの話の本題で。

 

 騎士王はそれに興味があるといった。

 ある意味、それこそがその興味に対する答えでも在る。

 

 それを騎士王は即座に理解していた。

 理解できないはずもない。

 

 だから、それを待った。

 どこまでも純粋で、嘘などそも、考えたこともない少女の、真実の答えを。

 

 真心を伴った、答えを。

 

 

「…………特別」

 

 

 それを、愛歌は、

 

 ――綾香の/誰かの顔を思い浮かべて、そう答えた。

 

 少しだけ、それに騎士王は疑問を浮かべる。

 理解のためか――それに、愛歌は答えない。

 無論、必要がないことが解っているから。

 

 ――やがて騎士王はその不思議そうな顔を引っ込めて、優しげな、いつもの笑みを浮かべ直すのであった。




 何故か激辛好きになってる愛歌ちゃん。
 コレばっかりは自分でもどうしてこうなったのか解らん。

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