ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
一層目の探索が終わり、そうすれば旧校舎はメンテナンスに入っている。
人気のない空間をウロウロしていても仕方がない、愛歌とセイバーは自室に戻り休憩をとることとなる。
気が向くならともかく、今回は特にイベントも無く、次の日を迎えた。
かくして早速、生徒会にてミーティングを行いに向かうわけだが――――
――何故か、一人で口笛を空振るユリウスに出くわした。
スカしているというか、明らかに音になっていない。
失敗していたか、もしくは練習中か。
どちらにせよ、あまり人に見せたい類の行動ではないだろう。
特にユリウスの場合、イメージがそぐわない。
その顔で口笛が吹けないのか、似合わない――――なんて、そう思われてしまうのは本人にとっても耐え難いことだろう。
「…………」
――思い沈黙が、ユリウスを支配していた。
明らかに解る、入ってきてはいけないタイミングで入ってしまった。
他に生徒会メンバーの姿が見えない。
きっと予定の時間より少し早かったのだ。
まだ旧校舎はメンテンナンス中、そういえばNPCの気配も殆どなかった。
とはいえ、愛歌にあてがわれた部屋からこの生徒会室へはすぐに到着でき、愛歌は空間転移で間の距離を無視してしまう。
――人がいないことを、不思議に思う暇すらなかったのだ。
故に、不意を打つ形でユリウスと邂逅した。
ユリウスは沈黙し、明らかに何かを考えている様子だ。
愛歌もまたそれは同様。
どうしたものか、静寂故に動けなくなる。
もしも間に誰かが入れば、すぐに問題は解決するだろうが、その誰かになりうるセイバーもまた、ユリウスの失敗口笛を聞いてしまった人間だ。
どうしたって、声をかけられない。
しかし――――
そこを崩すのが愛歌だ。
ユリウスのあれこれを理解できない訳はない。
けれども、それを深刻に捉えられない。
ありていに言って、空気がよめない。
「……少し外すわね」
――直球だった。
直視できないと宣言してしまった。
こうなるくらいなら、まだフォローを入れられた方がマシというもの。
それはそれで屈辱だが、フォローできないくらいだと言われるよりはずっとマシだ。
「ま、マテマテマテ……沙条愛歌、一度止まれ……!」
とはいえ、一番良い選択肢は、一つしかないだろう。
即座にそれをユリウスは呼び止めて提案する。
つまり、
「――――いいか、ここから消える前に断言しろ。お前は何も見なかった。……いいな?」
「いえ、見たけど」
「――見なかったことにしろと言っているのだ! 察しろ!」
そういうことだ。
なるほど、と愛歌は頷く。
確かにそれが一番無難だろう。
背を向けて生徒会室から出ようとしていた所で、足を止めて振り返る。
焦った様子のユリウスではあるが、愛歌が納得したようで少しだけ安堵したようだった。
「お前もだセイバー。いいな?」
霊体化により姿を消しているセイバーも、また同様。
その場に出現し、即座に首肯してみせる。
「う、うむ。当然だ」
こんなこと、一体誰に語れというのか。
ただでさえ普段からユリウスを不憫に思っているというのに、そんな仕打ち、一体何処の誰ができようか。
――間違いなくレオと凛は吹聴するだろうと、そう確信は持てるのだが。
……嫌な信頼である。
とはいえ、聞いてしまったからには少し気になる。
セイバーは美の探求者、そうでなくとも、好奇心は旺盛な部類。
それを質問するのは当然といえば、当然か。
「……ちなみに、何を練習していたのだ?」
「それを聞くか貴様は……!」
「いや、なんというかアレだ、口笛として口ずさもうとするくらい好む音楽は何だ?」
取り繕うように、そう改めて問う。
口ずさめないながら、それでも思わず音にしたく鳴ってしまうような、そんな音楽。
ようするに、ユリウスの好みをセイバーは問いかけている。
「…………」
少しだけためらいながらも、それにユリウスは答える。
なんだかんだ、律儀な男なのだ。
「……ニュルンベルクのマイスタージンガーだが」
「ほう」
当然といえば当然だが、聞き覚えのない曲だ。
乞うように目をやると愛歌は嘆息と共に手元を操作する。
「別に構わないけど。それにしても口笛を吹くにはあわない曲ね」
