ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
「――――ようこそ、愛歌さん。また会いに来てくれるって、思ってました」
パッションリップの心の深層。
手を伸ばすには遠くなりすぎたそこへ、愛歌は身体全てをダイブさせる。
ゆっくりと、少女は真正面の彼女を眺める。
その表情は何処か切なげで、けれども決して正気を失ったわけではない。
――――パッションリップ。
異なる二つの花の名を合わせた、彼女が自身につけた自分だけの名前。
「リップ」
その略称とも言える呼び方で、愛歌はそっと声をかける。
リップは愛歌に背を向けたまま顔だけを振り向かせ、はかなげに一度笑ってみせた。
ゆっくりと振り返る。
両者の間はおおよそ十メートル。
一息でたどり着くには、少しだけ厳しい距離。
常人には、という冠詞はつくが。
「でも、何だか不思議な気分、です。こうしなくちゃいけない、って、解ってるのに、したくない。寂しいから、ですか? 哀しいから、ですか?」
そっと、一歩前に踏みだそうとして、けれどもすぐに取りやめる。
そんな資格は自分には無いとでもいいたげに。
「色んな物を与えてくれて、とっても、とっても感謝、してます。だから、どうしてこんなことを、してるんだろうって、思う自分も、どこかにいます」
「それは決して嘘ではないと思うわ。正しい、正しくないはさておくとして、ね」
「そうです。……でも、やらなくちゃいけないんですよね。私は、代わりたいって、思いました。もう、変わっちゃったんだ、って気がします。だとすれば、それを理解できなければ、きっと私は――――」
つぶやく声は儚げで、伏せる顔は寂しげで。
それでも、その手のひらはぎゅっと力強く握りしめられている。
金切り声を上げる鉄の爪、それは彼女の心の代弁なんかでは決してない。
「――――きっと私は、自分を好きにも、なれないと思いますから」
パッションリップ。
彼女の抱えるSGはその全てが本人の体質によるものだ。
きっと、彼女は誰よりも自分のことが嫌いだろう。
だけれども、彼女が何よりも嫌いだったのは、自分がどうしても変われないというこの一点だ。
自分は誰からも好かれない、それを変えたいのに、変えられない。
故に、一種の諦めも少女にはあったことだろう。
それを救ってくれたのが、沙条愛歌という少女なのだ。
とすればこれは、その恩を仇で返すことになるだろうか――
否、きっと愛歌はそれすらも受け入れてくれる。
これは単なる期待だが、それでももう間違わない、沙条愛歌は“そういう人”だ。
「――――行きます。私は、変わりたい。今のままじゃ、貴方は絶対愛してくれない。だから、変わらなくちゃ。私は――もっと、もっと先に進みたい……!」
その言葉を聞いて、愛歌はそっとセイバーに合図をする。
両者が頷きあった。
パッションリップもそれを見届けた。
直後、セイバーとリップは互いに接近を始める。
月の裏側、三度目の死闘がこうして、開始されたのであった。
◆
「――――重い、重いです。愛歌さん」
歩み寄るパッションリップの足は実に鈍い。
それが全速なのではない、その全速を出すまでもなく、セイバーが接近を始めているのだ。
「何もかも、恋も、愛も、そして愛歌さんが来れたこの想いも何もかも――! だったら、全部、全部貴方が受け止めてくれますよね」
――あなた達が。
今目の前にせまるセイバーに、そしてその奥の愛歌に。
どちらもリップと直接激突しうる猛者なのだ。
そして、それは同時に、リップの想いを受け止めてくれる、確かな存在であることの証明でもある。
「受け取ってください。この重みは、全部貴方のためのものなんです」
リップの両の腕が構えられる。
接近しながら、セイバーは構えた。
剣で身を守るように、しかしそれでは甘いのだ。
甘く、蕩けるような乙女のさえずり。
酷く甘美なその死でもって――
「――――
彼女の純粋の証明。
ただ一人にのみ向けられる清純の剣が、射出される。
「……避けなさいセイバー――まともに喰らっていられないわ」
即座に愛歌が対応する。
空間転移にて、セイバーと愛歌が入れ替わるのだ。
遅いかかる二つの爪、というよりもそれはもはやロケットだ。
膨大な破壊のうち片割れが、直線を描いて愛歌にせまる。
しかし、遠距離攻撃で愛歌を仕留めようということそのものが無謀なのだ。
