ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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07.二人だけの夜

「――――フランシス・ドレイク」

 

 夜のマイルーム。

 照らす明かりは月と二つのベッドの間に置かれたアンティークのランプだけ。

 ベッドにネグリジェ姿でセイバーと、そして愛歌が腰掛けている。

 青い月明かりが、両者の肢体を浮かび上がらせる。

 

 セイバーは一瞬の間を持ってそう告げた。

 愛歌の顔が、途端に胡散臭いものを見るものに変わる。

 

「何を言っているのセイバー。普段の妄言は見逃してあげるけれど、こんな時に変なことを言い出すのは、頂けないわ」

 

「余の言葉に妄言はない! 愛歌、そなたは美しい。その美しさは天に並び立つほどだ。故に! 余はそなたをスリスリしたいぞ!」

 

「よらないでくれる!? ちょっと、顔を擦り付けないで! あ、いい香りの髪……ではなくて、近い、顔が近いわ、セイバー」

 

 そしてそのセイバーは、どう考えても少女がしては行けない顔をしている。

 こんな顔の男を、見たことは在る。

 だが、麗しい少女がするのは、明らかに異次元のそれだ――!

 

 普通以上に身の毛がよだつ。

 

「ふふふ、奏者は顔を近づけると赤面するのだ。余の美しさに見惚れるのは良いが、恋する乙女になってはいかんぞ! 余は我慢ならぬ!」

 

「何がかしら――!?」

 

 ――脱線が過ぎた。

 このセイバー、一度暴走すると手を付けられなくなる。

 これで戦闘においては優秀なのだから文句の一つも言いにくい。

 

「……まぁ、簡単な話だ。確かにフランシス・ドレイクは男として史実に記録されておる。しかしその実際が、“女”であったとすれば? ここまで出揃った情報が、全て一つにまとまるではないか」

 

「ありえないわ。女であれば、女として名を残す、グレイス・オマリーが良い証拠」

 

「――違う、歴史の構造は、それほど簡単ではない。東方の島国には男装の剣士が実在したというではないか」

 

 ――確か、幕末の時代にて、新選組で活躍した女剣士であったか。

 実際に存在する女性の武士。

 もしも、“女性でありながら”史実において“男性として扱われる”立場にいた人間ならば。

 

「故に、余が手詰から資料を持ってきたのだ、読むが良い」

 

 ふんす、とセイバーは胸を張った。

 先の慎二とレオの会話、そこから出てきたキーワードを下に、“当てがある”といったセイバーは、一人図書館にて調べ物をしたようだ。

 そして出てきたのが――

 

「――これはあくまで創作の類ではあるが、“エリザベス女王が傷を負い、表に出られなくなった際、代わりに彼が表に出た”……?」

 

「――そうだ。けれどもこれが事実だとすれば……? 考えられる可能性は、彼が美少女と見紛えるほどの美男子であったか――」

 

 ――もしくは、女性であった場合。

 

「こんな眉唾を信じろっていうの? それじゃあ、史実において“女装をした”なんて逸話があれば、“実は本当に女だったのかも”なんてことも、あるかもしれないと?」

 

 ――これは史実ではないが、例えば“日本武尊”など。

 敵を討つために女装し潜入し、そして殺した。

 そういった逸話のある存在。

 

「――そうだ」

 

 セイバーは、それを確信を持って同意した。

 愛歌の瞳は、怒りか、はたまた殺意に近い狂気をともなった感情かで揺れている。

 

 魔術師どころか、それはサーヴァントにすら重圧だろう。

 善良によってムーンセルに“英霊”として記録されたような者であれば、それに耐えるのはあまりに酷だ。

 

 ――しかし、そこに居るのはセイバーだ。

 愛歌ですらたじろぐほどの強い我は、真正面からぶつけられた破滅的なまでの“気配”に、一切気圧されることはない。

 

「――つくづく、貴方はわたしを不愉快にさせるサーヴァントね」

 

「いじけた奏者もかわいいぞ、安心するが良い」

 

