ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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30.おろかなるほど無垢であれども

「――――ようこそ、愛歌さん。また会いに来てくれるって、思ってました」

 

 パッションリップの心の深層。

 手を伸ばすには遠くなりすぎたそこへ、愛歌は身体全てをダイブさせる。

 ゆっくりと、少女は真正面の彼女を眺める。

 

 その表情は何処か切なげで、けれども決して正気を失ったわけではない。

 ――――パッションリップ。

 異なる二つの花の名を合わせた、彼女が自身につけた自分だけの名前。

 

「リップ」

 

 その略称とも言える呼び方で、愛歌はそっと声をかける。

 リップは愛歌に背を向けたまま顔だけを振り向かせ、はかなげに一度笑ってみせた。

 

 ゆっくりと振り返る。

 両者の間はおおよそ十メートル。

 一息でたどり着くには、少しだけ厳しい距離。

 常人には、という冠詞はつくが。

 

「でも、何だか不思議な気分、です。こうしなくちゃいけない、って、解ってるのに、したくない。寂しいから、ですか? 哀しいから、ですか?」

 

 そっと、一歩前に踏みだそうとして、けれどもすぐに取りやめる。

 そんな資格は自分には無いとでもいいたげに。

 

「色んな物を与えてくれて、とっても、とっても感謝、してます。だから、どうしてこんなことを、してるんだろうって、思う自分も、どこかにいます」

 

「それは決して嘘ではないと思うわ。正しい、正しくないはさておくとして、ね」

 

「そうです。……でも、やらなくちゃいけないんですよね。私は、代わりたいって、思いました。もう、変わっちゃったんだ、って気がします。だとすれば、それを理解できなければ、きっと私は――――」

 

 つぶやく声は儚げで、伏せる顔は寂しげで。

 それでも、その手のひらはぎゅっと力強く握りしめられている。

 金切り声を上げる鉄の爪、それは彼女の心の代弁なんかでは決してない。

 

 

「――――きっと私は、自分を好きにも、なれないと思いますから」

 

 

 パッションリップ。

 彼女の抱えるSGはその全てが本人の体質によるものだ。

 きっと、彼女は誰よりも自分のことが嫌いだろう。

 だけれども、彼女が何よりも嫌いだったのは、自分がどうしても変われないというこの一点だ。

 

 自分は誰からも好かれない、それを変えたいのに、変えられない。

 故に、一種の諦めも少女にはあったことだろう。

 それを救ってくれたのが、沙条愛歌という少女なのだ。

 とすればこれは、その恩を仇で返すことになるだろうか――

 

 否、きっと愛歌はそれすらも受け入れてくれる。

 これは単なる期待だが、それでももう間違わない、沙条愛歌は“そういう人”だ。

 

「――――行きます。私は、変わりたい。今のままじゃ、貴方は絶対愛してくれない。だから、変わらなくちゃ。私は――もっと、もっと先に進みたい……!」

 

 その言葉を聞いて、愛歌はそっとセイバーに合図をする。

 両者が頷きあった。

 パッションリップもそれを見届けた。

 

 直後、セイバーとリップは互いに接近を始める。

 月の裏側、三度目の死闘がこうして、開始されたのであった。

 

 

 ◆

 

 

「――――重い、重いです。愛歌さん」

 

 歩み寄るパッションリップの足は実に鈍い。

 それが全速なのではない、その全速を出すまでもなく、セイバーが接近を始めているのだ。

 

「何もかも、恋も、愛も、そして愛歌さんが来れたこの想いも何もかも――! だったら、全部、全部貴方が受け止めてくれますよね」

 

 ――あなた達が。

 今目の前にせまるセイバーに、そしてその奥の愛歌に。

 どちらもリップと直接激突しうる猛者なのだ。

 そして、それは同時に、リップの想いを受け止めてくれる、確かな存在であることの証明でもある。

 

「受け取ってください。この重みは、全部貴方のためのものなんです」

 

 リップの両の腕が構えられる。

 接近しながら、セイバーは構えた。

 剣で身を守るように、しかしそれでは甘いのだ。

 

 甘く、蕩けるような乙女のさえずり。

 酷く甘美なその死でもって――

 

 

「――――死がふたりを分かつまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)

 

 

 彼女の純粋の証明。

 ただ一人にのみ向けられる清純の剣が、射出される。

 

「……避けなさいセイバー――まともに喰らっていられないわ」

 

 即座に愛歌が対応する。

 空間転移にて、セイバーと愛歌が入れ替わるのだ。

 遅いかかる二つの爪、というよりもそれはもはやロケットだ。

 膨大な破壊のうち片割れが、直線を描いて愛歌にせまる。

 しかし、遠距離攻撃で愛歌を仕留めようということそのものが無謀なのだ。

 再び行われた転移、愛歌の姿はその場から掻き消える。

 