再び行われた転移、愛歌の姿はその場から掻き消える。
無論、狙いはまだもう一人いる。
後方に下がったセイバー、しかしこちらも難敵なのだ。
初見であればともかく、圧倒的な豪速――――セイバーの敏捷など軽く上回っている――でせまるそれを、脅威でないとは認識できない。
であれば、回避は容易であった。
何せただ飛んでくるだけなのだから。
問題があるとすれば、それが二つも存在しているということなのだが。
「……ぐぅ、これは!」
何とか、二度目の接近も回避する。
背後からせまる砲弾を、身を捩って避けきったのだ。
しかし無茶な態勢にすれすれの回避、真横を風の衝撃が駆け抜けていった。
思わずたたらを踏んで、そこに三の撃がせまるのである。
一つであれば集中を要して回避できる。
だが、二つでははっきりいって論外だ。
片方に意識を傾けているうちに、あっというまにもう一つに喰い殺される。
音速の猟犬は、こちらを絶対に逃さないだろう。
仕方がないと諦めて、剣を真正面に構える。
既に爪は迫っていた――もう、躱せない。
しかし、それでもセイバーは、即座に動き出す準備を整えていた。
「――――残念、一人ならともかく、こちらには二人、それを躱せる人間がいるのよ」
セイバーに入れ替わり、現れるのは沙条愛歌。
完全にセイバーが予想していた通りであった。
セイバーが逃れられないのなら、逃れられる人間が変わればいい。
沙条愛歌など、その典型ではないか。
「それでも――構いません。私は、あなただけを見ていれば、それでいい、それでいいん、です」
――――声。
愛歌の側に、既にリップが迫っている。
「――
思わずセイバーは叫んでいた。
その声は耳に届いている。
それを聞いている愛歌へ向けて、両の腕が同時にせまる。
なぜだかそれは、必殺を求めるものではなく、回避を求めるもののようで――
「甘いわね」
だとしても――愛歌はそれに乗った。
リップの後方に回る――距離をとって。
接近しても意味は無い、既にリップは振り返り、両の腕を元の位置に納めている。
あれでは愛歌が毒を当てようとして、失敗に終わるという無駄な動作が混ざるだけ。
故に、距離をとって愛歌は身動きを取らせない選択をとった。
即ち炎――――手のひらの災禍である。
愛歌の周囲から溢れだした火柱は、蛇のようにうねりリップを狙う。
無数の触手、絡みつくためのそれは――しかし。
「甘いのは、愛歌さんの方、です」
掴んで欲しい、と言わんばかりに差し出された手のひらの中に、収められる。
視界の先、炎を操る愛歌ごと――パッションリップは、それを“捉えた”。
「――――っ!」
圧倒的な悪寒。
これまでも、死の危険なら幾らでもあった。
けれどもそれは全て愛歌の想定の範疇にあったもの。
しかし、これは。
――間違いなく、愛歌の未知における危機である。
直後、はぜた、一瞬にして――炎と、愛歌が刹那より前、在った場所が。
な――と、セイバーが絶句する。
何が起きたと、考える暇も無い――当然だ。
愛歌が退避したことで、リップはセイバーへ意識を映している。
来る――直感がそれを即座に告げて、セイバーは構えた。
遠く、セイバーへリップが、全速力で迫ってくる。
リップの敏捷ステータスはC、サーヴァントとしてはまごうこと無く“平均”である。
即ち、その速度はこれまで月の裏側で二度死闘を演じたランサーほどのものではない。
そも機動性という面において、飛行と翼に拠る姿勢制御が可能なランサーに敵うものはいないだろう。
だが、これはそれとは全く別種の速度だ。
ランサーのそれが、銃弾が音速でせまるものだとするならばこれは――
戦闘機が、高速で迫ってくるようなもの。
その圧倒的な威圧が、何よりも両者の違いとなる。
「――っぐ!」
躱せない、とっさにそう思ってしまった。
完全に向こうの術中にハマっている、わかっていながら動けなかった。
上段から“撃ち放たれた”一発は即座にセイバーヘ襲いかかる。
触れた瞬間、防御というものが馬鹿らしくセイバーには感じられた。
これはそも“触れていい”類のものではない。
一瞬でも、受けていい代物では決して無い。
セイバーは直後に宙を舞っていた。
押し飛ばされたのではない、自分自身がそうしたのだ。
何とか衝撃を逃すための、苦肉の策として。
「まだ、まだです」
二歩。
追いすがるリップは、続く二撃目を即座に構えていた。