どうやら嘆息はユリウスに向けてのものらしい。
愛歌はその曲を聞いたことが在るようだ。
「これは口笛で吹くものだ。……お前には、わからんだろうが」
「解らないわ」
肩をすくめて、タン、と手元の指先が踊りを終える。
やがて、生徒会室全体を包むように、厳かなオーケストラの音が聞こえてきた。
荘厳なれど激しい曲。
「……ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー。前奏曲ね」
「オーケストラか。うむ、完成形は知識の中でしかないが、音楽というのは良いものだ。心を洗ってくれる」
そも、芸術そのものが心の洗濯なのだ。
美しいと思うこと、美に見惚れることは決して俗なことではない。
――と何やらセイバーが語りだそうとして、そこに割って入る者が一人。
というよりも、その場に居合わせた者が一人。
「――おや、皆さんお揃いで。特にミスサジョウと兄さんの組み合わせは実に稀ですね」
レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
ユリウスの弟、この月見原生徒会の発起人にして進行役。
彼の言うとおり、ユリウスと愛歌という組み合わせは、ユリウスが愛歌に苦手意識を抱いていることもあってなかなか見ないものだ。
役割の違いも大きい、凛とラニならばともかく、他の面子がそうそう共に居ることはないのだ。
とはいえ、今はすぐに“それ”に気がつけることだろう。
なにせ今も前奏曲はかかり続けている。
「おや……ニュルンベルクのマイスタージンガーではないですか。兄さんの好きそうな曲ですね」
「レオも知っているのか」
「当然です。ボクの場合は教養という意味合いが強いですがね」
セイバーの問に、ユリウスは笑みながら頷いた。
そうしてゆっくりと音楽を楽しみながら、自身のポジションである生徒会長の椅子に向かう。
「そういえば、騎士さまはどうしたの?」
「彼は朝食がまだ終わっていないもので。まぁ、あと数分もすれば来ると思いますよ」
椅子に腰掛けながら、にこやかにレオは返す。
数分――とはいってもさほど時間はかからなかったとして、それは誤差。
程なくして、騎士王も生徒会室へ現れる。
ちょうど、ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲が終わりそうな頃合いに。
「さぁレディ――どうぞ」
「あ、えっと……ありがとうございます」
おそらくはちょうど入り口辺りで行き会ったのだろう。
彼が扉を開くと、桜が先に入ってきた。
珍しい組み合わせは、これで二組目か。
偶然というものも、ここまで来るとめぐり合わせを感じてくるころだろうか。
ともあれ、
「おはようございます。まっていましたよ、王。それに桜も」
「あ、おはようございます。レオさん、今日の調子は如何ですか?」
「ボクは仔細なし、今日も万事快調です」
それは良かったと笑顔の桜。
健気な姿は、流石保健委員と言ったところか。
「おはよう、愛歌、ユリウス。それにセイバーも」
騎士王はといえば、この場で挨拶をしていないのはこの三人だ。
入り口から入ってまっすぐの所に集まっていた愛歌たちに、にこやかな笑みでそう告げる。
あまりにもどうに入っているそれは、思わず見惚れてしまいそうなほど。
あぁ、と軽く言葉で返すセイバーに、無言で会釈をするに留めるユリウス。
例外として返す愛歌の笑みは、どこか乙女を思わせる可愛らしいものだ。
「おはよう騎士さま。今日も張り切ってまいりましょう?」
「そうだね。……ところで」
と、騎士王は周囲に視線を向ける。
どこからか聞こえてくる楽器の音色は、宛ら高級ステーキのよう。
とにかく力強く圧倒されるそれに、思わず関心した様子だ。
けれども、もう演奏は終わろうとしている。
コレは何だろう、というのを、騎士王はレオの方を向き視線で問う。
「これは……何の音楽だったかな。確か、表の頃に休養をとっている最中、レオと聞いた覚えがあるのだけれど」
「マイスタージンガーですよ、ほらワーグナーの」
あぁなるほど、とその答えに騎士王は納得する。
「そういえば、騎士さまはどんな音楽が好みなのかしら、少し気になるわ。――後、レオも」
