ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
サクラ迷宮、パッションリップの迷宮第二層。
通しの階層としては、八階層目。
既に両の手のひらでは厳しくなってくる量だ。
これでさらにもう一人分の迷宮が用意されているというのだから、気が滅入ってしまうのもしかたがないといえばしかたがない。
とはいえ、迷宮に突入して直後、愛歌が気にしたのはそんなことではない。
看破したのだ。
この場に仕掛けられたある者のの秘密を。
「何を隠れているのかしら。出てくるというのなら、出てきなさい? 別に隠れていることに意味は無いのだから、無駄よね。こういう無駄は、私嫌いよ」
――なんて、声をかける。
視線はどこへ向いているというわけでもなく。
瞳は鋭く細められ、どこか、今の彼女は旋律を奏でるかのようだ。
ともあれ、それが誰かを刺激したのは事実であり――
同時に、セイバーは周囲へ意識を向ける。
愛歌の言葉の意味はおおよそ把握しているのであった。
「――――おいおい、随分簡単に見抜いてくれるじゃねぇか。ま、わかってたことだけどよ」
声、若く、そしてどことなく青臭さの残る青年の声。
少しだけ無気力とは違う軽薄さ、いうなればニヒルさをにじませたそれは、優男と彼を表現するのにふさわしい。
本人はハンサムだなどと自称するが、言ってしまえば二枚目半。
――――かつて彼の姿を見たことがある。
セイバーならば、もっと詳しく知っているだろう。
現れたのは森の狩人――――緑衣のアーチャーであった。
「ほう、このような所で出会うか、森のネズミ。ゴミ漁りが今の仕事か? どうやらこちらがわでは無いようだが」
「お生憎様、というべきか、ご愁傷様というべきか。まどちらにせよご明察」
セイバーの辛辣にも思える言葉を、アーチャーはやれやれと肩をすくめて同意する。
どこか調子が軽いのは彼の常だが今はそれがより一層強いようである。
「今はどういう因果か、世界の敵のようなことをやらされている。雇い主もあのBBに変わっちまった」
なってしまったものは仕方がないと、そうアーチャーは諦めてみせる。
とはいえ、現在彼に敵意はないが、こちらになびくこともないだろう。
無遠慮なチンピラ気質であるというのに、根は真面目な小市民という彼の性格らしいスタンスと言える。
「そういうわけで、今のところ敵対はするが直接相対するつもりはねぇ。だから今の俺の役割を説明させてもらうと、あの馬鹿ムスメのお守りってところだ」
――バカ娘、リップのことだろうか。
言い過ぎではまったくもってないだろうが、随分ストレートなものいいだ。
いろいろと鬱憤が溜まっているのだろう。
「ついでに、いろいろとデータを隠させてもらってる。お前さんには何の意味もないだろうがね。二重の意味で」
「あらそうかしら。隠すことに意味は無いけれど、探すことに意味はあると思うわ」
「ん……そうかい? いやまぁいいけどさ」
――何か、腑に落ちないという様子でアーチャーは頬を掻く。
それが何であるか、と問われても彼としては困るのだが。
ともかく、と嘆息混じりに彼はセイバー達に背を向ける。
やるべきことはやった、と。
仕事をこなしたのだから、怠けた所で文句は言われまい、と。
まぁとはいえ、“ここ”にあてがわれた時点で、彼が心労を溜めることになるのは、確定事項ではあるのだけれど。
「んじゃまぁ、俺はこの辺ですたこらさっさとトンズラさせてもらうさ。生憎と、暇を持て余してるわけでもないんでね」
と、軽く手を降って隙だらけの背を晒す。
そのまま誰かが彼に語りかける暇もなく――衣に身を包んだ青年は、やがて透明へと同化していった。
「……では、征くぞ奏者よ」
気配が完全に消えて失くなったことを確認して――正確にいえば、もうアーチャーが側にいないことを愛歌に確認して。
ふぅ、と一つセイバーは息をつく。
油断のならない相手だ、あのアーチャーは。
セイバー個人にとって、絶対に譲れない立場の人間でもある。
彼が反逆者であり、自分が暴君であるかぎり、どれだけ互いを認めることはできても、理解し合うことは不可能なのだ。
「――――いえ、マダよ」
