ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
飛び出したセイバーに、パッションリップは手のひらを差し出すことで応えた。
即座に直感する、あれが発動の合図だ。
リップのスキルは手のひらに“リップの視界から”収められることで発動する。
手の中に包まれたものは、そのままゴミに変えられてしまうのだ。
故に、ここでセイバーは回避以外の選択肢を持たない。
横に飛び退き、空間が圧縮されるのを肌に感じる。
「……これは、とんでもないな」
セイバーが息を呑むと同時、続く一撃がせまる。
止まってなど居られない、円を描くように、リップの周囲を走り始めた。
一つ、二つ――三、四、五、六七八九。
連続する炸裂の群れ、背後にせまるバケモノの顎。
いや、この場合は魔の手、か。
ともあれ、セイバーはその全てを驚異的な速度で回避する。
それを身体を回転させ追いかけて、両手を抱きとめるように広げたリップは、ひたすら破壊の限りを尽くしていく。
宛らシューティングゲームの自機と的、捉えきれないほどの疾さではあるが、今の状況で、まさしくセイバーはリップの的だ。
近づけない。
苛烈な攻めは一歩でも前に出ればそのままセイバーを飲み込んでしまうだろう。
「っく……だが――」
それでも、それが千日手になりうるのは、セイバーとリップがタイマンで戦闘をしている場合の話。
――――そこに、
愛歌が、リップの目前に出現する。
背後ではない、あくまでリップに正面から肉薄するのだ。
ここならば、リップは自身の凶爪を振るえない。
リップが、それで不意を突かれているのなら。
「――残念ですけど、甘いです」
既に彼女は構えていた。
この距離では腕を振るうのは敵わない、必ず一歩後ろに下がるという行動が必要になる。
それでは遅いだろう、愛歌の毒はすぐそばに迫っている。
ならば、リップは考えた。
強引に愛歌を振り払えばいい――愛歌をなぎ払うことができればいいのだ。
つまり、
体全体を大回転、人間を軽くミンチにできる勢いでもって、愛歌を襲う。
「……あら」
即座に転移で後方に下がる。
毒を触れさせることは諦めた、この勢いでは一瞬であっても触れれば即座に破裂確定だ。
更に追撃、転移した愛歌の方向で起用に身体を止めたリップは手を差し出す。
愛歌を即座にデータへ変えるのだ。
もう一度の空間転移で愛歌がその範囲からそれる――と同時、セイバーがそこへ迫っていた。
リップの手が緩んだのだ、今ならば接近することも可能である。
しかし、それでもリップは揺るがない。
愛歌へ追撃でクラッシュをかけることはしなかった。
そちらへ向けた手は一つだけ、もう一つは既に構えて、セイバーへ向けて放つ準備を終えている。
交錯する両者――激突は、叶わなかった。
セイバーが躱したのだ。
否、跳んだ。
リップの上空をとったのである。
空中にて一回転、頭を下方へ向けて、駆け抜けざまに切り抜ける。
拳を振り抜けたリップはそれに抗うすべはない。
――――斬、何とか身を捩ったリップの肩を、セイバーが切りつけた。
「……ぅっ!」
思わず漏れる声、しかし追撃は敵わない。
リップは即死の一撃を無条件で発動できる、この戦場において停止はイコールで死と結ばれるのだ。
「―――――――浅いかっ」
思わず漏らす。
結論からいって、セイバーの一撃はほとんどリップに届かなかった。
リップの拳はただふるうだけでも一撃必殺、相応の慎重さが求められる。
「…………ちょっと、痛い、です」
とはいえ、確かにリップをセイバーは切ったのだ。
それにしたって、この少女は全く堪えたようには見えない。
今の攻防が完全に無駄だった、とすら思える。
――いや、そんなことはないだろう。
ここで、あの少女に気圧される訳にはいかない。
(……セイバー、少しいい?)
愛歌の声――念話によるものだ。
(何だ?)
答えながら、しかしセイバーはそこで留まること無くリップに突撃する。
再び、壮絶な攻防が繰り広げられることとなるのだ。
(気付いたのだけれど、彼女、必ず“なにもない所”だけを破壊しているわ)
リップのクラッシュに接近を許されないセイバー。
当然、愛歌がそこへ割って入る。
今度は先行しての二段攻撃ではない、同時の挟撃、リップに対する手数を増やすのだ。
(――なにもない所? どういうことだ?)
しかし、それでも敵うのはリップに接近することだけ。
よしんば接近したとして、そこにはリップの凶暴な爪が待ち受けている。
(簡単な話、あの娘は何でもゴミデータに変えれちゃうのよ、それこそやりようによっては自分自身だって)
(まさか――――この空間そのものを此奴は破壊できないのか)
強引な接近も、セイバーは吹き飛ばされ、それを囮に近づいた愛歌の毒手は空振りに終わる。
返す反撃、猛烈な風の爆発が、単なる余波によって引き起こされる。
そんな場所に人間はいられない、愛歌はなんとか後方へと転移して――これで振り出しだ。
状況が動かない、膠着した中に焦りだけが累積していく。
(ここはあの娘の心のなか、それを破壊したら、心そのものが壊れちゃうもの。つまり、できるだけ姿勢を低く、あの手をかいくぐれるか、やってみなさい)
(……少し難しいが、やってみよう)
変化を起こすのが愛歌の仕事だ。
セイバーが屈み腰に突撃する、地を這うようなそれは、最高速は保ちにくいが、リップは照準を合わせにくいようだ。
ならば、と即座にリップは切り替える。
反撃に打って出るのだ。
中距離の間合い、通常であれば千日手に陥るところで、リップは逆に踏み込んだ。
セイバーもそれを理解し、自身の行く手を撹乱しながら、フェイント混じりに突撃する。
リップはその全てに動じなかった。
変幻自在の太刀筋は、相手を惑わせ始めて意味を成す。
それが、通じない。
セイバーが何度もステップを入れても、斬りかかろうという仕草を見せても、全て構わずただ突貫を続けるのだ。
駆け引きなど、意味は無い。
力のみが己の武器であるのなら、最初からそれに頼ればいいだけのこと。
それをよく、この少女は解っているのだ。
交錯する、今度は衝突し、真正面からきっちりと。
ただ、セイバーはリップの足元をかすめていくだけだった。
剣を添えるようにして、そのまま駆け抜ける。
防いだリップの爪の金属音が、乾いた音を響かせた。
(――――奏者よ!)