「ボクはついでですか。いえ、まぁ特に好み、というものはありません。教養としてのオーケストラから、割りと最近のポップス何かも聞きますよ」
まぁ、可もなく不可もなくというべきか。
そう苦笑してレオは肩をすくめる。
とはいえ、むしろその方が意外というか、もう少し何か特色のようなものがあるように思えたのだが。
しかし、言われてみれば古典的な音楽の名作から、俗な最近の歌まで、前者は知識は広く、後者は浅く広くというのは、レオらしいといえばレオらしくも思える。
王道、というべきか。
当たり障りない、というと少し言葉が弱いように思えるが、そういったふうだ。
「じゃあ、騎士さまは?」
「私は、そうだね……音楽を語れるほど知識があるというわけではないのだけれど、ここ数年の曲、というのはかつてにはない新鮮味がある。それを言ったら、ロックにだってジャズにだってあるのだけれど」
なんでも、とある女性歌手――本職ではなく、あくまで別の職業が本職らしいが――の歌声はとても澄んでいて癒やされる。
妙に“しっくりくる”のだとか。
「まぁ、なんとなく気になっている、という程度なのだけどね」
そう言って、何やら騎士王は照れくさそうだ。
珍しい態度といえば、そのとおりだろう。
ただなんとなく、この態度こそが、騎士王の素ではないかと思うわけだが。
(奏者ではないが――というか、年頃の乙女というわけではないが、なんというべきか、可愛らしいといえば可愛らしいのだな)
美の探求者ことセイバーは、心の中ではあるが、そんなことを吐露する。
騎士王はどちらかと言えばわんこ系、忠犬騎士王であった。
「そういえば、それで行けばミスサジョウ。貴方の好む音楽というものが少し気になりますね」
「あまり好んで音楽を聞く生活はしていないのだけど……」
それでも、と催促するようなレオの言葉に、愛歌はふうむと腕組みをする。
記憶の中を掘り起こしても、音楽と呼べるものはあまりない。
沙条綾香の口ずさんでいた歌も、もう思い出せないし、歌の中身もよくわからない。
強いて言うなら、それくらい。
――オーケストラ、ポップス、ロック――――ジャズ。
あぁそうだ、“それくらい”ではない。
一応、あった。
「……ジャズ、ね。綾香が好んでいたの、私もよく聞かされたわ」
綾香が、というか――家族ぐるみで。
父も、そして亡き母も、ジャズという音楽はそれなりに嗜んでいたらしい。
「おや、それは初めて聞きましたね。……なるほど、その頃にまで思い出は遡るわけですか」
「それはそうだろう。奏者の人生はなかなか複雑だからな」
「何だか訳知り顔で言われても、貴方がどれくらい私の人生を知っているかわからないのだけど」
困ったように、愛歌はセイバーのドヤ顔にそう突っ込む。
とはいえ、セイバーはドヤ顔で更に加えて上機嫌だ。
ここ数日でも、類を見ないほどに。
それは当然、かつての愛歌だったらここでセイバーがドヤ顔でこんなことをいうと、かなり辛辣な言葉が帰ってきているところだったからだ。
これでもかなり、愛歌の言葉としては優しい方だ。
まぁ、悪いのはセイバーなのだが。
「そういえば――――愛歌、君は普段、休みの時はどんなことをしているんだい?」
何か、
――――ふと、気になったようで騎士王が問う。
休日の過ごし方、突拍子のない質問ではあるが彼の中では一体どのような連想が行われたのか。
「どんなこと、と言われても。紅茶を楽しんだり、本を読んだり?」
あぁ、なるほど、と騎士王は頷く。
「そうか……ありがとう」
よくわからない、と首を傾げながら、愛歌は視線を入り口に向ける。
人の気配――というよりも、人が入室してくる気配。
二つ、間違いなく凛とラニだろう。
ランルーくんは来ていないが、別に彼女がいなくとも生徒会は運行に滞りはない。
これでようやく、通常通りの生徒会が始まることとなる。
――そんなことを誰もが考えていたからだろうか、騎士王がぽつりと呟いた一言に、気がつくモノはいなかった。
否、一人だけ。
愛歌だけはそれを耳にしていたが、彼女にはその意味を“理解することができなかった”のだ。
かくして、騎士王のつぶやきは闇の中に溶けて消えることとなる。
――――やはり、と何かを確かめるかのような、そんなつぶやきは。
ニュルンベルクのマイスタージンガー+口笛。
まぁいいじゃん。