けれども愛歌はそれを静止する。
むしろ、“これこそが本題である”とでも言うように。
「“もう一人”。出てきなさい――――パッションリップ」
そこにいるのだと、確認する必要すらない。
視線の先に誰かが居るということはない。
そも愛歌が見ているのは彼女が“歩いていける”先にある通路ではない。
「――――え?」
セイバーが目を見開く。
ここに入ってきた当初、愛歌がアーチャーに呼びかける。
『――バカな、気配がありません。この階層にアルターエゴの反応は』
ラニの叫びに近い金切り声。
悲鳴のようにも聞こえるそれの直後。
――爪が通路をガリガリと削る音。
おおよそそれは、ラニの、どころか生徒会室の阿鼻叫喚を代弁するかのようで。
「――来るぞ」
ここまで来れば、その音も気配も、わからないはずはない。
今、愛歌とセイバーの目の前に、いる。
「なん、で。…………何で、気がついた、んですか?」
自身の身体を軽く包めるほどの巨大な腕。
可愛らしい顔立ちと背丈には不釣り合いすぎる胸。
「――――パッション、リップ」
BBの欲身、アルターエゴが、そこにいた。
「あら、おはよう。今日も貴方はおかわりないようね」
「答えて、ください。何で、見つけられたんですか。何で、私に、気がついたんです、か?」
どこかあざとらしさすら感じるパッションリップの請いに、愛歌はただ微笑んで見せる。
見つからないはずの存在。
少なくとも、リップが“身体を隠すことが出来る”としらなければ。
「私にわからないことがあるとでも? 舐められたものね。当然よこのくらい」
それは、ある意味愛歌の言い方が悪かったのだろう。
意図はあったのだ。
隠密の看破は愛歌のスキルだ。
手札と言い換えてもいい、ここで手札を着る必要はないだろう、と。
だから敢えてけむにまくような言い方をしたのだ。
けれども、“そんなことはリップはヒトコトも聞いていない”。
重要なのは、自分を見つけられたという事実なのだ。
その一点において、完全に愛歌とリップの間には隔たりがあった。
勘違いが会ったのである。
そして、リップは求めていた答えに対して、ある意味“ピッタリ”すぎる言葉。
であるならば彼女はこう考える。
自分はこんなにも愛歌に理解されている、と。
かくして、愛歌は自覚せず、パッションリップの“妄執”の対象となる条件を、満たしてしまった。
「あ、あの、あのあの」
「なぁに? お話がしたいの? いいわよ」
パッションリップは、憧憬を抱く少女に対し、意を決して声をかけようとする。
実に恋する乙女らしい姿である。
だが、愛歌は即座にそれを理解した。
否、愛歌自身に理解したという自覚はない。
ただ戦闘をするつもりはない、とそう告げただけで。
むしろそこにリップの意思など関係なく、ただ“そういう方向性に持って行こう”と話を仕向けたに過ぎない。
だから、愛歌は何一つとしてリップの異常性に気がついてはいないのだ。
気がつく理由も、どこにもありはしないのだ。
「はい! 喜んで!」
とはいえ、リップはそれを満面の笑みで同意した。
こちらの言いたかったことを的確に言い当ててくれた、その喜びで。
けれども愛歌の勘違いは加速する。
(なるほど、この子――単純でどんくさいのね)
などと、そんな認識を覚えたのだ。
しかもそれが、完全な勘違いであるはずなのにしっかりと的を得ているというのだから、異常という他にない。
「じゃあ、貴方にとって好きなこと、って何?」
「え? えっと……お昼寝、でしょうか。ぐっすりと、楽しいことを思い浮かべながら、眠っていると、とっても気持ちいいんです」
ちなみに、睡眠ではなくお昼寝である。
要するにサボりであった。
愛歌はそれに気がつかないが。
「あら、それはいいことね。じゃあ逆に、嫌いなことは」
「えっと……いじめられること、です。皆さん、私にいつも酷いことして……酷いんです、私、何も悪いことしてないのに」
なるほど、と愛歌は少し考える。
確かあのありすという少女もそうだった。
彼女は純粋で、幼子故の残酷さはあったとしても、あそこまで辛辣で誰かを傷つけるような少女ではなかった。
――気がする。
もしかしたら、これこそが彼女の特性なのかもしれない。
