ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
24.人たるべし
ラニの階層を攻略し、月見原学園生徒会に新たなメンバーが加わった。
言うまでもなく、その名前はラニ=Ⅷ、アトラスの末裔。
ラニは物静かではあるものの、人が増えればそれだけで会話というものは増える。
特にラニは凛と相性が良いために、話題の半分はラニと凛によるものだ。
残る半分はレオが中心となったバカ話である。
「まぁ、そういうのはなんていうのかしらね、飽きないわ。嫌いでもないの」
そんなことを、言葉にしてセイバーへ伝える。
こんなことを話せるのはセイバーか桜くらいだ。
前者は信頼故に、後者は桜であれば秘密は守るだろうという考えから。
――いや、それはどちらも信頼であろか。
おそらく桜へのそれは、信用と形容するのが正しいのだろう。
「ふむ、何というか、奏者も随分と楽しげに笑うようになったものだな」
そうだろうか、と首を傾げる。
そも、今も格段“笑っている”と言うような表情ではない。
確かに普段の中でも穏やかな面持ちではあるだろうが。
「表の頃は随分と酷かったものだぞ、アレでは誰もが奏者を恐れるのもやむを得ないことよな」
「別に誰かに怯えられても、それは困ることではないと思うのだけど」
「普通、そういうのは困るものなのだ、まぁ奏者にはわからんだろうが」
――わからない、と言われても、それこそ困る。
まぁ、構図としては簡単な話だ。
怯え、嫌われるということは人を遠ざけ、孤独にさせる。
けれども愛歌は一人であろうと問題のない存在なのだから、孤独というものがわからない。
それだけの話し。
それに愛歌は首を傾げながらも歩を進めようとする。
――それを、
「…………む?」
まったくもって似つかわしくない低音ボイスの少年、アンデルセンが見つけた。
階段を挟んで向こう側、今愛歌達がいる生徒会室とは反対の教室の前。
何やら苛立たしげに壁に背をつけていたアンデルセンは、愛歌に気がついてそちらに向く。
愛歌も、それへ意識を向けて足を止めた。
「お前は……なるほど、このような所で何をしている魔王勇者、魔王ならもう少し年中無休で馬車馬のごとく働いたらどうだ? お前の居場所は日常の中にはないぞ、勇者よ」
随分とむちゃくちゃなことを愛歌に対して言ってのける。
困ったように嘆息するのはセイバーだ。
「……何と返事をしたらよいのだ?」
「はん、単なる俺の文章以下の戯言に何を反応している、それこそ恥ずかしくはないのか? こんな所で油を売っている暇は何処に在る」
それを鼻で笑い嘲って、けれどもさっさと役目を果たせと彼は言う。
なるほど、とセイバーは頷いた。
まったくもってわかりやすい、まるで凛を見ているかのようだ。
「…………何だ」
「いいえ、別になんでもないわ。邪魔をして悪かったわね、人を待っているのでしょう?」
それは愛歌にも理解できたのだろう。
そんなことを、愛歌はさぞ可笑しそうに言う。
「ええい、その眼をやめろ。お前のような者に施される謂れはない。俺はこの通りのひねくれた男だが、悪魔に魂を売った覚えはないぞ」
「そもそも悪魔なんてものがそうそういて貯まるものか、奏者とて、どれほどその性質は歪んでいても、決して悪魔的ではないぞ」
くつくつと笑うセイバーに、愛歌はどういう意味かと視線を向けた。
愛歌のそれは悪魔のそれではなく神のそれだ。
正確に言えば女神のそれ、ただし女神は女神でも
「むしろ、その娘が悪魔のはずが在るか、これほど無垢な
「だろうな」
「……おとめ?」
――なぜだか、普通の単語であるはずなのに変なものが付随しているように愛歌には聞こえた。
それが何であるかは、まったくもってわからないのだが。
「まぁ、別にお前らに付き合ってもらう必要もない、――――そろそろだからな」
と、アンデルセンは嘆息と共に教室へと視線を向ける。