「……ッッ! ……それでも、貴方はとても有能なサーヴァント」

 

 認めるほかない。

 “もしもフランシス・ドレイクが女であれば”という仮定が成り立てば、全ての事情が解決の二文字を指し示す。

 

 愛歌は、嘆息とともに、ベッドに倒れこむ。

 

 

「――そういう有能さは、キラいではないわ」

 

 

 心底不満そうにではあるが、愛歌も認めざるをえない。

 ――ここに辿り着いたのはセイバーの発想あってのこと。

 

 それを褒め称えるのは、何よりも主人がするべきことだ。

 

「……ふむ」

 

 それにセイバーは、暴走するでも、いつもの自信に満ちてものでもなく――

 

 ――何かを感心したような声を、漏らすのだった。

 

 

 ◆

 

 

「……まぁ、それで間違いないんじゃない? いやいや、確かに納得だよ。そんなの“沙条ですら思いつかない”んじゃないか?」

 

「そいつは光栄だねェ」

 

 ――ここは、沙条愛歌のマイルームではない。

 

 間桐慎二とその従者、ライダーの寝室であった。

 電脳に満ちた近未来を思わせる装飾。

 機能的であると同時に、如何にも“現代風”と思わせる、間桐慎二のセンスを伺わせる内装であった。

 

 総評すると、センスは良い、がいささか地味。

 一流ではあるが、超一流に突き抜けられない彼らしいものであった。

 

「――“ネロ・クラウディウス”、暴君ネロが、まさか女性だったとはね」

 

「アタシだからこそ、だろう? ま、向こうも史実では男と思われた女だ。こっちの真名も十中八九バレてるだろうね」

 

 ライダーの言は全くの事実、ライダーの真名は、既に愛歌へ把握されている。

 ――慎二達の陣営にとって意外であったのは、愛歌がセイバーの真名を把握していないこと、か。

 偶然、ではない、意図してのことだ。

 セイバーが語るのを待っているのである。

 ――レオが騎士王の真名を隠そうとしないのがひとつの自信であるとするならば。

 愛歌のそれも、またひとつの自負であるだろう。

 

 さすがに、自陣営が敗北するその瞬間に、宝具を切らないことはないだろう、という考えもあった。

 なお、宝具の効果の説明は受けている。

 

 話を戻そう、ライダーと慎二のことだ。

 慎二は展開していたモニターを閉じる。

 ――情報マトリクスを全て埋め、出来上がったデータは頭に入った。

 決戦まで時間はない。

 後は、その時を待つだけだ。

 

「そういえばよォシンジ。アタシャずっと聞きたかったことがあんだけど」

 

「なんだよ急に、今日が最後かもしれないからとか言うなよ、縁起でもない」

 

「違うよ、そうとしか聞こえないけどね。――まぁ、何」

 

 ライダーは改まったように言う。

 それがあまりに――ライダーに似合わないほど――真面目な様子であったからか、慎二は姿勢を正す。

 そこに――――

 

 

「お前、あのサジョウマナカって嬢ちゃんが好きなんだろ」

 

 

 ――特大級の爆弾が投下された。

 

「……な」

 

 ここ数日の間で、ライダーは間桐慎二の在り方をよくよく理解できた。

 小悪党で、実に子供らしい。

 実年齢は八歳児なのだから、それを鑑みれば可愛いものだ。

 不幸があるとすれば、真実慎二が天才であったという事実だが――それは今、ライダーが触れることではない。

 

 彼はとにかく毒舌家だ。

 自分自身の天才性を鼻にかけた素の言動と、相手を小馬鹿にするための意図的な言動。

 それが、“沙条愛歌に対してはほとんど向けられていない”。

 加えて、決定的なのがレオに対して突っかかったこと。

 レオ自身の指摘は、慎二が遮り口に出されることはなかったが、あれで解らないのは、沙条愛歌本人程度のものだろう。

 

「お、おま、おまおまおまおま、オマエェェェェェエエエ!」

 