 無論、狙いはまだもう一人いる。

 後方に下がったセイバー、しかしこちらも難敵なのだ。

 初見であればともかく、圧倒的な豪速――――セイバーの敏捷など軽く上回っている――でせまるそれを、脅威でないとは認識できない。

 であれば、回避は容易であった。

 何せただ飛んでくるだけなのだから。

 

 問題があるとすれば、それが二つも存在しているということなのだが。

 

「……ぐぅ、これは!」

 

 何とか、二度目の接近も回避する。

 背後からせまる砲弾を、身を捩って避けきったのだ。

 しかし無茶な態勢にすれすれの回避、真横を風の衝撃が駆け抜けていった。

 思わずたたらを踏んで、そこに三の撃がせまるのである。

 

 一つであれば集中を要して回避できる。

 だが、二つでははっきりいって論外だ。

 片方に意識を傾けているうちに、あっというまにもう一つに喰い殺される。

 音速の猟犬は、こちらを絶対に逃さないだろう。

 

 仕方がないと諦めて、剣を真正面に構える。

 既に爪は迫っていた――もう、躱せない。

 

 しかし、それでもセイバーは、即座に動き出す準備を整えていた。

 

「――――残念、一人ならともかく、こちらには二人、それを躱せる人間がいるのよ」

 

 セイバーに入れ替わり、現れるのは沙条愛歌。

 完全にセイバーが予想していた通りであった。

 セイバーが逃れられないのなら、逃れられる人間が変わればいい。

 沙条愛歌など、その典型ではないか。

 

「それでも――構いません。私は、あなただけを見ていれば、それでいい、それでいいん、です」

 

 ――――声。

 愛歌の側に、既にリップが迫っている。

 

「――奏者(マスター)!」

 

 思わずセイバーは叫んでいた。

 その声は耳に届いている。

 それを聞いている愛歌へ向けて、両の腕が同時にせまる。

 

 なぜだかそれは、必殺を求めるものではなく、回避を求めるもののようで――

 

「甘いわね」

 

 だとしても――愛歌はそれに乗った。

 リップの後方に回る――距離をとって。

 接近しても意味は無い、既にリップは振り返り、両の腕を元の位置に納めている。

 あれでは愛歌が毒を当てようとして、失敗に終わるという無駄な動作が混ざるだけ。

 

 故に、距離をとって愛歌は身動きを取らせない選択をとった。

 即ち炎――――手のひらの災禍である。

 

 愛歌の周囲から溢れだした火柱は、蛇のようにうねりリップを狙う。

 無数の触手、絡みつくためのそれは――しかし。

 

「甘いのは、愛歌さんの方、です」

 

 掴んで欲しい、と言わんばかりに差し出された手のひらの中に、収められる。

 

 視界の先、炎を操る愛歌ごと――パッションリップは、それを“捉えた”。

 

「――――っ!」

 

 圧倒的な悪寒。

 これまでも、死の危険なら幾らでもあった。

 けれどもそれは全て愛歌の想定の範疇にあったもの。

 しかし、これは。

 

 ――間違いなく、愛歌の未知における危機である。

 

 

 直後、はぜた、一瞬にして――炎と、愛歌が刹那より前、在った場所が。

 

 

 な――と、セイバーが絶句する。

 何が起きたと、考える暇も無い――当然だ。

 愛歌が退避したことで、リップはセイバーへ意識を映している。

 来る――直感がそれを即座に告げて、セイバーは構えた。

 

 遠く、セイバーへリップが、全速力で迫ってくる。

 

 リップの敏捷ステータスはC、サーヴァントとしてはまごうこと無く“平均”である。

 即ち、その速度はこれまで月の裏側で二度死闘を演じたランサーほどのものではない。

 そも機動性という面において、飛行と翼に拠る姿勢制御が可能なランサーに敵うものはいないだろう。

 

 だが、これはそれとは全く別種の速度だ。

 ランサーのそれが、銃弾が音速でせまるものだとするならばこれは――

 

 戦闘機が、高速で迫ってくるようなもの。

 

 その圧倒的な威圧が、何よりも両者の違いとなる。

 

「――っぐ!」

 

 躱せない、とっさにそう思ってしまった。

 完全に向こうの術中にハマっている、わかっていながら動けなかった。

 

 上段から“撃ち放たれた”一発は即座にセイバーヘ襲いかかる。

 触れた瞬間、防御というものが馬鹿らしくセイバーには感じられた。

 これはそも“触れていい”類のものではない。

 一瞬でも、受けていい代物では決して無い。

 

 セイバーは直後に宙を舞っていた。

 押し飛ばされたのではない、自分自身がそうしたのだ。

 何とか衝撃を逃すための、苦肉の策として。

 

「まだ、まだです」

 

 二歩。

 追いすがるリップは、続く二撃目を即座に構えていた。

 腕はひとつではない――こちらが対応しない限り、常に連打の状態が整えられている。

 

