ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
月での第二戦は終了した。
ラニの撃破に成功したことで、月の迷宮、その最深部への道が開いた。
そこで待ち受けていたのは、当然BB――そして彼女のアルターエゴである。
アルターエゴ、複数のサーヴァントの集合体。
一体であればそのばで愛歌がBBを制圧することは可能だっただろう。
しかし、二体。
パッションリップと、メルトリリス。
二体のアルターエゴでは、片方をセイバーにぶつけても、もう片方は愛歌が相手をしなくてはならない。
騎士王は果たして間に合うだろうか――否である。
この場に駆けつけることは叶わず、そもそも、愛歌を警戒してか、即座にセイバーをBBは吹き飛ばしてしまった。
愛歌はそれでどうにかなるわけではないが、だからと言って一人でその場にいるのは無駄もいいところ。
BBを屠るには、目の前の戦力と同じだけの戦力を持ち出す必要がある。
もしかは、その戦力をBBと分断する必要がある。
とりあえずは、ソレがわかっただけでも十分だろう。
かくしてサクラ迷宮、衛士《センチネル》ラニは破られた。
しかし、新たな敵パッションリップとメルトリリスの出現。
――迷宮での戦いは、更に混迷を広げることが、明らかになりつつ在るのであった。
◆
迷宮から脱出し、ある程度の雑務を片付けて、愛歌とセイバーは一息をつく。
文字通り一息。
この世界で睡眠という概念は、あくまで精神の休養でしかない。
ならば一眠りと評するよりは一息、と簡略化してしまったほうがわかりやすい。
「それにしても――また随分と出口が遠のいたものね」
「最低でも後二人……計四戦となれば、我らがコレまで月の表で対峙してきたマスターの数と、然程変わらんな」
愛歌の嘆息に、セイバーがやれやれと同意する。
互いに二つのベッドに向かい合って、暗く明かりを落とした室内に、小さなランプの照明だけが光となる。
影に満ちたセイバーの顔。
自身に満ちたその顔は、今も揺らいでいる様子はない。
サーヴァントとしてはくせのある一流半といったところ。
超一流――騎士王だってやりようによっては喰えるだろうが、基礎スペックは低い方だ。
それでもこの一点に関して言えば、頼りになると言う他ない。
存外どうして、このサーヴァント、ビッグマウスというわけではないのであった。
「そういえば――」
と、ふと思い至る。
「表では四戦近く戦ったそうだけど、……実際の所、何度貴方と私は、敵のマスターを屠ったのかしら」
「屠ったとは、また物騒なものいいだな、マスター。いや、そなたが物騒なのは重々承知していうが」
ふむ、と困ったように瞳を揺らして、それからセイバーは問いに答える。
「――五回戦だな。確か全員固有のアバターを有していたはずだが……だれだったかまでは記憶があやふやなのだ」
「それはまた、随分濃いわね」
愛歌の言葉は最もだ。
身も蓋もない言い方だが、月見原生徒会の面々の同類なのだから、濃いのは当然といえば当然か。
「ふふん、そうは言うが、奏者も大概といえば大概だ。でもなくば、そも優勝候補などと称されたりはしないだろう?」
「優勝候補なのね、私って」
自分の力に自覚は当然ありはするが、そう言われるのは不思議な気分だ。
他人から称賛されたことはある、畏れられたことも在る。
それが“差も当然のように”語られることはなかった。
愛歌の力は誰から見ても明らかで、であるからこそ、そう呼ばれることは当然なのかもしれないが。
誰に憚ること無く、そう言ってのけることを、愛歌はしない。
そういうたちなのだ。
「……ふふ」