それとほぼ同時、その教室の扉が開かれた。
「待たせたわね、アンデルセン」
――――女が、いた。
恐ろしく色変を放つ女であった。
思わず愛歌は、訳の分からない何かに顔をしかめ、鼻を摘んでしまう。
そうしていなければ、正面から彼女を眺めることはできなかった。
とはいえ、それも一瞬であり、すぐに霧散してしまったのだが。
「……殺生院キアラか」
セイバーが理解して首肯する。
まぁ、おおよそ想像のつくことだ。
アンデルセン――というよりも、キアラは生徒会の面々と交流が在るわけではない。
そんな彼女のサーヴァントが、まさかキアラ以外のものと友好関係にある、ということもないだろう。
そもそも、アンデルセンの場合、人に好かれるような人間ではないのだが。
「あら、愛歌さんに……セイバーさん。セイバーさんの方は直接会話をするのはコレが初めてでしょうか。お初お目にかかります、私が殺生院キアラです」
「それはどうも、ご丁寧にね」
「そしてこちらが……」
「ふん、アンデルセンだ、あぁ覚えなくていい。お前らの名前も聞く必要はない、さぁキアラ、さっさと戻るぞ、こんな場所に長居は不要だろう」
示されたアンデルセンはといえば、つまらなそうにそう零す。
嘆息はキアラから、アンデルセンにそれを向けた後、申し訳無さそうに愛歌を見る。
「ごめんなさいね、アンデルセンはこんな人間性ではありますが、まぁ無力なので見逃して上げてください」
「それは――見ずとも解るわ。まぁ、別にどちらでもいいといえば、そうなのだけれど」
かと言って、唾棄するほどかといえば、そうでもないのだと愛歌は言う。
目の前の存在はどうにも“意識に残る”存在だ。
キアラしかり、アンデルセンしかり。
それを、どうしてか愛歌はしこりになってしまう。
ならば短い時間でも、軽く言葉を交わすことは無意味ではないはずだ。
「――時に疑問なのだけど、貴方は何故聖杯戦争に参加したの?」
だから、真っ先に聞き出すべきはそれだと、何とはなしに愛歌は考えた。
どうしてもそれは知らなくてはならない、誰かが愛歌にそう言っている。
「少し、未練があったものですので」
「それは……過去を、やり直したいということか」
「いえ、過去手に入れられなかったものを手に入れたい、というのが正確でしょうか」
セイバーの返す問いにキアラはそう補足する。
かつて手に入れられなかったもの、そしてそれは聖杯でなければ手に入らない。
もしくは――と、考えるがそれを振り払う。
聖杯を利用する前提が目的でないとなれば、“どんな願いだって想像できてしまう”。
ここは、聖杯を利用したモノ、と限定しなければならないだろう。
――――そう、愛歌はあえて決め付ける。
それが不正解であることには、ついぞ気がつかない。
「それはそんなに……聖杯を欲するほどに欲しいものなの?」
ともあれ、加えて問う。
かつて、聖杯戦争と呼ばれる戦争は、日本の一都市にて開催されていたそうだ。
今と同じように、願いを叶える万能機をめぐる戦い。
万能機としての規模の違いはあるものの、何よりも違うのは――――
このムーンセルでは、敗北は即ち死であるということだ。
「えぇ、もちろん」
それに、キアラは一瞬すら迷うこと無く同意した。
「それはあまりに美しく、そして純粋で、故に“何もなかった”。このムーンセルと同じです。無垢なる器――――それはもう、“犯され”淀み、かつての純白を失ってしまったのです」
――それこそ、ムーンセルと同じだ。
今、ムーンセルはBBという淀みに“侵され”、支配されようとしている。
なんとなくそれに、愛歌は親近感を覚えるのだ。
「それはあまりに惜しいこと。であれば、月に願ってでも、正されなくてはならない。そうでしょう?」
その時、愛歌はふと直感的に理解した――――
――――この女と、その願いに親近感を覚える自分は、似ているのだと。
あぁそうだ。
美しいものならば、それをどうしても手に入れたいと思うなら、手に入れるしかない。