 慎二の絶叫がマイルームに響く。

 カラカラと、ライダーは実に楽しげに笑みを浮かべる。

 

「おいおい、それじゃあ外に声が聞こえちまう。夜に騒ぐのは関心しないねぇ」

 

「いやおまえ海賊だろ! っていうか、何指摘してんだよ! 何言ってんだよぉ!」

 

「図星だろぉ? 初心だよねェ、あんな可愛い子に恋しちゃってさ。いや意外だけど、アンタ好きな子に意地悪ってタイプじゃなかったんだね」

 

 ――いわゆる、子ども特有のアレ。

 バカにされている、それは慎二であっても理解が及んだ。

 

「ライダァー! 令呪を持って、いや令呪を使わずに命ずる、その口を今すぐ閉じろよ!」

 

「嫌だね」

 

 ベェ、と。

 口を大きく手で開いてみせる。

 子どもをからかうように、それこそ見せつけるように。

 

「ぁぁあアぁあぁぁぁぁぁああァァぁぁああアああああああ、もう! 何なんだよ!」

 

「はっはっは、初いねぇ初いねぇ。恋せよ少年、青春は短いのさね」

 

 などと、じゃれあいにも近い喧嘩――慎二からしてみれば本気だが――に程々満足したライダー。

 慎二はライダーが口をつぐんだのを見て取ると――

 

「……いやまぁ、その。好きだよ、好きで悪いかよ、バカライダー」

 

 ――バツの悪そうな表情で、視線を逸らしながらも、肯定した。

 

「おいおいバカって言う方が……いや、もうからかうのはよしたげようか」

 

 ライダーは思わず口を滑らせて、しかし、すぐにそれを取りやめる。

 慎二の顔には、怒りとともに、少しの涙が浮かんでいたのだ。

 世の中何事も、やり過ぎというのは良くない。

 こと慎二に関しては、これで中々繊細なのだ――と、ライダーは勝手に思う。

 

 やがて慎二は落ち着いて、ゆっくりと言葉を続け始める。

 

「なんていうか、さ。あいつはとにかく“すごい”んだよ。文字通り“バケモノ”みたいな、そんな奴」

 

「それなら、別にあの赤い嬢ちゃんでも良かっただろう? ――なんであの娘なんだい? やっぱ、あの娘のほうが年が近いからか」

 

「……そうかもしれないな。そもそも遠坂ってさ、確かに優秀だけど、“僕と同じ”じゃないじゃん。なんていうか、そういうのがちょっと、ね」

 

 ――なるほど、とライダーは納得する。

 慎二はそれを言葉にはできなかった。

 だが、少し考えてみればそれはすぐに解る。

 

 慎二は遠坂凛を“大人”として見ているのだ。

 子どもにとって、大人とは住んでいる所の違う、完全に自分とは違う種族の人間だ。

 彼の年齢を鑑みれば、彼は特にそれが強いのだろう。

 その点、沙条愛歌は慎二にとって、年齢はほとんど同じ。

 愛歌のほうが多少年上ではあるが、むしろその方が、慎二にとっては魅力的に映るだろう。

 

 慎二は年上の、“母性”を感じさせる女性を好む傾向がある。

 年齢故に、愛歌はそれにあまり近くはないが、好みの女性と、実際に好きな女性が剥離するのはよくあることだ。

 

「――元々有名な霊子ハッカーだった沙条に、僕はある時勝負を挑んだ。単純なゲームみたいなもの、チェスに近い思考ゲームだったんだ」

 

 ワンマッチの勝負を、一度だけ挑んだ。

 結果は、モノの数分で愛歌の勝利。

 慎二は一切手も足も出ず、コテンパンに敗北した。

 

「もう、スカッとするほど負けたね。あんな負けは僕の人生の中でもう二度と味わえないんじゃないかってくらい」

 

「悔しくはなかったのかい? アンタ相当な負けず嫌いだろ」

 