「む、どうした」
驚いたように、セイバーがこちらを覗いてくる。
そういえば、こうして声に出して楽しげに笑うのは、もしかしたら珍しいことなのかもしれない。
「いえ、そう考えると、私と貴方って、まったくもって似ていないわ」
それがおかしいのだと、クスクス笑う。
――そんな自分は何だか似合わないと自覚しながら、けれども笑みは止まらない。
呆けたセイバーの顔も何だか加えておかしいのである。
「……それは、まぁそうであろう。月はマスターと相性の良い物をサーヴァントに選ぶが、性格が似ていることは……まぁ、稀だろうな」
「同族嫌悪、なんてこともあるでしょうしね。そう考えると……これもまた、奇縁なのでしょうね。稀な縁――袖触れ合うも、かしら」
稀なようでいて、これはきっと必然なのだ。
自分がセイバーを召喚することは、それにセイバーが応じることは。
なんて、随分と気障ったらしいセリフだろうか。
「ま、そこまで行くと、余としても困ってしまうがな」
何せ今のセイバーの前世は、言い換えて生前と呼べるのだから。
「あら、面白いと思わない? 私、もしも生きていた頃の貴方にあったら、きっと今とは違う接し方をしていたと思うわ?」
そも、もしもセイバーと愛歌が主従という関係でなかったら。
なんて、そんなIFも考えることは出来るだろう。
「……まぁ、それもそうだろうな」
――何かを懐かしむように、セイバーはひとつ頷いて、そんなセイバーを尻目に、
「――――そうね、じゃあ今日はこのへんで、お休みさせてもらうわ」
今日はこのくらいにしようと、愛歌はあくびを漏らす。
そんな様子すら可笑しそうにセイバーは笑みを浮かべて、答える。
「あぁ、ゆっくり休むが良い」
――と。
そして、愛歌から寝息が立ち始めて――――
◆
――――――――――――――――押し倒したい、とセイバーは情動を覚えた。
何だ、このかわいい生物。
かつての愛歌とくらべてみよ、これはなんだ、ご褒美か。
頑張った自分へのご褒美か。
セイバーへ無防備に背を向けて、乱れた髪から耳元が、そしてうなじが覗いている。
幼い少女の色気であった。
思わずそう思ってにやけてしまう頬を抑え、セイバーは無言で身悶えする。
音も立てずくねらされる身体は、まるで蛇か何かのよう。
ハッキリ言って、気持ち悪い。
もしも愛歌に見られればドン引きである。
それにしても、だ。
記憶をなくした愛歌が、こうも自分になつくとは、ハッキリ言って完全な予想外である。
思っても見なかった幸運、思わず、その信頼に答えてしまった。
いつもどおりの自分ではなくなっていた。
きっと愛歌はいつか記憶を取り戻すだろう、果たしてその時、彼女はどんなことを思うだろうか。
それを楽しみに思ったら、この情動は、とにかく心に秘めなくてはならない。
あぁしかし、あぁしかしである。
目の前の少女はこんなにも愛おしい、こんなにも可愛らしい。
であるならば、いっその事その花を散らしてしまってもよいのではないか?
己は誰だ、皇帝ネロ・クラウディウスである。
今はこうしてセイバーとして愛可の側にある者だ。
しかし、良いではないか、己の何処を偽る必要がある。
この情動、抑えるよりも、胸に秘めるよりも、開け放ってしまったほうがよいのではないか?
いやしかし、こんなマスターは早々見ることはできないだろう。
記憶を取り戻してしまえば絶対に今のような反応はしてくれなくなる。
凛のそれと同じだ。
ツンデレというのは、デレに価値が会ってこそのツンデレだ。
それはそれで愛おしくて仕方がないが、こうして愛歌は単なるツンデレとわかったのだ、そのままにしてもよいのではないか?