無論、それが本命でないことはすぐにしれる。
セイバーの目的は自身にリップの眼を惹きつけること。
後は愛歌が自由に動いて何とでもしてくれるのだから、何も問題はないではないか。 故に対する愛歌も、それに全力で応えてみせる。
「――上!」
即座にリップは理解した。
足元のセイバーを意識するあまり、完全に上空を視界から外していた。
狙うならばそこしか無い――セイバーの敢闘を、利用する気があるのなら。
果たして愛歌は現れた。
リップが上を向く一瞬の差で、ほとんど両者は口づけをする位の位置似まで接近している。
躱せない。
――だが、反撃ならば可能だ。
振り上げられる片方の手、ドリルのような手刀が、愛歌を貫こうと迫り来る。
対する愛歌の
戦局がはじけた。
再びリップからセイバーは距離を取り、難しそうに顔を歪める。
愛歌が真横に出現し、構図は完全に先ほどの状態に逆戻り――今度は言葉もなく、リップへ向けて行動を開始する。
激しく迫るセイバーの刃、しかしリップはそれを阻んでしまう。
対するリップもセイバーの影を捉えることは叶わずに、ただただ虚しく、破壊と爪が虚空を穿つ。
愛歌にしても同様だ。
リップの凶暴過ぎる一撃は、愛歌の身体では受け止めることすら敵わない。
ただ時間明けを募らせて、残るものは何もない。
完全なるどん詰まり、乾いた静寂が、袋小路に溶けていった。
(……だったら)
――愛歌はそこで思考を纏める。
ここを動かすならば、一気に攻め入る他はない。
気は進まないが仕方がない、方法ならないではないのだ。
決着は近い、愛歌はゆっくりと、リップの手のひらへと身を投じるのであった。
――焦りを覚えるのはリップもまた同様である。
言うまでもなく、リップにしろセイバーにしろ、この状況に対して精神的な疲弊を覚えている。
特にパッションリップは、自分があまりに“慣れないこと”をしているという自覚がある。
何せ理性でもって戦局を御し、セイバー達と真っ向から渡り合っているのだ。
つまり、戦術を用いている。
戦略というほど大規模でなくとも、リップの行動には常に知性が伴っていた。
これまでの彼女からは考えられない、まるでAIのような思考の鎮静。
冷えきった心のなかに、勝利への渇望だけをくべとする。
そこに、恋する乙女などという生易しいものはない。
愛歌に差し出す手のひらは、全て破壊に満ちた残虐の手。
もはやリップにはわかっていた。
どれだけ自分の手が普通の手に認識できたとしても、そこから生み出されるのは、愛とか恋とか、そういったものとはかけ離れたものであるのだ、と。
「――だから、これでっっ!」
セイバーを右の鉤爪でなぎ払う。
それは感触を覚えなかったが、セイバーは後方へ吹き飛んだ。
とすればその後に迫るは、沙条愛歌でなければありえない。
その愛歌を、ここで確実にゴミクズへ変える。
既に理解は及んでいた。
この両者、役割分担がはっきりしている。
つまり、セイバーが斥候、切り込み隊長で、愛歌が彼女の後を追う。
愛歌は確かに脅威であるが、あくまで戦闘の中心はセイバーなのだ。
逆に自分も、セイバーに対して意識を傾けることを強いられているわけだが。
つまるところ、愛歌は直接攻撃を当てることは難しい、できるのは反撃によってなぎ払うことだけ。
だからリップのトラッシュ&クラッシュは愛歌に対して向けるということをしないし、しようとも思わない。
あくまで、通常ならば、の話だが。
それが例えば、未来予測によって、愛歌の空間転移先をリップが先読みしていたとするならば。
結果――
――――リップの手のひらの上に、沙条愛歌が出現する。
「――
セイバーが瞬時にそれを理解する。
下手を打った、愛歌がミスを冒したのである。
AIとしてのリップは実に優秀である。
何せBBのアルターエゴ――一部なのだ。
この程度ならば、造作も無い。
掴まえた。
視界の先――呆けたような愛歌の顔。
それでも流石は、と言うべきか、彼女の身体は動いていた。
何かを感じ取ったのか、転移と同時に横へ跳んでいたのである。
しかし、かといってさらなる空間転移は間に合わない。
間違いなくとった。
勝利の確信とともに、パッションリップはトラッシュ&クラッシュを起動させた。
破壊の圧縮が、愛歌の手を包み――――爆散する。