SG――であろうか、嫌っている、恥じているのなら、もしかしたらそうなのかもしれない。
そんなことを考えつつ、次の話題に移ろうかという時――それを静止するように、だからとリップは続けた。
マダ話は終わっていなかったのだ。
「だから――」
そこで、一気にパッションリップは声のトーンを落とす。
「全部、ぐちゃぐちゃにしちゃうことにしました。私のことが嫌いな人なんて、いりません」
あまりに冷徹にも聞こえる声で。
あまりにも率直な言い方で。
パッションリップは、己の罪を自白する。
その瞳は、自身の爪に注がれていた。
“潰した”、おそらくは言葉通りに。
『な――――』
通信越しに、凛の絶句が響く。
慌ててセイバーが、これまで様子を見ていた彼女の口が開かれる。
「待て、それはどういう意味だパッションリップ――それではまるで」
だが、
「それで……えっと、愛歌、さん。次はどんなことをお話しましょう」
――パッションリップは、もはやセイバーのことなど、視界に入ってすらいなかった。
絶句する。
異常だ。
この少女は明らかに異常だ。
それをセイバーはようやく実感するのだ。
危険な相手であることは理解している。
ただそれが、不気味である、という無知からする危険視ではなく、明白な障害に対する危機感に変わるのである。
そんな中で、愛歌は何かを思案していた。
何か、小骨のように引っかかった違和感を何とか引きずり出そうとしている。
「――ねぇ」
愛歌は、そのまま思案げに少女を見て、改めて問う。
「それは、なぜ?」
「え?」
パッションリップは首を傾げた。
どころか、生徒会の面々も、その言葉の意味を考える。
理解できたのは、おそらく凛とセイバーのみ。
凛も、正確に理解できたわけではないだろう。
「なぜ……? そんなの、いらないって、思ったから、です」
「ふぅん、そう」
――残酷に満ちた少女の言葉を、愛歌はただ頷くだけだ。
そこに意味などない、納得しただけ、理解しただけ。
それ以上、愛歌は何も語らない。
「……奏者よ」
「なぁに?」
「いや、何でもない……が、そろそろどうだ、アヤツのSG、見抜けたのではないのか?」
「それは、最初から解っているけど……」
SG事態は簡単だ。
パッションリップの声をしっかりと聞いていれば、間違えるということもないだろう。
とはいえ、それとこれとは話は別だ。
まず何より愛歌の言葉でそれを正しく認識できなければ。
「そうね……まぁ、考えるまでもない。この子は誰かにいじめられることが嫌いだといった。嫌いでなくとも、少なくとも“嫌なこと”であるとは思っている」
――その原因が自分にあるのなら。
恥じらいとともに秘される秘密なのならば、疑うまでもない。
それは間違いなくパッションリップのSGだ。
「――――被虐体質。貴方の二つ目のSG、回収させてもらうわね」
「あ――」
それに、不思議そうに愛歌を見ていたリップの身体が、淡い光を帯びる。
SGの発露、萌芽とでも呼ぶべきそれが、愛歌の前に姿を見せる。
――かくして、パッションリップの迷宮二層目は、かなりあっけなく終りを迎えるのだった。
そして、パッションリップは愛歌といくつか言葉をかわして去っていった。
少しだけ惜しそうではあったが。
記憶を探すべきではない、と愛歌に忠告を残して。
「それにしても、とんでもない相手に好かれたものだ」
「そうね、随分好感触だったわ」
セイバーの嘆息に、愛歌は本質を理解しないままそう答える。
むぅ、とジト目を向けるセイバー。
あれを“好感触”で済ましてしまうのか。
まぁ、仕方なくはあるが。
何せ愛歌は誰かに“愛される”ということがないのだ。
親愛だとか、姉妹愛だとかそういう話ではなく。
いわゆる恋愛的な意味で。
「アレはなかなかの難物だぞ。……いやそも、なんとも思わんのか、奏者よ」
「別に? あの娘、私好きよ。どんくさい所が似てるのよね」
――誰に?
生徒会室の面々は思った、が、突っ込む者はいないのであった。
前回も含めて、緑茶、ありすの顔見せも兼ねてます。
一応今後出番があるので、ここで出しておかないと。
そして唐突に始まる勘違い系、タグに勘違いとか載せてもいいのでしょうか!