「悔しく無いわけないだろ。でも、あんなの絶対勝てるわけない、ってその時は思ったし、今でも勝てるとは思えないんだよ。――それにさ、僕が負けた時、沙条、すっげー怖い笑い方しててさ」

 

 ――それに慎二は、どうしようもなく心惹かれた。

 怖いと解っていながら、アレを理解してはならないという理性の訴えを振り払うくらい、慎二はそれに“やられて”しまった。

 人生最大の敗北に加えて、向けられた勝ち誇ったような笑み。

 たかだか八年しか人生を経験していない少年が、恋をしてしまうのはきっと、必然だった。

 

 

「――まぁ、一目惚れってやつ? ああいう衝撃的な感覚は、きっとそうやって呼ぶんだぜ?」

 

 

 実に満足したように、慎二はライダーに語って聞かせた。

 あぁ、これはまったく――どうしようもないほど、やられている。

 手遅れなくらい、ライダーからしてみれば、やれやれと苦笑する他はない。

 

 ――これが、

 

 何のことはない、日常の中での一幕ならば。

 

「……なぁマスターよ」

 

 けれども、ライダーは指摘する。

 指摘しなくてはならない、それがマスターに対し、自分がしなければならない、もっとも大事なことだと思うから。

 

 短い付き合いの中ではあるが、わかってしまった“マスター”に対すること。

 それ故に、見逃せなくなってしまったこと。

 

 ライダーは海賊、人から物を“奪う”存在だ。

 故に、多くの物をライダーは奪ってきた。

 そこには記憶、あまりある思い出がこびりついていた。

 それら一つ一つは、ライダーにとってどうでもよいものだ。

 

「なんだよ、急に」

 

 ――話に水を差された。

 慎二は顔に、解りやすい不満を浮かべる。

 

 だが、もしもそれが、敬愛する誰かのものであれば、話は別だ。

 もしもそれが、信頼を預け無くてはならない誰かのものであるならば、話は別だ。

 

「……気がついてるんだろ?」

 

 それが“あらゆるものを良しとする”ライダーの、最もたる人間味。

 一度良しとしたものは、決して何があろうと、否定しない。

 この場合、間桐慎二という存在そのものが――良しとした事柄であった。

 

「この聖杯戦争で、“敗北した者は死ぬ”」

 

 聖杯戦争という存在は、多くのものを呼び寄せた。

 その全ての者につきつけられた情報。

 ――それでもなお、多くのものを呼び寄せた、“呼び寄せられた者”に対する障害。

 

 それが、敗者への“死”という結末。

 

 

「――それは、単なる戯言なんかじゃない。本当に事実だ、ってことをさ」

 

 

 ――慎二は、それを。

 ――それを、

 

「……それが、どうしたっていうのさ」

 

 憮然とした顔で、問い返す。

 ――動揺はなかった。

 この数日、慎二は実に大きく成長している。

 相手があまりに強大であるから――これが、道端の雑魚ではそうも行かないだろう。

 

 故にこその、反応だった。

 

「戦場の気配を、アンタは知った。それもお遊びでもなんでもない、ホンモノの戦場をね。――アンタはもう立派な戦士なのさ。だからこそ、そこに漂う死を、理解できないはずはない」

 

 それをライダーは、絶対の確信とともに言い切った。

 慎二の顔が淡いサイバーテックの光に揺れる。

 夜の帳、たった二人の秘密の会話は、従者と主人が交わす、殺伐としたものへと変わっていた。

 

 一拍の沈黙。

 慎二は、言葉を選んでいるようだ。

 

 だがそれでも、数秒は、かからなかった。

 

 

「――そうさ、そんなのとっくの昔に、わかってる」

 

 

「じゃあ、アンタは――」

 

 ライダーは、問おうとした。

 けれども、慎二がそれを制した。

 

「……わかってる、わかってるんだよ、そんなことくらい」

 

 ライダーからは慎二の顔は覗けない。

 

 

 ――決戦までは、もう殆どの猶予は存在していなかった。




 というわけで、慎二頑張る。
 Extraの男性陣のなかで慎二が一番好きだったりします。

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