もう少しだけ、時間が否応なくこの関係を変えてしまうその時までは。
(……急ぎすぎるのは、きっと得策ではないだろうな)
ふと、そんなことが思考をよぎる。
何をとっても、だ。
愛歌のこともそう、この月の裏側でのことだってそうだ。
月の裏側の事件は刻一刻を争う、しかしだからこそ、冷静さを欠いてはいけないだろう。
そして愛歌のことは――
(今、奏者は少しずつ前に進もうとしている。月の表にいた頃に比べれば、随分な変化だ。奏者の本質事態が、全く別のものに変わろうとしている)
それには、きっと幾つかの要因があるだろう。
特に顕著なのは騎士王に、間桐桜だ。
両者は、これまでの愛歌の側にはいなかった人間だ。
どちらも正確には人間ではないが、騎士王は単なるサーヴァント、桜にしても、まだ人間になっていないだけ。
そう、それは――
(――――奏者と同じことではないか)
まだ、人間とは呼べないだけ。
人間になるための幾つかの感情を学んでいる。
今は新芽が芽吹いたころだ。
萌えた花の芽が、その花を開花させる少し前。
ふと、そんな花を手折りたくなる。
というか、ぶっちゃけ今すぐ愛歌に抱きつきたい。
思い切り愛をこめて、愛をささやいて、愛を育みたい。
無論愛歌には幻滅されるだろうが、その信頼が折れることがないのは実証済み。
……行ってもいいのではないか?
何の問題もないのではないか?
少しもったいないがそれが何だ、構わないではないか。
己の何処に、自分を偽る理由がある――?
(……あぁまったく、雑念が入ってしまった。駄目だ駄目だ、奏者は純粋無垢な乙女だぞ、それを汚してどうする)
勿論、自分は自分の生き方に疑いを持ってはいない。
愛すると決めれば、己が全てを捧げて愛するとしようではないか。
そこに、疑いなんて無粋な感情は不要。
とはいえ――
結論は既に決まっているのだ。
愛歌は一人巣立とうとしている、自分はそれを見守る母の気分だ。
自分の子を、その手に抱いたことはない。
自分は女で――けれどもそれとは相反する立場にあったのだ。
子を成すための営みは、残念ながら機会というものに恵まれなかった。
だから、わからない。
人の子を愛するとは、誰かを親しいと思うのは、こんな感覚なのだろうか。
それを少しでも学びたい自分がいる。
月の裏にやってきて、愛歌が少しずつ成長しようとしている間に、何だか自分も大分変わってしまったようだ。
愛歌の行く末を見守りたい。
その中で、彼女が自分を頼るのであればそれもよい。
彼女の前途を阻むものが居るのなら、それをセイバーは全力で排除しよう。
それが自分の役目であるように思えて仕方がない。
こんな気持ち、まさか抱く時が来ようとは。
人というのは案外変わってみなければわからないものだ。
特にセイバーの場合、それは完全なる未知にあるものなのだから。
だから、ある意味セイバーは、愛歌に対してある種の共感を覚えているのだろう。
そのために、こうして彼女を慮るような思いを抱いたのだ。
だってそうだろう、愛歌は変化の途中にある。
セイバーですらその変化に、戸惑いを覚えているのだ。
それをはるかに超える膨大な波に、果たして愛歌はどんな思いを抱くだろう。
(ただひとつ言えることは、それが決して、悪いものではないということだ)
ふと、セイバーは愛歌のベッドに腰掛けた。
そうすることが自然なような気がして、不思議とそれに邪な感情は伴わなくて。
そっと――きれいな愛歌の髪を、一度手のひらで梳いてみた。
穏やかな寝息は、憂いも、迷いも見られない。
彼女の夢見る世界には、きっとまだそういったものは必要ない。
まだ夢を見ていていい時間なのだから、こうして眠りについていても、許されるのだから。
(ゆっくりと眠るがよい、奏者よ。きっとあしたはさらなる変化を奏者に与える。それをより良いものにするために、今は眠るのだ。まどろみの中で、幸福を形に変えるがよい)
明日を幸福へ導きたいと願うなら、過去への回顧は必要ない。
思い浮かべるべきは後悔ではないのだ。
ただ前を向くこと、後ろを振り向くときは、そこに意味を見出すこと。
何故こんなことをしたのか、ではない。
“だから”こんな風に選んだのだと、そう胸を張って言い切れるように。
これから愛歌が描くだろうあらゆる景色に思いを馳せて、セイバーはただ無言で、ただただ優しげな笑みで――
――――眠る愛歌を慈しむのであった。
というわけで次回から三人目、対パッションリップです。
そろそろ話しが真面目になりますよ、多分。