腕はひとつではない――こちらが対応しない限り、常に連打の状態が整えられている。
まずい、とかんがえるよりも前に身体は動いてくれた。
空中で態勢を整えると、リップが振りかぶるよりも早く着地する。
身体が動きさえすれば必ずこちらが先制できる。
直線から放たれる拳をセイバーは何とかすり抜ける。
「なら、ばぁ!」
振りかぶる一撃。
懐から襲いかかるそれを回避するのは、なかなかどうして難しい。
故に、元よりリップの思考に回避の考えはない。
それは防御という考えを持たないセイバーとは対照的だ。
だが、
――――必要ない、というリップと、してはならないというセイバーでは、あまりにも隔絶された差であった。
セイバーの顔が歪む。
一撃を叩き込んだにもかかわらず、リップにはそれが何一つ届いてはいなかった。
防がれたのだ、リップの爪で。
そうでなくともリップは高い耐久を誇る、これでスピードも無くはないというのだから強烈だ。
「ダメか――!」
言葉とともに大きく距離を取る。
リップはそれを追いかけなかった。
追いつけないのは目に見えている――必要ならば、別の手段で攻撃するだけ。
セイバーが着地し、その横に愛歌が出現する。
「――奏者よ、あれは……」
こちらを油断なく見据えてくる瞳。
パッションリップは動かない、こちらの出方を待っているのだ。
「……トラッシュ&クラッシュ。
「厄介というレベルではないぞ……!」
しかも、宝具ではないために使用制限が無いときている。
今この瞬間にも、彼女の両手を常に注視し、一撃を避ける必要があるのだ。
「幸い、こちらは彼女とは相性が良い部類に入るわ。発動にさえ気をつけていれば回避は簡単。ただし――」
速度に転移、パッションリップの破壊を回避するには十分な手札が、幸運なことに愛歌達には与えられている。
しかし、それでもだ。
――――パッションリップの脅威は、その程度では何一つ揺らがないのである。
愛歌はそれを言葉で告げることはなかった。
確かにリップは強敵だ。
それでも、これしきのことで自身の勝利を疑うほど、愛歌は弱者に寄っていない。
敗北を、感じる理由はないのである。
「そういうことなら……やるしかないか」
「きばりなさい――行くわよ」
言葉とともに、死の平行棒を駆け抜ける戦闘が、再開される。
◆
月見原旧校舎、その一角にて、ジナコ=カリギリがかたつむりに勤しんでいた。
常に変わらぬ用務員室、ゴミに塗れた室内は、現在彼女とカルナ以外の姿はない。
静かな空間だ、今はゲームの音も響かず、どうにも雰囲気がジメジメしているようにすら思える。
カルナは無言のママで、霊体化している。
一人でただこうしているというのは、ジナコにとってどうしようもなく焦燥感に駆られるものだが、とはいえなれたものでもある。
少なくともわざわざカルナに声をかけようとは思わない。
そうすれば即、嫌味の連発でげんなりさせられることは確実だ。
このまま腐っていても仕方がない、とりあえず積んでいたゲームでも消化しようかとパソコンの操作に意識を移そうとしてーー
その時だった。
軽く叩かれる乾いた音、ノックの音だとすぐに気がついた。
「……誰っすか? ランルーくんさんッスか? 今日も飽きないッスねぇ」
この場に訪れる客人といえば、まず最初に浮かぶのがあの狂ったピエロだ。
とはいえ、彼女は必ず入るときにノックをするし、入ってきても害はない。
彼女がいる間はカルナも小言をはさもうとはしないので、むしろ得しているとすら言えるだろう。
だからなんだかんだ言っても、ジナコは彼女を歓迎しているのだがーー
「……まて、様子が違うぞ」
少しばかりの警戒をにじませて、カルナがその場に現れる。
どういうことかとそれを睨みつけるように見上げてーー
「二つだ。気配が二つある――それに、この連中はランルー女史ではない」
「……え?」
どういうことだ?
一体こんな場所に何の用がある?
ここは旧校舎のハズレの用務員室、生徒会のメンバーはジナコに見向きもしないだろうし、ジナコもそれを歓迎するつもりはない。
それにしたって、二人――一体誰が?
その思考に答えが行き着くよりも早く、用務員室の扉が開かれる。
一瞬、なにゆえ了解も無しに戸を開けるのかと憤慨を覚えるがしかし、
それは即座に、驚愕へとすり替えられることとなる。
「――――な、あんた……っ!」
その言葉の直後、ジナコは意識を失う事になるのであった。