“どんな方法を使っても”。
まったくもってその通り、泣き寝入りなど真平ごめんだ。
だからこそ、愛歌もこの月の裏側にいる、それが何よりも自然で、当然のことではないか。
「ですから、あらゆる万難を排してでも、それは成就されなくてはならない、正しい道へたどり着かなくてはならないのです。――そこに、失敗、敗北などもってのほか、貴方もそう思うでしょう」
「えぇ、それには心の底から同意するわ。欲しい物を手に入れるなら、それにあらゆる努力をなさなくてはならない。中途半端なんて、まったくもって唾棄するべきものね」
――同意する。
仕方がないから、どうしようもないから――理由をつけて諦めるなど、人生において最も無駄な行為だ。
だからそんな無駄は、死んでもするつもりはない。
それでも、
「――――でも、あらゆる行動の結果が喩え無駄だったとしても、その過程に意味はあると思うわ?」
結局のところ、過程と結果はワンセットではないのだ。
結果の伴わない過程に意味などないか、――否である。
過程と結果はそれぞれ独立したもので、時には選ぶこと事態が、答えにもなる。
「………………」
――そんな愛歌の言葉を、キアラは無言で受け止めた。
なぜだか、ほう、と一つだけ息を吐いて。
それはどうにも、たったそれだけの行為だというのに、愛歌には理解の及ばない行動であった。
「そうですか……そのような考え方も、時としてはあるのでしょうね」
「今は、そうではないと?」
セイバーが問う、訝しむような顔で。
何かを思い出そうと必死に意識を回すような顔で、問う。
「――私の場合は、そうではないのです。ですので、否定はしませんわ、するつもりもございません」
意味のないことですから、とキアラは微笑む。
たしかにそう、意味などないといえば全くもってその通り。
この類の意見は基本的に、語る者が譲らぬ限りは平行線だ。
まるで、愛歌とキアラのように。
「ふん、有意義な会話になったか、キアラよ。このような場所でこいつを留めておくことに意味は無いだろう。開放してやれ」
そこで、アンデルセンが嘆息する。
こんなものでいいだろう、と筆を置くように。
両者の間に割って入り、会話を遮る。
――お互いの位置は見えた。
相手は階段の向こう側で佇んでいて、近づいてくる様子はない。
愛歌もまた、階段に用はあるが、キアラに近づくつもりもない。
――――平行線だ。
お互いに、どうにも“そり”が合わないようだ。
例えば破廉恥な行為をしたキアラに苦手意識を抱いている?
否だと、即座に愛歌は結論付ける。
アレはそういう類のものではない、だから今の両者には、きっと関係ない。
それでもどういうわけか、お互いに相性が悪い。
もしそれが同族嫌悪であるといえるのならば、それがきっと良いことなのだろうが。
結局は違うのだと、会話のなかで結論がついてしまった。
愛歌とキアラは確かに似ている。
けれども、決定的な部分で違ってしまっているのだ。
それはもはや、両者を同族と呼べないくらい。
「それじゃあ、私はこのへんで、迷宮に潜らなくてはね。次の相手はアルターエゴ――BBの欲身らしいわ」
なんて、そうキアラに別れ際告げて、愛歌はもう二度とキアラを一瞥することはなく、階段をセイバーと共に降りていくのだった。
◆
「――さて、我々も戻るぞ、キアラ。まったく、無駄に時間を喰ってしまった」
それもこれもお前が随分と時間をかけるから、とそうぼやき――そこで口を止める。
思わず、キアラの表情を見てしまったのだ。
この場にはNPCを除けば、キアラとアンデルセンしか存在しない。
NPCは“それ”を見ても何の反応も示さないだろう。
ただ、アンデルセンのみがそれを理解して、その意味にゲンナリとして、嘆息した。
キアラの顔は歪んでいた。
そう、それはあまりにも――――
ついに来ました魔性菩薩回。
エロトークはないですよ、もう一回くらいどこかで挟みたい気はしますが。