 まずい、とかんがえるよりも前に身体は動いてくれた。

 空中で態勢を整えると、リップが振りかぶるよりも早く着地する。

 身体が動きさえすれば必ずこちらが先制できる。

 直線から放たれる拳をセイバーは何とかすり抜ける。

 

「なら、ばぁ!」

 

 振りかぶる一撃。

 懐から襲いかかるそれを回避するのは、なかなかどうして難しい。

 故に、元よりリップの思考に回避の考えはない。

 それは防御という考えを持たないセイバーとは対照的だ。

 

 だが、

 

 ――――必要ない、というリップと、してはならないというセイバーでは、あまりにも隔絶された差であった。

 

 セイバーの顔が歪む。

 一撃を叩き込んだにもかかわらず、リップにはそれが何一つ届いてはいなかった。

 防がれたのだ、リップの爪で。

 そうでなくともリップは高い耐久を誇る、これでスピードも無くはないというのだから強烈だ。

 

「ダメか――!」

 

 言葉とともに大きく距離を取る。

 リップはそれを追いかけなかった。

 追いつけないのは目に見えている――必要ならば、別の手段で攻撃するだけ。

 

 セイバーが着地し、その横に愛歌が出現する。

 

「――奏者よ、あれは……」

 

 こちらを油断なく見据えてくる瞳。

 パッションリップは動かない、こちらの出方を待っているのだ。

 

「……トラッシュ&クラッシュ。Id_es(イデス)といったかしら。包んだものをそのままゴミに変える力。データそのものに干渉してくるから、防壁も妨害も全て無駄でしょうね」

 

「厄介というレベルではないぞ……!」

 

 しかも、宝具ではないために使用制限が無いときている。

 今この瞬間にも、彼女の両手を常に注視し、一撃を避ける必要があるのだ。

 

「幸い、こちらは彼女とは相性が良い部類に入るわ。発動にさえ気をつけていれば回避は簡単。ただし――」

 

 速度に転移、パッションリップの破壊を回避するには十分な手札が、幸運なことに愛歌達には与えられている。

 しかし、それでもだ。

 

 ――――パッションリップの脅威は、その程度では何一つ揺らがないのである。

 

 愛歌はそれを言葉で告げることはなかった。

 確かにリップは強敵だ。

 それでも、これしきのことで自身の勝利を疑うほど、愛歌は弱者に寄っていない。

 

 敗北を、感じる理由はないのである。

 

「そういうことなら……やるしかないか」

 

「きばりなさい――行くわよ」

 

 言葉とともに、死の平行棒を駆け抜ける戦闘が、再開される。

 

 

 ◆

 

 

 月見原旧校舎、その一角にて、ジナコ=カリギリがかたつむりに勤しんでいた。

 常に変わらぬ用務員室、ゴミに塗れた室内は、現在彼女とカルナ以外の姿はない。

 静かな空間だ、今はゲームの音も響かず、どうにも雰囲気がジメジメしているようにすら思える。

 

 カルナは無言のママで、霊体化している。

 一人でただこうしているというのは、ジナコにとってどうしようもなく焦燥感に駆られるものだが、とはいえなれたものでもある。

 少なくともわざわざカルナに声をかけようとは思わない。

 そうすれば即、嫌味の連発でげんなりさせられることは確実だ。

 

 このまま腐っていても仕方がない、とりあえず積んでいたゲームでも消化しようかとパソコンの操作に意識を移そうとしてーー

 

 その時だった。

 

 

 軽く叩かれる乾いた音、ノックの音だとすぐに気がついた。

 

 

「……誰っすか? ランルーくんさんッスか? 今日も飽きないッスねぇ」

 

 この場に訪れる客人といえば、まず最初に浮かぶのがあの狂ったピエロだ。

 とはいえ、彼女は必ず入るときにノックをするし、入ってきても害はない。

 彼女がいる間はカルナも小言をはさもうとはしないので、むしろ得しているとすら言えるだろう。

 

 だからなんだかんだ言っても、ジナコは彼女を歓迎しているのだがーー

 

「……まて、様子が違うぞ」

 

 少しばかりの警戒をにじませて、カルナがその場に現れる。

 どういうことかとそれを睨みつけるように見上げてーー

 

「二つだ。気配が二つある――それに、この連中はランルー女史ではない」

 

「……え?」

 

 どういうことだ?

 一体こんな場所に何の用がある?

 ここは旧校舎のハズレの用務員室、生徒会のメンバーはジナコに見向きもしないだろうし、ジナコもそれを歓迎するつもりはない。

 それにしたって、二人――一体誰が?

 

 その思考に答えが行き着くよりも早く、用務員室の扉が開かれる。

 一瞬、なにゆえ了解も無しに戸を開けるのかと憤慨を覚えるがしかし、

 

 それは即座に、驚愕へとすり替えられることとなる。

 

「――――な、あんた……っ!」

 

 

 その言葉の直後、ジナコは意識を失う事になるのであった。


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